研究紀要「聖徳の教え育む技法」第7号(2012) ICTを活用した学科キャリア教育の方法と効果 西村美東士、清水英男、長江曜子、斉藤豊、齊藤ゆか、林史典 1. 研究目的 教育基本法 第1条は、教育の目的について、「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」(傍線引用者)と規定している。 大学教育全般も、この目的に沿って行われなければならないのはもちろんだが、本学科では、とりわけ、専門領域である生涯教育学やまちづくりの視点から、生涯にわたって職業・家庭・地域生活を通して、社会形成に貢献できるよう学生を指導している。そこで、良き妻、良き母親として、さらには地域の責任ある担い手としての能力を習得することと連動してキャリア教育を行うことが必要と考えた。 本研究では、この拡張したキャリア教育にICTを活用しようとした。ICTにおける電子掲示板システム、ペーパーレス・カード式発想法システム等(後述)を、通常のリアル授業に付加して活用することで効果が期待できる。本稿では、その方法と効果を明らかにしたい。 2. ICTシステムの機能と活用法 2.1. ICTシステムの概要と特徴 SKB ICT Center(生涯教育文化学科情報通信センター)のトップページは、図1のようになっている。 冒頭で、「個人として、親、職業人、市民として、充実した生涯を送ろう。ここは、学生が深く学び、仲間と深めあい、つながり、広がるための学習・参画拠点です」と、センターのコンセプトを示している。 SKB ICT Centerは、学生が書き込みでき、他者の意見が見え、自分の意見が言える。このことを通して、自己内対話を深めるとともに、他者の書き込みを読み、交流し、課題の解決のために協同、協働することを可能にしている。 そのため、ICT上で、教師は討論の企画を出し、問いかけ、学生の意見をまとめ、新たな提案を行い、収斂させている。企画については、学生からの提案も受け付けている。 また、授業内容については、欠席者が授業に追いつくために閲覧できるようにするとともに、受講学生が、復習、予習ができるようにして、学習効果を高めようとしている。これによって、授業中、自分の頭で考えさせたいときには、ノートをとらずに受講しておいて、授業外で投影内容を振り返るよう促すこともできる。さらには、前年までに当該科目を履修した者でも、科目の新しい展開をリアルタイムに把握することができる。また、履修していない学生が閲覧することにより、その興味を喚起することもできる。 毎回の授業の始めには、これを投影することによって、以前の流れと、今回の教育目標を確認することができる。 なお、後者の授業内容の提示機能については、教育工学などの教員は、かなり多くの人が実施しているようだが、これを学科として組織的に取り組み、さらには、生涯教育学の趣旨を活かして、「学びあい支えあい」という前者の交流・協同機能を実現しようとするところに、SKB ICT Centerの独自性があるといえる。 2.2. ICTシステムの構成と活用法 ICTシステムはBBS(電子掲示板システム)とその他のテーマに基づくシステムから構成されている。後者は「職業、結婚、子育て等に関する討論と解決の場」、「現行専門科目の内容と進行」、「携帯・パソコンによるカード集約システム」(ペーパーレス・カード式発想法システム)、「ワーク・ゲーム集」、「授業で使うファイル集」などから成る。 BBSについては、授業をするたびに、受講した学生に振り返りを書かせている。学生は、授業中に思考した内容を、毎回、自分の言葉で「外在化」することになり、そのことによって学習成果をより確かなものにすることができる。 教師は、必要に応じて、次の授業でこれにコメントする。そのことによって、学生の書き込み内容の紹介と評価の付与、新たな課題の提示、思考の枠組みの揺さぶりなどの指導機能を発揮することができる。 「職業、結婚、子育て等に関する討論と解決の場」のページは、図2のようになっている。教師が、図、WEBページ、PDFなどの形態で問題提起を行い、これに学生が意見を書き込むことによって討論の場とし、最終的にはおもに教師が「まとめ」を書き込む。そのあいだに、教師は、必要に応じて、学生の議論に介入する書き込みを行う。また、十分な問題解決に至らないと判断した場合には、「追加意見書き込み」を募ることもある。 「現行専門科目の内容と進行」は、図3のようになっている。学生は、閲覧したいページをクリックすると、パワーポイントのその日の授業のページを見ることができる。また、他の学生のBBS書き込み内容も読むことができる。簡略に、当日の板書内容を撮影して掲載することもある。前年までの授業内容も、学生は必要に応じて閲覧できる。これらは、1ページ分をスマートフォンなどの画面で読みやすいようにリサイズしてある。 「携帯・パソコンによるカード集約システム」(ペーパーレス・カード式発想法システム)では、学生がパソコンや携帯電話を通してアイデアを書き込み、これをリアルタイムに閲覧することができる。また、それらのアイデアをコピー・ペーストすれば、エクセルの絶対参照機能によって別シートに自動的に一覧表が作成されるシステムも提供している。アイデアの冒頭に分類番号を書かせれば、ソートによって、カテゴライズ後の一覧表を作成することもできる。同ページでは、「画像投稿システム」も併置しており、図解成果や写真等も共有することができる。 「ワーク・ゲーム集」の内容は、表1のとおりである。そのマニュアル等をダウンロードすることによって、学生は、授業で行ったワークやゲームを、必要なときに、いつでも自分で活用できるようにしてある。 図2 「職業、結婚、子育て等に関する討論と解決の場」のページ 図3 「現行専門科目の内容と進行」のページ 表1 「ワーク・ゲーム集」の内容 ワーク・ゲーム名 ワーク・ゲームの説明 第一印象ゲーム 水面下の理由や判断基準を知ることによって自他理解を深める 価値観ゲーム 異なる価値観をもつ他者と「共存」を超えて「共有」するための方法を身につける ジェスチャー大会 他者の表現を理解するための方法を身につける パントマイムしりとり パントマイムを利用して、自己の「イメージ」を身体で表現する方法を身につける 愛のかたち フォーカシング技法を活用して、自己の「イメージ」を焦点化して明確にする 交流分析 自我状態をグラフ化して、生育歴に規定された人生脚本に気づき、よりよい方向に書き換える 仲間づくり能力チャート作成 支持的風土の仲間づくりに必要な能力を分解して書き出して構造化する 暗黙知動画の作成 言葉で表せないカンやコツを映像化して伝承する OJT年間計画の作成 職業人の必要能力をチャート化して、構造的な職場内トレーニングを計画する 技能分析表の作成 主体的な職業能力を育てるために、熟練者のカンやコツをインタビューで探り出す 仲間を助けるロールプレイ 仲間の中で孤立しそうになった人の意見を、反対者の目の前で支持する さわやか自己主張ロールプレイ 自他への信頼感に根ざして、「私は今は」でさわやかに主張する 「幸せの瞬間」構造化 個性豊かな「幸せの瞬間」を分類して、共通の情念の言葉で表札をつけて共有する 「授業で使うファイル集」では、卒論見本例、レポート様式、研究計画様式、卒業時仕上がり像到達日次計画、パワーポイントによる研究図解例などのファイルをダウンロードできるようにしてある。これを学生に利用させれば、様式の統一を図ることができる。 3. ICT活用初年次キャリア教育の研究 3.1. 本学科のキャリア教育の課題 われわれは、キャリア教育体系化のための学科挙げての組織的取り組みの中で、大学がキャリア教育を行うことに関して一般に指摘される「問題」を、次の6点として集約している 。 @業種についての理解はできても、各企業における具体的な仕事内容にそのままつながるものではない。A職業知識の付与は、大学では、各学科の専門性によって限定される。企業は、それを採用基準にはできない。B企業の側が具体的に要求する資質・能力のイメージがきわめて曖昧なままであれば、学生自身の能力の自己判断も曖昧にならざるを得ない。C職業に対する「構え」は、学生が職業知識に則して自らの振る舞いを制限したり、表現したりすることによって獲得できる。そのため、個々の学生のとらえ方そのものに規定されてしまう。Dコミュニケーション能力や論理的な思考は、生得的、あるいは幼児期から形成されてきたものであり、大学教育によってどのように形成されるかを具体的に示すことはできない。Eコンピテンシー(ここでは、コミュニケーション能力や論理的な思考)というのは抽象的な概念である。個々の具体的なコンテクストにおいて意味を変えるものともみることができる。 以上の「問題」を踏まえたうえで、本学科のキャリア教育の「課題」を次のとおり設定した。 @職業理解(具体的な仕事内容の理解促進、必要な職業知識の明確化、具体的必要能力の明確化) A自己理解(学生個人の「職業への構え」の育成) B自己と職業との調和(職業上必要な交信力と論理力の育成、社会対応型能力活用力の育成) これらの課題の解決のためには、学生が自己内で言語や情報を駆使して思考するためのリテラシーと、インターネットや口頭コミュニケーションを通して他者と交流するためのリテラシーの両者が必要になると考える。本研究では、前者については「自己内対話促進効果」の側面から、後者については「対他者協同効果」の側面から、ICT活用とリアル討論における効果の比較をしようとした。 3.2. 研究方法と結果 本研究では、授業「生涯学習概論」(履修者50人、生涯教育文化学科及び他学科の1年生)の2回分を研究授業として位置づけ、図4のとおり進行させた。1回目はICT活用を、2回目はリアル討論を中心としている。 図4 「生涯学習概論」の進行 第1回は、「生涯教育学の学習が職業に役立つ理由」をテーマにした。そのグループごとの成果をまとめた全体成果を表2に示す。なお、第2回については、この成果をもとに、「グループで考えるこのクラスの傾向と結論」を、ライブ空間において討論させた。 表2 全体成果「生涯教育学の学習が職業に役立つ理由」 自分に 気づく 学習施設に来る人のニーズに気が付きやすくなる 施設の役割を学習することで、自分のやるべきことを理解できる 相手が必要な情報は何か、自分ではなく、その人の視点で考えることができる 他者に 伝える 一生の職業を通して周りの人に良い影響を伝えられる 飲食店などで料理教室を開催したらするときに役立つ 学芸員を目指す場合、来館者によって接する態度や教える内容にバリエーションを増やせる 司書として利用者がどのような学習ニーズを持っているかを聞くことで、そのニーズに応えられる 司書を目指す際に、生涯学習施設などの仕組みを理解すれば、より多くの学習ニーズに応えられる 自分の考えを相手に伝える事を学んでいるので、司書になった際に新たな活動ができる 図書館を利用する人に本を勧めやすくなる 年代や地域によって求めるニーズが違うので、それを学ぶことで、相手にあった本を薦める事ができる 博物館に来た人が、資料や展示物に興味を持てるような施設を目指すことができる 博物館に来た人がどのような人であるかによって接する態度や教える内容にバリエーションを増やせる 保育士を目指す場合、子どもや保護者に生涯学習施設を紹介して、勉強する幅を広げる手助けができる 幼稚園教諭になる場合、保護者同士のコミュニケーションの場があることを、広めることができる 来館者が何を知りたいかを年齢に応じて考えられる 利用する人に合わせて本を揃えておくことができる 関係を 広げる それぞれの年齢の人が求める学習ニーズを考えることができるので薦められる本が幅広くなる 会社員になった時にそれぞれの施設の役割を知っているので社会教育施設を適切に利用できる 教員として地域や家庭との連携の仕方が学べるので、それぞれどのような役割を持てばいいのかわかる 社会教育施設の役割や現状を理解することでより利用者が使いやすい社会教育施設を作ることができる 社会教育主事になる場合、地域交流や社会貢献ができる 人とコミュニケーションをとれるようになる 図書館を利用する人に合わせて本を揃えておくことができる 生涯学習をサポートする立場を学ぶことで、個人の要望に応え、人との交流を深めることができる 地域で行っている活動などを知ることで、自分のまわりでどんなことを行っているかわかり活用できる 地域にある社会教育施設を学ぶことで、地域や行政と連携することができる 博物館で見に来てくれた人と接することによって関係を広げることができる 様々な人との関係を広げることができる 様々な地域の人とコミュニケーション取ることができる 生涯教育を通じて人との結びつきを深めることができる 利用者の社会的立場を考え、すべての人が平等に利用できるようにすることができる 自分を 深める .社会の仕組みや施設に対する知識を深め、職業能力を向上させることができる 自分が働いている施設が、どのような目的で成り立っているのか確認できる 図書館の仕組みなどを学ぶことができ、それを職場に生かせる 現在の社会教育施設の情勢を知ることができる 生涯教育施設の仕組みや所属などを理解することができるので、博物館の運営に役立つ 博物館や美術館などの施設設立に役立つ 幼稚園教諭になる場合、この授業から様々な施設を知り、利用することで、自分を深めることができる 授業を受けることでパソコン機能を学ぶことができる 本授業でのICT活用(第1回)とリアル討論(第2回)における自己内対話と対他者協同の効果を比較、検討するため、各回において、受講学生に対して、効果測定のためのアンケート調査を実施した。その結果は表2のとおりである。満点を7点として、自己内対話効果としては、「@自分の考えに気づけた」、「A自分で深く考えたため、良いアイデアが出せた」、対他者協同効果としては、「B他者のアイデアのおかげで、自分も良いアイデアを出せた」、「Cみんなで考えたため、良いアイデアが出た」の4項目を本研究での分析の対象とした。なお、選択肢は次の7つである。7強くそう思う、6そう思う、5どちらかといえばそう思う、4どちらともいえない、3あまりそう思わない、2そう思わない、1まったくそう思わない。 集計にあたっては、ICTやリアル討論の経験の多い生涯教育文化学科学生の回答を除いて、このような授業形態が初めての学生についての効果を分析しようとした。また、第2回は、リアル討論の効果を測定するため、最後のICT報告の前に、今回の効果について回答するように指示して記入させた。 表2  ICT活用(第1回)とリアル討論(第2回)における自己内対話と協同の効果 @自分の考えに気づけた。 A自分で深く考えたため、良いアイデアが出た。 B他者のアイデアのおかげで、自分も良いアイデアを出せた。 Cみんなで考えたため、良いアイデアが出た。 ICT活用 (n=39) AVE 4.28 3.67 4.41 4.67 SD 1.32 1.49 1.31 1.30 リアル討論 (n=31) AVE 3.97 3.65 4.10 4.39 STD 1.38 1.50 1.47 1.15 各回の平均値の比較を図5に示す。 図5 平均値の比較 図5から、ICTやリアル討論の経験の少なさから、全体として低調だったことがわかる(7点法で4が中立値である)。とくに自己内対話効果としての「A自分で深く考えたため、良いアイデアが出せた」については、両回とも中立値を下回る結果となった。その他の項目では、ICT活用による効果をわずかではあるが見出すことができた。 しかし、今回の研究対象とした学生については、ICTにしても、リアルにしても、経験が少なかったので、戸惑いが多く、自己内対話と対他者協同とが相乗的な効果をもつには至らなかったと推察される。そのため、平均値が、いずれも低調になり、5(「どちらかといえばそうだ」)に至らなかったのではないかと考える。さらに、学生の書込み内容や、今回のアンケートにおける「A自分で深く考えたため、良いアイデアが出せた」の落ち込み及び対他者協同が自己内対話より相対的に優位であった結果を見ると、両者は相乗効果をもつどころか、分離していて、十分な効果を挙げられなかったのではないかと考えられる。この点については、学生の記述分析などによって、今後、より詳しく検討したい。自己内対話と対他者協同の好循環に至るまでには、まだ、いくつかの難関がありそうである。 3.3. 考察 他学生の記述をリアルタイムに一覧形式で見ることができることは、とくに大人数授業場合は交流ツールとして有効であると考えられる。しかし、その交流が、自己内対話の遮断として機能する場合も考えられる。今回の結果からは、表2に示した全体成果にもかかわらず、学生個人の中では、相乗効果とは逆に、自己内対話効果と対他者協同効果の分離が示唆された。 しかし、学生の職業生涯の充実のためには、その両者の統合的発展が重要であることは明らかである。 このことから、キャリア教育に多用されるワークショップの場面において、学生の協同(課題設定等)→沈思黙考(カード書き込み)→口頭コミュニケーションによる協同(カテゴライズ作業等)→協同・沈思黙考(振り返り)というプロセスに関して、ICT活用分析を通して、自己内対話と協同の相乗的促進のための、評価付与、揺さぶり、新たな課題提示などの教師の指導行為の方法と効果を検討する必要がある。 今後は、ICTシステムにおける学生の成果分析、記述分析、教師の指導行為分析を組み合わせ、より質的な検討を加えることによって、その方法論を明らかにしたい。とりわけ、今回の分析対象は、作業を行った学生の主観的評価であったが、今後は、教員の立場からのICTとリアルの効果の評価も加え、比較検討を進めたい。そのことによって、自己内対話と協同の相乗的促進のためのICT活用の方法を明らかにすることができると考える。 1 2006年12月施行。 2 西村美東士、長江曜子、清水英男、斉藤豊、齊藤ゆか、林史典「生涯教育文化学科におけるキャリア教育体系化の試み―学科教員による専門教育の実践とその成果から」、聖徳大学FD紀要6号、pp.103-114、2012年2月。