第10回大会の論議をふまえて(学習情報・マスコミ文化部会)  学習情報提供の現状と課題                     西 村  美 東 士                    (昭和音楽大学短期大学部) はじめに  日本生涯教育学会第10回大会の「学習情報・マスコミ文化部会」は、おもに学習情報の提供とそれにともなう学習相談の問題について、次のように討議と研究を進めた。 @ 兵庫県における学習情報提供の現状と課題    −市町村とのネットワーク形成を中心に−   (兵庫県嬉野台生涯教育センター 梶田源一郎) A 小野市の学習相談の現状と課題    −兵庫県のデータベースの利用を中心に−   (兵庫県小野市教育委員会 小西旦二) B 部会参加者のそれぞれの立場からの現状紹介   (当日、この部会に参加した者全員) C 学習情報提供と学習相談の課題を考える視点   (指定討論者 日本ルーテル神学大学 清原慶子) D 学習情報提供におけるネットワーク、学習相談の意味   (指定討論者 亜細亜大学 平沢茂) E 全体討議  ここでは、上の@からEまでを通して問題になったさまざまなことがらのうち、とくに代表的なもの二つをとりあげて報告する。  なお、司会は辻功(筑波大学)と西村美東士(当時、国立教育会館社会教育研修所)が受け持った。 1 学習情報ネットワークシステム構築の意義を再確認する必要がある  梶田氏は、たとえば戦後に公民館が人々から求められ必然性をともなって誕生したことと対照的に、今日の学習情報提供事業は研究者などによる時代の「先読み」の形でその必要が説かれ、誕生してきていることを指摘した。そこに、広域行政として県が生涯学習情報提供システムを構築・推進しようとしても、肝心の市町村になかなか積極的には賛同してもらえない原因があるという。そして、これは昭和62年度というもっとも早い時期から学習情報提供の実践に取り組んだ兵庫県の「先駆者としての苦しみ」ともとらえられている。  県内のそれぞれの市町村は、エリア内の当面必要になりそうな学習情報については自分たちはおおよそ掌握していると考えているため、その学習情報のシステム化やみずからのエリアを超えた広域のネットワーク形成については必要性を実感できず、むしろ「余計な仕事」としてとらえがちだというのである。  小西氏も、市の教育委員会の職員として、兵庫県の生涯学習情報提供システムを利用して学習相談を行うにあたって、とくに他部局の職員にはなかなかその主旨を理解してもらえない点があると指摘した。はば広い生涯学習に関する情報といっても、やはり一般行政の部局からは「それは教育の仕事だから、自分たちには無関係」とされがちだというのである。  このような学習情報提供のいわば「実践者の苦難」に対し、清原氏は、「学習情報提供の即目的化への反省」の必要を述べるとともに、個々の学習者の多様な「問題」と「関心」に対して、従来のベテラン職員のカンによる対応だけでは不十分になりつつあることを指摘した。そして、 @ 学習要求への迅速かつ適切な対応 A 身近な学習資源の活用・広がる行動範囲と学習資源の多様化への対応B 新たな学習要求の喚起 C 学習者間の問題意識の共有化や連携の支援 などのためには、学習情報のネットワーク化が不可欠とした。  平沢氏も、学習情報のネットワーク化が、すなわち「生涯学習の基盤整備」であることを強調した。そして、データベースは大きい方が利用しやすく、データも大きいデータベースに引き寄せられ、また、ネットワークシステムは「広範かつ堅固」なほど構築が容易であるという特性を指摘し、たて割りの壁を乗り越えることの重要性を主張した。  このような指摘にもかかわらず、従来行われてきた地域社会教育サービスの枠から一歩踏み出そうとする情報ネットワークサービスへの意識は、市町村の社会教育職員を含めた関係者にまだ十分ではない実態を我々は知る必要がある。これは、清原氏の言う「学習情報提供の理念の再確認の必要性」を示すものであり、ひいては、生涯学習を援助する人々のアイデンティティ確立に向けた「意識改革」が、学習情報提供事業にとってキーになることを示唆するものである。 2 どんな学習情報を提供すべきか、その範囲を検討する必要がある  次に、全体討議でとくに問題になったのは、「公共的に提供すべき学習情報とは何か」ということである。兵庫県では、「学習情報の種類」または「収集対象の範囲」を、 A 生涯教育に関する学級・講座・実技・講演等で活動する指導者 B 公的機関・学習活動が実施されている施設   (順次、他都道府県や民間へ拡大) C 教育・スポーツ等で学習活動や研究を行っている団体・サークル D 情報源としての専門的な公的機関に関する情報   (行政全般、税金・年金、教育全般、仕事、悩みごと等) E 県・市町・各機関・団体等が実施している学級・講座・プログラム   (公的あるいは民間の学習事業) F 国家試験・検定試験等、学習者が取得しうる資格 G 生涯学習の一環として見学する博物館・文化財・文化施設等 H 視聴覚センター・ライブラリー等が保有している教材・機材 としているが、フロアーからは、 @ 「健康」などの情報の内容に関する範囲の設定はどうするか。 A 二次情報は当然入るだろうが、一次情報はどう扱うか。 B 収集範囲内のものであっても、それを「取捨選択」あるいは「精選」  する場合はありうるか。その場合の基準はどうするか。 などの問題が提起された。  全体討議の当初、司会(西村)はこれらを「データセレクトの問題」と表現したのだが、そのことについてはフロアーから「範囲の設定はセレクトと解すべきではない」という指摘があった。たしかに、たとえば、デパートのある売場でこういうものを扱おうと決めることと、そこで具体的な商品の選択と決定(セレクト)を行うこととは別の問題である。  すなわち、行政が受け持つべき学習情報サービスの「範囲の設定」をしたとしても、それ以上の「良い情報」「悪い情報」などという「セレクトのための判断」を行政が行うことは適当ではないということである。  とくに指導者情報などは、そのことが問題になるであろう。梶田氏もやはり「基準検討委員会を設けてはいるが、そこで個々のデータをチェックすることはしない」と報告した。なお、続けて「この基準検討も本来、それぞれの市町村が行うべきことではないか」とも発言している。  一方、行政がそれぞれの情報の特性などについて評価を行うことには大きな問題があるとしながらも、学習情報を求める側にはじつはその判断を参考までに知りたいというニーズが強いという指摘がフロアーからあった。そのようなことは民間に任せるべきか否か議論になるところであろう。  次に、事業や指導者などに関する「流動性に富む情報」と、施設や資格などの「固定的な情報」について、データ更新などの困難を考えて後者に力点をおくことが良いとする論があった。しかし、固定的な情報はむしろ従来の印刷メディアなどでカバーしつつ、「事前の」「即時的で」「新鮮な」情報こそデータベース化して、既存メディアではできなかったことを学習情報システムで実現すべきであるとする反論もあった。  さらに、とりわけ指導者については、現場からもっとも求められる情報であるという報告があった。しかし、それは従来の学級・講座偏重型の社会教育がいまだ現場で行われていることの表れではないか、指導者の情報に謝金やその人物の評価が出てこないことを不満とする関係者が多いが、その姿勢自体に問題があるのではないか、生涯学習の理念から言えば、むしろ「相互学習における指導者」の情報の提供にこそ重点がおかれるべきではないかという辛辣な意見もあった。  行政が提供すべき学習情報の範囲を誤った場合、生涯学習の基盤整備どころか、旧態依然とした「学習援助形態」を増幅させる結果にさえなりかねない危険性をはらんでいることが明らかにされたと考えられる。 3 その他、提起された問題 @ 学習情報に対する学習者側のニーズは本当に切実なのか A 情報を集めるための実際的工夫とリーダーシップの発揮の必要 B データベースの稼働時間の設定のあり方 C ミドルとエンドのそれぞれのユーザーによるアクセスの方法・内容 D コンピュータ以外のファクシミリや電話等のメディアの活用方策 E 学習情報を仲介する相談員等の専門性とカウンセリングの関連 F 情報の守秘義務、不注意等によるデータベースの破壊の防ぎ方 G 教育委員会事務局と社会教育施設の学習情報に関する役割分担  話題になったことは以上のようであるが、総じて、学習情報は本質的に個人のためのものであることから、いくらニーズにマッチした学習情報を提供しても、それが有効に使われている場面そのものは、今までの「社会教育現場」のようにはなかなか見えてこない。そこに、このサービスの独特の広がりと難しさの根源があるということができるだろう。