生涯学習を支援する講義技術 ー出席ペーパーによる「個の深み」の獲得を中心としてー 昭和音楽大学 西村美東士 T 学習者の主体性確保のためのシステム (1)出席ペーパーのルール  (1)何を書いてもかまわない。  (2)テストではない。匿名でかまわない。  (3)書くことを義務づけるものではない。  (4)ペーパーは講義時間中に書く。書く時間はとくに指定しない。(以下略) (2)シグナルカードの「信号」  (1).レッドカードは「この話題自体に関心ががもてない」あるいは「西村の見解に反対である」という「警告」 (3)イエローカードは話題は面白そうであっても、しゃべり方が早すぎたり、不十分だったりして「よくわからない」「ついていけない」という「教育的指導」 (3)グリーンカードは「共感」 U 集合学習→個人学習→「個の深み」を支援する講義技術 (1)集合学習と個人学習の消長の経緯  (1)講義型学習に対する反発と回帰の繰り返しの歴史  (2)集合学習(相互教育)の教育的意義への注目  (3)個人学習の援助の意義への注目 (2)「個の深み」を支援する講義技術  (1)マス(集団)に対して一斉に説きあかそうとする講義(一斉承り型学習)方法からの脱皮  (2)革新的教育志向の中に見られる講義型学習に対する敗北主義の傾向  (3)現代社会における自己表現あるいはストロークの貧困の克服としての講義 V 出席ペーパーに表れた「個の深み」の実態と可能性 (1)学生から教師へのストローク  (1)ピア・コンセプトという阻害要因  (2)「批評的」ストロークによる教師の存在確認と学習者の主体的態度の形成(2)教師から学生へのストロークの反映  (1)教師からの率直なストロークとしての指導  (2)教師自身の実存から発する心の呼びかけを学生に対して行うということ (3)授業中の自己の体験の客観視  (1)講義内容のそれぞれの項目をどう受け止めたかということ  (2)自らの「振り返り」による客観視と、自己の認知構造への取り込み (4)自己表現の不器用さと表現の解放  (1)自己表現への強い抵抗感とその欲求の潜在化  (2)馴れやテクニックの問題に単純に帰する部分  (3)学習援助活動の中に自己表現訓練を普遍化させることの意義 (5)強力な幸福願望と自己の幸せについの懐疑  (1)自己評価基準の高度化と「個の深み」  (2)本人の主体的力量が、そのレベルや不成功の体験に耐えられない場合の疎外的状况  (3)欲求段階説を機械的には当てはめることのできない今日の状況 (6)学校教育への怨恨  (1)本人の深みに昇華されていない学校教育への恨み  (2)オル型ーナティブな教育も存在しうるという認識の重要性 (7)学習に対する強迫観念的な態度  (1)過度に(適度なら問題はない)依存的な学習態度としての「まじめ」  (2)「まじめな学習」への思い込みのタイプ (8)集団への帰属に対する拒否感  (1)人間疎外を克服する手段としての集団への帰属感の強調の問題点  (2)ネットワーク型社会が求める自立と依存を両立できる主体性 (9)ユーモア、ヒューマニズム  (1)学校教育の教育課程の中では評価の対象になることが少ないユーモアの資質  (2)本来の意味での「教養」のトータルなとらえ直しと自己評価の必要 (10)山アラシのジレンマ  (1)基本的には望ましい人間の間(ま)  (2)主体が真に欲する関係の自己認識と、間の取り方の技術修得の必要 (11)共感的理解の能力  (1)共感と同感の違い  (2)自己の内なるノイズを意識下に置くことの意義 (12)ヒエラルキーへの抵抗、正義感  (1)主体的な批判になりえない要因としての非主体的思い込み  (2)「自立」とともに求められる新しい「依存」の能力 (13)ボランティア意識の新たなる萌芽  (1)無気力、無関心と評されているはずの若者の中のボランティア志向  (2)実現困難な自分の個をなんとか実現したいという切実な潜在的欲求  (3)個は他者に関わることによって、より深まる (14)アイデンティティの喪失  (1)本人のジダザグに対する指導者側のお節介  (2)成人期以降の人間(私を含む)の弱体なアイデンティティに対する取り組み  (3)そう簡単には自己のアイデンティティを認められない「個の深み」  (4)出席ペーパーによる自己のアイデンティティの喪失状況の確認の意義 (15)自分の過去や他人への気づき  (1)過去と他人は変えられない  (2)出席ペーパーによる不可避的な客観視と自己解决能力 (16)自分自身への気づき  (1)自己認知  (2)自己評価  (3)自己洞察  (4)自己受容 W 成人学習調査(野間教育研究所)に表れた「個の深み」 (1)学習の目標、成果、態度などの高度化  (1)新しいタイプの「知識人」による高度な教養(カルチャー)志向  (2)知的生産や文化的創造への欲求  (3)脱サラ・転職者の人たちの主体性の強さ (2)メディアの有効活用と以ディアからの自立  (1)放送メディアの積極的な利用  (2)活字メディアへの根強い信頼  (3)体験的学習の重視 (3)余暇自体の質的な高度化  (1)多面的学習による成長  (2)気ままだが建設的な余暇の利用  (3)趣味追求における厳しい姿勢 (4)女性の生涯学習のインパクト  (1)「さわやか主婦」とでもいうべき新しい学習者層の台頭  (2)高学歴主婦の過去の専門性の新たな発揮 (5)自分自身のこころへの関心  (1)自己の内面の成長の重視  (2)自分の生き方を追求するための学習  (3)精神改造の欲求 (6)自分と社会の新しい関係  (1)学習と社会的活動との結合  (2)仕事とヒューマニズムの結合  (3)情報を発信するネットワーカー型の学習 (7)集団学習の新たなる展開  (1)従来の共同学習の特徴を生かした学習  (2)社会教育行政の事業への参加による学習者の主体性の獲得  (3)社会教育行政から自立した新しい集団学習  (4)集団への帰属感よりも人間関係を重視する集団学習  (5)柔らかいシステムの集団学習 X MAZE型支援による主体性の獲得 (1)パソコン通信におけるMAZE  (I)最初の発信者のニーズとはぴったり合うものではなく(ミスマッチ)  (2)大ざっぱ(アバウト)  (3)話題がずれたり、もどったり(ジグザグ)している  (4)「イージー」を加えて頭文字が「MAZE」になる (2)新しい生涯学習の特性  (1)インフォーマル・エデュケーション(無定形教育)の機能の発揮  (2)インシデンタル・ラーニング(偶発的学習)の多発  (3)教育から学習・コミュニケーションヘの転換 参考文献 (1)抽著『生涯学習か・く・ろ・ん―主体・情報・迷路を遊ぶ―』学文社(1991年) (2)抽著「個の深みを支援する新しい社会教育の理念と技術(その2)―出席ペーパーに表れたその実態と可能性―」。『昭和音楽大学研究紀要第11号』(1992年発行予定)