それぞれの学習者の学習内容・方法の特徴 1 学習の目標、成果、態度などの高度化  さまざまな面で学習の「質」が高度になっている。  1つには、新しいタイプの「知識人」による高度な教養(カルチャー)志向がみられる。高学歴高齢者の◎亀井謙三や◎藤田 操もその代表的な例である。前者は「公民館は勉強する意欲のない年配者が集まっていて、碁か将棋でも、という雰囲気だが、カルチャーはお金はかかるが勉強したい人だけが来ている」といい、後者は「社会教育施設はお年寄りだけが集まっていてつまらない。それに対してゲーテの勉強には現役の学生も来ている」という。  2つには、知的生産や文化的創造への欲求がみられる。◎浜川嘉雄は「書く」ということに生きがいをもち続けて自費出版などによる数多くの知的アウトプットをしている。◎坂井蔵重は自分史のほか、芸術分野を中心に多面的な創作活動をしている。  3つには、脱サラ・転職者の人たちの主体性の強さがみられる。会社勤めから無認可保育園経営に変わった◎山本吉春はセミ・プロ級の古書集めにもとづいた歴史学習をしている。3回の転職を経験している◎高橋直人は「あとで後悔しないように現在を思いっきりすごすという姿勢です」といって高いレベルの英語会話をめざしている。組織にあまり依存しないで生きていく人たちの中に、主体的な学習態度がみられるのである。 2 メディアの有効活用とメディアからの自立  メディアの高度な発達の中で、学習者側のたくましい主体性が育ちつつある。  1つには、放送メディアの積極的な利用がみられる。放送大学や外国語会話の番組などの利用のほか、ラジオの気象情報(◎山本吉春)なども重要なのである。  2つには、その一方で、活字メディアへの根強い信頼がみられる。◎石川浩二は「集まってやるよりマイペースの方がよい。講習会に行っても話の中身は限られてしまう。やはり本を読むのが一番効率的」という。  3つには、体験的学習の重視がみられる。◎島崎ケイ子は「私は言葉だけっていうのはダメです。体験学習が合っている。体が覚えてくれることが、一番関わったことなんですね」といい、実際に、はた織り、心理療法、気功、陶芸などを学習している。それを、理論的思考に対する無力感としてとらえることもできるが、メディアに依存しないで自らが確かめようとする主体性をそこから見いだすこともできるのである。 3 余暇自体の質的な高度化  余暇時間が拡大する中で、余暇行動が量的に増えているだけではなく、生涯学習の要素が取り入れられることによって余暇行動そのものが変化している。  1つには、多面的学習による成長がみられる。◎高橋瑞江は時間的余裕を生かして教養・社会・音楽・スポーツにわたる多面的な学習を行っているが、「生きがいは、つねに学んでいるということ、何か少しは他人様の役に立つということ」といっているように、さまざまな学習の中で、余暇利用をたんなる自己満足に終わらせない意思を自ら育てている。  2つには、気ままだが建設的な余暇の利用がみられる。◎中澤明子や◎武藤マス美や◎藤本隆子は、核になる学習課題が明確ではないままにさまざまな学習行動をしている。海外旅行をたびたび行うなど生活をフルにエンジョイしている女性たちである。しかし、自らは、その余暇活動的な学習の中で、国際性について深く考えたり、自分の仕事についての先取り的な学習をしたりしているのである。  3つには、趣味追求における厳しい姿勢がみられる。専業主婦の◎小田絹子は「緊張してカリカリする方が、よく覚えます。テストもあった方が勉強します。ある程度厳しい方がいいですね」という。 4 女性の生涯学習のインパクト  生涯学習の世界においても、女性の進出はめざましい。そこには、男社会が作り出してきた学習論とはニュアンスの違う学習論があるようだ。  1つには、「さわやか主婦」とでもいうべき新しい学習者層の台頭がみられる。◎ハセ川道子は、大企業役員の夫、エリートサラリーマンの息子という恵まれた家庭環境のもとで、多方面の活動や学習に軽やかに参加しているが、「結局はいいかっこしいの自分を求めているのかもしれません。自分が嬉しいからこそ他人を助けようとするんでしょうから」といいながら、英語による婦人問題研究会のほか、ボランティア活動や市民活動にも目を向けている。  2つには、高学歴主婦の過去の専門性の新たな社会的還元がみられる。◎大熊裕子は、大学時代に専攻した生物学の知識を生かして、自然科学系の博物館でのボランティア活動や自然保護の活動を行っている。そこには、生物関係の図書の編集の仕事から引退したあとに、自分の専門性を仕事とは違った形で社会に還元しようとする明確で積極的な姿勢がみられる。 5 自分自身のこころへの関心  モノからココロへの関心の移り変わりは、端的な事例としては、自分のこころと直接向かい合う学習への関心の集中となって表れている。  1つには、自己の内面の成長の重視がみられる。◎佐野直子は「うわべだけでない内面からにじみ出てくるものがある。そんな本当の美しさをもった女性になりたい」といって、カルチャーセンターに通っている。  2つには、自分の生き方を追求するための学習がみられる。◎橋本光子は娘の登校拒否をきっかけとして、自分の生き方への問い直しのための、子育て、夫婦関係、老い、などの学習へと発展させている。仏道についても「結局自分の哲学です」といっている。  3つには、精神改造の欲求がみられる。◎増田知子は「看護婦には人間学が必要」といって、精神修養や自己啓発のセミナー、カウンセラーの研修など、精神世界に強く傾斜した生き方をしている。 6 自分と社会の新しい関係  新しい形態の学習は、組織や社会の中での個人の位置づけを大きく変えつつある。  1つには、学習と社会的活動との結合がみられる。◎平塚昌良は青年の家の手話の学習から、障害者行政の問題や社会的矛盾に関する学習へと、関心を広げている。◎大野和子は婦人学習グループ連絡会での活動の中で、自らも励まし合いながら学習することによって仲間づくりを進めているが、それがそのまま社会参加活動になっている。◎横山輝子は核・原発などの環境問題に関する精力的な集団学習を行っているが、「生活の中に起こった疑問に対して地域活動しているのです。疑問があって、学習があって、活動するという形です」といっている。  2つには、仕事とヒューマニズムの結合がみられる。◎小六潔子は高齢者向け住宅に関する自分の仕事に意欲的に取り組みながら、広い視点から高齢化社会や老人福祉等の学習を行っている。そこには、現在の仕事の内容に直接役立つよりも、自らのヒューマニズムを深め検証することによって、むしろ逆に仕事の内容自体を改革しようとする新しい職能教育(学習)の可能性が認められる。  3つには、情報を発信するネットワーカー型の学習がみられる。パソコン通信愛好者の◎関根章郎はその双方向性をとおしてコミュニケーション型の学習を行っている。◎川井信良はミニコミ誌づくりの豊富な経験を生かして情報やメッセージの発信を中心にした活動を行っている。◎若山年生は大学図書館という職業柄、活字メディア志向の学習を進めながら、各種の勉強会にも参加しているが、そこでの彼のモットーは情報の「ギブ・アンド・テイク」ないしは「ギブ・アンド・ギブ」である。 7 集団学習の新たなる展開  集団学習は社会教育の蓄積の大きな要素であるが、それが新しい形で生まれ変わりながら継承、発展する可能性を認めることができる。  1つには、従来の共同学習の特徴を生かした学習がみられる。◎小畑裕美は公民館の講座、自主サークル、PTA活動などをとおして教育や地域社会について積極的に学習しているが、「他人と助け合わなければ生きていけないという地域の大切さ」を強調する。◎高田咲子は「地域に何かの形で還元できることがあると、すごく生きがいを感じる」という。自らの子育ての課題をきっかけとして保育、文庫、親子映画などの活動を展開している◎浅井利子は「何かして役に立っているという実感がすばらしいと思うし、最終的にはそれが自分のためになる」という。人権、婦人、環境等、地域や社会の問題に深い関心をもち、共同学習中心の活動を進めている◎成瀬俊江も、「趣味なんかだけだと生きがいとして今ひとつ弱い。もっと能動的、社会的に参加しているのが生きがい」という。  2つには、社会教育行政の事業への参加による学習者の主体性の獲得がみられる。◎鈴木玲子の学習は社会教育行政の青年対象の事業への参加などの集団学習が中心であるが、そこで社会教育職員とのつながりをもちながら、企画プログラムづくりにも参加して主体的な学習へと発展させている。  3つには、その一方で、社会教育行政から自立した新しい集団学習がみられる。◎吉田博邦はサラリーマンの会社人間化に抵抗し、異質な人との出会いを求めてサラリーマンの勉強会を組織しているが、「社会教育の職員はあまり本気でやっていないでしょう。ありきたりの企画を組み、参加者を集めることに熱中し、地元の名士を有難がってばかりいる、という感じです。ぼくは社会教育には期待していません」という。  4つには、集団への帰属感よりも人間関係を重視する集団学習がみられる。◎杉浦友子は「私は人間に興味をもっているものですから、自分だけが孤立して自分だけの勉強をすればよい、という学習には興味がなかった」、「集団学習によって個人学習では得られない人間と人間とのつながりができた」という。他の学習者においても、特定の学習集団だけに帰属するのではなく、数多くの集団に自由に参加して個性的なつき合いや相互学習を求める傾向が強い。  5つには、柔らかいシステムの集団学習がみられる。◎川井信良には軸になる特定の学習テーマがあるわけではないが、人との出会いを通じて刺激を求め、自らを深めようとする姿勢がある。学習の場も、飲み屋で行われる場合もあり、柔軟である。◎関根章郎はパソコン通信の中で縦横無尽に他者との議論を展開しており、そのテーマはジグザグに変化している。両者とも、メンバーが適宜、参加・撤退し、集団の維持・存続にはこだわらず、派生したいろいろなプロジェクトが生成・消滅を繰り返すという柔軟性をもっている。  以上、それぞれの学習者の学習内容・方法の特徴を簡単に紹介したが、相互の特徴が矛盾する場合もあった。そのもっとも大きな原因は、学習者の学習に個別性があるからであると考えられる。実際には、一人の学習者、一つの学習行動に、個別の発展過程があるのだろう。また、逆に、今回の被調査者の多くに共通する特徴もあったが、その場合も、ここではいくつかの象徴的な事例やトピックを拾って紹介するだけにとどめたことを述べておきたい。