生涯学習の現段階からみた映像活用の課題  生涯学習時代における文化映像の製作・保管・活用 最終報告書              昭和音楽大学短期大学部助教授 西村美東士 1 生涯学習の振興を促す国立映像センターの役割  「全国の生涯学習情報のシステム化に関する調査研究協力者会議」は、平成元年11月、「生涯学習情報の分類と様式の標準化について」のとりまとめを行ったが、さらに、その後、社会の変化や人びとの日常生活圏の拡大、学習活動の広域化などにより、今後ますます拡大する学習ニーズに的確に対応するためには、より広域的、全国的な情報提供体制が重要となってくるという観点から、各都道府県で整備されるシステムの広域的な相互利用のあり方について検討し、あわせてこれらのサービスを全国的・総合的に支援するため、全国的レベルで共通に利用できるデータベースの構築や具体的な支援機能のあり方についても検討して、「生涯学習情報の都道府県域を越えた提供の在り方について」(平成3年8月)審議のとりまとめを行った。  そこでは、都道府県域を越えて情報提供する必要性として、@情報量および情報範囲を拡大し、提供される情報への信頼を高め、利用の促進を図る、A豊富で多様な情報を提供することで、人びとの学習活動の活性化を図る、B都道府県レベルにおけるデータベースの効率的な構築を進める、C都道府県レベルのシステムの普及促進に資する、D情報提供の改善、新たな学習機会等の企画に資する、の5点が挙げられている。  また、全県のデータベースの概要を表すカタログが蓄積され、各県の端末から、必要に応じて全県カタログを参照し、利用したい情報をどの県が保有しているか、あらかじめ確認することのできる全国センターを設置した場合のシステム連携の想定は、図表1のように示されている。  図表1 全国センターを想定した相互利用  一方、映像の製作・活用に関しては、本文化映像研究会の「政策提言」にも述べてあるとおり、文部省に関わる東京国立近代美術館フィルムセンター、日本視聴覚教育協会、視聴覚教材センター、国立民族学博物館、放送教育開発センター、国立劇場、国立歴史民俗博物館を初め、多くの図書館、博物館、その他各地の映像センター、ライブラリー、また、郵政省に関わる放送番組センター、通産省に関わるTEPIAなど、多くの関連機関があり、なおかつ民間の機関を含めれば映像の製作、活用に関わる機関は実に多数存在している。  しかし、「全国の生涯学習情報のシステム化に関する調査研究協力者会議」が構想している学習情報に関する全国センターのような役割を果たすことのできる、映像に関する全国センターは、残念ながら存在していないのである。それゆえ、「政策提言」において、「図書館のように映像館(仮称)が完成し、コンピュータで各拠点同士の情報を交換し、優れた検索システムで見たい映像をすぐに見られるようにする。また、後世のためあるいは学術研究に資するための記録制作を行なう」という環境が提案された意義は大きいということができる。  ここにいう「国立映像センター」の存在意義を、「生涯学習情報の都道府県域を越えた提供の在り方について」のとりまとめに習って整理すれば、次のようにまとめることができるだろう。  @ 映像に関する情報の量および範囲を拡大することによって、映像情報への信頼を高め、利用の促進を図る。  A 映像に関する豊富で多様な情報を提供することで、人びとの映像活用を伴った学習活動の活性化を図る。  B 都道府県レベルにおける映像データベースの効率的な構築を進める。  C 都道府県レベルの映像製作・保管・活用システムの普及促進に資する。  D 映像に関する情報提供の改善、新たな学習機会等の企画に資する。  すなわち、「国立映像センター」は、国民の生涯学習に対して、とくに映像に関する情報サービスの面から、大きな役割を発揮することが期待されるのである。また、その全国センターとしての機能の共通性から、「学習情報全国センター」と「国立映像センター」とが複合的に設置・運営された場合に多くのメリットが期待できることも付記しておきたい。 2 生涯学習振興法と映像基本法の制定  昭和63年7月、文部省は社会教育局を生涯学習局に改組して、文部省の筆頭局とする改革をした。さらに、平成2年1月には、中央教育審議会が「生涯学習の基盤整備について」を答申し、国や都道府県、市町村における生涯学習推進のための連絡調整組織の整備、都道府県における生涯学習推進センターの設置、大学等における生涯学習センターの開設、民間教育事業者への国および自治体による間接的支援などを提言した。これらの提言は、これまでの生涯学習の考え方をふまえ、この生涯学習を円滑に行えるようにするための条件整備のあり方を示したものである。とくに、この答申の中での、生涯学習推進体制の整備、生涯学習推進センターの設置等の事項は、重要である。  さて、この答申を受けて、平成2年7月には「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」(以下、生涯学習振興法と略す)が施行されている。そこでは、都道府県の生涯学習推進の体制や生涯学習審議会などのほか、地域生涯学習振興基本構想のあり方が定められている。この生涯学習振興法では、もっぱら都道府県レベルのことがらについて定めているが、それは市町村レベルでも生涯学習の推進体制が同様に進められることを前提としたものであることはいうまでもない(これらの記述は、筆者も委員として関わった「亀岡市生涯学習センター構想案」を参考にしている)。  このような生涯学習の援助のための法制化の進行のなかで、「政策提言」が提唱する映像基本法の制定について、生涯学習振興法の一環としての位置づけをすることが有益であるといえよう。「政策提言」では、「衣食住と同様に日常生活に欠かせなくなった映像の製作、保管、活用をめぐる環境は、国立国会図書館法に基づき図書資料において実施されている『納本義務』といった措置あるいは公文書館法といった基本法も無く、技術の進歩や映像の浸透ぶり、世界に冠たる映像国家日本の役割ほどには、基盤整備されておらず、製作奨励が先走ったカオスの中にあると言える」として、「映像の製作、保管、活用が私たちの生活に欠くべからざる人類活動の分野になっていることを念頭に、その安定した基盤整備と活性化を促す」という意味から映像基本法の制定を提言しているが、そこで述べられている「人類活動の分野」とは、生涯学習のますます幅広くなりつつある定義とかなりの部分が一致しているのである。 3 生涯学習情報提供事業から見た文化映像の分類・整理の方法  文部省に設置された「学習情報提供システムの整備に関する調査研究協力者会議」がまとめた「生涯学習のための学習情報提供・相談体制の在り方」(昭和62年7月)によると、学習情報は、「人々がなんらかの学習を始めようとしたり、或いは、学習を進めるに当たって必要となる情報の全体」ととらえられている。  このような学習情報には、@学習される内容そのものとしての情報(内容情報)とA学習者を学習機会等に結びつけるための情報(案内情報)の2つがある。@は、学習者が直接そこから学習することをおもな目的とする学習情報である。一般の文献、映像、学習材、教材、ファクトデータなどがそれである。Aは、内容情報に関する情報や、学習者が希望する学習活動を行うために必要な情報である。たとえば、どこでそういう学習が行われているか、どうしたらそういう学習ができるか、などを伝えてくれる情報である。  なお、社会教育審議会教育メディア分科会の報告「生涯学習とニューメディア」(昭和62年4月)では、@学習者が学習を進める際に利用する資料、たとえば、中世の歴史を学習したい場合、それに関する図書や視聴覚資料等(一次情報)、A一次情報ではないが、学習者が学習を進めるために役立つ種々の情報、たとえば、特定の主題に関しての学習場所や学習の機会、図書や視聴覚資料の所在や概要等についての情報(二次情報)、の2つに分けてとらえているが、先の分け方と内容的にはほぼ一致するといえる。  生涯学習の時代といわれる今日、社会教育行政に限らず他行政あるいは民間などにより、多様な学習活動が行われている。しかし、それらの発信する内容情報の中から求めるものを入手したり、案内情報を全体的に見通して把握したりすることは、市民個人の立場からは難しい場合がある。そこで、それらの学習情報をスムーズに流通させるための基盤の整備が必要になる。  この基盤整備の仕事の鍵になる言葉が「ネットワーク化」である。学習情報のネットワーク化とは、それぞれの情報や情報主体がもつ個性や固有の価値を失うことなく、むしろそれを生かす方向で、情報主体の連携・協力を得て、ばらばらだった情報をシステム的に再構成することである。学習情報提供システムにおいては、とくに案内情報のネットワーク化に取り組むことになる。  文部省では、住民個人の学習要求にも対応できるように、生涯学習情報のデータベース化を進めるとともに、県と市町村をネットワーク化して各種の学習機会等に関する情報を適切に提供し、助言・援助する事業を補助している(生涯学習情報提供システム整備事業)。そのイメージは図表2のとおりである。  図表2 生涯学習情報提供システムのイメージ  このような状況のもとに、「全国の生涯学習情報のシステム化に関する調査研究協力者会議」は、平成元年11月、「生涯学習情報の分類と様式の標準化について」のとりまとめを行った。これは、システム間相互の円滑な情報交換、全国的な生涯学習情報の効率的な収集と流通の促進、データベース資産の有効活用、生涯学習情報の量の確保などの必要から検討されたものである。これを文化映像の分類と様式の標準化の必要性に即して言い替えれば、次のようになるだろう。  @ 多くの映像関連機関間の相互の円滑な情報交換  A 全国的な映像関連情報の効率的な収集と流通の促進  B 各種映像データベース資産の有効活用  C 映像関連情報の量の確保  以上の理由から、生涯学習情報提供事業に関連して現在検討が進められている情報の分類と様式の標準化の追求は、文化映像の分類・整理の方法および標準化のあり方についても示唆するところが大きいと考えられる。そこで、ここでは、「全国の生涯学習情報のシステム化に関する調査研究協力者会議」がとりまとめた生涯学習情報の分類とモデル様式について参照することとする。  図表3 生涯学習情報の大分類及び中分類  図表4 学習機会に関する情報のモデル様式 4 生涯学習時代における大学のあり方と国立映像大学  「政策提言」では、国立映像大学の創設を提唱しているが、そこでは、文化の普及、文化財保護、生涯学習や学校教育、産業、地域の活性化などさまざまな面での映像の貢献に注目し、高等教育での取り組みを主張している。それは、別の側面から言えば、クローズドで専門分化した従来の学問ではなく、オープンで学際的な新しい高等教育を提唱しているととらえることができる。また、それは、後期中等教育からそのまま引き続く高等教育としてばかりでなく、文化の普及活動、文化財保護活動、生涯学習援助活動、産業活動、地域づくりの活動などを行なうさまざまな実践家にとっても、直接そこから学ぶことや教えることを期待されるということにもつながっている。  生涯学習の理念の発展の経緯からいえば、1973年(昭和48年)、OECD(経済協力開発機構)のCERI(教育研究革新センター)が、「リカレント教育〜生涯学習のための戦略」という報告書をまとめ、リカレント教育の概念を明らかにし、生涯学習の施策のあり方を示している。ここでリカレント教育とは、個人の生涯にわたって労働と教育を交互に行おうというものである。同報告書は、リカレント教育を、生涯学習を実現するために行われる義務教育修了後または基礎教育修了後の総合的教育戦略としている。  人生の初期に行われる学校教育だけで学習を終結させてしまわないで、人々の労働を重視し、その上で生涯学習を推進しようとする現実的な教育政策としてのこの報告書の意義は大きい。それとともに、現代社会の複雑度が増してきているため、偶発的で非公式的な生涯学習に、より組織化された意図的な教育の機会を交錯させる必要性が増大している状況を踏まえて、構造化された学習場面としての教育と、偶発的な学習の行われるその他の社会活動との間の、交錯と効果的な相互作用が提言されていることも見落としてはならない。この提言は、いわゆる教育の場面だけではなく、「その他の社会活動」からも広く生涯学習の可能性を見いだす目をわれわれがもつべきであることを教えてくれている。映像教育についても、このような生涯学習理念に基づくリカレント教育としての高等教育が必要とされているのだといえよう。  「政策提言」では、「新しい技術を習得するとともに古い技術を統合し、かつ横断的な知識と感性、見識を持った、映像の保管、活用ソフトの専門家を養成、研究している機関はない」こと、「映像史的に技術的またはパッケージ的変遷を踏まえた製作技法の教育が行なわれているともいえない」ことなどから、@過去の貴重なフィルム、ビデオの保管・活用に適切に対応できていない、A膨大な映像資料を整理、管理できず、そのための人材も不足をきたしている、B映像の単なる保管にとどまっているため、劣化または散逸している、C適切なパッケージ変換や映像の修復、画質のチェックが行われていない、D映像の分類大系と統一的な優れた検索方法が確立されていない、などの映像に関わる今日の重要な問題が生じていることを指摘している。これらの問題点は、人生の早い頃の一時期としての就学時期後期だけの学習では、実質的な解決は望めないことばかりである。それぞれの問題については次のように考えられる。  @の過去の貴重なフィルム、ビデオの保管・活用への適切な対応については、それが消えゆく現状に対して、即戦力となるような即時性が求められているため、現職者の学習が重要である。Aの膨大な映像資料の整理、管理のための人材の不足についても、専門的な課程を終えた新卒者によってその問題を根本的に解決するとともに、専門的ではない現職者であっても、その対象のための実践的な研修機会の提供が望まれる。Bの映像の劣化または散逸を防ぐための方策については、現職者のリカレント教育によるほうが、むしろ技術的な進展に対応しやすいほどであると考えられる。そして、Dの映像の分類大系と統一的な優れた検索方法の未確立という今日の重大な問題に至っては、一部の研究分野からそのすべてを解決できるはずがなく、そこでは、そのための国立映像大学での研究が、映像製作・保管・活用に関する全国のあらゆる実践と、リアルタイムで有機的な連携を図っていかなければならないということが明らかである。  このようなことから、国立映像大学には、高等教育の機能とともに、リカレント教育、現職者の研修、全国の映像に関する現場との交流など、生涯学習推進の一環としての教育機能の発揮が強く期待されているのだといえよう。 5 映像が生涯学習に与えてくれるもの  生涯学習とは、趣味、教養、文化、芸術、スポーツ、レクリエーションなど、どんなことでも自分が学びたいことを、学びたい方法で、学びたいように学ぶことである。もっといえば、人間どうしの対等なネットワークの中で、教えあい、学びあうことともいえる。そして、ここでとくに注目しておきたいのは、自由な子ども(フリーチャイルド)の心にあふれた学びである。フリーチャイルドは、ちょっとわがままなところもあるが、いつも何かを面白がったり、感動したり、ドキドキワクワクしたりして生きている。この心が足りなければ、芸術家などにはまずなれないだろう。だが、一般人であっても、その重要性は軽視できない。映像には、本人が面白いと思える世界が渦巻いている。ワンダーランド(遊園地)のように、気づきや自分の深い部分の発見やドキドキワクワクできることがあふれている。映像がによって与えられるそれらの活動はすべて大切な生涯学習でもある。  つぎに、学習の本当の意味は、自分の気持ちや考え方の枠組を変えることだととらえられる。たとえば、他人は、当然ながら、自分とは違う枠組をもっている。他者とのふれ合いとは、その異なった枠組どうしが出会うことである。いいかえれば、他者の存在を喜べる人間のほうが幸せな人生を送っているといえる。他者の枠組を面白く感じるためには、他人をその人の枠組ごと理解する「共感的理解」が必要になる。このように考えると、今のその人の持っている枠組とは異なる枠組を効果的に提示できて、しかもそれにも関わらず共感を誘いやすいという貴重な特性を備えている映像が果たすことのできる役割は大きいといえよう。  共感的理解や感動を伴う学習のためには、学習ばかりしている「過充電」「学習中毒」の状態から、「放電」「発信」へ向かうことがとても重要になる。一人ひとりにとって、発表できる場が大切なのである。考え方などの枠組が異なっていてもそれを安心して発表できる場を、心を開いて交流できる「サンマ」(時間・空間・仲間の3つのマ)と呼ぶことができる。そして、映像は、今や、学習者一人ひとりにとっての情報発信のためのメディアやツール(道具)になりつつある。そういう意味で、生涯学習の推進にとって、映像は今後ますます重要な役割を果たすことが予測できる。  しかし、そこにもうひとつの大きな問題が控えている。それは、現代人の主体性の喪失状況である。自分で、考え、行動し、振り返る力、つまり、「主体性」がいつのまにか根こそぎにされているのである。そもそも、人生は、好むと好まないとに関わらず、選択行為の連続のプロセスだといえる。それゆえ、自らの責任で判断して自らの行為を選択し、自らの責任において評価する主体性は、その人の生きる力そのものだということができる。このような生きる力としての主体性をはぐくむ学習を前提としなければ、今まで述べてきた映像のもつ正機能も、すべて逆機能として働いてしまう危険性さえ生ずる。文化映像の活用にあたって、映像リテラシーの習得など、生涯にわたって成長し主体性を獲得する人びとの生涯学習の営みが不可欠のものであることを、我々は十分肝に命じなければならないのである。