社会教育委員必携 「学習情報の提供と相談体制」                   昭和音楽大学短期大学部助教授 西村美東士 952字×8ページ=7616字=40字×190行 1 学習情報提供の意義と方法 (1) 学習情報をネットワークすることの意味  文部省に設置された「学習情報提供システムの整備に関する調査研究協力者会議」がまとめた「生涯学習のための学習情報提供・相談体制の在り方」(昭和62年7月)によると、学習情報は、「人々がなんらかの学習を始めようとしたり、或いは、学習を進めるに当たって必要となる情報の全体」ととらえられている。  このような学習情報には、@学習される内容そのものとしての情報(内容情報)とA学習者を学習機会等に結びつけるための情報(案内情報)の2つがある。@は、学習者が直接そこから学習することをおもな目的とする学習情報である。一般の文献、映像、学習材、教材、ファクトデータなどがそれである。Aは、内容情報に関する情報や、学習者が希望する学習活動を行うために必要な情報である。たとえば、どこでそういう学習が行われているか、どうしたらそういう学習ができるか、などを伝えてくれる情報である。  なお、社会教育審議会教育メディア分科会の報告「生涯学習とニューメディア」(昭和62年4月)では、@学習者が学習を進める際に利用する資料、たとえば、中世の歴史を学習したい場合、それに関する図書や視聴覚資料等(一次情報)、A一次情報ではないが、学習者が学習を進めるために役立つ種々の情報、たとえば、特定の主題に関しての学習場所や学習の機会、図書や視聴覚資料の所在や概要等についての情報(二次情報)、の2つに分けてとらえているが、先の分け方と内容的にはほぼ一致するといえる。  生涯学習の時代といわれる今日、社会教育行政に限らず他行政あるいは民間などにより、多様な学習活動が行われている。しかし、それらの発信する内容情報の中から求めるものを入手したり、案内情報を全体的に見通して把握したりすることは、市民個人の立場からは難しい場合がある。そこで、それらの学習情報をスムーズに流通させるための基盤の整備が必要になる。  この基盤整備の仕事の鍵になる言葉が「ネットワーク化」である。学習情報のネットワーク化とは、それぞれの情報や情報主体がもつ個性や固有の価値を失うことなく、むしろそれを生かす方向で、情報主体の連携・協力を得て、ばらばらだった情報をシステム的に再構成することである。学習情報提供システムにおいては、とくに案内情報のネットワーク化に取り組むことになる。 (2) 生涯学習情報提供システムの全体像  文部省では、住民個人の学習要求にも対応できるように、生涯学習情報のデータベース化を進めるとともに、県と市町村をネットワーク化して各種の学習機会等に関する情報を適切に提供し、助言・援助する事業を補助している(生涯学習情報提供システム整備事業)。そのイメージは図表1−1のとおりである。  図表1−1 生涯学習情報提供システムのイメージ (3) 広域的、全国的なネットワーク化の動向 「全国の生涯学習情報のシステム化に関する調査研究協力者会議」は、平成元年11月、「生涯学習情報の分類と様式の標準化について」のとりまとめを行った。これは、システム間相互の円滑な情報交換、全国的な生涯学習情報の効率的な収集と流通の促進、データベース資産の有効活用、生涯学習情報の量の確保などの必要から検討されたものである。  さらに、その後、社会の変化や人びとの日常生活圏の拡大、学習活動の広域化などにより、今後ますます拡大する学習ニーズに的確に対応するためには、より広域的、全国的な情報提供体制が重要となってくるという観点から、各都道府県で整備されるシステムの広域的な相互利用のあり方について検討し、あわせてこれらのサービスを全国的・総合的に支援するため、全国的レベルで共通に利用できるデータベースの構築や具体的な支援機能のあり方についても検討して、「生涯学習情報の都道府県域を越えた提供の在り方について」(平成3年8月)審議のとりまとめを行った。  そこでは、都道府県域を越えて情報提供する必要性として、@情報量および情報範囲を拡大し、提供される情報への信頼を高め、利用の促進を図る、A豊富で多様な情報を提供することで、人びとの学習活動の活性化を図る、B都道府県レベルにおけるデータベースの効率的な構築を進める、C都道府県レベルのシステムの普及促進に資する、D情報提供の改善、新たな学習機会等の企画に資する、の5点が挙げられている。  また、全県のデータベースの概要を表すカタログが蓄積され、各県の端末から、必要に応じて全県カタログを参照し、利用したい情報をどの県が保有しているか、あらかじめ確認することのできる全国センターを設置した場合のシステム連携の想定は、図表1−2のように示されている。  図表1−2 全国センターを想定した相互利用 (4) 実際の学習情報提供にあたって留意すべきこと  学習情報を提供するにあたっては、まず、市民の求める学習情報を提供することが大切である。そのためには、実際には次のような点に留意する必要がある。 @ 一般行政の教育的事業などの学習情報も含めて、それを学習者の立場に立ってわかりやすく編集・加工して提供する。 A 自主的な教育・学習活動や、時にはカルチャービジネスなどの民間の学習情報も含めて、民間の活力にあふれる生涯学習の情報を提供する。 B 政治・宗教・営利に関する学習情報など公共性の観点から取り扱いの難しい情報の要求に対しても、機械的に切り捨てるのではなく、問題意識をもって柔軟かつ主体的に対応する。 C 青少年などの「低次元」と思われる情報要求に対しても、みくびることなく、学習の発展の契機として尊重して対応する。 D コンピュータ利用などによって、大量の情報の整理と迅速な提供をはかる一方、学習情報を求めてきた人との対話を大切にし、表面には現れてこない潜在的な学習情報要求にもこたえられるよう努める。  さらに、潜在的な学習情報要求をほりおこすことによって、市民の学習情報要求それ自体の発展を援助し、また、学習情報がひろく市民に活用されるようにすることが求められている。実際には次のような働きかけが考えられる。 @ 衝撃力のある文化度の高いイベントを開催する。 A 「座して待つ」のではなく、地域のさまざまな場所・機会において、学習情報を提供する。 B 学習情報の専門家として、ひろく市民に対して、学習情報の入手や活用の方法についての専門的・技術的援助を行う。  これらの働きかけは、もちろん、強制や押しつけであってはならない。市民の自由と主体性を尊重し、市民と対等に接してともに考える姿勢が学習情報提供には求められるのである。 2 学習相談の意義 (1) 学習相談の意味  前出「生涯学習のための学習情報提供・相談体制の在り方」では、学習相談の目的として、@学習希望者の潜在的な学習要求を聞き出し、具体的な学習活動にまで引き上げること、A学習者の学習活動の質を高め、継続的なものにすること、B学習活動を行う中で問題や悩みを聞き、その解決を助けること、の3点を挙げている。そして、「学習相談を受けようとするのは、単に一方的な情報の提供を求めているのではなく、多様な学習の段階でそれに応じた学習の支援を求めているからである。学習相談の担当者は、まず学習者の求めるものは何かを把握しなければならない」と注意を呼びかけている。  これを受け、また、その後も引き続く急激な社会の変化を考えあわせると、次のようにとらえることができよう。「学習相談とは、個人(または援助者)の求めに応じ、学習環境等の客観的条件や、精神的・身体的な問題等の主体的条件などの、その個人特有のそれぞれの条件にもとづいて情報提供、助言、対話等を行うことにより、学習情報の収集・選択や学習の意欲・能力の獲得などを支援する教育(学習援助)サービスである」。  学習情報提供と学習相談とはともに社会教育や生涯教育の革新の姿として現代的意義をもつものであるが、学習情報提供が第一の革新だとすれば、さらに第二の革新をめざしているのが学習相談なのである。学習情報提供の革新が、個人の主体性の発揮への援助だとすれば、学習相談が提起する第二の革新とは、その個人の主体性の獲得そのものへの援助であるといえる(図表2−1)。  図表2−1 学習相談への発展のプロセス (2) 学習相談の特徴  学習相談の特徴としては、次のようなことが考えられる。  1つは、「個別性」である。学習者の個別な条件の差異によって対応が変化する。広報においては、マス(集団)に対して均一の情報を提供しようとするし、学習情報提供においては、個人が求める情報を誰でも個人の必要に応じて同じ情報源から平等に自由に選択できるようにしようとする。これに対して、学習相談では、相談員が個々の学習者のニーズやその他の状況を勘案した上で、対応の仕方を逐一、判断する。  2つは、「双方向性(プロセス重視)」である。対話などの双方向の交流をともなう。相談の「相」は「互いに」「ともに」という意味である。それは、いいかえれば、学習者の意思決定のための相談員からのアドバイスにとどまらず、学習者の意思決定や問題解決のプロセスの中に相談員が飛び込んでいって双方向のおつきあいをするということである。  3つは、「援助性」である。生涯学習の援助活動の一環として行われる。直接、個人の生涯学習を援助することを目的とするものであり、援助者側の行う事業や保有施設を宣伝するなどして生涯学習全体の推進を図るものではない。また、その行為はあくまでも個人の生涯学習の援助であるから、他の行政目的などから生ずる目標への誘導や指導を紛れ込ませることは許されない。  4つは、「教育性」である。一般行政の相談が行政、法律、医学などの特定事項の専門性にもとづいて行われるのに対して、学習相談は教育的専門性にもとづいて行われる。たとえば、「その場合はこうですよ」と教えるような場面は、一般行政の相談では頻発することがあっても、学習相談においては、「こういうこともありますが」とニーズに的確に応える情報を提示しつつ、情報の選択は学習者の主体性に任せることになるだろう。それは、学習者の学習主体としての成長を第一義に考える教育的観点があるからである。  5つは、「自由性」である。「求めに応じて行う」ということである。相談を望まない人にまで相談を呼びかける必要はない。本人が自分で「相談したい」と思うまで待たなければならない。逆に、相談に訪れてくれた人に対しては、「相談に来た」という行為自体をその人の主体性の表れとしてとらえて最大限の敬意を払うべきである。 (3) カウンセリングマインドの必要性  生涯学習の理念が自発的意思にもとづいてみずから選んだ手段・方法で行うことであっても、本人が自分自身を見つめていないとしたら、その「自発的意思」も生まれようがなく、したがってその理念の実現は望めない。しかし、そのように自分の深みまで知るということ、すなわち自己洞察は、じつはどんな人にとっても容易なことではない。つまり、「自分に気づく」ということは、生涯学習を行うために不可欠の課題でありながら、それを完全に実現することは困難な課題なのである。  それらの自分への「気づき」のなかでも、学習相談においてもっとも決定的なことは、生涯学習を行う自己の主体性の欠損への気づきだと考えられる。たとえば、「他人の期待に沿うために」とか「勤勉でなければならない」とかいったような不合理な思い込みが、生涯学習の自発的意思を内からねじ曲げる結果になっている。不合理な思い込みから解放されるためには、まず、そういう思い込みをしている自分の現在と過去に気づかなければならない。問題の本当の所在さえ明らかになれば、あとはそれを自分で解決する能力を人間はもっている。このような「自己解決能力」への信頼は、カウンセリングマインドにもとづくものである。  カウンセリングマインドにとってのもっとも大切な要素は、「共感的理解」である。共感的理解を示す相談員が対応することによって、学習者は安心してしゃべることができる。共感的理解こそが、相談員と相談者との心のふれあいのあり方なのである。共感的理解のために大切なことは、傾聴である。傾聴とは心を傾けて相談者の話を聴くことである。相談員には、この傾聴する役割への自覚が強く求められる。 (4) ネットワークとしての学習相談  学習相談に必要な2つめの要素として、「ストローク」が挙げられる。人間は、スキンシップや言葉がけやまなざし、うなずきなどによって相手の存在を認めていることを示す。「交流分析」ではこのような行為をストロークとよぶ。交流分析を開発したバーンによれば、人間は誰しもストロークを求めて生きている、ということである。  一方、最近の生涯学習の学習内容の傾向のひとつとして、こころへの関心が指摘できる。生涯学習に向かう要因としても、それを阻害する要因としても、こころの問題は大きい。豊かなこころは、豊かな対人関係、つまりは豊かなストロークに支えられる。そういう意味から、学習情報ワーカーはストロークの達人であってほしい。そのことによって、生涯学習に向かおうとする学習者にエールを送ることができる。  さらに、3つめの要素として、「エンカウンター」が挙げられる。日常の対人関係にはいわゆる「仮面」がつきものであるが、エンカウンターでは、それを脱ぎ捨てて本音と本音をぶつけあう。対立することも多い。このようなエンカウンターは、通常、グループワーク(エンカウンターグループ)として行われるが、学習相談においてもエンカウンターの精神が求められていると考えられるのである。なぜなら、学習相談は、社交儀礼がやりとりされる場ではなく、幸福追求の一環としての自分なりの生涯学習を模索する生身の人間(相談者)に対する生身の人間(ワーカー)からの援助が行われる場だからである。対等な基本的信頼の関係のもとでは、異なった価値観や考え方の提示はむしろ有益な場合が多いであろう。また、生涯学習の方法論に関する専門的・技術的な助言なども、ワーカーだからこそできる「異なった立場からの援助」のひとつとして重要である。  このようにして進められる学習相談は、ネットワークの営みともいえる(図表2−2)。情報と情報をつなぎ、学習者と情報とをつなぎ、さらには、学習者と学習者とをつなぐ。そこでの相談員と相談者の関係は、異なった価値をもつ者のあいだの水平なギブ・アンド・テイクである。あくまでも学習者の自発的意思にもとづくものであり、それぞれが自立的価値(個性)をもっていることが条件になる。自立的価値をもつ個人や機関や情報が学習相談によって相互に連携するのである。  図表2−2 ネットワークとしての学習相談