大学・社会教育の現場でユニークな授業を実践する 昭和音大短大助教授 西村美東士さん 『いまを話す−いばりたい人いりません』 いい男女の自立めざす出会いの場に 「学習とは、人生への構えや考えを自ら変えること。生涯学習は いい男といい女が出会うワンダーランド(おとぎの国)」 mitoちゃんの話はDJのノリ。だが説得力も抜群。それもそのはず、 mitoちゃんこと西村美東士さんは、大学教育と社会教育現場の経験者。 「大学の授業や生涯学習は、知識の詰め込みより、主体性と批評精神を得るためのもの」と言い切る。学生や社会人研修での受講者が思いのたけを書く「出席ペーパー」の導入は、時としてmitoちゃん批判の直撃弾にも。 「僕にはそれも楽しい」とおおらか。 「授業は真剣勝負。ビートたけしに勝つ」との宣言はツーウェイ・コミュニケーション授業)への確かな手応えによるものか。 Stage Up 31号1994(平成6)年9月1日発行 西村美東士さん にしむら・みとし=1953年東京生まれ。東大 教育学部卒。77年から東京都教委社会教育主事 補として「青年の家」に勤務。86年から国立社 会教育研修所専門職員。90年から昭和音楽大学 短大助教授。東洋大非常勤講師、神奈川県生涯 学習審議会専門委員や他の市町村の委員も。川 崎市内では市民館などで講師を5回務める。学 生からは「mitoちゃん」の愛称で慕われる。家 族は妻と長男。 ほんねインタピュー ー西村先生の著書『こ・こ・ろ生涯学習ーいばりたい人いりません』(学文社発行)の中にディスコの話がありますが、先生も踊るんですか。 西村さん はい。先日も狛江市 の青年教室でステップを教えまし た。並んで踊る七〇年代のディス コです。僕の最初の勤め先は東京 都の「青年の家」ですが、そこで ディスコ・フェスティバルをやっ たのが最初なんです。 社会教育施設でディスコ 抵抗もあったのでは。 西村さん ええ。社会教育施設 でのディスコは日本で初めてだっ たと思います。ですから、最初は 所内でも心配されました。 どうやって、このフェステ ィバルを具体化したのでしょうか。 西村さん まず、新宿・歌舞伎 町のディスコの店長をよんで、本 格的にステップを習いました。回 を重ねるにつれて、カッコよく踊 るだけだったディスコボーイが、 いつの間にか、みんなに教えてい るんですね。その時は感激しまし た(うなずきながら) ーディスコボーイといえば、 グループ活動嫌いが定説ですよね。 そんな若者が仲間に入り、教えた わけですね。どうして心境の変化 が起こったのでしょう。 西村さん それは「人に幸せを 配る」という質の高いおもしろさ を味わえたからだと思いますね。 ーその気持ちわかります。 西村さん たとえば、 「もっと女 房が優しくしてくれたら」と思っ たら、僕の方から声をかければよ い。つまり「してあげる」から「 してもらえる」気持ちのいいギブ& テイクの関係になる。実際には、 そううまくはいきませんが(笑う) 開放的な心育てるグループ活動 会員個々の人格認めあい でも、そういう風土を、社会教育 や生涯学習の中に作り出せればい いなと思うんです。 そんな楽しい社会にする前提は 西村さん やはり、水平な人間 関係でしょうね。地位、身分、肩 書きにとらわれた上下関係でなく、 同じ人間としてお互いを尊重しあ うことが重要です。 ー理想論の感じもしますが。 西村さん 理想主義に聞こえる でしょうね。僕は、いじめられっ 子だつたので、屈折しているんで す。小学生のころ、キックベース ボールが僕のせいで負けるたびに、 校庭でバケツをかぶらされて蹴ら れた思い出があります。 先生は見るからにネアカ。 いじめられた経験があったなんて。 西村さん 「いばりたい人、い りません」というのを生涯学習の テーマにしているのも、この体験 から生まれているんです。 ほーお。 西村さん 一度しか生きられな い人生なのに、つまらない出会い しかできないのは、もったいない。 僕の好きな詩に「ゲシュタルトの 祈り」があります。 「私は私のことをする。 あなたはあなたのことを する。私は、あなたの期待に沿う ために生きているのではない。あ なたも、私の期待に沿うために生 きているのではない。私は私。あ なたはあなたである。でも、そう いう二人が出会うとすれば、素晴 らしい。出会えなければ、それは 仕方がない」というものです。 ー 生涯学習の場が、そういう 個人の出会いを生む方向に進むと いいですね。 西村さん そうなんです。これ からの生涯学習は「いい男といい 女」の自立に向けた出会いの場だ と思うんです。それが「生涯学習 のまちづくり」につながり「ネッ トワーク型社会」に向けた社会創 造となるんですね。だからこそ行 政が税金を使って支援する意味も あるんです(ひざを乗り出すよう にして) ーいまのお話で、生涯学習と 地域コミュニティの関連が見えて きました。 西村さん 川崎にいくつかのマ マさんコーラスがありますね。グ ループがあると、その人たちの学 習ニーズ(欲求)が充足されます が、同時にまちのアメニティ、住 み心地の良さにもつながります。 だれもが参加できる多くのグル ープがあれば、自然にオープン・マ インド(開放的な心)が育ちます。 ーグループ活動をするとオー プンマインドが自然に育つ?・。 西村さん ええ。グループを維 持・発展させるには、会員同士が 対等な立場で個々の人格を認め合 うことが大切なんですね。つまり、 生涯学習のまちづくりとは、個々 の住民自身が幸福を追求しあうこ とで、まちづくりを創造する主人 公になれる世界だと思います。 ー本当にそうですね。 「まちづくりは人づくり」ともいいますが 西村さん でも、僕はそれには 反対なんです。 「素晴らしい人が、 素晴らしくない人をつくり変える」 という考えはおかしい。僕は本人 が自己解決能力あるいは自己教育 力を発揮して、本人が本人をつく っていくんだと思うんです。中国 の思想に「吾づくり」という言葉 があるそうですが、僕も吾づくり ならあると思います。 先生批判歓迎の『出席ペーパー 暴カとSEX以外は受けて立つ』 ー話を先生の授業に移します。 とてもユニークだそうですね。 西村さん 教員になるまでは、 人前でしゃべるのは苦手だったん です。いまは無謀にも「ビートた けしに勝つ」と宣言して、自分に プレッシャーをかけているんです (笑い『僕の授業では入退室、飲 食すべてが自由です。出席ペーパ ーの試みもしています。 ー出席ペーパーって何ですか。 西村さん 僕の講義を聴いて学 生が感じたことや考えたことを、 どんなことでもよいから書いても らうのが出席ペーバーです。出席 ペーパーについての僕のコメント は、次の授業で行います。ねらい はルツーウェイ・コミュニケーシ ョンなんです。 ー学生から意見や先生への批 判がくる。しんどい事は 西村さん 僕はそれがとても楽 しい。新しい出会いなんです。彼 女(学生)たちも日々、新しい自 分と出会っていますが、書くこと によってそれに気付き、客観視で きるんだと思います。 ー本当に書くことで、自分を 見つめ直せますね。ペーバ ーの提出は学生の義務ですか。 西村さん そんなことはありま せん。全く学生の自由意思です。 生涯学習の精神は、自分の学びた いことを学びたい方法で学ぶこと ですから(さらりと) 先生のコメントを拝見する と、素直に「ごめんなさい」と謝 ったりしていますね。 西村さん はい。僕は、最初の 授業で「暴力とセックス以外はす べて受けて立つ」と学生に約東し て実際にそうしています。こうし た授業方法に不快感を覚える学生 もいるようですが ー最近の学生の特徴は。 西村さん 「自己変容したくな い」「教育されたくない」という気 持ちがあるんじゃないですか。ゲ ームなどの体験学習による態度変 容を目的とした授業をするとき、 「許せない」という反応が特に多 い。それは社会が行う教育や僕に 対して、絶望的なまでの不信感を 持っているからでしょう。また、 「論争自体、したくない」という 学生も多い(やや表情がくもる) 「本来、学生は教育されるた めに学校に入るわけですが、教育 とは何なのでしょうか。 西村さん 僕は、個々の学生が 自ら主体性を獲得するための援助 が教育だと思っています。 しかし、 学生の中には知識だけを教えてく れればよいという人もいます。 僕は学生に「文字で得られる知 識は、本を読んで」と言ってきま した。本を読んで知識を得ること も大切です。しかし、出席ペーパー に書いたりすることによって批 評精神を養い、自立的な思考と行 動に結び付けることが、現代人の 主体性獲得のために緊急に求めら れていると思います。 先生は「楽習と共育」(楽し く学ぶ・共に育つ)を教育の基本 に据えていますが、小学高学年か らのすさまじい知識の詰め込み競 争としての受験戦争を考えれば、 学生の反発は当然かも。 西村さん 面白い視点ですね (笑いながら) ー先生は社会人を対象にした 講演会や研修会でもご活躍ですが、 最近、お感じになったことは。 西村さん 組織と自分とのスタ ンスのとり方がわからない人が多 くなっています。 「自分には個性も能力もあるが、それを発揮したら 中間管理職が可哀そうだから仕事 は上司に言われたことだけをやる。 自分らしさの発揮は土・日曜だ け」と書いてくれた人がいます。これ は自信過剰のピーターパン症候群 の表れで「食べられなかったけれ ど、あれはどうせ酸っばいブドウ さ」という話と同じです。 自己表現力を喪失した管理職 パワーある地域活動者の発言 チャレンジ精神が欠如? 西村さん 研修会の講師で呼ば れた時も出席ペーバーを配るんで す。ある百人以上の管理職研修で、 一枚もベーパーが出なかったのに は驚きました。ピラミツド型構造 の中で、自己表現欲求が抑圧され ているのではないでしょうか。 ところが、茅ケ崎市の公民館運 営審議会委員研修では、ウーマン パワーにどんどん待ったをか けられました。地域やボランティ アの水平的世界には大きなパワー があります。会社人間がボランテ ィアや地域に回帰しているのと重 なると思うんです(しみじみと) ー生涯学習とは、ずばり何な のでしょう。 西村さん 生涯学習の原点はー つです。どこまでも知りたいとい う欲求と、癒されたいという欲求 です。いいかえると発達と受容で す。学習とは、自らの感動とか納 得の中で自分の枠組みを自ら変え ていくことです。山歩きをして感 動することも家族が仲良くするこ とも、能動的な活動には生涯学習 としての側面があるといえます。 ーこれからの生涯学習に求め られることは何でしょうか。 西村さん 遊び型学習をどんど ん取り入れていくこと、学習成果 の社会還元、パソコン通信の活用 などの双方向メディアの活用です。 ーーさて、家庭でお子さんには、 どのような教育をされていますか。 西村さん 過保護なんですね。 子どもには、めちゃくちゃにべた べたしたい方ですね(苦笑い) , ー最後に、ここの事業団が発 行している「ステージ・アップ」 にアドバイスをひと言。 西村さん バックナンバーを見 て、ナマの情報が集積されている と感じました。パソコン通信で一 番人気があるのは「おしやべ りサロン」です。それと同じ魅力をス テージアップも持っていると思い ます。バックナンバーの総索引や 分野別記事の索引を作ってはどう でしょうか。市民にとって、いっ そう魅力のある情報源になると思 います。 ざん新な生涯学習論を楽しくお聞きでき、ありがとうございました。 、題字は高橋清・市長》 一構成/野々川千恵子一 文責/田中、 Stage Up 31号1994(平成6)年9月1日発行