「自由な女たち」にひっかきまわされることによる新教育メディアの活性化を 昭和音楽大学短期大学部助教授 西村美東士  本年度、ぼくは本事業の研究協力者として、第1ステージの高知市初月小学校PTAの様子を現地で見学させていただいた。そして、全日本社会教育連合会『社会教育』1997年12月号において、その報告「ニューメディアをひっかきまわす若い母親たち−国立婦人教育会館新教育メディア研究開発事業」を以下のように発表した。  国立婦人教育会館(以下、たんに会館と呼ぶ)の「新教育メディア研究開発事業」も3年目を迎えている。この事業は「人びとの多様化、個別化する学習ニーズへの対応や家庭教育に関する学習方法の改善、充実を図るため、通信系マルチメディアを活用した遠隔講座のあり方、家庭教育に関するマルチメディアデータベースの開発、提供方法について調査研究を行う」ものである。  第1年次の平成7年度は会館と北海道札幌市道民活動センターの2会場を結び、フォーラム「家庭教育」として、基調講演とパネルディスカッションが行われた。翌8年度は、1会場の参加者を30人程度、すなわち教室程度の中規模として、会館と、千葉県、新潟県の3会場を結び、3回にわたって遠隔講座「父親の子育て」が実施された。その際、会館が開発したマルチメディアデータベースやインターネットによる情報が活用されている。  本年度は、これをさらに小規模化して発展させ(!)、遠隔講座「子育てにやさしいまちづくり」と題して、東京の烏山プレーパークをつくる会、大阪のミズ・プランニング、高知の初月(みかづき)小学校PTAという3つのボランタリーなグループをテレビ会議システムを使って結び、千葉大学延藤安弘研究室からの遠隔授業や、グループ間の交流学習が、第4ステージに至るまで展開されている。技術的には、財団法人AVCCなどがバックアップしている。ぼくは本年9月9日の第1ステージに初月小をたずねた。  初月小PTAは、3年前に2年生の親子行事として「みかづきまちかど探検隊」を実施するなど、いきいきとPTA活動を行っている。これは子どもたちがまちの宝物を発見して地図上に表現するという試みで、学校の先生も「ナゾの人物」として関守の役を買って出るなど、幅広い層のサポーターの大人たちまでもが大いに楽しんだということである。このような地図をガリバーマップという。あたかもガリバーになったかのように、自分たちのまち全体の大地図を眺めることは、いろいろな効能があるようだ。  午前中、各会場に分散した研究協力者の会議がテレビ会議を通して開かれ、ぼくも一委員として参加した。自画面に自分の顔が写るので緊張してしまった。午後、いよいよ遠隔講座の本番が開かれた。講師の延藤教授「参加者の自由な発想を大切にし、枠にとらわれないプログラム運営を」の考え方のもとに、各地自慢のお菓子の交換会、プラカードによるアンケート実施など、リアルタイムで互いの顔やしぐさが見える通信とマルチメディアの楽しさをうまく活かした交流と学習のプログラムが展開された。  初月小に集まった高知の若い母親たちは、これらのメディアを十分ひっかきまわして遊んでいたというのが、ぼくの感想である。カメラの準備中も、いつものPTA活動の打ち合わせを平気で楽しげにしている。自画面に写っていた人がいたので、ぼくが「写っているよ」というと、カメラに向かって科をつくるし、写りが悪いので「被写体が悪いんじゃない」とつぶやくと、バシッとたたくふりをする。  ただ、延藤教授に関しては高知にもファン(?)が多く、画面での登場に親しげな歓声が上がったが、ほかのグループの画面に対しては、活動そのものへの関心はあっても、個人的な関心や知り合いの関係があっての上ではないので、「いまひとつ気軽におしゃべりできない」という母親たちの感想であった。このへんは、やはり、マルチメディアがフェース・ツー・フェースの直接交流の補完、促進の手段としての役割は果たすことができても、直接交流を不要とするまでの効力はないということを示しているのであろう。  しかし、さすがに「のびのび風土」の初月小PTAてある。今回の遠隔講座についても、「チラッとのぞきにきませんか」というおしゃべり感覚のもと、学年通信で会員に参加を呼びかけている。実際、初月ばかりでなく、どの会場もふだんの活動の場でざわざわした様子が画面に写っており、その限りでは自然体での交流が深まったように思われる。母親たちが緊張しそうになっても、連れてきた子どもたちがいつもどおり騒いでしまうのだ。  話しあわれた内容は、初月小のほか、次のとおりである。烏山プレーパークをつくる会は、自分の責任で自由に遊ぶプレーパークの意義と、それを役所まかせにしてはいけないということ、大阪のミズ・プランニングは、パソコン通信や電子メールも活用して「子連れだから〜できない」から「子どもがいるからこそ〜できる」という街をめざして、子連れ情報誌や育成講座を実施したことなどについてテレビカメラに向かって語りかけていた。  初月小PTAにおいては、その会員であるとともにまちづくりのデザインに公私ともに関わっている畠中智子さんあたりが仕掛け人の一人のようである。彼女のように楽しいことが好きで、何でも面白がってやってしまう個性をもった人たちの役割は大きい。まさに「気軽におしゃべりする」ような自然体の水平な感覚で、今後のマルチメディアや通信技術などを「学習ツール」、「新教育メディア」としてひっかきまわして使ってくれると、ニューメディアも人間の匂いのする魅力ある道具に変身できるのだろう。  以上述べたことを、ニューメディアを運用する側から言い換えれば、「自由な女たちにひっかきまわされることによって活性化を図ろう」ということである。今回の研究開発事業の成果を活かして、市民が気軽にひっかきまわすことのできる身近で小規模な「新教育メディア」をぜひ普及してほしい。