徳島大学大学開放実践センター紀要  第14巻(2003) 学習ニーズの動向とプログラム提供のあり方 −受講者アンケート調査をとおして− 西 村 美東士 The trend of learners' needs and the learning program: from Course Evaluation Investigation Mitoshi Nishimura 1 調査の目的と方法 (1) 調査目的  徳島大学大学開放実践センターでは、センターが開設している受講者や講座担当講師を対象にアンケート調査を定期的に実施している。平成6年度には、受講者を対象とした第2回目の調査を行うとともに、担当講師を対象としたはじめての本格的な調査を実施した。両調査の結果の一部は『センター紀要』第7巻に報告されている。また、平成9年度には、調査項目を大幅に見直して、今後の講座編成や大学事業の展開において参考となるよう質問を新設し、受講動機と受講満足度についての考察を深めた。平成12年度はこの成果を継承するとともに、新しい時代の変化に対応できるような調査・分析を目指した。  本調査は既存受講者へのアンケートにより、新規施策に対する受けとめ方を探ろうとしたものである。新規施策としては、センター内の議論においては、インターネットによる遠隔講座、市民研究員制度、リカレント講座、市民参加型の学習や経営参画、クレジット付与講座などが考えられている。  市民自身がこれらの新規事業を求めているのか。センターが目指す内実とは、違うことを市民が求めているとしたら、それは何なのか。もちろん、「現在の受講者層は求めていなくても、違う層が求めているかもしれない」と考えることはできる。しかし、現在の受講者層にアピールしないとしたら、ほかの人々にはもっと訴求力の弱いものであるという結果も予想できる。  そこで、既存の受講者層が私たちの企画する新規事業にどのような意味をもって「参加意欲をもつ」のか、本調査で明らかにしようとした。 (2) 調査の方法  郵送法 (3) 調査期間 2001年4月17日から30日まで。 2 調査内容  調査項目は以下のとおりである。 (1) 学習ニーズと行動  受講科目の分野  大学開放以外の学習行動・市民活動 (2) 調査事項 @ 公開講座の受講理由 大学開放の魅力 公開講座受講の理由 大学教員との接触希望 A 研究や研究発表に関する希望 高等教育レベルの学習への戸惑いの要因 研究及び研究発表で希望する内容と方法 B 学習者同士の交流に関する希望 受講者同士の交流の体験内容 他者との意見交換に関する阻害要因 他者との意見交換への希望 C 仕事に関わる学習に関する希望 仕事や今の生き方のための学習に関する希望 希望するライフワークと過去の職業履歴との関連 D 公共的課題の学習に関する希望 市民の学習が必要だと思う公共的課題の内容 自分が参加したいと思う公共的課題の学習方法 E 単位や資格の取得に関する希望 公開講座修了時の単位認定への希望の有無 資格取得や単位認定によって期待できること (3) センター経営関連調査  公開講座パンフレットへの要望  希望する受講登録・受講料納入手段  その他、フェースシートなど 3 回答者の概要  ―受講分野はパソコン、文化芸術、健康スポーツの3本柱―  調査対象は2000年度受講者1028人(市内575・市外453)であった。有効回収数は485件で、回収率は47.2%であった。  回答者の平均年齢は56.9歳であった。回答者のうち女性が317人(65.4%)で約2/3を占めた。新規受講者は164人(33.8%)で約1/3であった。  回答者の受講分野(「1年間で大学開放実践センターで受講した科目の分野」)は図表3-1に示したとおり、受講者数からいえば、パソコン、文化芸術、健康スポーツの3本柱が主体で、次に語学であることがわかる。 分野 人数 % パソコン 137 28.2% 文化芸術 135 27.8% 健康スポ 130 26.8% 外国語 78 16.1% 社会 37 7.6% 心理 33 6.8% 科学技術 31 6.4% 職業 14 2.9% 図表3-1受講分野(複数回答) 4 当センター以外での受講は公的機関が4割で、文化芸術、健康スポーツの2本柱  1年間で大学開放実践センター以外で受講した講座のうち、3回以上継続して出席した講座の主催者を尋ねたところ図表4-1の結果を得た。  当センター以外では講座を受講していない人は15%にも満たない点に注意したい。また、受講講座の主催者はおよそ公的機関4割、民間機関やサークル2割強、他大学1割弱である。ここで「公的機関」は「教育委員会、公民館、その他公的機関の開催する学級・講座」としており、その参加者が公開講座受講者全体の4割に迫るという点に注意したい。この結果は、大学公開講座が、他機関とりわけ公的機関との関連性や独自性を配慮したり、さらにはそれとの連携を進めたりする必要を示唆するものと考えられる。 主催者 人数 % 公的機関 193 39.8% 民間機関 124 25.6% 所属サークル 103 21.2% なし 69 14.2% 大学・高校 41 8.5% 他サークル 37 7.6% 個人教授・塾 32 6.6% PTA 13 2.7% 会社・組合 11 2.3% 図表4-1センター以外の受講講座の主催者(複数回答)  次にそこでの受講講座の分野を尋ねたところ、図表4-2のとおり、文化芸術、健康スポーツの2本柱が浮かび上がった。当センターの受講分野ではパソコンが3本柱に入っていたのは、センターが他の機関、とくに公的機関に先駆けてパソコン講座を実施していたからととらえることができよう。  また、同様の視点からとらえるとするならば、社会、職業、心理、科学技術については、たんにニーズが少ないからという理由だけではなく、「大学公開講座も、公的機関の主催する講座も」不十分だったからという理由も考えられる。大学公開講座の独自の高等教育としての役割発揮が望まれるところであろう。 分野 人数 % 文化芸術 162 33.4% 健康スポ 140 28.9% 外国語 58 12.0% パソコン 57 11.8% 社会 30 6.2% その他 27 5.6% 職業 18 3.7% 心理 11 2.3% 科学技術 7 1.4% 図表4-2センター以外の受講講座の分野(複数回答) 5 センターの講座の魅力は気楽、安さ、講師陣  「大学開放実践センターで開かれている公開講座について、あなたが魅力を感じる項目」を尋ねたところ、図表5-1の結果を得た。 魅力項目 人数 % 気楽に学べる 272 56.1% 受講料安い 219 45.2% 講師陣の質 179 36.9% 交通便利 114 23.5% 徳島大学だから 104 21.4% 種類が豊富 101 20.8% 高度な専門性 92 19.0% わかり易さ 79 16.3% 最先端学問 39 8.0% 施設設備の質 31 6.4% 学生と交流 20 4.1% その他 12 2.5% 図表5-1センターの講座の魅力(max=3)  大学の敷居が高いままでは、大学開放も市民の支持を得ることはできない。「気楽に学べる」が唯一過半数の受講者が肯定する項目であったことは、そのことを如実に示す結果と考えられよう。そして、講師陣の質、高度な専門性などの高等教育としての独自性も、決して不要ということではなく、「気楽に学べる」という前提があってこそ生きてくるものと解釈すべきなのであろう。 6 学習仲間を通して大学教員と学問の話を、センター教員とは受講テーマを深めるための相談を  「講座以外で大学教員とどのような交流をしたいか」尋ねたところ、図表6-1の結果を得た。大学教員とは、学習仲間を通して交流したい、専門分野からの助言を得たい、心の交流より学問の話をしたいという願いをもっているということができる。  また、「あなたがセンターのスタッフに相談したい内容はなんですか」と尋ねたところ、図表6-2のとおり、「受講したテーマを深めるための相談」が群を抜いてトップであった。  以上のことから、一般の大学教員に対しては、それぞれの専門性に応じた学問の話を求めるとともに、センター教員に対しては、学習支援者としての役割を発揮するよう求めていることがわかる。大学教員としてはそれぞれの立場からの構造的な取組みが必要になるといえよう。 希望する交流 人数 % 教員と学習仲間との交流 208 42.9% 専門分野からの助言 194 40.0% 学問に関する広い会話 158 32.6% 心通じるおしゃべり 91 18.8% 教員と一対一で交流 8 1.6% その他 16 3.3% 図表6-1大学教員との交流希望の内容(max=2) 相談したい内容 人数 % 受講テーマを深める 207 42.7% 広く学問の様子知る 131 27.0% 公開講座情報 126 26.0% サークル活動 64 13.2% 資格単位取得 53 10.9% ボランティア 42 8.7% 徳島大学情報 17 3.5% 教官の情報 15 3.1% その他 14 2.9% 図表6-2センタースタッフに相談したい内容(max=3) 7 半数の人が何かを研究したいと思っている  図表7-1に示したとおり、半数以上の人が「(センターまたは他のところで個人的に)何かを研究したいと思う」とした。希望する研究方法としては、図表7-2のとおり、「初心者でもわかりやすく」がもっとも多かった。また、「じっくり時間をかけて」や「一生のテーマを見つけたい」も10%以上あった。希望する研究内容としては、図表7-3のとおり、生活を豊かにするため、広く教養・趣味・文化・芸術を希望する人が多かった。「社会をよくする」も13.0%あった。しかも、187人(38.6%)が研究テーマを具体的に記述しているのである。  このことから、ライフワークとして、特定の生涯学習に本格的に取り組みたいという要望と素地があることがわかる。大学開放においては、一斉講義型とは異なる、個の研究欲求に応える学習支援方策をも検討することが求められているといえよう。 はい 247 50.9% いいえ 181 37.3% 無答 57 11.8% 図表7-1何かを研究したいと思うか 希望する研究方法 人数 % 初心者でもわかるように 129 26.6% 長期間かけてじっくり 89 18.4% 関連分野を幅広く 82 16.9% 一つの分野に絞って 69 14.2% 一生のテーマ見つけたい 69 14.2% 研究仲間をつくりたい 41 8.5% 今の課題を解決したい 39 8.0% 学問的に高度な研究を 35 7.2% 短期間で修了したい 21 4.3% 論文を作成したい 17 3.5% 研究成果を発表したい 15 3.1% その他 2 0.4% 図表7-2希望する研究方法(複数回答) 希望する研究内容 人数 % 生活豊かに 118 24.3% 広く教養を 102 21.0% 趣味的内容 98 20.2% 文化・芸術 96 19.8% 生き方考える 80 16.5% 実用的内容 68 14.0% 社会をよくする 63 13.0% 職業資格仕事 47 9.7% ものを製作 34 7.0% 原理的内容 21 4.3% 図表7-3希望する研究内容(複数回答) 8 他者と出会い、学習仲間を見つけたい  「この1年間で、講座の時間外に受講者同士で交流した体験はありますか」との問いに対して、「他の受講者と30分以上、おしゃべりしたことがある」が30%以上、「講座のテーマに関連した話題で意見交換をしたことがある」が20%弱、「センター以外の場所で、受講者同士で、自主的な勉強会をしたことがある」、「受講者同士で誘いあって、ほかの機関が主催する講座に出かけたことがある」もそれぞれ10%以上の回答があった(図表8-1)。  公開講座のもつ、学習仲間と出会うチャンスとしての役割を自覚する必要がある。 受講者同士の交流実態 人数 % 30分以上おしゃべり 146 30.1% テーマに関連して意見交換 96 19.8% センター以外の場で勉強会 55 11.3% 他機関の講座に一緒に参加 53 10.9% その他 53 10.9% 図表8-1講座時間外での受講者同士の交流(複数回答)  さらに、希望する交流内容を尋ねたところ、図表8-2の結果を得た。ここで「自分とは異なる考え方や価値観にふれること」がトップの43.3%であることに注目する必要がある。  「新しい友達や仲間を見つけること」、「講座のテーマに関連した、気楽なおしゃべり」、「講座での学習を深めるような情報や意見の交換」も同様に高率の支持を獲得している。しかし、それらのニーズの背景には、学習仲間の同一性を志向する「コミュニティ」というよりは、異なる個性を歓迎し交流しあおうとする「ネットワーク」が指摘できるのではないか。 希望する交流内容 人数 % 異なる考え方・価値観にふれる 210 43.3% 新しい友や仲間を見つける 199 41.0% テーマ関連の気楽なおしゃべり 194 40.0% 学習を深める情報・意見の交換 186 38.4% 気持ちが通じ合うおしゃべり 131 27.0% 定期的な勉強会 70 14.4% インターネットやファックス 58 12.0% 受講仲間の企画で公開講座開設 28 5.8% 掲示板での交流 17 3.5% その他 8 1.6% 図表8-2希望する交流内容(複数回答) 9 高齢化、地球環境などについて学びたいが、難しいのが心配  「市民として現代社会において必要な学習」のテーマ(現代的課題)を挙げ、「あなた自身が受講したいテーマ」を回答してもらった。その結果は図表9-1のとおりである。  次に、「受講したいと思わない講座があるとしたら、その理由は何か」と聞いた。その回答結果は図表9-2のとおりである。現代的課題の講座を受講したくない理由は、生涯学習意識調査にはよくありがちな「忙しい」という消極的理由を大きく超えて、「難しそうだから」、「楽しくなさそうだから」という理由が受講者からいわば「積極的」に示されたのである。  このような実態を把握するならば、公開講座提供側としては、学習の必要性を上から説くのではなく、自ら「現代的課題」の枠組みや内実に精通することによって、その学習の本当の意味での「楽しさ」をリアリティをもって「わかりやすく」説明しなければならないといえよう。 希望テーマ 人数 % 高齢化社会 171 35.3% 地球環境 142 29.3% 国際理解・交流 96 19.8% 家庭・家族 84 17.3% 科学技術情報 78 16.1% 共生バリアフリー 74 15.3% 生命倫理 63 13.0% 地域の連帯 59 12.2% 資源エネルギー 58 12.0% 消費者問題 54 11.1% まちづくり 50 10.3% 児童・青少年 48 9.9% 子育て支援 38 7.8% 男女共同参画 30 6.2% 人権 29 6.0% 人口・食糧 27 5.6% その他 19 3.9% 交通問題 11 2.3% 知的所有権(著作権) 6 1.2% 図表9-1現代的課題の受講希望(max=3) 受講阻害要因 人数 % 難しそう 143 29.5% 楽しくなさそう 94 19.4% 忙しい 62 12.8% 自分で学ぶ 35 7.2% 他の講座で学ぶ 21 4.3% 受講料が高い 19 3.9% その他 61 12.6% 図表9-2現代的課題の受講阻害要因(複数回答) 10 受講者の多様な「個」に積極的に対応することによって、国立大学としての公共的役割をいっそう発揮する公開講座の実現を  本調査では、すでに述べたように、当センターの公開講座受講者のうち、半数は何かを研究したいと思っており、さらには受講者全体の40%にも上る人々が「研究したいテーマ」を具体的にもっていることがわかった。  従来、公開講座では、とくに座学においては、マス(集団)に対する一方的な講義を提供し、それだけでも受講者からはある程度の満足を獲得していたといえるだろう。しかし、公的機関や民間機関等によって、多様な学習機会が提供され、充足されるようになり、さらには、受講者の側も、今回の調査に見られるように、それを超えた、より個人的な研究やライフワークへの願望を自覚するようになってきた今日、公開講座提供側は、従来の「講座」の枠組みを越えた対応を図らなければならないと考える。  たしかに、多様な「個」への対応というと、ややもすると、現代社会において個人個人をいっそう分断し、学習テーマの際限ない細分化を進めるだけの結果に陥るとして危惧されるのかもしれない。  しかし、本調査で見てきたように、受講者は第1に、自己の研究や学習の中で、自己に閉塞するだけでなく、他方でしなやかなネットワークを求めているといえるのではないか。それは同質化により閉塞していく過去の「コミュニティ」ではなく、異質を歓迎するゆるやかで互いに自律的な関わりと考えられるのである。第2に、社会とつながることを求めているのではないか。理解可能で、しかも楽しいことがわかれば、高齢化社会や地球環境のことについて学びたいと考えていることが今回の調査で明らかになった。第3に、他者や社会に役立ちたいと思っているのではないか。「社会をよくする」ための研究を希望する人も13%いた。また、それ以上に多くの人々が、生涯学習、とりわけ集団学習のもつ特性から、学習成果の活用や社会貢献を求めるようになると考えられるのである。  このように、受講者の多様な「個」に積極的に対応することは、ネットワーク形成、現代的課題の解決、社会貢献などに結びつく学習支援活動として展開することができると考えられる。このことは、国立大学の経営が今後、表面的にはいかに変わろうとも、国立の教育研究機関として本質的に求められる公共的役割を発揮することにつながるであろう。そして、それが、市民の生涯学習という個人的行為をとおした公共性の実現として結実することが期待できるのである。