徳島大学高度情報化基盤センター『広報』第9巻 2003.12発行 人と学びのネットワークとしての情報教育  徳島大学大学開放実践センター教授 西村美東士 1 人生や生活上の課題と密接に関連し、人と人とをつなげるコンピュータ  写真1 新規オープンしたネットワーク教室  高度情報化基盤センター教育用システムとして、これまで割り当てのなかった大学開放実践センターにも20台のパソコンを割り当てていただいた。大学開放実践センターではこれを活用し、従来の1階の「コンピュータ教室」に加え、平成15年4月、2階に「ネットワーク教室」をオープンすることができた。そのおかげで、平成15年度前期(春期・夏期)だけでも、既存の教室を含めて表1のようにバラエティ豊かな公開講座を開くことができた。  「ネットワーク教室」のパソコンは写真1のとおり、グループで交流したり、共同作業したりすることができるような配置になっている。  社会教育(学校教育以外の教育)では、「教える人は学ぶ人、学ぶ人は教える人」という合い言葉がある。また、知っていることを「知らない」と言い、知らないことを「知っている」と言うのがエセ・インテリの特徴といわれるが、学問の世界でも、知っていることは「知っている」と言って人に教え、知らないことは「知らない」と言って人から教えてもらう態度が求められる。そういうことをこの教室で実現したい。  表1のうち、私は「ホームページを作る夏期集中講座」を担当した。「講座ガイドブック」では次のように受講を呼びかけた。  「インターネット時代は、発信型、双方向交流型の交友関係が重要になると思われます。ホームページを見ているだけでは物足りなくなった方、どんなことでも結構ですからホームページで表現してみませんか。ご自分の趣味、ライフワーク、子育てなど、表現を工夫して楽しいホームページを作りましょう。それによって、共感しあえる仲間のネットワークが広がり、ご自身もあらためて自分の存在を確認することができることでしょう」。  大学開放実践センターがサービスしている生涯学習の場面では、コンピュータは人生や生活で直面する課題をよりよく解決するための道具として使われる。 講  座  名 講     師 初めてのパソコン(Windows) −基本編 高度情報化基盤センター 大塚俊作 初めてのパソコン(Windows) −応用編 高度情報化基盤センター 大塚俊作 ホームページビルダー実践講座 (株)スタンシステム 大塚淑子 インターネットでビデオ配信しよう 鳴門教育大学情報処理センター 曽根直人 はじめての、デジタル写真活用 高度情報化基盤センター 高橋都郎・他 JavaScriptを用いた動くホームページ作成講座 工学部 葉田善章 ネットワーク管理者入門 ―PC-UNIXインストール編 大学開放実践センター 金西計英 自宅からインターネットに挑戦 ―常時接続インターネットの基礎知識 大学開放実践センター 金西計英 エクセル講座(初級)関数とグラフを使って入門脱出 大学開放実践センター 川野卓二 エクセル講座(初級)分析ツールを使ったデータ分析T 大学開放実践センター 川野卓二 ホームページを作る夏期集中講座 ―ホームページビルダーを使って 大学開放実践センター 西村美東士 生活・健康・環境−インターネットで調べよう!結果はワードとエクセルでまとめよう! 大学開放実践センター 森田秀芳 徳島大学PCスキル技能認定ToPS(トップス) 大学開放実践センター 吉田敦也 情報システムでNPO、ベンチャービジネスやってみよう! ―地域情報化入門 大学開放実践センター 吉田敦也 ホノルルマラソンをインターネット中継しよう!―生活情報システム入門1― 大学開放実践センター 吉田敦也 表1 平成15年度前期に開設された「情報技術」ジャンルの公開講座 2 言語能力を育てるコンピュータ活用  私は工学部夜間主の全学共通教育授業「情報科学」を担当している。本授業はコンピュータをとおしたコミュニケーション能力を身につけることを目的としている。また、パワーポイント等のプレゼンテーションソフトには限定せずに、自分が身につけたパソコン技能を駆使してプレゼンテーションを行わせている。このことによって、コンピュータを主体的に使いこなして、職業人や市民として自分の個性を社会で発揮することのできる資質・能力を養おうとしているのだ。  本年度の演習の課題としては、若者として社会、わが国、わが町、わが職場、わが大学、わが家の「どこをどうしたいか」を取り上げ、「若者から社会への発信」としてプレゼンテーションさせた。そこでは「なぜ私はそうしたいのか」ということに気づくことが大切であり、それが個性あるプレゼンテーションの根本になる。  よりよいプレゼンテーションのため、各自ホームページでの探索を行うほか、インターネットの電子掲示板やチャットを利用して、若者が抱えている課題一般について、受講学生同士で受発信する。さらに、記事内容を編集したり、インターネット上の交流で成果をまとめたり、他者の作業を支援したりすることによって、バーチャル空間でのコミュニケーションや協働を行うにあたって必要な態度・資質・能力を身につけさせようとしている。  学生にはシラバスで次のように呼びかけている。  「この授業で支持的風土のインターネット交流を気軽に楽しんでください。文字入力やその他の具体的な操作が不得意な人も、自分の技能の範囲で実際にどれだけパソコンを使いこなせるかこそが重要になります。場合によっては、できないところは人に頼んでもかまいません。肝心なのはあなたの企画能力です」。  このように、私は「パソコン操作能力の習得」もさることながら、パソコンで何ができるかを知った上で、それをどう活用するかを企画し、その企画を実現するために人に頼むなどの力が社会では求められていると考えている。その基本となるものは言語能力だといえよう。  現代社会、とくに若者を取り巻くメディア環境におけるインターネットの普及状況にはめざましいものがある。私は一般の大学授業や看護学校における情報科学以外の科目でも、レポートや意見交流にeメールやiモードを利用している。  ちなみに、このとき、顔文字の書き込みや閲覧を禁止はしていないが、学生の発言記録編集時には当方で勝手に削除してしまう旨、学生にあらかじめ伝えてある。「うれしいから(^^)」ではなく、うれしさに関する自己特有の「枠組」をも表現してこそ、「どのようにうれしいか」が伝わるのである。  通常使われている言語だけでどこまで表現できるかが、彼らの学習課題だと私は考える。効果的な指導法を追求することにより、言語能力を育てる適切な道具としてコンピュータを活用したい。 3 若者の「自分らしさ」願望に対する情報科学の授業  教育の重要な機能として「社会化」があげられる。他方で、学習者側には「自分らしく生きたい」という願望が強くなっている。  私は大学教育学会「大学教育学会誌」(2000年11月)において、研究報告「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法」を行ったことがある。そこでは、第1は、ワークショップ型授業によって、即自から対自へ、対自から対他者へというステップで学生の気づきが促される過程を明らかにした。さらに、対他者から再び対自や即自のより深い気づきへと循環する過程を明らかにした。第2は、学生の自己決定能力の到達段階の把握に基づく戦略的な指導内容と授業構成の必要性を明らかにした。  2001年度の大学教育学会では、それをもとに、「情報科学」の授業におけるインターネットを通したコミュニケーションによるワークショップ型授業を分析し、その結果を発表した。当該授業は、インターネットのもつ匿名性を利用して他者との関与を深め、「自分らしさ」への気づきを促そうとしたものである。そこでの対自、対他者、即自の気づきのための有効な指導のあり方を論じた。  「自分らしさ」は、大多数の学生がいわば「自明」のものとして望んでいる。しかし、その内実は他者や社会のなかでの位置づけを欠いたものであることが多い。コンピュータやインターネットを通したワークショップ型授業のなかで、その「自明性」に疑問をもたせ、さらには、他者や社会との関わりのなかで「自分らしさ」を位置づけていくことが重要である。  現代青年の意識と行動の傾向を考慮した場合、匿名性のネットでなら、対面では控えがちな次のような内容の発信ができると想定された。 @ 普段なら友達から揶揄されるような、自己の内面に関わる話。 A 正義感あるいは偽善と見られたくないため避けていた、社会性、公共性のある話題に関する話。 B 「見知らぬ他者」との共感の表明や、反論などの相互関与。  そのため、電子掲示板システム(BBS)でハンドルネームを利用することにより、グループワークや意見交換において、対面では得られない深い相互関与ができるという仮説を設定した。 4 ワークショップ型授業におけるコンピュータ活用の効果  研究では、学生の電子掲示板及び電子メールでの発言内容の変化を、個人ごと及び時系列に沿って整理し、検討した。また、4回目以降のワークについては、メディア教育開発センター通信研修「学生による授業評価実践」の支援を受け、同時期に実施した共通教育科目教育学「大学・市民・ボランティア」とともに授業イメージを調査し、比較検討した。  「大学・市民・ボランティア」の「自分らしさ」に関する「対面」によるGWの結果(2回分、延39名)を、本授業第8回の結果(36名)と比較し、次の結果を得た。講義より「自分の気持ちを表現したくなる」、「没頭できる」がともに3.06(2.72、2.63)で、より高い評価を得た(「そう思う」4、「ある程度そう思う」3、「あまりそう思わない」2、「そう思わない」1。カッコ内は対面の場合。以下同じ)。「自分の問題に気づける」3.17(3.18)、「自分に気づける」3.00(3.05)はほとんど変わらない。逆に「判断力が身につく」「リーダーシップが身につく」は中間値の2.50より低い否定傾向の2.42(2.85)、2.14(2.58)である。  コンピュータを導入したワークショップは、対自については、対面GWに匹敵する気づきをもたらすものであるといえよう。コンピュータを介することによってワークに「没頭」でき、自己表現もしようとする気になる。しかし、そのことは、対面よりも理性的、能動的に他者に関与することにはつながらなかったと考えられる。  次に学生の交信内容を分析し、以下の結果を得た。「自分らしさの判断基準」について、最初は「人とは違ったことをする」、「人に流されない」などの意見が多かった。しかし、教師からの「マイルームにいるときの自分が、一番自分らしいということでよいか」という問題提起や、「自分らしさは大切だが、みんなと違うことは恐い」、「人の意見に流されやすいのも『自分らしい』といえる」などの学生間の交信を経て、「自分らしさを見つけるには他人が必要」、「人と交流することで、自分の知らない自分を知る」などの発言に至った。  しかし、他方で、この流れに関与せず、最後まで「自分が自分らしいと感じること」などの即自的な結論にとどまる者も数人いた。これは、コンピュータを介したWS(=ワークショップ)においては、交流への参加度が、対面よりも他者の影響を受けにくいことの表れと考えられる。対面でなければ、自己内処理だけで完結することが容易なため、学生によっては、自己とは異なる他者の見解を自己内でとらえ返すことのないまま発信し続ける現象が生ずるのだろう。 5 学生同士のコンピュータによるコミュニケーションに対する教師の指導のあり方  本授業で教師は、「マイルームでの自分らしさ」の自明性に疑義を提起し、また、テーマを「自分らしさ」に限定して交信させた。これは、普段の対他者関係においては話題になりにくいが、潜在的には知りたい事柄と考えたからである。実際に本授業において、このような教師の「揺さぶり」や「枠組の提示」によって、彼らが苦手とする相互関与を促す一定の効果が見られた。  しかし、今日の多くの学生は、仲間以外の他者とのコミュニケーションに対して「苦手意識」をもっている。今回の授業では、コンピュータを介して匿名性を保障されても、その意識自体が解消されるわけではないことが示された。その根底には、他者に対する基本的信頼感の欠如があると考えられる。このことは、対面WSにしても、ネット上のWSにしても、共通の問題としてとらえることができよう。  他方で、「内面性」「社会性」に関わる話題の展開に関しては、一定の側面からはコンピュータの導入の効果があったといえる。教師は、この効果をよりいっそう意識的に活かすことによって、異なる価値観をもつ他者への共感を促進し、信頼能力を培い、これを自己への信頼感へと還流させることが必要である。このようにして、自己や他者への気づきが深まる過程のなかで、より他者や社会との位置づけをもったものとしての「自分らしさ」が確立されることが期待できる。コンピュータを導入したWS型授業においては、教師は、ネット上での学生同士の交信に対して、役割提供、表現支援、受容、揺さぶりなどの指導機能をいかに有効に発揮するかが重要な課題になる。  そのためには、一人一人の学生の対自、対他者の気づきの到達段階を教師が把握する必要がある。これを、「自分らしさ」に関する認識の深まりの段階に応じて、次のように整理しておきたい。 @ 即自の段階  ・・・自分が「自分らしい」と感じることが「自分らしさ」であるとする。 A 対自己の段階 ・・・「自分らしさ」の自明性を疑う。 B 対他者の段階 ・・・「自分らしさ」が、他者との関わりのなかで育まれることに気づく。 C 対社会の段階 ・・・自己の「自分らしさ」を、社会との関わりのなかに位置づける。  この4段階は一方向のものではなく、むしろ循環して深まっていくものである。場合によっては@の深まりに戻るような気づきも含め、その循環をいかに有効に支援するかを検討する必要がある。 6 ネットワークにおける支持的風土形成の重要性  上記の発展を阻害する最大の要因として「ピアコンセプト」(仲間と同一化して仲良くしようとする意識)を挙げたい。これは立場、意識、考え方などが相手と同質であることを確認しあって安心しようとするマイナスの側面をもつ。この志向こそ、個を発揮するネットワークを阻害する要因と私は考えている。  さらにこの志向は次の防衛的風土(J・R・ギッブ)につながりやすい。  「仲間としては、恐れや不信がみられる。例えば、自分がこの集団に適応していないと恐れ、律法主義になり、枝葉末節にこだわり、かばいあう徒党が互いにせめぎあい、一方ではやたらに同調性がみられる」。  民間のBBSやチャットの世界も、その多くが「ピアコンセプト」や「防衛的風土」に冒されているように私には思える。  教師は、学生に仲間への同調を求めるのではなく、相異なる自他への受容を促し、次のような「支持的風土」(同上)を形成するよう働きかける必要がある。  「仲間としては、自信と信頼がみられる。例えば、自分がこの集団に適応しているという自信に満ち、みせかけを装う必要が少なく、感情と葛藤を気楽に示し、仲間に同調しない場合もそれを率直に示すことができるが、メンバーに肯定的な感情をもっている」。  この支持的風土は、目標追求としては、「自発と多様が多い。例えば、その追求の方法は、正直で、率直で、開放的で、上下、左右のコミュニケーションが多く、積極的な参加が多く、全員が自発的・創造的に仕事にかかり、多様な評価がなされる」といわれる。  学生同士のコンピュータによるコミュニケーションに対しても、教師はこのような風土の形成に心がける必要があるといえよう。 7 「いつ・どこ・だれ・なに」の生涯学習と情報インフラ整備  生涯学習では「いつでも、どこでも、だれでも、なんでも」という合言葉が使われる。これは、オープンマインド(自他への基本的信頼に基づく開かれた心や態度)に支えられていると考えられる。これまで述べてきたような情報教育や、「いつ・どこ・だれ・なに」の生涯学習の観点から、情報教育のためのインフラ整備について、個人的ではあるが考えを述べておきたい。  第1に、学生の冒険や失敗を許容できる柔軟なシステムにしてほしい。  青少年教育(青少年に対する社会教育)の場では当然ながら「安全教育」が重視されてきた。自らの命や体を大切にすることを教えるのである。青少年教育のその使命は今も変わらないが、最近はそれに加えて「冒険教育」の重要性が叫ばれるようになっている。自らの頭と心を総動員し、身の危険を感じながらもチャレンジするという体験が、青少年の「生きる力」につながると考えられる。  コンピュータについては、身の危険を感じるような「冒険」はあまりないだろうが、より自由にアップロード、ダウンロード、受発信ができ、いろいろな操作上の失敗ができるシステムが必要だと考える。  「こわれないようにする」から、「こわれてもすぐ直せる」になったらと思う。  第2に社会教育でいう「集団学習」ができるような施設・設備にしてほしい。  社会教育では「集合学習」を「集団学習」と「集会学習」に区分けしている。集団学習では、ただ集まるだけでなく、学習者同士の関与(相互教育)が期待される。そして、学級・講座などは「集団学習」として位置づけられるのである。学内の「集合学習」もそうであってほしい。  また、ワークショップの特徴の一つとして「笑いが絶えない」が挙げられる。1台のパソコンを囲んで、5人程度のグループがわいわい騒ぎながら、何か成果物をつくりだす。そういう光景が学内のあらゆるところで見られるようになると楽しいだろう。  貸出用ノートパソコンを多数備えて、学内のすべての教育の場でコンピュータが使えるようにしておけば、それは実現可能と考える。  公開講座や大学授業の情報教育の場で、「支持的風土」による「集団学習」が盛んになることを願っている。 【関連自著文献】 ・「パソコン・パソコン通信と青年」(高橋勇悦編『メディア革命と青年』p109-141) 恒星社厚生閣 1989 ・『癒しの生涯学習−ネットワークのあじわい方とはぐくみ方−』 学文社 1997 ・「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法」 大学教育学会『大学教育学会誌』22巻2号 p194-202 2000