クドバスを活用した子育て学習の内容編成 −高校生の子をもつ親のために− (2004/12/10受理) 西村美東士 聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究3』(2005年3月)原稿 1 研究の意義 1-1 高校生の子をもつ親への「子育て支援」  現在、少子高齢社会の活性化方策の一環として、「子育て支援」「次世代育成支援」の必要性が盛んに指摘されている。また、乳幼児期から児童期の子育てについては、PTA活動を含め、その支援の取り組みが行われ、実際にある程度の成果を挙げていると考えられる。  しかし、高校生の子をもつ親は、小・中学校区でのPTAや公民館等での取り組みからも外れて、孤立して悩んでいる状況があると考える。あるいは、子が高校にまで至ると、児童期までと比べて「これ以上は変容する可能性はない」とあきらめている者も多いと推察される。  高校生に対する親としての望ましい接し方は、けっして児童期までのそれよりも容易に習得できるわけではないことは言うまでもない。このようなことから、いわば「支援が手薄だった層」、「地域や子育て仲間から離れつつある層」としての高校生の子をもつ親に対して、「子育て支援」の一環としての学習機会提供事業を実施することの意義は大きいといえよう。そして、そのために、研究面においては、効果的な学習内容編成に関する研究が急務であると考える。 1-2 子育て学習の内容編成作業の組織化  子育て学習の内容編成の現場では、ほとんどの場合、一人または少人数の事業担当者がその作業にあたっていると考えられる。もちろん、担当者に研修・研究の機会が与えられ、その成果を反映させているということは大いに考えられよう。しかし、その場合でも、一番重要な学習内容編成の最終段階においては、結局は自己の経験と主観に頼って作業せざるをえないのが実践現場の現実といえよう。  本研究では、後述の「クドバス」という手法を導入し、その作業をグループワークとして組織的に行うことを試みる。そのことによって、学習プログラムがより組織的、合目的的、系統的に組み立てられるものと考えるからである。また、このような学習内容編成作業の組織化は、学習者参画型の学習機会提供にも道を開くものとして期待できる。市民参画型の学習機会提供事業は各地で試みられているのだが、それがプログラム作成の最終段階では結局は担当者と一握りの市民の手によるものであったという結果に陥らないようにするためには、このような学習内容編成作業の組織化が必要と考える。 1-3 学習機会提供事業の到達目標の設定  本研究では、親として獲得すべき多様な能力を構造化し、それに基づいて学習内容を編成する。そのことによって1-2で述べたような「作業の組織化」が保障されるとともに、学習プログラムのなかのそれぞれの回について、獲得すべき能力を明示化することができる。  このことにより、各回の目標の到達度をより適正に点検し、自己評価を行うことが可能になると考えられる。また、その学習プログラムのめざす「(親としての)最終的な仕上がり像」が構造化されて明らかにされることから、事業全体の到達目標の設定と評価も、より明確に行うことが期待できる。  さらに、このような「目標の明示化」は、学習者の自己関与を促進する契機としても期待できる。  かつて筆者は、「学習相談」の一形態として、「目標設定から学習評価までを一貫して学習者側と相互的に行うもの」を挙げたことがある。そこでは、「アメリカの学習契約(Learning Contract)などの事例があり 、わが国でもいくつかの市町村で『学習メニュー方式』などの実践の中にその萌芽が見いだされる」として、学習者個人の学習目標への自己関与の重要性を指摘した(1)。 しかし、このような自己関与については、わが国の社会教育等の実践においてはいまだ本格化されていないのが実態といえよう。その点で、学習目標の明示化は、学習者に対して自覚的学習行動と、学習目標への能動的関与を促す契 表 1 @ 学習プログラム作成課題シート 課題 下記の設定にしたがって学習プログラムを作成しなさい。 学習ニーズ  高校生は、自分の力で充実した生活を送り、また、親と相互に生活を支えあって、社会的自立に備えることが望まれる。しかし、そのための家庭の教育力が低下していると考えられる。このため、自分の子育てに問題を感じている親が、望ましい親像を理解し、それを実践できるようにする。 講座設定 講座名称 高校生の子を持つ親のための講座 受講人数 30人 受講期間 2005年9月6日(火)〜2006年3月14日(火)10:00〜12:00(28週) ただし12月27日と1月3日を除く。初日はアイスブレーク。 受講時間 2時間×25週=50時間       会場 S大学生涯学習センター(おもに50人規模の会議室を使用する) 合宿 学習時間の枠外で1泊2日の親睦旅行を行う(家族同伴可) 講座担当者 大学授業「家庭教育と社会教育」受講学生 受講対象 自分の子育てに問題を感じている高校生の子をもつ親   @ 学習プログラム作成課題シート         A 必要能力・資質リスト           B 必要能力・資質構造図         作成書類 C 科目別学習目標シート           D テーマ別学習目標シート           E 学習スケジュール表           F 学習設備・機器・物品準備計画書       機になることが期待される。 2 研究の目的 2-1 能力分析  本研究では、「職業能力分析」の手法を援用することにより、高校生の子をもつ親に求められる能力を分解してとらえた上でこれを構造化し、各科目の到達目標及び全体の「仕上がり像」が明示化された学習内容を編成して、学習プログラムを作成する。その成果の吟味により、学習内容編成において能力分析から積み上げていくことの妥当性を検討することを本研究の目的とする。 2-2 仮説の設定  以上から、本研究では、次のとおり仮説を設定した。  [高校生の子をもつ親の子育て能力を、「〜を知っている」(知識)、「〜ができる」(技能)、「〜の態度がとれる」(態度)の3種類の表現のいずれかで表記して、これを構造化することにより、明確な到達目標をもった効果的な学習プログラムを編成することができる。] 3 研究の方法  2004年度後期の社会教育主事課程授業「家庭教育と社会教育」において、クドバスを活用して学習内容を編成し、その成果の妥当性を検討した。作成した書類は次の7点である。 @学習プログラム作成課題シート(表1) A必要能力・資質リスト(表2) B必要能力・資質構造図(表3) C科目別学習目標シート(表4) Dテーマ別学習目標シート(表5) 表 2 A CUDBAS必要能力・資質リスト「高校生の子をもつ親」(列・行ともに重要度順) E学習スケジュール表(表6) F学習設備・機器・物品準備計画書(表7)  なお、作業にあたった者は、受講女子学生3人と指導教員である筆者の4人であった。最近まで高校生であった学生のリアルな意見を組織化することができたとともに、幸いにも学生の一人は子育て支援の活動経験のある社会人(以下学生01とする)であったため、多角的に検討することができた。  そのほか、受講学生の感想、気づき等をBBS(電子掲示板システム)で毎回集約し、検討した。 4 クドバスの概要と活用の意義 4-1 クドバス開発の経緯  クドバスの概要を、その創始者である森和夫による数点の文献からまとめれば、次のとおりである(2)。  クドバス(CUDBAS=CUrriculum Development Method Based on Ability Structure)は1990年に開発されたカリキュラム開発手法である。1989年、労働省を中心に、森らはプロッツ(PROTS=Progressive Training System for Instructor)という指導技術訓練システムの開発に着手した。これは海外で技術指導にあたる指導者たちに特に必要性が高かった指導技術訓練システムを開発しようとしたものである。クドバスはその一環として開発された。 4-2 クドバスの特徴  クドバスによって、教育内容項目を具体的な行動目標として能率的に記述し、カリキュラムもしくは教育計画を立案することができる。  森はクドバスでできることとして、次の13点を例示している。 @保有する技術・技能の評価 A職員の能力におけるウイークポイントの検索 B新規事業の立ち上げ可能性についての能力面からの検証 C職員の現状把握と経営戦略への立案、教育計画の立案 D教育システムの確立 E継続教育マニュアルの作成 FOJTマニュアルの作成 Gテキスト、教材の開発 H管理職、マネジメント教育のツールとして実施 I人事考課への活用、処遇の決定 J人事配置・プロジェクト担当チームの編成 K問題解決手法への適用 L発想法としての応用  クドバスの特徴としては、次の6点が挙げられている。 @「早くできる」 A「手続きがシンプルで簡単である」「あまり多くの教育は必要としない」 B「小集団の意思決定によるものである」 C「第一人者であれば説得力があるものになる」「分析する内容についてよく知る人であれば誰でも参加でき、安直である」 D「分析する途中の全てのプロセスが記録に残るため、改訂や見直しができ、他者への説明にも役立つ」 E「応用範囲が広い」 4-3 クドバスの進め方の概要  進め方としては次の5つのステップを踏むことになる。これらは、参考文献やホームページなどで公開されている「マニュアル」を使って、読み上げながら実施することが可能である。 @職場の熟練者について「何ができるか」、「何を知っているか」、「どんな態度が取れるか」で1件につき1枚のカードに書き出す。 Aそれらのカードを仕事の単位でまとめていく。 B水準の順序で並べ直す。 Cカードごとの水準を書き入れる。 D能力資質リスト図に転記する。  作業は、その職業について知る人5〜6人程度で行う。各方面からの参加が望ましい。その際の注意事項は次のとおりである。 @メンバーは同等の資格、権限で進めること。 A個人への批判や攻撃はしないこと。 B互いに協同して良いリストを作成すること。 C固定観念にとらわれず、柔軟に発想を出すこと。  能力カード作成にあたっては、「人格的なものや性格などは除く」とされている。また、他の人との重複は気にしないで、いろいろな角度から書く。所要時間は1枚につき1分程度で、一人20枚程度が想定されている。  書き込まれたすべてのカードを机の上に置く。同一内容のカードは重ね、類似カードは近くに置く。重ねたカードは内容を点検し、最も内容を代表するカードを一番上にする。適切なカードがなければ、新たに書き足す。確認してホチキスでとめる。ただし、少しでも違っていれば独立させる。  次に、これらを見渡して仕事内容でグルーピングする。仕事カードの語尾は「〜をする」を使う。仕事カードごとに能力カードを右横に並べる。並んだ能力カードを重要度の高いものから順に右へ並べ直す。重要度のランクA、B、Cを決めて記入する。  次に縦の配列を行なう。カード群を比較して重要度の高い分類から順に下へ向かって並べる。「必要能力・資質リスト」は以上で完成である。  指導者がいなくてもできること、また、90分程度で作業が完成することが想定されていることは、学習内容編成者にとっての実用性を保障するものであると同時に、先に述べたような「学習者参画によるプログラム作成」や「学習者個人の学習目標への自己関与」を可能にする道具としても注目に値すると考える。 5 学習プログラム作成結果 5-1 学習プログラム作成課題シート  結果は表1のとおりである。  学生の参画意欲を高めるため、課題の設定自体を受講学生と相談して決定した。また、実際にこのプログラムを実施することをめざしている。そのため、次のようなBBS書き込みがあった。  わからないながらも少しずつ形になり、その中でいろいろ学んでいる。できれば実現したい。そして手応えを得たい。せっかくのチャンスなのでいかせればと意気込んでいる。(学生01)  この学生の記述内容からは、クドバスの参画システムとしての効力とともに、学習プログラムを実際に実施できる可能性が、クドバス作業への参加意欲との相乗効果をもたらしていると考えられる。 5-2 必要能力・資質リスト  結果は表2のとおりである。  4人だけで本リスト図を作成した翌週、100人規模の授業3コマにおいて、学生に自由意思でのBBSへの能力カードの 表 3 B 必要能力・資質構造図 表 4 C 科目別学習目標シート 表 5 D テーマ別学習目標シート 書き込みを求めた。17件の書き込みがあり、それを検討したところ、ほとんどが4人で書き出した能力カードと重複しており、1-3の1件だけを新たに加える結果になった。  もちろん、「4-3 クドバスの進め方の概要」で述べられた「各方面からの参加」については今回は不十分な面はあることも考えられるが、それにしてもクドバスの先述のスピードと安直さという特徴が、このような「網羅性」や「普遍性」に裏打ちされていることは指摘しておきたい。  「あまり考えこまずにカードが書けた」(学生01)などのBBSでの記述内容も、クドバスのこのような容易さと普遍性の両面に依拠したものと考えられる。ただし、重要度の判断にはやや戸惑いがあり、「高校生の子育てに必要なことを重要度に分けるのは思っていたよりも難しかった」(学生02)、「どれが一番重要か順位をつけるのは難しい」(学生03)、「どこまでAなのか決めるのは、考えているとどれも重要に思えるし、境目を決めるのが難しい」(同上)などの記述が見られた。とくに、循環関係があるカードについては迷うところが多々あったように思う。 5-3 必要能力・資質構造図  結果は表3のとおりである。仕事カードとは別に科目を設定し、異なる仕事カードに所属する能力カードを横断的に組み合わせて、その科目を構成するように心がけた。そのことによって、仕事別の学習よりも動態的で魅力的な学習内容編成が可能になると考える。  ここでは、5-2で述べた様相とは異なり、科目の設定において、アイデアやひらめきが強く求められた。しかし、「科目名を決めて、それに合うように分類するのが難しかった」(学生02)という記述もあったが、その学生は続けて「だんだん話し合いが抵抗なくできるようになってきた。次の授業でも発言するように心がけたい」(同上)と記述している。また、「多くの能力カードを含む科目名は考えるのは難しいけど、その科目にどんな能力カードが入るか考えるのは楽しかった」(学生03)という記述があった。  クドバスの前述の注意事項である「固定観念にとらわれず、柔軟に発想を出すこと」は、この段階ぐらいから強く求められるようになるといえよう。そして、作業をする者も、それになじんでいく過程があると考えられる。  正解が一つだけあってそれを教わるという「承り型学習」に慣れてしまった者にとっては、難しさを感じることがあると思われる。しかし、もう一方で、この作業をとおして話し合いや発言などの「能動的学習」への意欲が生ずることにも注目しておきたい。 5-4 科目別学習目標シート  結果は表4のとおりである。ここでは学習時間と学習方 表 6 E 学習スケジュール表 法を決めることが眼目になる。それ以外は今までのカード や電子ファイルを再利用、再編集するだけでよい。前述の「手続きがシンプル」、「分析する途中の全てのプロセスが記録に残る」などのクドバスのメリットは、このような要因から成り立っていると考える。  また、前項の必要能力・資質構造図において「科目名の決定」には手こずったが、それは学習内容編成において避けてはいけない作業だけが純化されて浮かび上がったものとして解釈することができよう。 5-5 テーマ別学習目標シート  結果は表5のとおりである。  「テーマのキャッチコピーが難しい。これだというコピーが今ひとつ挙がらないのが辛い」(学生01)という記述があった。前項と同じく、その自由奔放な時間を楽しもうとするゆとりが求められるといえよう。  なお、本表で「キャストゲーム」とは、各キャストを受け持つチームに分かれ、代表者がパネルディスカッションを行うものである。途中、作戦タイムなどを設けて盛り上がりをねらう。自分とは異なる立場の人の気持ちや痛みへの気づきが期待できる。「ロールプレイ」、「ケーススタディ」、「お願いトレーニング」においては、そのテーマごとの学習目標を達成できるような課題を提示する。「インタビューダイアローグ」とは、担当者または受講者代表がインタビュアーとなり、対話形式で講師から話を聞き出すという講義方式である。受講者からの質問を事前に整理しておいてインタビューに反映させることもできる。 5-6 学習スケジュール表  結果は表6のとおりである。初級から上級へと移っていくように配慮した。また、連続して配置した方がよいテーマ、同じ科目のなかのテーマでも、時期を考慮して別々に配置した方がよいテーマなどについて配慮を加えた。  なお、「旅行プランナー演習」では、客から家族旅行のプランニングの依頼を受け、インターネット等を活用して、それに応えるというワークショップを行う。その場合、2週目には学習目標に見合った「依頼者の家族の状況に関する新情報」を提示して目標の達成をねらいたい。 5-7 学習設備・機器・物品準備計画書  結果は表7のとおりである。これを作成することにより、講座開講中の資料準備や経費支出が余裕をもって計画的にできると考えられる。  なお、第22週の「公開パネルディスカッション」では、次年度関連講座のPRのためのチラシを配布することを企画した。 6 結果の検討と討論 6-1 仮説の妥当性  本研究では、子育て能力を分解して、知識、技能、態度の3側面から表記し、これを構造化して、そのまま学習プログラムに反映させたのであるから、仮説で設定したように学習目標が明確化するのは当然の結果であったといえる。実際にも、学習スケジュール作成の段階にあっては、比較的容易に、テーマごとの学習目標を設定することができた。  また、そこで設定された学習目標は、各回の担当者及び講師にも明確に認識されるし、他の回とは重複しないため、支援が責任をもって目的的に行われるという実践面での大きなメリットが期待できる。  本研究で得られたこのような知見は、本論の冒頭で述べたような「子育て学習の内容編成作業の組織化」や「学習機会提供事業の到達目標の設定」の意義とあり方を示すものとしても有効であるといえよう。このことは次の学生の記述に如実に表されている。  クドバスでは明確な目標設定に基づいて、必要な能力が重要度レベルの表記を伴って構成される。このようなものが家庭教育で使えることに驚いた。ここで編成された学習内容は、学習者としての親が、家庭教育を学びながら、そのなかで自己成長し、自己実現できるプログラムになっていると思う。なぜなら「達成できる」ことを前提にプログラムが構成されているからだ。今までの家庭教育の学習プログラムは、集団を相手にして、「(親は)こうでありましょう」という漠然としたメッセージを伝えようとするものが多かったのではないか。これに対して、クドバスの手法によって作成された学習プログラムでは、参加する親たちに、より強く「個人」を意識させることができると思う。また、自分自身にとっても、学習者が「できるようになること」を意識して学習プログラムを作成したことが良い経験になった。(学生01)  本記述は、達成目標の明示化によって、「個人が消えない学習」が可能になることを指摘したものであり、注目に値しよう。 表 7 F 学習設備・機器・物品準備計画書 6-2 子育て実践能力としての「自信」の達成度評価  しかし、他方で、その学習プログラムを十分に「効果的な」ものとするためには、本研究結果では明らかにできなかった課題が残されていると考える。  われわれは大学公開講座における子育て支援の実践から、親子関係における気づき過程とその支援について次のような知見を得た(3)。  (親たちの)学習集団に受容的雰囲気が形成され、互いに安心して自己開示を交換することによって、対自・対他の気づきが促されるという仮説は、部分的には検証された。また、講師がいくつかのワークショップの手法を活用することにより、同じ悩みを抱えた学習者のなかでは、受容的雰囲気は比較的容易に形成されることがわかった。しかし、本研究では同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自己や対家族、対社会への気づきを阻害してしまう傾向を見出した。  また、子育て学習には、他者への気づきと自己への気づき、学習集団内の共通性と差異性、個人の悩みの共同解決と自己解決、気づきの支援としての受容と揺さぶり、知識・情報の提供と体験の語り合い、指導の計画性と偶発性、講師の介入と学習者の参加・参画などの拮抗がつねにつきまとう。気づきの効果的な支援のためには、個人や集団の気づき過程を把握して、適時的にこれらを往復、循環させる必要がある。  このことから第1に、講座で得た知識、技能、態度を、実際の子育てに生かすためには、親の「自信」が必要になると考えられる。しかも、その自信は、学習者間の相互受容のなかで個人が埋没してしまうかたちでではなく、自己や家族に対して、個人として自覚的に向き合うかたちで形成されなければならない。  大学授業においては学生に対して揺さぶりをかけ、一時的には「自信を失わせ」、その学生のより高度な学問の修得を図ることもあるだろう。しかし、自己の子育てのなかでの問題解決のために受講している学習者に対しては、成人教育の性格上、本人のニーズに応えることを最優先に扱うべきと考える。  クドバスでは、すでに述べたとおり、人格的なものや性格などは能力カードからは除かれる。しかし、人格や性格がどうであろうと、子育て実践のためには、望ましいかたちでの自信の獲得が必要といえよう。そこで、その到達度を確かめるため、表8に示したような評価票を試作した。 表 8 学習目標別受講者評価票(縮小版) 「高校生の子を持つ親のための講座」受講者評価票 まず、あなたのことについておたずねします。あてはまるところに○をつけてください。 性別 女 男 職業経験年数 なし 3年まで 10年まで 20年まで 20年以上 現在 パート バイト 常勤 無職 欠席された回数 0回 3回まで 6回まで 9回まで 12回まで 13回以上 つぎに、下記のうち、もっともあてはまる数字に○をつけてください。  受講いただきありがとうございました。今後、より効果的な講座を開くため、受講前と受講後のそれぞれの学習目標についての自信の有無をお答えください。ただし、どちらかといえば自信がない場合は「@」に、どちらかといえば自信がある場合は「B」に○をつけてください。どちらともいえない場合だけ「A」に、○をつけてください。 1受講前の状態 2受講後の状態 自信がない わからない 自信がある 自信がない わからない   自   信   が   ある 01 人生に対して前向きな態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 02 人権を尊重する態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 03 自分が間違っていたら子に謝ることができる 1- 2 -3 1- 2 -3 04 親自身がうまくいかないとき、ヒステリックでない態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 05 家族旅行をしたとき楽しい態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 06 ほっといておくことができる 1- 2 -3 1- 2 -3 07 子のプライバシーを尊重する態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 08 知っていても知らない態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 09 子を信頼することができる 1- 2 -3 1- 2 -3 10 子にとっては家がわずらわしいことを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 11 子の今の精神状態を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 12 青年期は不安定な気持ちでいることを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 13 青年期の心理的特徴を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 14 すぐに反抗してくることを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 15 子の生活態度を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 16 親にうそをつくことを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 17 子の友人関係を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 18 彼(彼女)がいるのを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 19 望ましい勉強方法を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 20 子からの相談や話し合いに応ずることができる 1- 2 -3 1- 2 -3 21 何に関心があるかを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 22 じっくり話を聞くことができる 1- 2 -3 1- 2 -3 23 わが子に注意ができる 1- 2 -3 1- 2 -3 24 子が悪いことをしたとき、き然とした態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 25 子がパニックにおちいっているとき冷静な態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 26 子が落ち込んでいるとき上手に励ますことができる 1- 2 -3 1- 2 -3 27 家では食事を一緒にするよう誘うことができる 1- 2 -3 1- 2 -3 28 わが子にあいさつができる 1- 2 -3 1- 2 -3 29 高校生に適した性教育ができる 1- 2 -3 1- 2 -3 30 子からの進路相談に応じることができる 1- 2 -3 1- 2 -3 31 現代社会の就職状況や仕事の内容について知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 32 部活のおっかけができる 1- 2 -3 1- 2 -3 33 学校の様子を知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 34 同じ高校生の子を持つ親と情報交換や相談をすることができる 1- 2 -3 1- 2 -3 35 学校側と緊密かつ自立的な連携ができる 1- 2 -3 1- 2 -3 36 家族との会話ができる 1- 2 -3 1- 2 -3 37 他愛ないおしゃべりができる 1- 2 -3 1- 2 -3 38 励ます時、子が何を食べたいかを知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 39 お願いの態度がとれる 1- 2 -3 1- 2 -3 40 そうじ、片づけを子にさせることができる 1- 2 -3 1- 2 -3 41 食事の仕度、洗たく、そうじができる 1- 2 -3 1- 2 -3 42 高校生に必要な栄養素について知っている 1- 2 -3 1- 2 -3 43 子にとっての必需品を買うことができる 1- 2 -3 1- 2 -3  この評価票により、それぞれの学習目標に関して、そこで得られた能力を実践に結びつけられるかどうか、逐一的にその達成度と変容効果が測定できると考えた。  なお、これができるのも、クドバスによって子育て能力を分解して書き出す作業があったからこそのものととらえることができよう。 6-3 子育て実践に求められる統合的能力の育成  第2に、気づきの過程がつねに循環するものだとすれば、これらの気づきを統合的に処理するためのメタレベルでの能力が必要になると考えられる。  クドバスでは、能力を分解してカードに書き出し、それを必ず一つの仕事だけに帰属させるため、ある仕事に対して必要な能力と、関連して活用すべき他の能力が、離ればなれになる危険性がある。もちろん、科目編成において、異なる仕事から横断的に能力を組み合わせたことは、そのような問題点を少しでも解消する意義があったと考える。しかし、到達目標を他の仕事や科目と重複させないというクドバスの原則は、先述のメリットとともに、このような問題点をはらむのである。  これについては「統合的能力の育成」として、次のような新たな学習プログラムを考えたい。それは自分のもっている数種類の能力をフル動員させて「指令」を遂行するというプログラムである。そのプログラムは、当然、参加型、体験型になるだろうから、元の講座担当者が推進するほか、受講修了者の自主グループを組織して、そこが自主的、実践的に推進することも効果的と考える。 表 9 レッスンプラン(第1週の例) 今回の方法・テーマ 講義・インタビューダイアローグ「青年期の心理的特徴」 指導区分 時間 指導の要点 学習者の活動 本日の進行の説明 1分 担当者「みなさん、おはようございます。先週は講師の先生への質問票を提出していただきありがとうございました。これらの質問はあとでまとめて先生にインタビューしたいと思います」 1. 反抗期の理解 1-1.反抗の多様な形態 7分 担当者「みなさんの質問票のなかにも、反抗期に関するものが○○件ほどありました。親にとっては悩みの種の一つといえるのかもしれません。そこで、まず、反抗にはどんな形のものがあるか、考えてみることにしましょう。みなさんのお子さんは、どんな反抗をしてきますか?」 反抗の種類を自分の子育ての経験から考える [●5人程度を指名して、その回答を担当者が簡潔にまとめて板書する] 受講者仲間の発言を聞く 担当者「私たちのあいだではこのような結果になりました。先生、それでは、この『反抗の種類』からお話を始めていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。」 講師登壇 講師歓迎の拍手 3分 講師(反抗の多様な形態について黒板に列挙する) 注 その後、講師は、簡単な自己紹介ののち、青年期の心理的特徴について、テキストの流れに沿って1時間の講義を行う。   講義内容についても、わかる範囲で当レッスンプランに書き込む。 表 10 レッスンプラン(第20週の例) 今回の方法・テーマ ワークショップ「家事テキパキ段取り計画作成」 指導区分 時間 指導の要点 学習者の活動 本日の進行の説明 1 ワーク開始 (写真配付と説明) 1分 3分 担当者「みなさん、おはようございます。先週までの学習で、子どもに食事を一緒にするよう誘うことができるようになりましたでしょうか? 今週は子どもと一緒に家事をしたり、子どもに家事をさせたりできるようになることを、学習目標に設定してあります。」 「自分は家事が得意と思う方、自分は家事が不得意と思う方、自分の子どもはすでにある程度家事ができると思う方、できないと思う方、それぞれ手を挙げてください。人数を数えさせていただきます。」 (親子不得意、親子得意、親得意+子不得意、子得意+親不得意の4つのパターン別に、人数を板書する。) 担当者「私たちのあいだではこのような結果になりました。今回の最後にはそれぞれのパターンにおける最善の解決策を見いだせるとよいですね。それでは、先生、よろしくお願いします。」 講師登壇 挙手 講師歓迎の拍手 注 その後、講師は、簡単な自己紹介ののち、乱雑に散らかったキッチンとリビング、子ども部屋の写真を各グループに配付 し、ワークの課題を与える。 を分解して書き出す作業があったからこそのものととらえることができよう。 6-3 子育て実践に求められる統合的能力の育成  第2に、気づきの過程がつねに循環するものだとすれば、これらの気づきを統合的に処理するためのメタレベルでの能力が必要になると考えられる。  クドバスでは、能力を分解してカードに書き出し、それを必ず一つの仕事だけに帰属させるため、ある仕事に対して必要な能力と、関連して活用すべき他の能力が、離ればなれになる危険性がある。もちろん、科目編成において、異なる仕事から横断的に能力を組み合わせたことは、そのような問題点を少しでも解消する意義があったと考える。しかし、到達目標を他の仕事や科目と重複させないというクドバスの原則は、先述のメリットとともに、このような問題点をはらむのである。 表11 CUDBAS必要能力・資質リスト図「現代青年の社会参画」(列・行ともに重要度順)  これについては「統合的能力の育成」として、次のような新たな学習プログラムを考えたい。それは自分のもっている数種類の能力をフル動員させて「指令」を遂行するというプログラムである。そのプログラムは、当然、参加型、 体験型になるだろうから、元の講座担当者が推進するほか、受講修了者の自主グループを組織して、そこが自主的、実践的に推進することも効果的と考える。 6-4 レッスンプランの作成による事業計画と達成度評価の緻密化  第3に、クドバスの最終目的がカリキュラム開発であるため、各テーマの学習方法・内容について、そのなかのどこが十分で、どこが不十分だったかまでは、正確に評価することができないという問題が考えられる。  その点については先述のプロッツの手法に学び、表9、表10のとおり、レッスンプランの作成を考えた。これにより、講座担当者の指導の内実を計画化し、正確な事業評価に堪えるものとしたい。また、依頼した講師に対しても、講師が作成したテキスト原稿やレジメを参考にして講座担当者が原案をつくり、相談のうえ、相互関与によってレッスンプランを書き上げることが望ましいと考える。そのことによって、講師依頼の回においても、講座担当者の企画意図を反映させるとともに、講座全体をとおした指導の計画化と評価の緻密化に資することが期待できる。 6-5 青少年に対する社会的要請の学習プログラムへの織り込み  少子高齢社会のなかで、現在、青少年の社会参画能力の育成の必要が叫ばれている。しかし、子育てに悩む多くの親たちにとって、わが子にそのような能力を身につけさせようと思うゆとりがあるのだろうか。あるいは、親自身、大人自身のなかに、どれだけ社会参画や社会貢献をしたいと考える者がいるのだろうか。本研究で構造化した「高校生の子をもつ親に必要な能力」のなかにも、直接的にそのことに言及したカードはなかった。  しかし、実際に「社会参画能力」をクドバスでリスト化したところ、親がわが子に身につけさせたい能力、さらには親自身が身につけたいと思っているであろう能力と、まったくといっていいほど差異はないと推察された。表11は、筆者が全国規模の青少年教育施設職員数十人に対して「青少年の社会参画」についての1時間半の講義を行い、そのときに青年の社会参画に必要な能力を一人一枚以上で書き出してもらって、あとは筆者一人でクドバスの手法でそれをリスト化したものである。  ロジャー・ハートは、子どもの参加を8つの段階(@操りの参画、Aお飾り参画、B形式的参画、C与えられた役割の内容を認識した上での参画、D大人主導で子どもの意見提供ある参画、E大人主導で意志決定に子どもも参画、F子ども主導の活動、G子ども主導の活動に大人も巻き込む)に区分し、「参画のはしご」という評価の視点を提起した(4)。はしごであるから、上の段も下の段もどちらも必要である。また、大人のほうも社会に参画することが前提となっている。  しかし、そこでも、個人の主体性、他者とのコミュニケーション、多様性の許容などの能力が必要とされている。これらは、ほとんどすべて、青少年や大人たちが自らの能力として身につけたいと思うことと一致すると考える。  このようなことから、社会の側からの「青少年の社会化」要請と、青少年自らの社会化ニーズとがかみ合っていないといえるのではないか。もちろん青少年の側のニーズには未成熟な点もあろう。しかし、クドバスの作業結果から明らかなとおり、青少年も大人も、社会参加、社会貢献、社会参画につながる能力をいらないと思っているわけではないのである。ただし、その活動をするよう社会の側から押しつけられていると感じた場合は拒否したくなるのだと考えられる。  「社会参画をしよう」という「漠然としたメッセージ」を伝えることよりも、ロジャー・ハートの主張するような「はしご」をシステムとして用意することのほうが重要ではないか。そして、その一環として、クドバスのような手法で青少年や親が自ら求める能力を組織化、構造化、明示化し、その能力の目的的な獲得を支援する学習プログラムの提供が望まれているのではないか。  以上の考察から、学習内容編成において社会的要請にどう対応すべきかということについて、次のように考えたい。  たとえ、子育て支援側がすべてを企画する講座だとしても、受講者が身につけたい能力の達成こそを目標とすべきである。しかし、逆に、たとえ、受講者参画型の講座だとしても、子育て支援側は社会的に必要な学習課題をつねに認識し、それが受講者のニーズと整合するチャンスを鋭敏に見つけ出して、提案者、問題提起者としての役割を果たすべきである。とくに公務としてその役割を担っているときはなおさらである。  すなわち、もし、一方的な「社会的要請」があるとしたら、それをクドバスの能力カードに入れ込む行為は、クドバスの良さを台無しにしてしまうことになろう。しかし、科目やテーマの設定において、受講者のニーズと社会的要請とが整合する企画は十分可能なはずである。たとえば本研究で作成した学習プログラムにおいても、「子育てのまちづくり」をいくつかの能力カードと結びつけ、一般の親を引きつける科目またはテーマを提起することは可能だったのかもしれない。なぜならば、社会化ニーズは、社会の側だけでなく、個人の側にも、それとは違ったかたちで顕在化、または潜在化して存在していると考えられるからである。両者の出会いこそが、今後の参画型社会をつくりだすと考える。 (1)西村美東士,『こ・こ・ろ生涯学習』,学文社,pp.144-145,1993.3 (2)森和夫ほか,『PROTS INSTRUCTER'S HANDBOOK - Drawing up a Training Program』,海外職業訓練協会,1990.7。森和夫,『現場でできる技術・技能伝承マニュアル』,日本プラントメンテナンス協会2002.2。同『職務分析から見た保健師の仕事と役割』,母子愛育会研修テキスト,2002.6。その他、同氏のホームページなど。 (3)西村美東士,「親子関係における気づき過程とその支援−公開講座による子育て支援の実践」,徳島大学大学開放実践センター『徳島大学大学開放実践センター紀要』,pp.71-95,2001.6 (4)ロジャー・ハート,『子どもの参画−コミュニティづくりと身近な環境ケアへの参画のための理論と実際』木下勇・田中治彦・南博文監修,IPA日本支部訳,萌文社,p42,2000.10