青少年問題の文献の動向 A 社会  平成15年度の「社会」分野の文献の特徴として、青少年が加害者になるだけでなく、被害者にもなる社会的問題や事件が多発したため、これにどう対応するかという議論が盛んに行われたということが挙げられる。そこでは、学校等を地域住民から隔離するのではなく、むしろ子どもたちの安全を守るための行政と地域住民との協働が求められた。また、「青少年の育成に関する有識者懇談会」の報告書が「青少年育成施策大綱」として結実した。これは、「大人社会の見直し」「率直に語り合える社会風土の醸成」など、これまでの青少年施策、実践、研究の到達点を踏まえたものになっていることが注目される。 (1)社会問題に関しては、岡本吉生がネット心中や二年前の池田小児童殺傷事件について取り上げた。また、伊藤忠記念財団「子どもの危機管理の実態とその改善方策に関する調査研究」は、後者の事件についても触れ、学校の防犯、地域の防犯、及び地震災害への対処に関して、行政と地域住民が協力してどのように危機管理を試みているかを検討した。 (2)社会保障に関しては、ユニセフ「2003年世界子供白書」が、@子どもの意見や見解を求め、子どもの視点を真剣に取りあげる責任、A子どもと若者が世界で正統かつ意義のある参加を育む手助けをする責任を指摘した。子ども参加とは、子どもに影響を及ぼす問題について、子ども自身の考えを盛り込むことを促し、それを可能にすることである。すべての子どもの多様な意見、発言の自由を保障し、子どもに影響を及ぼす決断をする際は、子どもの声を考慮することを子ども参加の原則としている。 (3)国民運動に関しては、内閣府では、平成14年から、青少年の育成の基本的な方向等について幅広く検討する「青少年の育成に関する有識者懇談会」を開催し、平成15年4月に「青少年の育成に関する有識者懇談会報告書」を取りまとめた。その基本的な対応の方向は次のとおりである。@能動性を重視した青少年観への転換、A社会的自立の支援、B特に困難を抱える青少年の支援、C率直に語り合える社会風土の醸成など。また、青少年育成推進本部は、以下の3点を基本理念とする「青少年育成施策大綱」を発表した。@現在の生活の充実と将来への成長の両面を支援。A大人社会の見直しと青少年の適応の両方が必要。Bすべての組織及び個人の取組が必要。青少年育成秋田県民会議は、今年度から「青少年に夢と希望と自信を」をスローガンにした「秋田アンビシャス運動」を、新たに県民総ぐるみ運動として展開した。鹿児島県青少年育成国民会議は以下の事業を推進した。@「心豊かな青少年を育てる運動」の推進、A青少年を育てる「地域の力」の強化促進、B県民会議運営事業の推進、C青少年健全育成推進事業の推進、D青少年育成センター事業の推進、E青少年会館管理運営事業の推進等。青少年育成国民会議が提唱し、全国で展開されている「大人が変われば子どもも変わる運動」の普及にも取組んだ。また、清水英男は「地域ぐるみの青少年育成に関する一考察」として、「子ほめ条例」に関する先進町村の事例を分析し、その成果や課題を明らかにした。また、西村美東士は「居場所づくりと青少年育成の考え方」において、青少年育成への懐疑としての「居場所論」、個人化と社会化の分裂状況などについて述べ、次のように指摘した。意図的に「自分らしくいられる」居場所をつくろうとする場合は、個人として深まること(個人化)と社会的な資質・能力を身につけること(社会化)を統合的に進めるよう配慮することが、若者のニーズに的確に応えることにつながる。そのためには、居場所をとおして得られる「気づき」の構造を理解し、支援する必要がある。 F 生涯学習・社会教育  平成15年度の「生涯学習・社会教育」分野の文献の特徴として、厳しい財政事情の一方で、ますます緊急性を帯びてきた青少年教育について、現代的で焦点化した対応をめざす傾向が目立つことが指摘できる。 (1)生涯学習振興施策に関しては、中央教育審議会生涯学習分科会が「今後の生涯学習の振興方策について(審議経過の報告)」を発表した。そこでは、基本的考え方として、「個人の需要」と「社会の要請」のバランス、「人間的価値」と「職業的知識・技術」の調和、「継承」と「創造」が挙げられた。また、行政内部の連携の在り方として、とくに職業能力開発分野について、文部科学省と厚生労働省との連携を強化するなど、関係各省との連携を強化し、教育委員会と首長部局の人づくり・まちづくりに関する部局等との連携の推進などにより、多角的な行政を展開するとされた。 (2)「体験活動推進事業」に関しては、秋田県「地域で育てる子ども体験活動推進事業」(様々な地域資源を活用した放課後や週末等における子どもの体験活動への支援、青少年が共同生活をしながら長期にわたり自然体験などを行う事業等)、福島県「豊かな自然から学ぶ体験活動推進事業(ハートウォームプラン)」(不登校の児童生徒や障害を持つ児童生徒と保護者を対象とし、福祉等を学んでいる学生ボランティアのサポートを加味)、新潟県「不登校児童生徒体験活動推進事業はつらつ体験塾事業」(人や自然とのかかわりを通して社会性や集団適応力をはぐくむ)、山梨県「青少年長期自然体験活動推進事業」(完全学校週5日制の実施に伴い、子どもの地域における様々な体験活動を充実させ、家庭教育を支援)などが実施され、その事業報告書が発行された。また、平野吉直は「役立つ『学力』を高める自然体験活動」において、「学力の低下」を危惧する声に対して、「知識の量=学力」という短絡的な捉え方が今日の様々な青少年問題・教育問題を生み出してきたと述べ、自然体験活動は、子どもを取り巻く現代的課題に対処しうる総合的な教育活動であり、子どもの全人的成長を支援する活動であるとした。 (3)青少年教育施設に関しては、独立行政法人国立青年の家・国立少年自然の家が、「いつでも、どんなことでもできる(学生)ボランティア活動への転換」「養護学校と普通学校の児童生徒の自然体験活動を通じた交流」(日高)、「学校教育に生かす体験学習法」、「社会性をはぐくむ長期自然体験プログラム開発の意義に関する研究」(花山)、「悩みを抱える中学生(問題行動、不登校・不登校傾向等)対象長期生活体験・冒険体験事業」(妙高)、「プログラム・アクティビティ実践集の発行」(乗鞍)、「少年期に必要な体験活動と指導のあり方に関する研究」(信州高遠)、「高校生演劇ワークショップ事業」(淡路)などの先導的実践・研究を行った。また、北海道立青年の家・少年自然の家では、それぞれの施設が運営の重点を定めて経営し、報告書を発行している。 (4)青少年の社会的能力の育成に関しては、門脇厚司が「子どもの社会力を育み高める総合学習の試み〜地域の課題を学習テーマとした授業の実践」を発表したほか、「広島大学大学院教育学研究科紀要」が「社会的スキル」の育成に関する諸論文を掲載した。 (5)「居場所」に関しては、特別区社会教育主事会中央ブロックが青少年の居場所づくりに対する各区の現状を把握した。また、住田正樹は「子どもの発達と子どもの居場所」において、その条件として空間性、関係性、意味づけ(他者から受け容れられているという感覚的な意味合いの関係性への付与)の3つを指摘し、萩原健次郎は「居場所が生まれる場を構想する」において、「居場所は互いの存在を認め合い、感じあう関係において生まれる」とした。 H 文化  平成15年度の「文化」分野の文献の特徴として、青少年がボランティア活動や団体活動、国際交流活動に関わる際の、青少年自身の主体的な参加・参画を重視する論調の高まりが挙げられる。 (1)メディアに関しては、「青少年を取り巻く有害環境対策に関する調査研究協力者会議」(文部科学省)が「子どもとテレビゲームに関するNPO等についての調査研究」を米国調査の結果も含めて報告した。そこでは、知的能力、学力、体力に関する研究、影響力を規定する条件を特定する研究などの必要が指摘された。 (2)ボランティアに関しては、大分県立生涯教育センターが、受け入れ先の施設や機関の開拓など、青少年のボランティア活動をコーディネートしている。しかし、意欲的な子どもがいても、希望する活動の受け入れ先が見つからないことも少なくないため、新たな受け入れ先の拡充が必要としている。また、三井情報開発株式会社総合研究所が「ボランティア活動を推進する社会的気運醸成に関する調査研究報告書」を発行した。 (3)団体活動に関しては、全国子ども会連合会が「子どもが主人公の場作りと親へのサポート事業調査報告書」において、家庭開放・遊び場・キャンプ場の3拠点から子どもが主人公になる居場所作りをすすめている事例研究の成果を報告した。日本キャンプ協会「キャンプ研究」は、「長期キャンプが参加者に及ぼす効果とその維持時間」(久保和之他)、「キャンプ実習における状態不安に関する研究−係の役割に着目して」(池畑亜由美他)などの諸論文を掲載した。日本赤十字社は「青少年赤十字活動実践事例集全国版」において、学校の教育目標達成のために取り入れられ、効果を上げている先進的な42の事例を紹介した。また、小川俊一は日本都市青年会議による「子ども・若者・居場所」の調査概要について紹介し、居場所としての住民施設、住民による居場所づくり、まちのたまり場、若者たちが創り出す「若者の居場所」などの意義について述べた。夏秋英房は「愛知県半田市の総合型地域スポーツクラブの展開と運動部活動」において、それが学校の特別活動のあり方とどのように関わるかを検討した。山城千秋は「沖縄における地域の共同性と青年の主体形成を促す地域文化活動に関する研究」において、青年会における地域文化活動、特に民俗芸能の伝承過程を考察し、経済的自立のためアルバイトで生計を立てる沖縄の青年が有する、家族、親族、地域の共同性に価値をおく志向について、今日の人間関係不全によって閉塞状況にある日本社会に対して、主体的に生きることの本質を示すものとして評価した。 (4)国際交流に関しては、「南」の子ども支援NGOネットワークが「国際協力NGOのための子ども参加実践ガイドライン2003」を発行し、「子ども参加はなぜ必要か」、「子ども参加の重要性を組織内でどう共有するか」などについて述べた。伊藤幸洋他は2002年度に行った「PEACE」という「総合的な学習の時間」の実践の研究成果を発表した。そして、国際理解を進めるために「その人と仲良くなりたい」思いを引き出す必要があるとして、人との出会いを通しての「学習手段」「表現手段(コミュニケーションスキル)」「関わり合う力」の獲得の重要性を指摘した。藤田克昌は「国際理解教育を進める実践的アプローチの研究−問題解決能力を高める参加型学習を通して」において、国際理解教育での参加型学習の有効性や問題点を明確にするとともに、学習資料のデータベース化について検討を行った。帆足哲哉は「ドイツにおける異文化間教育に関する一考察−地域社会における(学習)活動の視点から」において、「共存・共生」を見据えた地域での教育のあり方を検討した。