第X章 創年と情報 ―コーホート分析の視点による創年のIT活用の展望― 2005/07/28 西村美東士 T デジタル・ディバイドと創年 T−1 デジタル・ディバイドとは何か  デジタル・ディバイドとは、すなわち「情報格差」のことである。この用語について外務省ホームページでは次のように紹介している(傍点引用者)。  デジタル・ディバイドとは、我が国国内法令上用いられている概念ではないが、一般に、情報通信技術(IT)(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる経済格差を指し、通常「情報格差」と訳される。  デジタル・ディバイドには、(1)国際間ディバイド、(2)国内ディバイドとがあり、国内デジタル・ディバイドは、(3)ビジネス・ディバイド(企業規模格差)と(4)ソシアル・ディバイド(経済、地域、人種、教育等による格差)に分けることができる。また、デジタル・ディバイド発生の主要因は、アクセス(インターネット接続料金、パソコン価格等)と知識(情報リテラシー等)と言われているが、動機も大きな要因であるとの分析もある。  デジタル・ディバイドは、あらゆる集団の格差を広げてしまう可能性を有しているため、その解消に向けて適切に対処しないと新たな社会・経済問題にも発展しかねない。他方、デジタル・ディバイドを解消し、ITを普及させることは、政治的には民主化の推進、経済的には労働生産性の向上、文化的には相互理解の促進等に貢献すると考えられる。  ここで議論されている「動機」とは、「経済的に苦しいから」などの「外的要因」ではなく、「内的阻害要因」によって動機が欠如しているということを指していると考えられる。筆者も、国家戦略にとっては、デジタル・ディバイドの解消が喫緊の課題であるとともに、創年自身にとっては、IT活用の「内的阻害要因」は何であるかを追究することが重要であると考える。本稿では、後者の目的のために検討を進めたい。 T−2 40歳以上の人々にとってのデジタル・ディバイドの存在  「情報通信に関する現状報告」(情報通信白書)は、総務省がわが国の情報通信の現況、情報通信の政策の動向について、国民の理解を得ることを目的として、昭和48年から毎年作成している。総務省ホームページでも公開されている。 そこでは、世帯・世帯構成員、事業所及び企業における電気通信・放送サービスの利用実態を把握するために実施している、「通信利用動向調査」の結果が報告されている。  その「平成12年版」について、自治体情報政策研究所は次のように紹介している。  通信白書としては初めて「情報格差」につれて触れ、「『通信利用動向調査(世帯調査)』により、インターネットを利用している世帯の属性に基づき分析すると、居住する都市の規模が大きいほど、世帯主の年齢が若いほど、世帯年収が高いほどインターネットの普及率が高くなっており、地域、年齢、所得によって格差が生じていると考えられる」としている。  白書が引用している「平成11年度通信利用動向調査(世帯対象調査)」(1999年4月1日現在、2000年4月11日公表)を具体的に見てみると、居住地が特別区・政令指定都市・県庁所在地の場合はインターネット普及率は24.0%だが、町・村の場合は13.6%に留まっていることがわかる。年齢では、世帯主が40歳未満では31.0%であるのに対し、40歳以上では17.2%に過ぎない。所得については、世帯年収が600万円以上の場合、普及率は26.8%に達しているが、600万円未満では、わずか9.2%と、3倍近い開きが生じている。特に400万円未満の世帯の普及率は5.5%に過ぎず、今後もインターネットを使う必要はないと61.0%が考えている。  われわれが「創年学」を構築しようとする場合、「創年と情報」の視点からは、「40歳以上」にとってのデジタル・ディバイドの問題を捨象して研究を進めることはできないと考える。  ただし、現在(2005年)以降の創年にとって、デジタル・ディバイドの実態やインターネットに向かう動機の内実を明らかにするためには、当時の「40歳以上」という「年齢効果」の検討だけでは不十分である。そこで、さらには「コーホート」の視点が必要になる。 T−3 デジタル・ディバイドに関するコーホート効果の分析方法  前掲自治体情報政策研究所ホームページは、「NRI野村総合研究所」が2000年9月に行なった「情報通信利用に関する第8回実態調査」を引き、次のように述べている。  「生活者の情報リテラシーは順調に向上している。パソコンの利用経験がなく、キーボードもほとんど使えない人の割合が、24.1%と4分の1を割った(1997年9月の調査では33.6%であった)。50代でも、3年前の59.4%から減少し47.0%と半数を切った」と報告している。確かに、調査結果からは「キーボードもほとんど使えない人の割合」が減少していることがわかる。  しかし、続けて、同ホームページでは次の問題を提起している。  ただし、年代別に比較する場合は、注意が必要である。この3年間に3割の人が次の年代、40代から50代というように移動している。「年代別パソコンの使用経験が無く、キーボードをほとんど使えない人の割合」を見る限り、自然に任せていても、50代で「キーボードもほとんど使えない人の割合」は、次の10年で半減し、さらに次の10年でも半減することになる。情報リテラシーが向上しているかどうかを判断するには、こうした点を除いて考える必要がある。  また、同グラフの10代・20代に大きな変化が見られない(1〜2割)ことにも注意を向ける必要がある。もし、このままで行けば、人口の1割程度は、パソコンを利用せず、キーボードもほとんど使えない人として、今後数十年に渡って残ることになる。この1割の人たちが、なぜ、パソコンを利用せず、キーボードもほとんど使えないのか調査し、原因を明らかにする必要がある。そして、そのことから、パソコンを使わない、または使えない人たちを無視する社会を作るのか、多様性を認める社会を作るのかの国家戦略的議論を、IT、ITと脳天気に叫ぶだけでなく、そろそろ始めるべきであろう。  前段の問題は、すなわち、年齢効果以外の効果が作用していることを表している。その分析にあたっては、コーホート分析(cohort analysis)の視点が必要になる。  コーホートとは人口観察の単位集団で、通常、同一年に誕生した出生集団を指す(出生コーホート)。すなわち、それは「共通の出来事を同時代に経験した人々」のことであり、その分析の意義はインテージ社のホームページによれば次のとおりである。  「戦中・戦後世代」や「団塊の世代」などというときの、世代という言葉は生まれた時代が同じ人々の集まりという意味で、ここでは出生コーホート(略してコーホート)と呼んでいる。対象者をコーホートにしたがって分類し、生活行動や意識を比べるのがコーホート分析である。  この概念を取り入れることによって、例えばある食品の需要の時系列的な変化を、時代の変化によるもの(時代効果)、年齢の変化によるもの(加齢効果)、出生年代の違いによるもの(コーホート効果)の3つの視点から読み取っていこうとするのである。そして、商品の年齢別・世代別構造を明らかにすることによりターゲットの見直しや商品の需要予測へと展開してゆくことができる。  創年とデジタル・ディバイドとの関連を明らかにするためには、加齢効果だけでなく、時代効果やコーホート効果を含めて分析すればよいということになる。しかし、実際には、そのためには非常にやっかいな問題が控えている。同ホームページでは次のように述べている。  与えられたデータから、コーホート効果を分離して取り出すことは、思ったほど簡単には行かない。いま、1950年代に生まれた人と1960年代に生まれた人を比較するものとする。比較を現時点のデータで行うことにすると、それは現在40代の人と30代の人との比較と同じになってしまう。とするとコーホート効果と加齢効果が分離できなくなる。行動や意識の違いがコーホートの差からくるのか年齢の差からくるのか識別できないのである。  では、1950年代生まれの人について10年前のデータがあればそれは当時の30代の人の意識だから、それを現在の30代の人の意識とくらべたらどうか、つまり比較を30代の年齢層に固定してコーホートによる違いを見ようというわけである。しかしこれもうまくゆかない。データの変化に10年前と現在という時代効果が入りこんでしまうからである。  このような制約に対して現在どのような方法でコーホート分析が行われているのか。同ホームページによると次のとおりである。 (1) 回顧的方法 … 調査対象から得られた本人自身の過去の行動や意識などについて回顧的情報を分析しようとするもの。回答者に質問することによって、各自の行動が数年前と比べてどう変わったのかを聞き出す。質的調査法に近いので量的な処理は難しい。 (2) 標準コーホート表の読み込み … 年齢別・時系列データを、調査時点の間隔と年齢区分の幅が一致するように配置した「標準コーホート表」を、縦(加齢効果)、横(時代効果)、斜め(コーホート効果)に見て、考察を加えていくやり方である(図)。各効果の大きさを数量的に分離できるわけではないが、分析者が様々な仮説を立てながら分析を進めてゆくことができるという柔軟性をもつ。 (3) ベイズ型コーホートモデル … 統計数理研究所の中村は、時代や年齢、世代というものの効果が、急激に変化するものではなく徐々に変化するという「斬新的変化の条件」を付加し、隣り合う年齢区分、時代区分、世代区分のそれぞれの係数の自乗和が最小になるように解を決定するという方法を、10年ほど以前に提案した。これが「ベイズ型コーホートモデル」である。  インテージ社は(3)のベイズ型コーホートモデルによる量的調査を提供しているが、ここでは、(2)で示された「標準コーホート表」として図X−1を掲げておきたい。 図X−1 「創年」の出生コーホート  本研究では、図X−1に基づき、1945年生まれの人を「戦後出生モデル」として設定し、図X−2を作成した。ちなみに、「団塊の世代」とは戦後ベビーブームの1947年から49年生まれの人を指す。したがって、団塊の世代について検討する場合は、これより2歳から4歳若いときに同じ出来事を体験していると考えればよい。また、本書が研究対象とする「創年」については、おおよそ40歳以上をすべて含むということだから、2005年現在の時点では1965年出生を指し、これが最若創年コーホートということになる。しかし、本論では「戦後出生モデル」に焦点を当てて検討を進めたい。 図X−2 戦後出生モデルの出生コーホート U 「戦後出生コーホートモデル」のIT活用に関する考察 U−1 キャッチアップと対抗文化の両面価値に生きた10代  図X−2によると、当モデルのうちの多くの者が、多感な少年時代に高度経済成長のなかでの「キャッチアップ」(追いつけ追い越せ)の支配文化と、「安保反対闘争」の対抗文化の双方の影響を受けたことが推察される。  筆者自身は「ポスト団塊」に属する者であるが、それでも小学校低学年時代に、校庭で意味もわからずに「アンポハンタイ」と叫びながら「ジグザグデモごっこ」をした記憶がある。それが中学3年から高校1年という時期にあったとすれば、その影響は多大なものであったと考える。  以上の考察から、IT活用に関する当モデルの10代のときのコーホート効果として、表X−1のような仮説を設定することができる。 表X−1 【仮説】IT活用に関する当モデル10代のコーホート効果 コーホート効果の要因 1 正機能 2 逆機能 1 キャッチアップ型経済・社会・教育等の「支配文化」 1−1−@ 生産性の高いツールであると納得すれば、習得しようとすることができる。 1−1−A 多少の困難があっても、頑張って学習を継続することができる。 1−2−@ IT習得が楽しい学習というよりも、「学ばなければいけない」という「強迫観念」に近いものになり、キーボードアレルギーなどにつながるおそれがある。 2 安保反対闘争等の「対抗文化」 2−1−@ 市民の草の根的な情報受発信について肯定的な態度をとることができる。 2−2−@ 合理化、効率化などについてマイナスイメージを払拭することができず、消極的な態度をとるおそれがある。 3 支配文化と対抗文化との拮抗 3−1−@ 「善・悪」や「有用・無用」の混在するITに対して、柔軟な態度をとり、望ましい自己決定をすることができる。 3−1−A 結局は自己決定するしかないということを知っており、ITに対しても、自分なりの判断基準をもって、主体的に接することができる。 3−2−@ 「寄らば大樹の陰」という依存や、「流行は信じない」という孤立など、ITに対して極端な態度をとるおそれがある。 3−2−A 「正しいこと」や「役に立つこと」だけしか認めず、不正な情報や無駄な情報まで併存するITに対して拒否的な態度をとるおそれがある。  表X−1の仮説においては、とくに3の「支配文化と対抗文化との拮抗」という要因が従来は看過されていたと同時に、じつは重要な問題を提起していると考える。  「アンビバレンツ」(両面価値)について、筆者は自著『癒しの生涯学習』において次のように述べたことがある。  つまり、狛プー(引用者注・狛江市中央公民館青年教室)というところは、善導とかスローガンとかの言葉とは無縁の時空間なのである。そういう言葉には「うそくささ」をかんじてしまうからである。狛プーが大切にする言葉は、人間存在から発する真実の言葉であり、そこには善も悪も入り交じっている。人間存在の真実は、そもそもアンビバレンツ(両面価値)だからである。そういうなまの言葉は、受け取る相手によって、薬にもなり、毒にもなる。どちらにするかは、聞く側の自由であり、自己決定に任される。  (中略)アンビバレンツな人間的真実との出会いを、薬にするか毒として飲むかは自己決定するのだという潔さが、狛プーのメンバーにはそれなりに育っているからであろう。そういう潔さがなければ、うえの2つの理由があっても、人間存在の真実に関わろうとするような行動には実際には結びつかないのである。こういう潔さをもつということは、かなり大変なことだ。家庭や学校で保護や管理ばかり受けてきた現代青年が、狛プーのなかで「自由への恐怖」に初めて出会い、つぎにその恐怖を受容して、自己決定の自由を行使する主体性と自信を身につけはじめていると解釈することができるのである。  ITにおいても同様に、「善と悪、毒と薬の入り交じった真実」という側面が指摘できると考える。IT自体はたんなるキャリアー(運搬者)にすぎないが、それをどんな目的で使おうとするにせよ、効果的なツールであることはいうまでもないだろう。そこで問題になるのは、ITにおける「善と悪、毒と薬の入り交じった交信内容(コンテンツ)」に対して、どのような態度をとることができるかということである。  少年時代の多感な時期に「支配文化と対抗文化との拮抗」というアンビバレンツな社会の洗礼を受けた「戦後出生コーホート」から「ポスト団塊コーホート」までの者たちにとって、その「アンビバレンツな真実」に対して、自分なりの柔軟な対応をとることができるようになったか、あるいは、「善と薬」だけしか認めない原理主義的な対応で終始し続けてきたのかという問題は、デジタル・ディバイド解消の観点からも重要といえる。  ITに関して、創年の「自己決定の自由」を実現するために、現在では、国や自治体等において、IT講習会による技術伝達や通信環境格差是正の措置がとられようとしている。しかし、それらのいわば「条件整備」だけでは解決できない問題があると考える。それは「アンビバレンツな10代の頃」の経験をプラスに活かして、創年自身が主体性と自信のある態度で現在の「アンビバレンツなIT」に臨もうとしているのかどうかということである。  これは、本稿の冒頭に掲げた外務省ホームページの言葉で言い換えれば、「アクセス(インターネット接続料金、パソコン価格等)と知識(情報リテラシー等)」以外の大きな要因としての「動機」の側面であるといえよう。  この問題について、筆者は、体験的には当モデルには「両極分解」の実態があると感じている。ただし、創年よりあとに出生したコーホートが、「アンビバレンツな文化」などに直面したことがなく、せいぜい「下位文化」としてのサブカルチャーだけを享受してきたとすれば、「アンビバレンツなIT」に対する耐性としては、その後のコーホートのほうが事態はより深刻といえるのだが、本稿では、その指摘にとどめておきたい。 U−2 異議申し立ての時代に生きた20代  図X−2によると、当モデルは、20代の青年期に、大学紛争などの「異議申し立て」の時代を生きてきたことがわかる。そこでは、青年の「社会参加」の自負や充実感を体得するとともに、他方では、内ゲバ、リンチなどの「自治的集団活動」のもつ悲惨な側面も見てきて、社会的活動に関する無力感も感じてきたと考える。これらのことが、その後の当モデルの社会的態度に大きな影響を与え続けてきたと推察される。  以上の考察から、IT活用に関する当モデルの20代のコーホート効果としては、表X−1のような仮説を設定することができる。 表X−2 【仮説】IT活用に関する当モデル20代のコーホート効果 コーホート効果の要因 1 正機能 2 逆機能 1 異議申し立ての時代 1−1−@ 社会の不正を指摘し、社会をよりよくするために、IT を利用しようとする態度をとることができる。 1−2−@ エスタブリッシュメント(既成の秩序・権威・体制)への全否定に陥り、非現実的な目的のためにITを利用しようとするおそれがある。 1−2−A 逆に、「自分が異議申し立てをしても、事態は結局は何もよくならなかった」という社会に対する無力感から、IT活用に関しても非主体的になるおそれがある。 2 青年の社会参加 2−1−@ 社会との交流を遮断した閉鎖的なネットワークを形成するのではなく、社会と交信しようとする態度をとることができる。 2−1−A 社会に役立つために、ITを活用しようとする主体的な態度をとることができる。 2−2−@ 自己への関心が強く、そのためにITを利用しようとする現在の青少年の実態に対して、否定的な側面しか見ることができないおそれがある。 3 自治的集団活動 3−1−@ 求心力のある人的ネットワークを形成し、そのための有効なツールとしてITを活用しようとする態度をとることができる。 3−2−@ 「集団=個を殺すもの」という固定観念から、人的ネットワークをまったく捨象したIT活用を志向したり、ITを全否定したりするおそれがある。  表X−2の仮説は、当モデルが青年期に経験した「異議申し立ての時代」が、概観すれば二つの相反する志向を生じさせた可能性があることを意味している。それは、一つは「社会に関わること」を良しとする志向と、一つは良しとしない志向である。ここでも、当モデルの二極分解が想定されるのであり、今後の彼らのIT活用に対しても、大きな影響を与えることが推察される。 U−3 30代になってからマイコンやテレビゲームのブームを迎える  図X−2によると、当モデルは、30歳を過ぎてから、現在のコンピュータ時代の先駆けであるマイコンやテレビゲームのブームを迎えたことがわかる。  電波新聞社の雑誌『マイコン』は、創刊の頃には16進数だけで構成された機械語のプログラムが掲載されていた。当時「マイコン小僧」と呼ばれた少年たちは、これをせっせと入力して簡単なゲームを楽しんでいるうちに、いつの間にか職業的なプログラマー顔負けの能力を身につけてしまった。  また、一般の少年たちも、今日の対戦型ゲームにはまったく及びもつかない素朴な「テニスゲーム」「ブロック崩しゲーム」に夢中となり、その後、インベーダーゲームの空前の大ブームを迎えた。  そのとき、当モデルのなかで、このような「コンピュータ時代」の先駆的社会現象に付き添いたいと思った人は、わずかであったと推察される。なぜならば、30代ともなると、職業生活や家庭生活が本格化し、「コンピュータで遊ぶ」などという時間や心のゆとりがもちにくかったと考えられるからである。  したがって、当モデル及びその後の団塊世代までにとっては、コンピュータを主体的に楽しみながら学ぶのに適した時期である青少年期を過ぎてしまってから、「コンピュータ時代」の先駆的社会現象を迎えたということができる。  青少年期というコンピュータ習得の「適時性」については、筆者は次のように論じたことがある。  カリフォルニア州のシリコンバレーでは、1960年代以降、トランジスタからICへ、そしてLSI(大規模集積回路)へと、急ピッチな技術革新を迎える。その技術的基盤の上に、一九七一年、4ビットのマイクロプロセッサーが出される。マイクロプロセッサーに記憶部と入出力部を加えれば、マイクロコンピュータ、すなわちマイコンになる。  しかし、当初すぐ日本のコンピュータのメーカーが、このマイクロプロセッサーをマイコンとして活用しようとしたわけではない。大手企業が家電製品の中ににマイクロプロセッサーを組み込むということはあったが、コンピュータメーカーが個人用のコンピュータなどというものを本気で考えるようになったのは、ずっと後の1980年代からである。  早くからマイクロプロセッサーをマイコンとして使おうとしたのは、青少年を中心としたホビイストたちである。そういう人たちに向けて、ごく小さな会社が「キット型マイコン」を売り出したのであった。つまり、初めにマイコンに飛びついてこれを広めたのは、企業の大人ではなく、巷の青少年だった。しかし、そのころのマイコンブームは、秋葉原などの露店を拠点としたごく一部の人々によるものであった。  その後、1980年代に入って、ようやく日本でもキーボード、ディスプレイ、BASIC言語などを備えた使いやすいマイコンが出回るようになり、以降、それは大変な勢いで普及している。これが、今日では「パソコン」(パーソナルコンピュータ)とよばれているものである。  この普及のきっかけになったのは、日本で初めてベーシック言語を搭載したパソコン(日本電気のPC8001)である。これは、ゲームセンターで「インベーダー」が大流行した1979年に発売された。しかし、ここで搭載されたベーシック言語も、また、大学中退の青年たちが創設したベンチャー企業のアスキー社がアメリカから持ち込み、メーカーになんとか採用してもらったものである。  また、今日のパソコンソフトの主要な一環である「表計算ソフト」も、1979年、社員わずか2名のアメリカの会社から「ビジカルク」が発売されたのが最初である。これがマイコンを有能なパソコンに変えるソフトとして、以降のパソコン利用に大きな影響を与える。パソコン文化は、従来の商業文化よりははるかにアマチュアやベンチャーの文化であり、そのユーザー寄りの発想が新しい文化をつくりだし、既成のメーカーはその後を追ってきたということに注目したい。  しかし、当時のパソコン利用の中心は、何といってもゲームであった。1972年という早い時期に、米国アタリ社から「ポング」(ピンポンゲーム)が売り出されているが、その後、日本では「ブロックくずし」「インベーダー」「パックマン」といったLSIゲームが青少年の間で大当たりした。これらのゲームがパソコンに移植され関心を呼ぶことになったのである。  数年来、パソコン通信をやっているSさんは、インタビューで次のように語っている。「(1979年にPC8001を買ったが)まったくのゲームマシンでした。というか、そのころはやはりマシンがおもちゃにしかすぎなかったんですね。それでベーシックでプログラムを組んだり、雑誌に出ているマシン語のプログラムを入力して、非常にスピードの速いインベーダーを組んでみたりとか、そういうレベルでまあ面白かったわけです。それでもけっこう時間をくってましたね」。  このように、当時のパソコンによって、Sさん自身の言葉を借りれば「機械と人間との対話が成立」し、「ハイテク志向というか、コックピット症候群というか、少年のころ抱いていた憧れが、ついに手に入ったという感動」を青少年は味わったのである。  筆者は、本稿で、たんに創年のIT習熟における難易度の問題を指摘しようとしているのではない。U−1で述べたように、キャッチ・アップ型の訓練を受けてきた創年なのであるから、必要と考えれば、困難を乗り越えてでもIT習得のための学習をしようとするであろう。しかし、その難易度の問題とは異なる、より重大な「内的阻害要因」に関わる問題があると考えられる。  それは、@「マシンはおもちゃ」という「遊び型」、A「秋葉原の露天でパーツを購入」という「自己開発型」、そして、B「コックピットで操縦する感覚」という「自己管理型」、の3点において、パソコンに向かう動機としての「楽しさ」という「内的要因」があるのであり、それらの楽しさを青少年期に体験していない団塊世代以前の創年の多くは、その楽しさを知らないまま成人期を迎えてしまったという問題である。  このようにして、当モデルの多くの人たちは、パソコンを「パーソナルなコンピュータ」として楽しく使いこなすという体験をもたないまま、次の40代を迎えたということになる。 U−4 40代に職場OA化、50代にネットワーク化の波を受ける  図X−2によると、当モデルは、40代に職場でOA化の波を受けたことがわかる。40歳のときにバブル景気が始まり、多少コンピュータができる新卒者などは大いにもてはやされた。当時の40代のうち、コンピュータが苦手な人たちのなかには、これに追いつくために必死の学習をしたり、逆に、追いつくことをあきらめて「落ちこぼれ感覚」をもったりする人が多かったのではないかと推察される。  1986年にNECからPC8801が発売され、若者はゲームマシンとしてこれに飛びつく者が多かったが、職場では大型コンピュータの言語に代わり、本機に搭載されたBASIC言語を利用して業務に関するシステム開発が行われ始めた。さらに、1987年にはパソコン通信の代表格ともいえる「ニフティーサーブ」がサービスを開始している。ここでも、当時の若者がコミュニケーションやゲーム等、遊びの情報交流のためにパソコン通信を享受したのとは対照的に、職場の中堅である40代はビジネスに有益な情報をパソコン通信に求めたものと考えられる。  このように、当モデルは30代のときに引き続き、コンピュータとの「遊び型」のつきあいができず、40代になってコンピュータに対してますます「即収益型」の期待をふくらませてきたと考える。しかし、この期待は裏切られることも多かったであろう。なぜなら、職場OA化は、実際には手間がかかるものであるし、パソコン通信は、アマチュア同士の情報交流の域を出ないからである。そして、45歳のときに「バブル崩壊」を迎える。「祭りの時代の躁」に乗り切れなかった者の感じた空しさは大きかったはずである。これが「内的阻害要因」としてのデジタル・ディバイドにつながっている可能性がある。  そして、当モデルが50代になって、インターネットが急速に普及し、1999年にはNTTドコモが「iモード」サービスを始める。2000年には「IT基本法」が成立する。ITは多くの国民が、「決意」や「構え」しなどなしに、たとえば携帯電話などから気軽にアクセスできるものに変わってしまった。そして、2004年の『情報通信白書』は、当モデルの60代にあたる近い将来に「ユビキタス社会の到来」を予想した。  ここで、「ユビキタス」の意味について、筆者は、生涯学習の「いつ・どこ・だれ・なに原則」(いつでも、どこでも、誰でも、何でも)とほぼ同様ととらえている。ことさらな覚悟や過度な負担を強いることなく、「学ぼうと思う人は学ぶことができる」生涯学習社会と同様に、ユビキタス社会では、「ITにアクセスしようと思う人はアクセスすることができる」のである。  しかし、それはあくまでも「外的条件」が整備されるということにすぎない。何らかの動機のためにツールとしてITを利用しようとする「内的条件」の問題については、ほとんど考えられていない。  すでに検討してきたように、「戦後出生コーホートモデル」においては、ITに対して、青少年期に培った勤勉性、柔軟性、主体性、社会性などの肯定的側面も考えられるが、反面、「楽しめない」、「気楽に接することができない」などの「内的阻害要因」が存在するという仮説が設定された。  当仮説の妥当性の検証や、創年全般に関する普遍性の検討については、本稿では不十分であり、今後研究を進めていきたいと考えている。しかし、ここでは、論を急ぎ、「戦後出生コーホートモデル」に代表されるこのような「内的阻害要因」を抱えていると推察される創年が、今後のユビキタス社会において、どのようにITを活用しながら社会的活動に取り組んでいけばよいのか、その展望を討論として提起したい。 V 創年のIT活用の展望 V−1 ツールとしての割り切り  ここでは、社会的活動に取り組もうとする創年のうち、ITを利用しようとしない人たちについて考えてみたい。  筆者は、ある環境保護に取り組む市民から、次のようなことを聞いたことがある。「私は、携帯電話でもアクセスできるようなホームページやメーリングリストを運用している。それなのに、『自分はインターネットはやらないから、会合などの知らせは自分には電話か手紙でよこしてほしい』という人がいる。しかし、私だって仕事でこの活動に専念しているわけではないのだから、その人のためにかかる余計な手間を考えると躊躇してしまう。毎日1回は自分宛にきたメールを読むことを、この会の活動への参加の最低条件にしようかと思っている。その人がメールを読むことができるようになるための援助はしようとは思うけれど、それもいやだというのなら、この会に参加するのはあきらめてもらおうかと思っている」。  ユビキタス社会が到来し、創年の社会的活動にとってどれだけ有利な「外的条件」が整ったとしても、ITを利用しようとする意思がないとすれば、本人にとってはITは「無用の長物」にすぎない。しかし、いまやそれは創年の社会的活動の「阻害要因」にさえなりうるといえる。  過去には「情報化の光と陰」の議論において、メディアリテラシー教育の必要性とともに、社会保障的な観点から、情報化の恩恵に属さない人々に対して、不公平のないように配慮することが必要であると考えられてきたといえる。しかし、創年の自主的な社会的活動においては、IT利用に関する個人の経済的、技術的負担がほとんどないという外的条件の下では、その活動に参加しようとする人はツールとしてITを活用することが望ましいと考える。  そのためには、ITを利用しようとしない創年の「内的阻害要因」の解消について考えなければならない。本稿では、すでに、コーホート分析の視点から、「悪」や「毒」の混じるITのコンテンツに対する拒否的態度の問題を指摘した。もちろん、そのような拒否的態度は必ずしも不当なものとはいえない。むしろ、ある意味では正当な態度なのである。そこで、筆者としては、この問題に関しては、ITを創年の社会的活動の「ツール」として割り切って活用するよう提案したい。活動に必要な情報交流のためのキャリアー(運搬者)として割り切るのである。  ツールとして割り切るのだから、ITが万能ということではなく、その良いところだけを使えばよい。また、ITをツールとして割り切ることができれば、自分たちが交信している内容以外のものがどんなものであろうと関係ないはずである。その活用の形態なども、とくにこれでなければならないという定まったかたちはないということになる。必ずしも自分で操作しなければならないということでもないだろう。たとえば、メール操作のすべてを孫に代行してもらってもよいだろう。その場合は、孫への頼み方がうまければよい。  このような意味で、今後のユビキタス社会においては、社会的活動をしようとする創年にとってIT利用は必須と考えたい。 V−2 交流と学びのネットワークとしての活用  ここでは、社会的活動に取り組もうとする創年のうち、すでにITを利用している人たちの今後のIT活用のあり方について考えてみたい。  本書で、永島正紀は、創年にとって他者と対話することの精神衛生上の効果を指摘している。IT活用においても、その効果を認識して進める必要があると考える。  筆者は、過去に、パソコン通信における「新しい集団」の形成について、次のように述べたことがある。  従来、集団は「自生的、複合機能的、情緒的」と「人為的、単一機能的、合理的」という二つのパターンで代表されていたのだが、パソコン通信では、「明瞭な人為性」「単一機能同士の交錯」「合理性と情緒性の混在」「個人的行為と集団的行為の混沌化」という新しい「集団」が形成される。そして、「電子的仮想空間」であるから、「集団」も「広域」であり物理的・精神的に閉じていない。このようにして、近代的機能集団の中での新しい「ハイタッチ」が実現される。  それでは、パソコン通信の「集団」は、どういう点で「ネットワーク型」であり、現代人に好まれるのだろうか。  まず、パソコン通信においては、「撤退する自由」がある。「仮想空間」であるから、撤退しても生活に響かない。「撤退する自由」の上で、論争などの他の人との「ゲーム」を行えるのである。「親しくなりたいけれども、自分は傷つけられたくない」と言って、他者が近づくと針を逆立ててしまう「山アラシのジレンマ」に冒された現代人にとっても、「それならやってみようか」という気を起こさせる条件を満たしている。  もちろん、ネット上でのけんかもたまにあるが、それを含めてすべての論争は、率直にさわやかに他者を批判できる知的風土を形成するためのシミュレーションと考えることができる。  さらに、このネットワークにおいては、個人主義が障害にならない。むしろ質の良い個人主義が理想とされる。「質の良い個人主義」とは、魅力的・個性的な自立的価値をもちながら、なおかつ「異質」のものと喜んで交流する志向と考えたい。このようにして、予想外の異質な人から、予想外の異質なレスポンスを得ることがパソコン通信の醍醐味である。  すでにコーホート分析の視点から考察したように、現在の創年は、青年期の頃の社会的体験から、「自治的集団活動」について、「集団=個を殺すもの」という固定観念をもった可能性がある。この固定観念を解消する見通しが、パソコン通信の相互関与のなかに見られたと考える。  今日のインターネットのBBS(電子掲示板システム)等も、このような相互関与が十分成立しうるシステムである。しかし、BBSの利用実態をみた場合、たとえば「質の良い個人主義」などが実現しているとはいまだいえない状況である。  だからこそ、「社会参加」や、その足がかりとなる「自治的集団活動」の良さも悪さも知っている創年こそが、ITを活用した「個を殺さない」相互関与のあり方を示していきたいと考える。  また、前掲自著では、パソコン通信における「新しい知」について、ボランタリズム化、アマチュア化、個別化、雑多化、民主化、非体系化の6点の特徴を指摘している。とくに「雑多化」については、創年コーホートと関係が深いと考えるので紹介しておきたい。  パソコン通信では、各人各様の関心が錯綜する。その代表的なものを整理すると図(略)のようになる。とくにプログラム志向の人たちはメカよりロジックに関心があり、彼らの哲学的論議にもその傾向が表われている点が興味深い。  また、パソコン通信は全体的にはいわば「おしゃべりサロン」である。フォーマルな情報(新聞記事データベースなど)もとれるが、それよりインフォーマルな、そして不定型なおしゃべりのほうが好まれる。そこに、思想、情報、データ、そして交流が混在する。それらは「学習」として意識化されたものではないにせよ、実質的に各人の学習素材、学習理念、学習ノウハウ(学習の機会・場所・人材)、そして学習を励まされたり、けなされたりするコミュニケーションなどとして「相互教育」の内実を形成している。  場合によっては、たわいない「イロ、モノ、カネ」の「学習」が新しい時代の価値を創造する人類の営みと連続する。新しい価値は、山奥の純粋な大学キャンパスからではなく、「余計な情報」の氾濫する猥雑な実社会から生まれてくるのである。  この点については、創年は、過去の教育で受けてきたような整理された知識とは異なる「アンビバレンツな真実」に直面することになる。そこでは、柔軟性や自己決定が求められよう。しかし、反面、それはIT活用による人的交流における刺激的な学びであり、堅苦しい二項対立の思考から解放される学びでもある。  筆者は、このような観点から、創年の社会的活動において、ITが「交流と学びのネットワーク」のためのツールとして積極的に活用されることを願っている。