「社会教育」投稿 社会のなかでより充実する「私らしさ」をめざして -新佐野市生涯学習推進基本構想検討始まる-  聖徳大学人文学部児童学科教授 西村美東士  私は1990年に旧佐野市生涯学習推進協議会の委員として活動を始めた。そして、「生涯学習推進基本構想」の起草委員として関わり、1992年12月、佐野市としては初の当構想をわれわれは市長に答申した。これは「私らしさを咲かせる楽習のまち」をめざしたものである。それは、図に示したように、地域住民一人一人の「私」を最上段において、「生涯学習のまちづくり」を実現しようとしたものである。生涯学習推進におけるこのような観点の提示は、わが国全体においても先駆的な試みだったのではないかと自負している。 図 佐野市生涯学習推進基本構想(1992年)  そして、最近私が徳島大学から聖徳大学に転勤し、東京に戻ったことを機に、先の協議会での活動開始から実に15年ぶりに、新規佐野市生涯学習推進協議会の委員としての活動を始めることになった。佐野市教育委員会生涯学習課の職員も、私との打合せ結果をさっそくテープ起こしして私に送りつけ、確認を求めるなど、やる気満々であった。そのおかげで、以下に示す表も作成することができた。また、表に示したすべての部会についても、職員が手分けして参加するなど、2007年3月に予定された「佐野市生涯学習推進基本構想・基本計画」の策定に向けてフル回転の構えである。  第1回の協議会は2005年8月30日に開かれた。しかし、同年2月には、佐野市は田沼町、葛生町と対等合併をして新佐野市が誕生しており、本協議会は、合併時代の生涯学習推進のあり方を検討するという多くの自治体が現在抱えている課題と共通の課題の解決の展望を示すことを期待されて始められた。そのため、私は、本誌読者に本稿を提示し、佐野市における今後の展開を見守っていただき、交流や支援を求めたいと考えた。  以下に示した表は、私が第1回協議会において1時間ほどの講義の機会を得たので、その講義資料として他の委員に提示したものである。本講義のポイントは以下の3点であった。 @ 合併によって、それまで旧市町に存在していた生涯学習資源や先進的取り組みが埋没することのないよう、むしろ、広域交流によって新市全域で共有されるよう提言し、そのための方策を示した。 A 協議会を拠点とし、市民活動として生涯学習を推進する方向を示した。また、それは、「私」の充実から、さらに「社会に参画してまちをつくる私」の充実へと発展する市民の主体的活動としての重要な意義をもっていることを示した。 B 形式的な協議と機械的な分業による起草を避け、ワークショップ型の協議を進め、さらには、委員以外の市民や他行政の職員もまきこんだ各部会のワークショップによる協議の内容と手法を提示した。このことによって、実質的な市民の「連鎖的参画」と官民協働による生涯学習推進を実現しようとした。  生涯学習推進による市民の個人としての充実が、社会のなかでこそ、つながり、広がり、深まり、それがまた、市民一人一人の「私らしさ」や「自分さがし」に還元されるという本提案が、「地域生涯学習活動」に対する市町村合併のダメージをわずかでも解消し、さらには合併を逆手にとって地域生涯学習の広域交流、ネットワーク化を進めるために少しでも生かしていただけるとすれば望外の幸せである。 表 新佐野市生涯学習推進のための提案(筆者作成) あらゆる教育活動、スポーツ、文化、レクリエーション、ボランティア活動のなかでの生涯学習  平成16年3月29日中央教育審議会生涯学習分科会「今後の生涯学習の振興方策について」(審議経過の報告)における委員の意見から 「生涯学習が、家庭のもつ教育機能をはじめ、学校教育、社会教育、さらには民間の行う各種の教育・文化事業・企業内教育等にわたるあらゆる教育活動、及び、スポーツ活動、文化活動、趣味・レクリエーション活動、ボランティア活動などにおける学習の中でも行われるものであるということが、都道府県、市町村等の関係者や国民の間に共通認識として浸透していない」。 合併時代のなかでの生涯学習推進  旧田沼、葛生で先行事例が、市民の間あるいは行政や社会教育施設・文化施設等で、あるいはキーパーソンなどとしてあるのかどうか。あるとすれば、合併のポイントはそういうものを引き出して他の市にも広めることである。つまりせっかく突出していたものが合併により引き下げられてしまうことが合併の問題点であり、理想的な合併とは、たとえば、ここではこういう認定制度をやっていた、独自の条例を設けていたなどがあり、それがとても良いことであると考えるならば、新佐野市でも取り入れるということが積極的な方向である。合併という避けられない外圧を受けながらも、それを契機にさらなる生涯学習推進を考えるとすれば、進んでいる地域の良さを新市に広めていくことが必要。 財政難のなかでの生涯学習推進  生涯学習は、トップの理解が得られないため低迷してしまうということが全国的な状況。見直しする上で、新佐野市は今までとは一味違い、この事業はこういう意味があったが、こういう点では時代遅れなのでやめた。ただし、これを次の新しい新佐野市としてはこのように発展して取り入れた、とする方が市民の理解を得られるだろう。 公民館主事や学芸員等の専門職員の把握  もしかしたら旧市町に、有名ではないが地域の人たちは慕われているキーパーソンがいるかもしれない。そういう場合には、そうした人たちを発掘しておいて、その人の周りの今までのネットワークを活かさないと、合併の結果として、コミュニティ崩壊、地域崩壊にもつながりかねない。博物館等の地域の有償ボランティアの場合は、市民がキーパーソンとなるので、その中のリーダー層から協力・連携してもらうことが、今後の生涯学習推進のためには不可欠。その人たちと違う世界で生涯学習推進を始めるのではなく、そういう人を1〜2回は推進協議会の会議に呼んで、このようにやっているとか、このようにするともっと良いとかを、その人たちから聞いて、計画に取り入れるとよい。それによって、旧市町の今までの蓄積が活かされることになる。生涯学習の推進のなかでうまく活用していきたい。 市民憲章と新市のキーコンセプト(鍵概念)としての「田中正造」  新市振興計画と整合を取りつつ、さらには生涯学習推進の主導性のもとに検討していきたい。そして、たんに個人の学びではなくて、生涯学習のまちづくりの視点で生涯学習計画も作り、振興計画や市民宣言と統合的に進めたい。その場合、「田中正造」がキーワードになるだろう。旧佐野市における「私らしさ咲かせます」という生涯学習推進のキャッチフレーズは、全国に先駆けた唯一の傑作だと考える。しかし、今度のキーコンセプトは、その二番煎じではなく、さらに「私らしさ」を追求しつつ、社会正義や「社会とつながっている私」が大切である。「自分だけ良ければいい」ではなく、田中正造のようにみんなで幸せな生活になろうと考えたい。そのためには、田中正造のように環境問題も含めてまちづくりに参加して、いいまちを作ろう。生涯学習はそのための学びであり、ひとりひとりが充実していればいいのだという自己完結的な学びとは違う。こういう基本的考え方を鮮明に打ち出したい。そのためには、一党一派に偏らない形で、田中正造を評価する視点が必要である。社会の中での私の充実、それがまた私個人のなかでの充実につながってくる。すなわち、個人生活と社会生活の双方の充実である。 わが国の生涯学習推進を視点に入れる  (市長が全国生涯学習市町村協議会会長である)八潮市とタッグを組み、チームワークを良くして、市町村長協議会全体を動かしていくことも大事なこと。全国生涯学習市町村のモデルとなり、リードしていくことも意識していった方が良い。 答申の作り方  以前の旧佐野市の答申では、委員会で自由にディスカッションし、起草者がそれを聞いてなるべくすべての意見を100パーセント取り上げて文章化した。それを次の会議に提示し、「これでいいか」「いやここをもっとこうしたい」というやりとりを繰り返した。つまり、起草のプロセスとしては、ブレーンストーミングまたはワークショップ的な委員会(あるいはワーキンググループ)があり、そのやり取りを文章化し、そして次の委員会やワーキンググループに提示し、それを叩きながら、最終的には起草者が統一して受け止め、全体を書き切った。それが私のある面での出発点になった。今回も、そういうやり方を生かしてやっていきたい。機械的な分業で報告書を作っても、そこに魂を入れることはできない。新佐野市における「生涯学習都市宣言」についても、ぜひ、そのやり方を生かしてよいものにしたい。 基本構想・計画におけるポイントの一つとしての葛生プランの評価  旧葛生町の生涯学習推進プランのキーワードの「原点としての人間」は大事で、「学ぶ人」であり「表現する人」であり「交流する人」であることを意味している。学んでさえいればいいというのではなく、「表現したい」「交流したい」という願望が生涯学習の多様な活動に結びついている。それが「楽しさ」にもつながり、「私」の充実にもつながる。この考え方は継承して活かすべきである。過去の学歴社会のように、必要だから仕方なしに勉強していたというのとは違い、人間として生きていくために学びたいこと、表現したいこと、人と交流しあいたいということが生涯学習と関係しているという捉え方である。さらにこの成果を継承し発展させるには、ひとつのキーワードとして「まちづくり」という形で主体的に参画し、連鎖的参画を及ぼすというストーリーを描きたい。 答申の一つのポイントとしてのハコモノ  佐野市の中央公民館は、過去の生涯学習基本計画の中でも議論され、1Fの物産会館と2・3Fの公民館をエスカレーターでつなぎ、建物として一体化し、人々の交流を促したかった。現実には、エレベーターを使用し各フロアが独立した形となってしまっている。この中央公民館を、生涯学習推進の観点から、抜本的にレベルアップするという方策が一番現実的かもしれない。これが生涯学習のセンターのためのセンターになる。各センターとしては、既存のハコモノ(公民館、コミュニティセンター)だけでは足りないとして新規施設を作るのか、空き施設を利用してこれを生涯学習センターに切り替えたり、既存の建物を生涯学習の拠点としてのセンターにしたりすればよいのか、あるいはセンターは今のままでよいとするのか、議論が必要である。 つくりだす会議  会議はなるべくワークショップ形式で行いたい。ワークショップとは、小さな作業場のイメージであり、笑いが絶えない、人との交流などの特徴がある。多数決で決定するような会議ではなく、このようにして、つくりだすような会議にしたい。 公募委員も、他の委員もつくりだす仲間  意欲を持って応募してくれた公募委員の意見を大事にしながら、もちろん既存の人たちの意見も取り上げながら、市民の気持ちをよく反映した答申を目指したい。 団体関係者もつくりだす仲間  関係団体の代表者は、団体とのつなぎ役をやってもらい、委員のみならず、関係団体所属の市民も関わって答申をつくるようにしたい。たとえば、1年に1回位その団体から答申に対するアイデアや意見を吸い上げられるよう、団体の代表者には橋渡し的役割をお願いしたい。さらには、推進協議会とは別に、団体・グループで自分たちなりの生涯学習推進についての独自の案をたててもらい、それを協議会での検討に組み入れられればよりよくなると思う。 行政職員もつくりだす仲間  推進協議会委員に、関係行政機関の職員として、市長部局から総務か企画の部長を入れたい。生涯学習課だけが行政の代表にならないようにしたい。また、平成18年度は、推進協議会と行政の担当者会議が、合同で中間答申を検討し、最終答申に向けて協働してやっていく場をワークショップ形式で何度か設けられるよう考えたい。 行政代表としての市長に期待する役割  市長には「生涯学習推進はまちづくりである」ということと「まちづくりの計画は、実質的に市民協働で、それは市民にお手伝いしてもらうということではなく、自分たちと一緒にやりましょうという市民を育てている」ということを、つねに行政、市民、国や県、他の市町村に対してアピールしてもらうようにする。 その他、会議の進め方 ・視察研修には、合宿・交流・親睦という機能ももたせたい。近距離の出張のため宿泊費が出ないのなら、純粋な宿泊費だけは、各委員の自己負担にしてもよいのではないか。 ・学術フロンティアと連携し、協議会と聖徳大学とで共同研究を行いたい。八潮市は、学術フロンティアに委託しボランティア推進の研究を行なっている。委員の自由意志で、個人として共同研究者になっていただくことも考えたい。 生涯学習情報紙「オープン」、楽習のてびき  重要なことは、(広報紙を出すことによって)旧田沼町・葛生町の人がどれくらい動くか、旧市町を越えて参加者が行き来、交流しているという実績が上がるかということ。「生涯学習の広域性」とは、地域が大切であると同時に広域的に交流する、広域的に自由に使えるということ。これは合併のメリットにもつながる。その中でも特に大事なのが、それほど人数が多くないニーズにもきっかけづくりをし、後は自主サークルとなり自分たちで勉強会をしてもらうような環境づくり。広報紙はそのための有効な道具である。  さらに情報紙として大事なのは、とくに団体や人材については、中身の魅力までわかるような情報を出すこと。冊子としての情報誌のほか、インターネットや携帯電話で見ると、その人の顔まで見られるようにすると良い。本人が承諾した場合はどんどん出してあげて、できればその人が映っている短い動画(たとえば、書道を教える人ならば、教えている様子など)をインターネットで配信する。そうすれば、見た人はイメージしやすい。IT活用は当然重要であり、新佐野市としては急務であろう。それなりの投資は必要となるが、費用対効果はかなりあがると思う。 3市町の計画をどう融合するか  「くずう活躍人プラン」は注目に値する。旧葛生町の生涯学習プランコーディネーターには、勉強会の講師として、推進委員が集まった時に来ていただき、ディスカッションもしてもらうことにより、その人のねらいや意図を引き継ぎたい。旧佐野市の「わたしらしさ咲かせます」という個人の充実、生涯学習推進のパンフレットにある「同質集団としての大衆から、個人の多様な個性重視への変化」を再評価するとともに、「多様な個性を持つ個人が、力を合わせて同じ地域、社会に関わっていく」へと発展させていきたい。それは、佐野がメインか葛生がメインかということではなく、旧佐野の「わたしらしさ」を大事にする部分の良い点、旧葛生の個人を「学習人、表現人、交流人」として多様に捕らえた良い点の両方とも活かして、次へと発展させるということである。 連鎖的社会参画による生涯学習まちづくりを  ここで「連鎖的参画」とは、ひとりが参画すると、それにつられてたくさんの人や機関が、連鎖的に参画し、まち全体の市民参画が進むこと。たとえば、お母さん方が企業に対しもっとこういう子育て商品を作ったらどうかと提案することで、企業も一緒に勉強会をする。すると店舗や企業の方もまちづくりに参加してくる。当然、学校教師の参加も重要である。このようにして具体的な参画が連鎖的に行なわれる。このような「協働」は、行政の仕事について市民の協力を得るという協働ではなく、市民や産業、店舗、行政、学校等が「何をつくるか」という計画段階から話し合いながら協働で決めていくものである。新佐野市の生涯学習とまちづくりにおいてはそういう方向を打ち出していきたい。 ・(仮称)推進基盤・支援体制部会設置の提言 @ 各旧市町の優れている点を、細かなことまで洗いざらい出し合って、共有する。 A 市民が「私らしさ」を社会のなかでよりよく咲かせるための展望を示す。 B 市民が学び、まちづくりの主人公になるために、行政は何ができるかという展望を示す。 C 新佐野市のすべての部署が生涯学習推進のために効果的に役割を果たすための仕組みをつくる。 D 既存の人的・物的資源を生涯学習推進のために有効に活用する仕組みをつくる。 ・(仮称)新佐野市まちづくり部会設置の提言 @ 各旧市町の優れている活動を、細かなことまで洗いざらい出し合って、共有する。 A 地域のすみずみの諸活動を、生涯学習およびまちづくり活動と結びつけて整理し、体系化する。 B 「あなたまかせ」の市民がいなくなる市民主体の「まちづくり活動」の枠組みを示す。 C 「知らん顔」の部署がまったくなくなる「生涯学習支援」によるまちづくりの道筋を示す。 D 「まちづくり活動」が、市民一人一人の「自分づくり」と、地球や人類の未来を守ることにつながるということをわが国全体にアピールする。 ・(仮称)異世代の共生と参画部会設置の提言 @ 各旧市町の優れている活動や施策を、細かなことまで洗いざらい出し合って、共有する。 A とくに、青少年の社会参画、成人の自分探しや社会貢献、異世代交流等については、実現可能な具体的方策を示す。 B 生涯学習推進のために学校教育とよりいっそう有機的に連携するための方策を示す。 C 子育て支援と家庭教育の充実のため、地域全体の子育て、青少年育成機能を活性化するための方策を示す。 D 生涯学習推進がわが国の少子高齢化ダメージの縮小につながるということをわが国全体にアピールする。 ・(仮称)「わがまち」発見交流部会設置の提言 @ 各旧市町の人材、文化、自然、施設、設備等の「宝物」を、細かなことまで洗いざらい出し合って、共有する。 A 青少年の参画も得て、新佐野市「地域の宝物マップ」を作成・配布し、協議会の活動の成果が市民全体に共有されるようにする。 B 多地域の多様な活動が、地域ごとにますます発展するように努めるとともに、テーマごとに旧市町の枠を超えてつながり、交流できる仕組みをつくる。 C 当部会で進行中の研究の成果は、当部会の判断および他部会の要請により、随時、他部会に報告し、全体の協議研究成果のまとめに生かすようにする。 D 発見された「宝物」を全国にアピールすることによって、よその地域の人々が新佐野市の各旧市町をもっともっと訪れてもらえるようにする。 【資料請求先】 佐野市教育委員会生涯学習課生涯学習係 電話0283−86−3495 【筆者連絡先】 聖徳大学人文学部児童学科教授 西村美東士 〒271-0092 千葉県松戸市松戸1169 聖徳大学生涯学習研究所  電話047-365-5691 http://mito.vs1(いち).jp mitoshi@seitoku.ac.jp 6