研究紀要「聖徳の教え育む技法」第1号 1-03(2006) 「出産・子育ての自己決定能力」を育む大学授業の方法と効果 ―女子学生(未来の母親)の社会化を支援する技法― 西村美東士 1. 問題意識 (1)子育て支援社会連携研究と女子学生の社会化支援  聖徳大学では,平成17年度から5年間の予定で,文部科学省「私立大学学術研究高度化推進事業」の「社会連携研究推進事業」の補助を受け,「聖徳大学子育て支援社会連携研究センター」(以下略称「支援センター」)(センター長:加藤敏子教授)を設置し,大学院を中心として「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」(以下略称「子育てまちづくり研究」)(研究代表者:松島鈞副学長)を進めている。  現在,少子化が進むなかで,多くの若い親たちは周りや地域に支えてくれる人もいないままに,メディアや本などから得た知識を頼りに,そして,子ども・子育て商品を受動的に受け取りながら子育てをしている。そのため,親の主体的,自発的な子育て意欲もなえ,子どもはその影響をまともに受けてしまっている。このままでは,少子化によるわが国のダメージは計り知れないものになる。  そこで,「子育てまちづくり研究」では,学内に「支援センター」を新設するにあたって,大学院の総合的指導性のもとに,地域のすべての構成員の連鎖的参画による地域活性化と関連産業の振興に結びつけて「子育て支援」を実践し,子育てのまちづくりのための開発的研究を行うことにした。  これは,学生,教員,市民,親子,関連産業,自治体のすべての連鎖的で主体的な参画を促進し,わが国の子育て支援,次世代育成と,子育てを中心とした地域振興の質的向上に資することによって,「自己形成と社会形成の一体化」を実現し,ひいては日本の子どもたちがすこやかに成長できるような地域環境づくりのために貢献しようとする研究である。本稿で取り上げた「ク ドバス」も,その参画のための技法として重要な位置を占めている。  本研究の一つのポイントは,地域の子育てまちづくり活動や子育て関連産業の活性化と健全な発展のための実践であり,もう一つは,教員だけでなく,市民,学生,企業,行政がこの実践に能動的に関わり,実践とつねに往復するかたちで研究活動への参画を行うことである。  この実践と研究の往復運動をとおして,専門機関まかせの親,行政まかせの市民,自発的研究意欲が衰えつつある学生,専門分野のこと以外は関わろうとしない縦割り行政や研究者などの「あなたまかせ」の現状を打破し,連鎖的参画による「子育てまちづくり」を実現したい。  この意味から,「子育てまちづくり研究」に関わって行われる大学教育は,本研究との往復を前提としたものであるだけでなく,大学院生,学生に,研究活動への参画を求めるものであるといえる。  本研究は,以上の「子育てまちづくり研究」の趣旨にもとづき,未来の母親としての女子学生に「出産自己決定マニュアル」の内容企画をとおして研究に参画させ,「出産・子育ての自己決定能力」を育む大学授業の方法と,その社会化効果を確かめようとしたものである。 (2)「子を産む性」をもつ女子学生にとっての社会化課題  ある県の青少年育成国民運動の大会に講師として参加したとき,私は休憩時間にロビーで,参加者の青少年育成活動家から次のような問いかけを受けた。「先生は,女子学生に対して,子どもを産むのはいやだなどというわがままをいわずに,子どもを産むよう教育していますか」。その参加者は,女子学生には,いわば「いやでも」子どもを産むよう教育することは,すべての教育者にとっての重要な役割だというのである。  青少年育成活動に携わる者として,また,少子高齢社会のわが国の将来を憂える者として,子を産む性をもつ女子青年が結婚したがらない,子どもを産みたがらないという傾向は致命的問題であり,「子育て支援」以前に「教育」の力でその「わがまま」を「矯正」することのほうが重要なことであると考えているのであろう。  たしかに自己の目先だけの利益や快楽を求め,出産,子育てを忌避する傾向が青年にあるとすれば,いくら子育て支援を手厚くしたところで,それだけでは少子高齢社会の本質的解決は望めないと考えられる。子育て支援とは,出産・子育てに向かおうとする者,すでに向かっている者に行われる支援であって,子を産み育てる意欲が青年に欠けているとしたら,それは支援以前の本質的問題であることは明らかである。ここに,「教育」が「支援」以上に一部の心ある人々から期待される理由があるといえる。  しかし,同時に,私はそのようにして行われる「教育」が,まったく効果をもたないまま,青年期としての女子学生とのすれ違いを繰り返す危険性をも危惧するものである。  事実,当時勤めていた大学で,100人程度の女子学生にその参加者の言葉を伝えたところ,ほとんどの者は「失礼な話」という反応であった。「子どもを産むか産まないかは自己決定の問題」,そして「私たちに出産を押しつけるよりも,私たちが安心して子どもを産み,楽しく子育てできる社会にすべき」というのである。その論旨も,また,正当なものであり,多くの少子化対策においても同様の言説が採られている。しかし,その言説には,社会に関わる主体としての自己認識の欠如,すなわち「あなたまかせ」の状況を見過ごす危険性がある。  とくに,青年期としての女子学生においては,その多くが,将来の出産をめぐって,それが自己決定の個人的行為であることと,社会的行為でもあることとが,内面では十分には統合できないまま引きずっていかなければならないという問題を抱えていると考える 。  これは,「個人化と社会化の統合」 という課題としてとらえることができる。ここで,個人化とは「個人としての充実」を,社会化とは「社会の一員としての充実」としておきたい。女子学生は,出産,子育てに関して,この課題に直面することになる。  この課題は,社会的必要からの押しつけだけでは,学生とのすれ違いの繰り返しになるばかりで解決しない。出産,子育てという「大事業」を間近に控える学生に対して,内面化としての社会化を図り,「個人化と社会化の統合」を促進することが必要である。  ここに,女子教育の象徴的課題が表れていると考える。そして,そこでは,社会化作用が,「押しつけ」ではなく,望ましい自己決定能力の獲得,すなわち,社会化と統合的に行われる個人化の「支援」として行われるという点で,教育のあるべき方法を示すものといえる。  先述の学生の反応のなかで,「失礼な話だと私も思う。でも,私が子どもを産んだら,社会に不満ばかり言って自分は何もしないというのではなく,自分のできる範囲で子育てしやすい社会にするために関わりたい」と記述した者がいた。この記述は,社会の構成員として「自分のできること,すべきことはする」という「協働」をとおして,社会に「参画」することの必要性への気づきとして評価できる。  これが,「個人化と社会化の統合」の一つの方向と考えられる。それは,「子育てまちづくり研究」における「自己形成と社会形成の一体化」概念とも一致するものである。 (3)青年の社会化状況  以上の趣旨から,「個人化と社会化の統合」にとって「社会参画」は重要な要素と考えられる。そして,現在,全国各地の青少年施策,青少年教育においても,「青少年の社会参画」を重視する傾向が強くなっている。  しかし,多くの青年にとって,社会化達成の状況は,社会参画に至るまでにはほど遠い段階であることも指摘しておかなければならない。  1990年代に若者は,「仲間以外はみな風景」,すなわち,「仲間さえ大切にしていれば,外の世界はどうでもいい」(宮台真司)と分析された 。われわれは,「それでは,その仲間の中はどうなっているのか」と考え,神戸,杉並の若者それぞれ千人の調査を行い,その結果をもとに書をまとめた 。そこで導き出したキーワードが「みんなぼっち」である。  私はその書で,若者の交友関係改善の展望として,ピア(同質集団)からネットワークへのシフトアップを提唱した 。「島宇宙化」(宮台)して閉鎖された小さな仲間の中で,「みんな,みんな」と言ってますます仲間と同化していきながら,それゆえ,じつは孤立していく。若者が社会化以前に立ちすくんでいる現在の状況の根源として,彼らの交友関係が「みんなぼっち」の孤独な状態にあると考える。  このような社会化困難という問題を抱えた青年が,この10年以内に続々と親になっていくことが予想されるのである。少子化対策としての子育て支援が,出生率の向上だけに目を向けるとすれば,上記の問題の本質的解決は難しいと考えられる。  青年期としての女子学生の社会化支援は,このような社会化状況に適合した内容,方法により,効果的に行われる必要がある。 2. 研究目的  上に述べたような社会化状況にある女子学生が,「子を産む性をもつ者」としての望ましい社会化を達成するためには,どのような授業方法が効果的であるのか。  本研究では,クドバスを活用した「出産自己決定マニュアル」作成をとおして,「子育てまちづくり研究」に参画させることによる効果を検証しようとした。  クドバス(CUDBAS=CUrriculum Development Method Based on Ability Structure)は,森和夫らによって1990年に開発されたカリキュラム開発手法である 。クドバスでは,職業能力を分解して,知識,技能,態度の3側面から表記し,これを構造化して,そのまま学習プログラムに反映させるため,当然の結果として,各回において獲得できる能力(学習目標)が明確に示される。  実際,私の大学授業において,高校生の子をもつ親に関する学生による子育て支援研究として,クドバスを活用して学生にその学習カリキュラムを作成させたところ,比較的容易に,テーマごとの学習目標を設定することができた。また,そこで設定された学習目標は,各回の担当者及び講師にも明確に認識されるし,他の回とは重複しないため,支援が責任をもって目的的に行われるという実践面での大きなメリットが期待できるものになった 。  クドバスを活用すれば,このように学習目標が明確に表示されたカリキュラムを,「学習者に対して」提供できることはすでに明らかである。  本研究では,さらに,クドバスの次の特徴に注目した。 [参画]=学習者が獲得したい能力を,学習者がリスト化することができる。これは,本研究でいえば,「女子学生自身が出産・子育てに必要と考える能力を,学生自身の手によってリスト化することができる」ということになる。これは「参画」の行為にほかならない。このような参画型学習による,学生の社会化に向けた気づきの効果を分析したい。 [協働]=学習者同士の協働によって作業を進めることができる。これは,本研究でいえば,「学生同士の協働や,教師との対等な対話によって,作業を進めることができる」ということになる。とくに,現代青年の日頃の交友関係とは異なる,学生同士の「研究仲間関係」のもつ効果を分析したい。 [主体]=実践現場からの必要性が尊重されるシステムであるため,学習者が指導者に対して主体的に関わることができる。これは,本研究でいえば,「子を産む性をもつ女子学生自身の希望や不安をていねいに汲み上げるため,学生が『教師から答を教わる』のではなく,『わがこと』として思考し,教師と対話することができる」ということになる。本研究では,とくに,そのための教師の指導機能のあり方と,その効果について検討したい。  以上の理由から,本研究では,クドバスを活用して学生に「出産自己決定マニュアル」を作成させることにより,現代青年としての女子学生の社会化状況に適合し,なおかつ「子を産む性をもつ者」として必要な社会化を促進することができると考え,その効果を確かめようとした。  本研究の仮説は以下の通りである。〔クドバスを活用して女子学生自身の社会化欲求に対応したワークショップ型授業を行なうことによって,「子を産む性をもつ者」として必要な社会化を効果的に促進することができる。〕 3. 研究方法  研究対象とした授業は,2006年度前期児童学科生涯学習指導者コースの専門科目「学習情報の提供と相談−とくに学生や青少年の社会参画支援のために−」である。受講学生は7名であった。  本授業の目標は次のとおりである。 @ 生涯学習活動支援のためにどんな情報が求められているか,自分の言葉で説明できる。 A 学生や青少年の社会参画を促すための効果的な支援方法について説明できる。 B .現代青年として社会化を達成するにあたり,その障害になる交友関係の「二項対立」(距離と親密)を解決する方法を知っている。  本授業の半期をとおしての進行は,大きくは,次の3つの順に行なった。 A 学習情報提供,学習相談の理解と教育的意義 B クドバス「学習相談能力」リスト図作成 C クドバス活用による「若い女性のための出産自己決定マニュアル」構成企画  以下,それぞれA,B,Cと呼ぶ。  研究方法は次の@,A,Bで行った。 @ クドバス成果の検討  クドバス成果の検討の方法は次のように行なった。  Cにおいて,学生全員にスキャン式の白板の前に出て来させ,そこで学生同士が話し合いながら作成した成果「出産自己決定に必要な能力」リスト図(図C-1)と,これをもとにした成果「マニュアル構成」(図C-2)を検討した。  学生の記述内容の検討は次のように行なった。 A 学生の記述内容の検討  毎回,その授業で気づいたこと,感想などを,学生にインターネットをとおして書き込ませ,そのなかで積極的に記述した4人について集約した結果(表1)について,各テーマの横断的な特徴や,同一学生のテーマによる変化を分析した。その際,各記述内容に表れた学生の気づきについて,下線を引いた象徴的な言葉から,対自己(対自),対他者(対他)に分類した。この分類は,拙著「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法」 における分析方法に従ったものである。また,その文脈から,「自分はどうするか」という意味の記述が含まれている場合は,「能動」として検討した。 B 教師の指導内容の分析  教師の指導内容の分析は次のように行なった。  毎回,音声記録と映像記録を録り,教師の発言と学生の反応及び彼らの自己表現を対照して分析した。そのことによって,教師の指導行為のどこがどのように彼らの気づきに影響を与えるかを明らかにしようとした。  また,指導行為が発揮する指導機能を,役割提供,表現支援,評価受容,課題解決,揺さぶりの5つに類型化し,それぞれの類型とその効果について検討した。  その際,発言ごとに発言文字数と実際の秒数を算出し,5文字1秒と想定して発言にかかったと思われる時間を仮に割り出し,これを実際の秒数から差し引いたものが5秒を越える場合に,「空白時間」として記録した。  「空白時間」は,学生同士の協働のための時間である場合と,学生個人の「自己内対話」のための時間である場合の2通りが考えられる。前掲著において,「今,何か考えがまとまりそうと思っているときに別のことを言われてわからなくなったりした」という学生の記述を取り上げ,私は,「ワークショップでの対他者の体験だけで自己を質的に高めることはできない」として,「自己内対話をどう促すかという教育的視点」の必要性を提起した。その意味から,空白時間も重視して分析した。  本稿では,教師の指導行為については,AからBのクドバス能力リスト作成へ移行させたときの授業を採り上げ,空白時間も含めて,その効果を示した(図2)。 4. 結果と考察 (1)出産自己決定における対他者関係の位置づけ  図C-1で,学生同士の協議により,「夫や親と協力する」を最重要の「仕事」として位置づける結果となった。身近な人々との協力関係を築き上げることを,自己決定のための条件として認識したことの意義は大きいといえる。  学生03は,授業の進行(A→B→C)に伴い,対他の出現率が,1/1件→1/4件→3/3件と変化している。クドバスで能力リストを作成するBにおいては,余裕がなかったため,「大変」「楽しい」という「即自的」な言葉が多かったと推察される。しかし,その能力リストを活用してマニュアルを作成するCにおいて,「出産はまわりの人の支えが重要」とし,それと関連して「子どもをおろす原因」にまで考えをめぐらせようとしている。これは,「人の意見を取り入れることや意見を聞くということをすごく大事に感じた」(03C3)という記述に示されているクドバスの「協働」がもつ効果の表れとしてとらえられる。  教師の指導行為とその機能としては,この問題ではとくに「介入」行為による「揺さぶり」機能の効果を検討しておきたい。なぜならば,すでに述べてきたことから,親以外の他者との関係づくりは,現代青年全般にとって「苦手」と考えられるからである。「自分の母親に協力してもらう態度がとれる」という能力カードを書いた学生に対して,私は次のように発言している。  自分の母親だけにしない。お父さんにもおじいちゃんにも手伝ってもらうことがあるでしょう。自分の親にというのと,舅,姑と上手くやっていくというように。親は特に頼むことはできるだろう。夫の親はやめます。確かに夫の親に頼むというのは難しいなと思って。だから,それで,僕はこれを追加したの。自分の母親を自分の親にして,自分の親に協力してもらうと,舅,姑とうまくやっていくのと,場合によっては協力もしてくれると思うけど。どうなんだろうね。やっぱり一番やりやすいのは自分の親なんだろうね。頼むのは。でも,親って嫌がるよ。結構,疲れるんだよ,年をとると。(学生:舅,姑に頼まなくちゃいけないけど,頼むのって難しそう。)そうだよね。だから上手くやっていくぐらいかな。夫のおばあちゃんが熱心な場合も,それはそれで問題がおこるかもしれない。自分の親だったら協力してもらうということで済んでしまうけど,夫の親の場合はやり方についてもあまり文句言えないしね。そうすると,これは自分の親とは違う問題だよね。自分の親に協力してもらうのとは違う。だから,必要な能力も違ってくる。(発言95秒,空白9秒)  空白時間は少ないが,学生に対して,「舅,姑に頼まなくちゃいけないけど,頼むのって難しそう」と,問題の所在を認識させる効果があったと考える。 (2)自己内の対話を促進する効果  クドバスでは,1人でおよそ20枚もの「能力カード」を書かなければならない。そのカード書きの時間は,学生に対して「自己内対話」を促す効果があると考える。  大学授業において,教師の発言のノート録りだけに終始してしまう学生に対して,ある仕事に必要な能力を自己の思考内で「分解」して書き上げさせることは,重要な教育効果をもたらすものと考える。  「そんなに書かなければいけないの」と言った学生に対して,私は次のように発言している。  そう。だからあまり大きな書き方でなくて,具体的に書いたほうがいいみたい。産もうとする態度がとれるなんていうのは,大きく書いちゃうとそれだけど終わっちゃうものね。(学生1:どんなことを書いたらいいんですか。)良い産婦人科医を知っているとか。(学生1:出産にまつわること。)そうだね。知っていないと安心ができないでしょう。(学生2:料理とか。)関係があるのなら書いていいけど,関係ないように思うけど。どうして。料理が上手くできるとどうなるの。(学生2:栄養とかわかるから。)そうか,はい,はい。それはすごくいいんじゃない。でも,具体的に書いたほうがいいね。子供の成長に良い料理のしかたを知っている,良い料理をすることができるみたいな,そんなふうに書いてください。(発言66秒,空白205秒)  次の学生の質問まで,3分以上の「自己内対話」としての空白時間が保障できたことになる。  とくに保育士,教員を志望する学生に対しては,出産自己決定のために必要な能力として「産もうとする態度がとれる」という「正解」を書いて終わりにしてしまう態度を卒業時までに改めさせなければ,子育て支援者としての資質として問題があると言わざるを得ないと考える。  また,職場の課題解決のための研究は,対他者体験だけでは進めることができない。ときには孤独な自己内対話が必要になるであろう。正解が与えられない課題について,職業生涯にわたってこれを研究し続けようとする態度は,専門的職業に就こうとするすべての学生にとって求められるものと考える。 (3)課題・目標の自己設定,共同設定による効果  クドバスでは,人から教えられた必要能力ではなく,自分自身が必要と考える能力をカードに書き込む。また,メンバー同士で職場の問題を話し合い,共通理解を図った上で,ワークがめざすべき課題を共同で設定する。  課題設定に当たっての教師の指導行為について,検討したい。  それでは,どうしますかね,前提。まず,未婚の母みたいな感じを1回外しちゃおうかなと思っていますが,考えてきたのは。未婚の母で出産の能力というと,自己決定というとかなり難し過ぎるかなと思って,どうしますかね。前提として考えるときに。自分が出産を自己決定するとしたら,どんな能力が必要か,しかも未婚で,結婚しないまま未婚の母になると大変かなと思って。(学生A:それはちょっと嫌。)既婚前提で,結婚して夫と協力しながら子育てするというところに配慮が向かうようなためにはどんな能力が必要かにしましょう。それで,職業はどうする。専業主婦みたいに決めちゃうか,それとも働きながら。(学生A:専業主婦。)専業主婦で決める。どうですか。なんで。(学生B:働いていると,難しそう)働いていると,働きながら,保育園の情報とかそういうことを知っていないといけないんだけど,それを1回外してみましょうか。専業主婦で。(学生C:専業主婦になりたい。)あっ,そうなの。働きたいから大学に来ているんじゃないの。違うんだ。専業主婦の方がどうしていいんだろう。(学生D:収入がちゃんと安定してあるのなら,働かないで家でいたい。)家でなにをしたいの。(学生D:家を守っていたい。家の掃除とか家事とかなら自分でもできるんじゃないかと。仕事だと逆にストレスとかたまって。)(学生E:私はそうならないと思う。)まあ,人によって違うのかもわからないけどね。(学生F:でも専業主婦だからといろいろ役員を押し付けられるらしい。)それはそれで押し付けられるのもあるし,専業主婦をあえてやって,夫にはご苦労様と言いつつ,自分ではのびのびボランティア活動などをする人もいるけどね。そういう人を知っています。夫のほうを知っているんだけどね。ある意味では仕事ですけど。収入がないから,収入がないと困るから,それは夫がやっている。(学生B:パート,バイト。)パート,バイトはまた意味が違うな。パート,バイトだって職業でしょう。(学生B;パート,バイトしている人は専業主婦とは言わないんですか。)ここでは厳密には言わない。(学生B:なんだあ。)いいだろう,パート,バイトは入れよう。主婦っていうのは忙しいよ。許されるもなにも,それよりも自己決定だよ。自己決定だね,そこのところは。専業主婦,パート,バイトを含むにしよう。よし,これで行きましょうか。あと,決めなくてはいけないことあるかな。(学生C:年齢とかは。)年齢は20台にしておくか。20代後半ぐらい。貴方が20代後半で出産。(学生C:もっと早くがいい。)それでは20代出産にしておこう。20代にしておこう。夫は会社員ね。実業家でバンバン何億も稼ぐみたいな人ではない。これで行きましょうか。(発言228秒,空白171秒)  大学授業においても,このように,教師は課題提示という指導行為により,役割提供機能を発揮するが,ワークを行なう学生の希望に応じて柔軟に課題を設定することができる。  学生の記述内容において,「楽しい」という言葉の出現頻度が高いのは,このようなクドバスのもつ「参画機能」に依拠するものと考えられる。 5. 結論  以上の考察から,仮説〔クドバスを活用して女子学生自身の社会化欲求に対応したワークショップ型授業を行うことによって,「子を産む性をもつ者」として必要な社会化を効果的に促進することができる。〕については,次のように考える。  クドバスの「他者との関係や職場における自己のもつべき能力の客観的な位置づけ」,「自己内対話の促進」,「課題・目標の自己設定,共同設定」という機能の面からいえば,「子を産む性をもつ者」としての女子学生の望ましい社会化を支援するためにも,効果的な技法であることは明らかといえよう。  しかし,学生の記述内容の分析においては,「能動」については,授業がAの講義型であったときのほうが多い(7/9件→2/13件→3/9件)。講義型のほうが建前の記述になるということも考えられるが,いずれにせよ,能動(ここでは「自分はどうするか」)に向けた気づき促進効果の面では,少なくとも女子学生に対する今回研究対象とした授業においては,効果が薄かった可能性がある。 レベル4 子育てまちづくりへの参画    契機(親の会や地域社会での活動) レベル3 自分自身や家族関係に対する気づき    契機(家族の問題解決の取り組み) レベル2 自分の子育て行動に対する気づき    契機(わが子の問題解決の取り組み) レベル1 わが子のことをよく見る 図1 親の能力開発ラダー 6. 今後の課題  私は,最初に述べた「子育てまちづくり研究」において,次のような親能力ラダー(はしご)を想定している(図1)。  その流れは,「問題解決のための個人学習」→「自分の子育て行動に対する気づき」→「親の会や地域社会における仲間との出会いを基礎にした集団学習」→「親の子育てまちづくりへの参画行動」である。それは,「仲間づくり」→「その仲間との協働」→「社会への参画」ということができる。現在の青年への社会の側の期待も,これと一致するといえよう。  そして,クドバスも同様に,「社会」の一つとしての職場の抱える現実の問題を協働で解決しようとするものといえる。  この点で,女子学生の「子を産む性をもつ者」としての社会化支援は,大学授業においては,大きな困難を抱えていると言わざるを得ない。それは,出産のもつ個人的側面はともかく,社会的側面については,今や多くの女子青年にとって魅力のないもの,「他人事」になってしまっていると考えられるからである。  そういう状況の中,「子育てまちづくり」への参画は,出産,子育てが,社会に対しても自負できる行為として輝きを取り戻すための一つの有力な要素と考える。  クドバスの活用についても,それを学生たちの実際の社会参画と結びつけることによって,大きな効果を上げることが期待できるといえよう。  この意味からも,市民とともに,女子学生が,クドバスなどによる協働参画型学習をとおして,研究面などから実際の「子育てまちづくり」に参画し,ひいては,出産,子育てに夢をもてる「未来の母親」として成長することを期待するものである。   能力-1 能力-2 能力-3 能力-4 能力-5 能力-6 1 夫や親と協力する 1-1  A 1-2  A 1-3  A   1-4  B 1-5  B 1-6  B 不安を乗り越えて出産を決断できる 夫婦げんかをしないで仲良くすることができる 夫と子育てを協力することができる 夫に自分の体調を理解してもらえる態度がとれる 自分の親に協力してもらえる態度がとれる 舅姑とうまくやっていく態度がとれる 1-7 C 1-8  C 1-9 C       妊娠を望まないときには避妊するよう夫にお願いできる 夫に家事を手伝ってもらうことができる 夫の会社の育児休暇がどれくらいあるか知っている       2 お金を管理する 2-1  A 2-2  A    2-3  B 2-4  C     出産・育児に必要なおおよその費用を知っている 出産に関する補助金を知っている 子どもができても家計をやりくりできる 夫が仕事を辞めないように励ますことができる     3 体調を管理する 3-1  A    3-2  B 3-3  B 3-4  C    3-5  C      妊娠や出産に関する病気について知っている 何が母子の体にとって良いか悪いか知っている 自分や相手の病気に立ち向かう態度がとれる 自分の情緒を安定させることができる 出産後もスタイルを保つことができる   4 出産に必要な情報を得る 4-1  A    4-2  B 4-3  C       妊娠のシステムについて知っている 出産に必要な書類作成や手続きができる 胎教にいい曲を知っている       5 子育てに必要な情報を得る 5-1  A    5-2  B 5-3  B 5-4  C 5-5  C 5-6  C 母としての自覚を持ち、責任を持ってわが子の世話ができる 家に最も近い産婦人科を知っている 料理がうまくできる(子どもの成長に合ったものが作れる) 子育てのために体力トレーニングの方法を知っている 階段などの危険な場所を知っている 赤ちゃんの服などを売っている所を知っている 6 地域で暮らす 6-1  A 6-2  A 6-3  B 6-4  B 6-5  C 6-6  C 育児に関する相談窓口を知っている 自分の周りの子育て経験者から子育て情報を得ることができる 育児に関する公共機関・施設を知っている 相談できる友人を探すことができる 交通の便が良い所に住むことができる 近くに良い公園を知っている 注1 能力の種別は右のとおりである 知識 技能・態度 注2 能力の重要度は右のとおりである A:非常に重要で、詳細に知っているか、よくできる必要がある B:普通であって、一般的に知っているか、普通にできればよい C:あまり重要でなく、概略を知っているか、体験していればよい 図C-1 出産自己決定のための「能力リスト図」 第一章「いい夫をみつける方法」         (1)夫婦の協力って何? 1-2A 1-3A 1-4B 1-8C (2)苦しいときこそチャンス!! 1-1A 1-7C 1-9C 3-3B (3)自分や夫を育ててくれた親に感謝 1-5B 1-6B     第二章「子どもを産んでますますリッチ」         (1)一人産むといくらかかるか? 2-1A 2-2A     (2)子育て家計術 2-3B 2-4C 5-6C   第三章「頼りは子育ての先輩ゆっくりゆったり子育てを」     (1)医者に聞けること 3-1A 4-1A     (2)親に聞けること 3-2B       (3)近所の先輩に聞けること 3-5C 5-4C 6-2A   第四章「すてきなお母さんになってね」         (1)すてきなお母さんって何? 5-1A       (2)子育て料理術 5-3B       (3)子育てフィットネス 5-5C       第五章「最強リラックス法教えます」         (1)妊婦ヒーリングリスト〜音楽・アロマetc 3-4C 4-3C     (2)悩みは、はきだせ! 6-4B       第六章「地域で子育てする」         (1)子育て支援って何? 4-2B 6-1A 6-3B   (2)大切な地域医療 5-2B       (3)仲間とつくろう子育てのまち 6-5C 6-6C     図C-2 「若い女性のための出産自己決定マニュアル」構成 ※ 右列記号は出産自己決定のための能力 表1 学生の記述内容 番号 記 述 内 容 対自 対他 能動 01A1 情報提供の長所が多く,短所があまり出なかった。長所ではあるものの,どのような点に気をつけなくては十分な長所として情報提供が学習者に生かされないのかを考えていきたい。   ○ ○ 01A2 相談者にとって,相談の窓口となる人の雰囲気はとても重要だと思いました。ただ相談窓口があるだけでなく,本当に相談したい,解決したい,という意欲をかきたてるような環境が必要だと思いました。   ○ ○ 02A1 今日の授業では,生涯学習に必要な基礎知識がわかってうれしかったです。助成金をうまくゲットするコツ,みたいなのがあったら,教えて欲しいと思いました。それから,授業で言いそびれましたが,私は『生涯学習』は,「自分の人生を楽しいものにするための学問」だと思います。よく,人に「どうして生涯学習に行ったの?」とか「このボランティアに参加した動機って何?」と聞かれますが,私はもっぱら「人生楽しむため」と答えてますから。時には,同じ考えの人がいて,うれしかったりします。 ○   ○ 02A2 私は,情報提供というのは1対1でやるものだと思い込んでいたので,「人数の制限を受けない」と書いてあったのが意外でした。他にも,今まで情報提供者側の視点は考えたことがなかったので,新鮮でよかったと思います。   ○   02A3 今回の授業では,相談者と学習,その受け取り方と伝え方の難しさの違いが分かってよかったと思います。ただ,最初はその違いと言われてもピンとこず,意見を出すのが難しかったです。   ○   03A1 「他信」と言うことばがすごく胸に響きました。相手を信用してないと自分の考えは話すことができないので,自分の気持ちを他人に話すとは勇気のいることであり,相手を信じることなんだと思いました。   ○ ○ 04A1 今日気づいたことは自分の視野の狭さでした。もっと自分には可能性があると思えたし,もっといろんなことにチャレンジしようと思いました。 ○   ○ 04A2 生涯学習についていろんな問いが出てたのが多かったと思います。いろんな分野というか区別されてるのもわかって勉強になりました。四つか五つにわかれてました。そんなにあるのかとびっくりしました。今度は知っていてみんなに知らせたいことも出していったりしたらおもしろいと思いました。 ○   ○ 04A3 今日は質問にたいして自分の希望どおりの答えが返ってくるとはいったものの,それでは安心させるだけで,その相談される側の人の存在があんまりなくなってしまうのではないかとあとから思ってしまいました。違う考えをアドバイスするという他の人の意見に揺るがされました。でもスマイルや和やかな雰囲気はどの場所であっても大切なことだと思いました。   ○ ○ 01B1 今回初めてクドバスを知りました。初めてなのに,スムーズに意見を整理できるのには驚きました。これをきっちり活用しながら授業ができるのを楽しみにしています。       01B2 前回のクドバスをより内容を考え,整理していきました。少人数で意見が言いやすく,整理もしやすかったと思います。 ○     01B3 今回クドバスを使って,全ての項目をカリキュラム編成しました。求められる知識,能力をカリキュラムにすることにより,具体的になってきました。       01B4 前回決まった科目名をもとに,さらに細かく講座名を考えました。講座を受ける参加者だけでなく,主催者側も楽しく有意義に運営できるような内容を考えるのが,とても楽しかったです。 ○   ○ 02B1 今回の授業では,クドバスを使ったこともそうですが,最後に先生が言った,「子どもを産め,と言われることをどう考えるか」というのが,一番インパクトに残りました。実は,現在レポートなどを多数抱えているため,そんなことを考える余裕があるか謎ですが,一生懸命考えたいです。 ○     02B2 今回の授業では,セミナーを自分で作り,名前をつける,という所がよかったです。私は,最初の段階で固まってしまったため,自分の思うように名前をつけられなかったのが残念ですが,みんなの字(タイトル)を見ていると,なかなか楽しいものが多かった,というのが印象的でした。あれで実際に講座ができるのなら,やってみたいと思いました。   ○ ○ 03B1 題名を考えるのって大変だなぁーって思いました。しかも仕事カードを○○するで終わらせるというので,さらに難しく感じました。       03B2 最近の授業はクドバスを使っていてみんなで考えて決めるのがすごく楽しいです!   ○   03B3 〜できる〜知っているという能力を出しても,肝心の題名を作るのや順位を決めるのが大変でした。       03B4 科目を考えたり時間割りを考えたりとだんだんと講座ができてきました。あともう一歩。最後まで頑張りたいです。       04B1 今日はクドバスということばを初めて聞きました。黒板にみんなでまとめる作業は大変だったのですが,わかりやすくまとめるだけで見栄えもよくなるし,効率がいいと思いました。雰囲気づくりは非常に大事だし,スマイルは親近感があって相談しやすくなると思いました。   ○   04B2 クドバスを使ってみんなが意見を言って,どれが一番よい並び方かをやったのですが,途中迷ってしまったときがありました。しかしこうやって整理することにより見やすくなったりするのでクドバスの勉強はとてもためになりました。   ○   04B3 今日はクドバスの最終段階の見直しをやりました。残りのコマをあわせるのが大変でした。しかしみんなの意見を取り入れたので,いい表ができると思います。   ○   01C1 今回は出産をするにあたって『主婦』が設定でしたので,自分自身主婦→母になるとういのではなく,仕事をしながら妻をしている→仕事をしながら母になるのが理想だったのでピンときませんでした。でも主婦でも出産の自己決定に必要な事柄が多く,仕事をしながら出産の自己決定をするのはもっと大変なことだろうというのに気づかされました。   ○   01C2 前回に引き続き,出産の自己決定についてクドバスを整理しました。カリキュラムだけでなく,本さえもクドバスを使って内容や順番を整理できるのに驚きました。       01C3 半期と短い期間,クドバスを使用して2つの事柄をとりあげた。まずは個人が何が必要だと考えているのか,そしてその意見をみんなで討議し1つのものを完成させた。1人では問題が解決できなくても,みんなで力をあわせてこの場合は,と真剣に取り組めたからこそいいものができたと思う。   ○ ○ 02C1 今回は出産の自己決定についてやりました。その中で,私が思ったのは,あの前提を得ることは,かなり難しいだろう,ということです。・・・というか,私はあの前提の,専業主婦にはなる気がありません。だから,今回,それについて考えろ,と言われても,イマイチ実感がわきませんでした。ただ,自分にとって大事な存在であって,なおかつ自分が好きだと思える人が自分と一緒にいたいと思ってくれるなら,結婚・出産でもいいと思っているので,そうなったら産むと思います。 ○     03C1 妊娠に関しては産もうと決意するには誰か信用できる人物が必要だと思います。もちろんお金も大事ですが,妻:この人との子を産みたい,夫:お金は頑張って稼ぐから,って感じじゃないですかね?   ○   03C2 出産はまわりの人の支えが重要に感じました。お金の事も大事ですけどね。子どもをおろす原因は何が一番なのでしょうか。それこそ出産に一番大事な事だと思いました。   ○   03C3 みんなで意見を出しあって話し合うことはすごく楽しかったし勉強になりました。人の意見を取り入れることや意見を聞くということをすごく大事に感じた授業でした。   ○ ○ 04C1 夫との協力も大事だし,お金のやりくりも大事だなとおもいました。私が一番大事だと思ったのは,気持ちの安定です。安定して元気な赤ちゃんでないとお金もかかってきてしまうし,いろいろ問題がでてしまうと思ったからです。今はこどもをうまない人もいるが,やはり生活が楽しくなくなってしまうし,淋しくなると思う。私も20代後半とかで産むのは無理かもしれなくても30代とかでうみたいです。やはり女性は子供をうんだほうが強くなれると思うからです。産みたいと思うのはちゃんと相手ができてからですが。 ○     04C2 今週はクドバスを整理しました。出産の自己決定ということで題もつけました。そして何が一番かなど順番整理もしました。出産にはやはりまわりの人の協力そしてオカネのこともかかわってくるのだなと思いました。また前回の書き方でいいかたの違うものもあったので,それをどんなふうに伝えるかを考えるのにも苦労しました。だいたい完成してきてたときは達成感がありました。これできっちりとまとまったと思います。クドバス楽しいです。   ○ ○ ※ 番号の上2桁は学生別,3桁目英字は授業時期別,4桁目は記述順。 図2 教師の指導内容と「空白時間」