研究紀要「聖徳の教え育む技法」第2号 2-XX(2007) 「学生による子育て支援研究」の方法と効果 ―学生の社会化支援の視点から― 西村美東士 はじめに 本研究で分析の対象とした授業は平成18年度後期「児童学の社会学的基礎U」である。履修者数は、主として保育士コース1年2コマ、幼稚園教員コース1年1コマの計3コマの計268名である。3つの授業すべてで、本学の「子育て支援社会連携研究」の一環として、学生に「社会に開かれた子育て観」 に基づく「子育て支援研究」を行なわせた。 本授業の内容・目的は次の通りである。「現在、重大な社会問題として少子化ダメージが懸念され、多大な予算をかけて出生率向上対策が行われている。しかし、『わが子さえよければ』という親や『あなたまかせ』の大人たちばかりでは、問題は解決しない。本授業では、親・市民・学生の『子育てまちづくり』への参画の促進方策を学ぶ」。本授業の達成目標は次のとおりである。「1.子ども支援者、子育て支援者として、生涯にわたって研究を続けることができる。2.まちづくりや社会全体の観点から、子ども支援や子育て支援のあり方を説明することができる。3.親の子育ての悩みや喜びを理解し、親のニーズに基づいて子育て支援をすることができる」。 1年生にこのような子育て支援研究ができるのかどうかは心配もあった。しかし、本学は一般の大学と比べて、学生の子ども・子育てに関する関心と見識が高く、関連する仕事への就職に関する意欲も高い。そのため、本研究によって、職業生涯において研究を続けられる能力を身につけて卒業させるための大学授業を行い、その効果的方法について明らかにしたいと考えた。また、そこでは、学生に研究をさせることによる学生自身に対する社会化効果が重要な要素になると考えた。 1. 研究目的 平成12年度徳島大学学芸員課程の科目「生涯学習概論」において、受講学生42名(うち男3名)に対して8コマ2日間にわたる集中講義を担当する機会を得た。同授業において、授業イメージに関する調査、学生の提出した文章、ワークショップの成果等の結果を分析し、学生がどのように自己や他者に対する気づきを得たのか、その変容の過程を解明することによって、学生の自己決定能力を高める授業の構成要素とその効果を明らかにしようとした 。 その結果、第1に、ワークショップ型授業によって、即自から対自へ、対自から対他者へと学生の気づきが促され、対他者から再び対自や即自のより深い気づきへと循環する過程が明らかになった。第2に、学生の自己決定能力の到達段階の把握に基づく戦略的な指導内容と授業構成の必要性が明らかになった。 今回の研究では、共同研究が学生に与える社会化効果に着目して、学生の気づき過程についてより詳しく検討する。そのことによって、学生に「子育て支援研究」をさせる授業方法の要素と効果について明らかにしたい。 そのため、次のとおり仮説を設定した。 仮説〔学生に「子育て支援研究」をさせることによって、学生の対自、対他の気づきと、その循環を促進し、望ましい社会化を効果的に支援することができる。〕 2. 研究方法 (1) 研究1:学生の記述内容の検討 授業では、毎回、各週末までに、学生に「その授業で気づいたこと」をパソコンまたは携帯電話からBBS(電子掲示板システム)に書き込みをさせた。その記述から、次の項目に関わる文脈を抜き出して、その結果を検討した。1「理解」、2「興味・関心」、3「有用性・効率性」、4「自己への気づき」、5「他者への気づき」、6「社会への気づき」。 分類にあたって、次の原則を設定して適用した。 @ 1つの文脈については主要な1項目に分類したが、文脈を切り分けることができる場合は、複数の項目に分類した。たとえば、「生活の中ではあまり考えないことを授業で考え、みんなの意見も聞いて納得でき、おもしろい」については、1に分類するとともに、「みんなの意見も聞いてなるほどと納得」を抜き出して5に分類した。 A 他者との出会いをとおした自己への気づきについては、5に分類した。たとえば、「価値観の違いもあるが、それが自分にとって良い刺激になっている」は5の「他者への気づき」に分類した。 B 「選択肢の書き方も自分とはまったく違う考え方の意見まで書くので、アンケート作りはとても難しい」など、「難しい」という言葉が頻出した。これらは、1の「理解」に分類した。 C 「先生が指示したことを1時間やるのではなく、同じことを知りたい仲間と研究していくのは大変そう」など、「大変」という言葉が頻発した。これらは、3の「有用性・効率性」に分類した。  次に、それぞれの項目に分類した各文脈について、否定的側面を述べた記述を1「否定」、2価値中立型の記述を「中立」、肯定的側面を述べた記述を3「肯定」、自らの主体的な活動について述べた記述を4「能動」の評価を与えた。たとえば「理解」については、「難しい」等は1「否定」、「みんなの意見を聞いていると、たくさん調べ方があるのだと思った」は2「中立」、「先生に聞きに行ったら、親と子どもの意見の違いを表にしたらよいと言ってもらい、これからやることがわかった」は3「肯定」、「グループ作業は得意な方ではないが、協力して作業する事の大切さは十分学べた」は、本人の態度表明ととらえられるため、4「能動」とした。  本研究では、以上の分析によって文脈を抜き出せる書き込みを4回以上した学生184人の記述から、1,140件の文脈を抜き出して検討した。検討にあたっては、記述の内容に基づいて次の4テーマに分けて比較を行った。 @ テーマ設定、グループ分け、研究目的・仮説・方法の設定等を含む「研究計画」 A クドバス 活用等による「研究活動」 B 他グループの学生を対象として行った「質問紙調査」 C 目的、仮説、方法、結果、考察、結論、今後の課題及び提言を文章化し、論文の骨格を作成する「研究まとめ」 (2) 研究2:社会化効果調査結果の検討 授業期間中、学生に与えた社会化効果について、保育士コース1年2コマ、計199人に対して、連続8回のアンケート調査を行った。調査期間中は、グループによる進行状況の差はあったが、ほぼ次のように研究が進められた。なお、質問紙調査を行わないグループも少数あった。 表1 社会化効果調査期間中の学生の研究内容 回 研究内容 1 研究テーマの設定 2 研究方法の設定 3 研究活動 4 質問紙調査の設計 5 質問紙調査の回答と集計 6 質問紙調査集計結果の分析 7 研究のまとめ 8 論文骨格の作成 アンケートの内容は資料1のとおりである。アンケートでは、当日の授業の中で「最も印象に残っていること」を一つだけあげさせ、そのことが自分にもたらした効果について回答させた。「最も印象に残っていること」の種類7「自己内対話」については、1回目の調査で学生に次のように説明した。「授業の中で、自分を客観的に見たり、今まで気づかなかったことに気づいたりすることがあるだろう。これは、もう一人の自分がいて、それと対話することだと考えられる。一言で言えば『自問自答』である。クドバスカードを書いているときのほか、教師の講義を聴いているときや共同作業をしているときなどでも、このような自己内対話が行われることがある」。 本研究では、199人中、8回の調査のうち4回以上回答した学生186人の結果1,269件について検討した。 3. 結果と考察 (1)研究1 学生の記述内容の検討 各時期の文脈の分類結果について、実数分布を表2に示す。 表2については、次の点に注意したい。 @ 「自己」と「社会」は、他の項目より記述数自体が少ない。 A 「理解」について「否定」が多いのは、「難しい」という用語が多かったためである。 B 「有用性・効率性」について「否定」が多いのは、「大変」という用語が多かったためである。 表2 社会化効果調査期間中の学生の記述内容の文脈 記述テーマ 評価 理解 興味 有用 自己 他者 社会 小計 @研究計画 1否定 37 37 1 2 1 78   2中立 1 1 1 7 1 11   3肯定 2 23 25 4 8 62   4能動 19 25 2 1 47   小計 40 42 88 8 18 2 198 A研究活動 1否定 53 51 5 2 2 113   2中立 9 4 6 34 11 64   3肯定 16 25 33 5 31 110   4能動 7 14 29 4 6 60   小計 85 43 113 20 73 13 347 B質問紙調査 1否定 44 66 1 10 121   2中立 16 1 5 7 64 2 95   3肯定 12 47 30 2 23 114   4能動 5 11 25 2 13 1 57   小計 77 59 126 12 110 3 387 C研究まとめ 1否定 28 22 2 52   2中立 5 1 1 14 4 25   3肯定 20 15 31 5 6 2 79   4能動 8 13 23 7 1 52   小計 61 29 77 14 20 7 208 全体 1否定 162 176 9 14 3 364   2中立 31 6 7 14 119 18 195   3肯定 50 110 119 16 68 2 365   4能動 20 57 102 15 20 2 216   計 263 173 404 54 221 25 1,140 各時期の比率を図1に示す。 図1 学生の記述内容の分類(学生数184人、n=1,140、以下同じ)  図1から、次の特徴を指摘しておきたい。 @ どのテーマにおいても、有用性、効率性に関する記述の比率がもっとも多い。 A 自己や社会への気づきに関する記述は、一貫して少なかった。 B 他者への気づきに関する記述の比率は、研究の進行に従って増加したが、まとめの段階に入って減少した。 次に、実数の少なかった「自己」と「社会」を除く各項目における評価の比率の変化を調べた。その結果を図2に示す。 図2から、次の点を指摘しておきたい。 @ 「理解」に関しては、否定が減少し、肯定と能動が増加した。研究初期はその難しさが顕著に示されたが、研究の進行のなかで一定の理解は進められたと考える。 A 「興味」は他の項目と比べ、能動が多かった。興味・関心が主体的態度のための重要な要素になっていると考える。 B 「有用」に関しては、「大変」という用語が多く、否定的な記述が多かった。学生にとっては、ふだんの「承り型学習」に比べて「大変」という実感が強いのだと推察される。このように否定が多い反面、能動も「興味」に次いで多いことから、「有用性・効率性」は、現実社会に対する積極的、主体的態度のための重要な要素になっていると考える。また、研究まとめ期に入って、否定が減少することから、初期の「大変」という実感は、逆に達成感にもつながるものと考える。 C 「他者」に関しては、研究の進行に伴って、価値中立的な評価が多くなる。これは、グループの仲間を肯定する記述から、研究の視点からの客観的に他者を理解しようとする記述に移行したものと推察される。 図2 各項目における評価の変化 (3) 研究2:社会化効果調査結果の検討 各回の「印象に残ったこと」について、実数分布を表3に示す。各回の比率を図3に示す。 表3 「印象に残ったこと」各回の分布 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 計 1教員の講義 7 8 4 3 10 7 6 1 46 2教員の助言 6 11 24 13 8 14 6 7 89 3仲間の発言 17 20 13 15 18 6 9 12 110 4自分の発言 6 3 2 1 1 1 14 5話し合い 86 80 55 58 30 29 50 45 433 6共同作業 38 26 52 49 35 84 87 85 456 7自己内対話 7 10 7 24 53 8 4 8 121 計 161 161 158 164 155 148 163 159 1,269 図3 「印象に残ったこと」各回の比率(学生数186人、n=1,269、以下同じ) 図3から、次の点を指摘しておきたい。 @ 教員の講義や助言の影響は、研究活動を開始する頃に最大になった。その後は、主体的活動のほうが強い印象を与えたと推察される。 A 後半になると、「印象に残ったこと」の中心が「話し合い」から「共同作業」に移行する。研究における「協働」の質が深まったものと推察される。 B 自己内対話については、質問紙調査の回答と集計を行った第5回に最大になる。個人として回答することから、当然の結果と考える。しかし、質問紙調査を設計した第4回においても、自己内対話は他の回の2〜3倍の比率を示している。これは、質問紙調査法の実習は、ワーディングなどにおいて、自己内対話を促す効果が大きかったものと推察される。 各回の「気づきの対象」(「自己」「他者」「社会」)について、学生の自己評価の平均の変化を図4に示す。5段階評価のため、目盛りの下限を1、上限を5とした。 図4 「自己」「他者」「社会」への気づきの変化(5段階評価、以下同じ) 図4から、総体的には5段階評価においては顕著な変化がなかったと考える。「自己」への気づきの上昇量が0.5をわずかに上回った程度である。 次に、「そうだ」と「まあそうだ」を「効果のあった者」ととらえ、その割合の変化を確かめた。その結果を図5に示す。図5以降は、目盛りの下限を50%、上限を90%とした。 図5 「自己」「他者」「社会」への気づき効果のあった者  5段階評価において顕著な変化がなかったことから、図5においても大きな変化とはいえないが、次の特徴を指摘しておきたい。 @ 「自己」については、質問紙調査集計結果の分析及び研究まとめの前半に最大になった。 A 「他者」については、研究計画の後半に落ち込みがあった。 B 「社会」については、研究活動を始めた頃、他の項目より先行して最大になった。  上の変化の内容をより詳しく検討するため、設問ごとの変化を図6〜図8に示す。 図6 「自己」への気づき効果のあった者  図6から、次の点を指摘しておきたい。 @ 「自分に関係がある」が、後半から最大になった。 A 「自信がもてる」は途中、落ち込みがあったものの、結果的には大きく増加した。これは、いわば「根拠のある」自己肯定感を養う効果があったものと考える。 B 「自分の長所に気づく」、「自分の問題点がわかる」は、研究活動の中盤にピークを迎えた。自己客観視を促す効果があったものと考える。 C 反面、初期の頃の「長所に気づく」の落ち込みと、「問題点がわかる」の増加は、研究の難しさに直面した学生へのネガティブな影響を示すものと考える。 D 「考えがわかる」、「言葉が見つかる」については、研究の進行に伴って顕著に落ち込んでいった。研究活動によって、学生自身がいままでもっていた「自己肯定感の根拠」をゆさぶられたものと推察される。 図7 「他者」への気づき効果のあった者  図7から、次の点を指摘しておきたい。 @ 「仲間のよいところに気づいた」は、第6回の質問紙調査の分析のときに最大になった。クロス集計などにおいて、チームワークが発揮されたものと考える。 A 「他の人とも出会いたくなった」は、ほとんどすべての回で最高位を占めた。研究によって、他者への能動的な関心が高まったものと考える。 @ 反面、「自分の気持ちを仲間に伝えたくなった」は、研究の進行に伴って落ち込んでいった。研究と一般的な「楽しいワークショップ」との違いが明らかであり、大きな課題であると考える。  図8から、次の点を指摘しておきたい。 @ 「社会の問題に気づいた者」は、研究活動初期に最大の8割強になった。 A 反面、「将来の職業に生かしたいか」というと、そうではない。「職業に生かしたい」はつねに下位である。「(保育士等の)現場は忙殺されているのだから、研究どころではない」と学生が考えているとしたら、学生に研究をさせる上での深刻な阻害要因として認識する必要があると考える。 B 第6回には、8割近くの者が「社会についての意見がもてる」とした反面、「幅広く考えるようになった」は最低の6割弱に落ち込んだ。質問紙調査の結果を分析し、まとめに入る頃から、ゆとりがなくなってきたと推察される。 図8 「社会」への気づき効果のあった者 4. 結論 以上の検討から、学生に研究をさせることによって、他者への関心、自他への信頼感、チームワークなどの一定の側面においては、彼らの社会化のための効果的な気づきを促進するということについて確かめることができたと考える。 しかし、同時に、研究をするということのもつ難しさや、現実の職業の場の厳しさなど、いくつかの阻害要因も明らかになった。 今後、より詳しく検討を進める必要がある。 5. 討論  本授業の初期の頃、研究方法を考えるよう指示したところ、「○○先生に(答を)聞いてくる」と真顔で答える学生が何人もいた。  教師から「答を教わる」ということに慣れ親しんできた学生にとって、あらためて自ら「問い」を発見し、仮説を設定し、その妥当性を検証する方法を模索する研究を行うということは、容易なことではない。そういう彼らが、実際に研究を進めるなかで、すでに見てきたように、わかっていると思いこんでいたことが「わからなくなってしまう」、あるいは「言葉が見つからなくなってしまう」。 しかし、そのことは、研究の難しさを示すとともに、研究による個の確立の過程を意味していると考えられる。その過程が伴ってこそ、望ましい社会化も達成されると考えたい。 資料 社会化効果調査のためのアンケート