学生による「子育て支援研究」教育効果の研究 西村美東士 本研究に対して、「学部の、しかも1年生に研究ができるのか」という疑問はよく聞く。実際、その教育実践における困難は大きなものがあった。 しかし、本研究で対象とした本学学部学生は、子ども支援や子育て支援に関心をもち、そこに就職しようとする強い意志をもつ者が多い。このような知見と熱意が確かな青年集団が、本研究に参加することの意義と必要は大きい。  われわれは、「大学授業において、学生に主体的な研究能力を身につけさせる」という先駆的な意義に鑑み、あえてこの実践、研究を試みた。 研究T 出産・子育ての自己決定能力を育む大学授業の方法と効果 1.目的  女子学生が、「子を産む性をもつ者」としての望ましい社会化を達成するためには、どのような授業方法が効果的であるのか。  本研究では、クドバスを活用した「出産自己決定マニュアル」作成をとおして、「子育てまちづくり研究」に参画させることによる効果を検証しようとした1。  本研究では、さらに、クドバスの次の特徴に注目した。  [参画]=学習者が獲得したい能力を、学習者がリスト化することができる。これは、本研究でいえば、「女子学生自身が出産・子育てに必要と考える能力を、学生自身の手によってリスト化することができる」ということになる。これは「参画」の行為にほかならない。このような参画型学習による、学生の社会化に向けた気づきの効果を分析したい。  [協働]=学習者同士の協働によって作業を進めることができる。これは、本研究でいえば、「学生同士の協働や、教師との対等な対話によって、作業を進めることができる」ということになる。とくに、現代青年の日頃の交友関係とは異なる、学生同士の「研究仲間関係」のもつ効果を分析したい。  [主体]=実践現場からの必要性が尊重されるシステムであるため、学習者が指導者に対して主体的に関わることができる。これは、本研究でいえば、「子を産む性をもつ女子学生自身の希望や不安をていねいに汲み上げるため、学生が「教師から答を教わる」のではなく、「わがこと』として思考し、教師と対話することができる」ということになる。本研究では、とくに、そのための教師の指導機能のあり方と、その効果について検討したい。 2.方法  研究対象とした授業は、2006年度前期児学科生涯学習指導者コースの専門科目「学習報の提供と相談−とくに学生や青少年の社参画支援のために−」である。受講学生は7名であった。  本授業の半期をとおしての進行は、大きくは、次の3つの順に行なった。 A 学習情報提供、学習相談の理解と教育的意義 B クドバス「学習相談能力」リスト図作成 C クドバス活用による「若い女性のための出産自己決定マニュアル」構成企画  以下、それぞれA、B、Cと呼ぶ。 研究方法は次の@、A、Bで行った。 @クドバス成果の検討  クドバス成果の検討の方法は次のように行なった。  Cにおいて、学生全員にスキャン式の白板の前に出て来させ、そこで学生同士が話し合いながら作成した成果「出産自己決定に必要な能力」リスト図と、これをもとにした成果「マニュアル構成」(表1)を検討した。 学生の記述内容の検討は次のように行なった。 A学生の記述内容の検討  毎回、その授業で気づいたこと、感想などを、学生にインターネットをとおして書き込ませ、そのなかで積極的に記述した4人について集約した結果について、各テーマの横断的な特徴や、同一学生のテーマによる変化を分析した。その際、各記述内容に表れた学生の気づきについて、下線を引いた象徴的な言葉から、対自己(対自)、対他者(対他)に分類した。この分類は、拙著「ワークショップ型授業の構成要素とその効果ー学生の自己決定能力を高める授業方法」における分析方法に従ったものである。また、その文脈から、「自分はどうするか」という意味の記述が含まれている場合は、「能動」として検討した。B教師の指導行為の分析  教師の指導行為の分析は次のように行なった。  毎回、音声記録と映像記録を取り、教師の発言と学生の反応及び彼らの自己表現を対照して分析した。そのことによって、教師の指導行為のどこがどのように彼らの気づきに影響を与えるかを明らかにしようとした。  また、指導行為が発揮する指導機能を、役割提供、表現支援、評価受容、課題解決、揺さぶりの5つに類型化し、それぞれの類型とその効果について検討した。  その際、発言ごとに発言文字数と実際の秒数を算出し、5文字1秒と想定して発言にかかったと思われる時間を仮に割り出し、これを実際の秒数から差し引いたものが5秒を越える場合に、「空白時間」として記録した。  「空白時間」は、学生同士の協働のための時間である場合と、学生個人の「自己内対話」のための時間である場合の2通りが考えられる。前掲著において、「今、何か考えがまとまりそうと思っているときに別のことを言われてわからなくなったりした」という学生の記述を取り上げ、私は、「ワークショップでの対他者の体験だけで自己を質的に高めることはできない」として、「自己内対話をどう促すかという教育的視点」の必要性を提起した。その意味から、空白時間も重視して分析した。  本稿では、教師の指導行為については、AからBのクドバス能力リスト作成へ移行させたときの授業を採り上げ、空白時間も含めて、その効果を示した(図1)。 3.経過 (1)出産自己決定における対他者関係の位置づけ  学生同士の協議により、「夫や親と協力する」を最重要の「仕事」として位置づける結果となった。身近な人々との協力関係を築き上げることを、自己決定のための条件として認識したことの意義は大きいといえる。  学生01は、授業の進行(A→B→C)に伴い、対他の出現率が、1/1件→1/4件→3/3件と変化している。クドバスで能力リストを作成するBにおいては、余裕がなかったため、「大変」「楽しい」という「即自的」な言葉が多かったと推察される。しかし、その能力リストを活用してマニュアルを作成するCにおいて、「出産はまわりの人の支えが重要」とし、それと関連して「子どもをおろす原因」にまで考えをめぐらせようとしている。これは、「人の意見を取り入れることや意見を聞くということをすごく大事に感じた」という学生01の記述に示されているクドバスの「協働」がもつ効果の表れとしてとらえられる。 (2)自己内の対話を促進する効果  クドバスでは、1人でおよそ20枚もの「能力カード」を書かなければならない。そのカード書きの時間は、学生に対して「自己内対話」を促す効果があると考える。  大学授業において、教師の発言のノート録りだけに終始してしまう学生に対して、ある仕事に必要な能力を自己の思考内で「分解」して書き上げさせることは、重要な教育効果をもたらすものと考える。  とくに保育士、教員を志望する学生に対しては、出産自己決定のために必要な能力として「産もうとする態度がとれる」という「正解」を書いて終わりにしてしまう態度を卒業時までに改めさせなければ、子育て支援者としての資質として問題があると言わざるを得ないと考える。  また、職場の課題解決のための研究は、対他者体験だけでは進めることができない。ときには孤独な自己内対話が必要になるであろう。正解が与えられない課題について、職業生涯にわたってこれを研究し続けようとする態度は、専門的職業に就こうとするすべての学生にとって求められるものと考える。 (3)課題・目標の自己設定、共同設定による効果  クドバスでは、人から教えられた必要能力ではなく、自分自身が必要と考える能力をカードに書き込む。また、メンバー同士で職場の問題を話し合い、共通理解を図った上で、ワークがめざすべき課題を共同で設定する。  大学授業においても、このように、教師は課題提示という指導行為により、役割提供機能を発揮するが、ワークを行なう学生の希望に応じて柔軟に課題を設定することができる。  学生の記述内容において、「楽しい」という言葉の出現頻度が高いのは、このようなクドバスのもつ「参画機能」に依拠するものと考えられる。 4.結果  クドバスの「他者との関係や職場における自己のもつべき能力の客観的な位置づけ」、「自己内対話の促進」、「課題・目標の自己設定、共同設定」という機能の面からいえば、「子を産む性をもつ者」としての女子学生の望ましい社会化を支援するためにも、効果的な技法であることは明らかといえよう。  しかし、学生の記述内容の分析においては、「能動」については、授業がAの講義型であったときのほうが多い(7/9件→2/13件→3/9件)。講義型のほうが建前の記述になるということも考えられるが、いずれにせよ、能動(ここでは「自分はどうするか」)に向けた気づき促進効果の面では、少なくとも女子学生に対する今回研究対象とした授業においては、効果が薄かった可能性がある。 5.課題  われわれは、親の子育て学習の流れについて、「問題解決のための個人学習」→「自分の子育て行動に対する気づき」→「親の会や地域社会における仲間との出会いを基礎にした集団学習」→「親の子育てまちづくりへの参画行動」という想定をしている。これを、青年の社会参画までのプロセスとして言い換えれば、「仲間づくり」→「その仲間との協働」→「社会への参画」ということができる。現在の青年への社会の側の期待も、これと一致するといえよう。  クドバスも同様に、「社会」の一つとしての職場の抱える現実の問題を協働で解決しようとするものといえる。この点で、女子学生の「子を産む性をもつ者」としての社会化支援は、大学授業においては、大きな困難を抱えていると言わざるを得ない。それは、出産のもつ個人的側面はともかく、社会的側面については、今や多くの女子青年にとって魅力のないもの、「他人事」になってしまっていると考えられるからである。  そういう状況の中、「子育てまちづくり」への参画は、出産、子育てが、社会に対しても自負できる行為として輝きを取り戻すための一つの有力な要素と考える。  クドバスの活用についても、それを学生たちの実際の社会参画と結びつけることによって、大きな効果を上げることが期待できるといえよう。  この意味からも、市民とともに、女子学生が、クドバスなどによる協働参画型学習をとおして、研究面などから実際の「子育てまちづくり」に参画し、ひいては、出産、子育てに夢をもてる「未来の母親」として成長するよう効果的に支援する方法を明らかにする必要があると考える。 表1 「若い女性のための出産自己決定マニュアル」構成 図1 教師の指導行為と「空白時間」 研究U 学生の社会化支援の観点に立った「子育て支援」教育の研究 1.目的  本研究では、学生自らが、授業だけでなく、研究活動にも参画し、卒業時には社会に通用し、社会で自己を発揮する能力を身につけ、群れから離れて社会に「一匹で」飛び出していけるよう、学生の成長を促す効果を明らかにしようとした2。 2.経過  授業の目標については、現代学生の社会化過程における困難性の理解を踏まえ、次の3つを受講学生に対して提示した。 @親の気持ちがわかり、親や大人と向き合い、子育てを支援することができるようになる。 A親たちが地域や親の会で積極的に活動し、主体的に参画することの意義を知っている。 Bまちづくりや社会全体の観点から、子ども支援を考えることができるようになる。  希望する「自由課題」に応じて各グループに分け、すべてのグループに、次の3つの研究課題を提示した。 @ 親の子育て研究  以下のとおり、個人課題とグループ課題とを提示した。 個人課題=年表作成、子育ての喜びとうれしかった時、子育ての悩みとつらかった時、など。グループ課題=他者の「個人課題」研究成果とあわせて一覧表をつくって比較し、一致点と相違点を見いだす。 A 親の会研究  調査内容記録のための様式例として、表1を示した。 注意事項としては、「被調査者の承諾を得た上で、なおかつ、相手のプライバシーを守ること。個人情報を他に流出しないこと」を挙げた。 B自由課題研究  研究方法としては、学生に次のように示した。  見取り図、マップ、チラシ、ポスター、進行表、年間計画表、まちの人材リスト、グラフ、文章などの研究成果のまとめ方が考えられる。研究と同時進行で、とりあえず誰かがこれを試作し、その後、グループワークとして、研究で得た知見をもとにこれを改善していく。  研究課題としては、事前に記述させた学生個人の関心をもとに、教師が次の研究課題として編成して提示し、学生に選択させた。 (1) ネットコミュニケーション研究 (2) 三世帯家族代替え方策研究 (3) 親の相談したい内容と対応方法研究 (4) 安全冒険公園づくり研究 (5) 親子交換日記の意義と方法研究 (6) 公民館・児童館子育て支援研究 (7) 親子参加イベント・施設研究 (8) 親子カフェ開発経営計画研究 (9) あいさつ促進指導法研究 (10) 子どもの自己決定権拡張研究 (11) 子どもが愛しくなる方法研究 (12) 親と子どもの居場所づくり研究 (13) 地域親密化あの手この手研究 (14) 母親たちによる起業計画研究 (15) 父親の子育て参加支援研究 (16) 父親の地域活動開発研究 (17) 親子参加レクリエーション研究 (18) 子どもを取り巻く環境網羅的把握研究 (19) 親子のコミュニケーション研究 (20) 親子自然休驗研究 (21) 指導者と保護者間の連絡ノート研究 (22) 母と娘のいい関係研究 (23) 親離れ、子離れ研究 (24) 親子関係にもたらすペットの意義研究 (25) しつけの悩みと解決方法研究 (26) 子どもの病院研究 (27) 親の権利保護と子どもの成長の両立に関する研究 (28) 親子・子育て支援商品開発研究 (29) 田舎と地域の子育て環境比較研究  結果としては、研究グループが成立しなかった課題もあった。逆に、学生が上記リストとは別に新たに希望して採用された課題(「ヤンママの生態学研究」など)もあった。 3.方法  調査および分析は、以下のデータを対象に行なった。 @学生の記述内容(自己表現) A学生の研究成果音声・映像による授業記録 B学生の記述内容の分析は次のように行なった。毎回の授業ごとに、パソコンまたは携帯電話から、インターネットのBBS(電子掲示板)に、「授業中や研究活動中に気づいたこと」または「研究活動報告」を書き込むよう指示した。この内容を類型化して分析を行なった。  学生の研究成果の分析は次のように行なった。次の研究成果を各グループで作成、提出させ、内容を検討した。 @「自由課題に関する問題点と解決策」(図解) A中間発表における投影資料(図表等) B最終発表における投影資料(図表等、予定)  また、個人に対しては、次の課題をレポートとして提出させ、内容を検討する。 @「子育て支援研究の意義と課題」(文章記述) A 研究論文(選択課題)  音声・映像による授業記録の分析は次のように行なった。各回の教師の発言と学生の反応、彼らの自己表現や研究成果を対照して分析した。そのことによって、教師の働きかけのどこがどのように彼らの社会化に影響を与えるのかを分析しようとした。  本稿では、「親の子育て研究」、「親の会研究」、「自由課題研究」に関する中間報告における投影資料を用いて考察する。 4.結果 (1)親の子育て研究  中間発表の段階では、一覧表にさせることによって、親の間の共通点、差異などを、明らかにすることができたと考える。しかし、それをどのように整理したらよいのかということが学生には難しかったのであろう。  これに対して、グループ04が、各調査項目ごとの「まとめ」を試みていることがわかる。しかし、そのまとめ方には、全般的に、「共通点を見いだしてまとめる」という傾向が見いだされる。とくに「みんな望まれて生まれてきた子ども」という言葉に代表されるような予定調和的な結論の仕方については、現代学生の志向を表していると考える。  研究を深めさせるためには、個人間の差異にもっと注目させ、学生の研究関心を引き出す必要があるだろう。さらには、そこから、調査対象個人の各項目間の回答の横断的分析まで深めさせていくことが、質的調査の発展を促すものになると考える。  このことは、学生が社会化を達成するにあたって問題になることとも一致していると考える。すなわち、ピア・コンセプト(同輩意識)によって「群れのなかでの同質化」が進行することと、共通する答えを見いだそうとすることとは、個人間の興味深い差異を見過ごすこととは、本質的には通じていると考えられる。  この点で、個人的事象における異なりという事実に対して、科学的態度で臨もうとする研究態度は、ピア・コンセプトを乗り越えて望ましい社会化を達成することにも資するものになると推察される。 (2)親の会研究  「親の会研究」も、「親の子育て研究」と同じ傾向が見いだされ、学生の研究と社会化を支援するに当たっての課題を示す結果になっている。  さらに、「親の会研究」では、PTA役員(委員を含む)をやらなかった親に対して、何を調査するかという点が、学生にとっては困難な問題となった。  このことについては、社会化支援の視点から、次のように考える。  学生の意識のなかで、社会参画の建前だけが先行してしまう場合、親一人一人の状況や感じ方に基づいて考察し、阻害要因等を科学的に突き止めていくという作業が困難になる。  逆に、研究活動を通して、それぞれの親のもつケースごとの分析ができるようになれば、「すべての人が、同じように積極的に参加すべき」という実現困難な「内なる教条」を乗り越えることができるだろう。「建前」を疑うことなく自明のこととして処理する彼らの教条主義とも呼ぶべき思考過程は、科学的思考法を妨げるとともに、結局は彼らを社会参画から遠ざける働きをしていると考える。なぜなら、他者に対して「社会参加すべし」という「踏み絵を押しつけようとする者は、結局は自らの自由な参加決定をも抑圧する結果になると考えられるからである。  これに対して、個人に対する臨床的な研究態度を養うことは、自分自身も含めて、「個人がおかれている状況のなかで、社会に対して、できる範囲で参加する」という柔軟で生産的な思考に転換することにもつながると考える。  このことにより、自己という「個」を社会のなかで適正に位置づけて、社会参画に意欲をもつことができるようになり、結果として望ましい社会化にも資するものになると推察される。 (3)自由課題研究 自由課題研究については、学生による「子育て支援研究」の効果について、次のように考える。  第1に、学生自身およびその環境という「資源」の調査対象としての活用についてである。  これは、調査の客観性の確保の面からいえば問題は多いといえるが、学生の自己客観視や、自己とは異なる他者の存在への気づきの面では、資するところが大きいともいえる。これらのことが、学生の望ましい社会化に寄与することは明らかである。  大学教師が学生による研究活動を推進しようとする場合、学生自身の価値観や周囲の人々の存在、生まれ育った環境等が一人一人異なることに気づかせ、それらを研究対象として関心を持たせ、客観視できるように導くことが重要であろう。それは、学生の研究能力の育成としてともに、社会化支援としても効果が大きいと考える。  第2に、他者の意見という「事実|に対する主体的関与についてである。  中間発表の当初、多くの学生は、被調査者が言ったことを、そのまま結論として利用しようとした。これは、今までの教育のなかで「答えを教えてもらうこと」に慣れてしまったことが原因と推察される。  教師は、「研究においては、「Aさんはこう考えている」というデータでしかない」と助言し、自分たちの切り口を見つけて、その回答分析するように指示した。このようにして、受け身の姿勢を改めさせ、自らの主体的思考による分析を経て、結論するようにさせることが、学生の研究能力を育てることは明らかである。同時に、このことは、他者に対して主体的に関与しようとする意欲と能力につながるものと考える。  第3に、第2とも関連するが、他者の意見間および自己の意見との差異の解釈と構造的把握についてである。  自己とは異なる他者と「共存」はできても、理解の「共有」はできないという、現代学生の社会化の可能性と限界を示すものと考えられる。「人それぞれ」という言葉で簡単に片づけられてしまいがちなのである。  自由課題研究の中間発表資料においても、個人間の差異は見いだしているものの、全体をどう構造化して把握するかという面については、彼らの戸惑いがうかがわれる。  その場合、教師が図解や類型化などによる検討を指示することは、彼らのもつ「人それぞれ」という限界を乗り越えさせ、「意味ある他者」を能動的に取り戻させるきっかけにもなると考える。  第4に、「批評精神を働かせる」ということについてである。  上記第2、第3の効果を実現するためには、研究において必要とされる「批評精神」が、他者の回答を分析するにあたっても重要になると考える。「人それぞれ」で終わらせてしまっては、研究は深まらないからである。  この点に関して、現代学生の「共存志向」には、「自分が批判されたくないから他者を批判しない」という消極的な傾向もうかがわれる。現在、関係する諸学界において、青少年にとっての自己肯定感(Self-Esteem)の重要性が指摘されている。しかし、「批評されない」ということが、真の自己肯定感の涵養につながるとは考えられない。これに対して、研究活動において真摯な批評の方法を経験することは、「打たれ強い」、「友人と真摯に批判しあう」などの資質と能力にもつながる。その点で、安定した自己肯定感を養い、それに基づく望ましい社会化を促す効果をもつと考える。 5.課題―本教育活動の社会化効果と研究上の課題  本稿では、親の子育て研究、親の会研究、自由課題研究に関する以上の考察をとおして、学生に「子育て支援研究」を行わせる効果を具体的に検討してきた。  その検討結果をもとに、次の3点を、総体的な社会化効果の要素として提起しておきたい。これは、親がたとえばPTAなどの親の会をとおして「子育てのまちづくり」の活動に参加するなかで成長する過程を構成する要素と一致していると考える。  第1に、「参画」である。親は、「しぶしぶ始めたPTA」のなかであっても、主体的に企画するおもしろさを知り、成長していく。同様に、学生も、「授業だからいやおうなしに始めた研究」のなかで、分析する切り口を見つけ、自らが関心のもてる仮説を設定して、その仮説を検証するための研究を企画する。それがおもしろいのは当然といえよう。  参画は、「勤勉だが、受け身で勉強する」という姿勢から、「おもしろいから研究する」という姿勢に学生を転換させる効果があると考える。射族(しつけ)は社会化のための重要な行為だが、一方で個人は、「おもしろいことをしたい」などの自己の求める生き方を現実社会に適したかたちで実現する能力が求められる。「よくしつけられただけ」では、人間の場合は、社会において自己を十分には発揮できないのである。おもしろさを自らの力で見いだすことは、研究の重要な一側面であると同時に、字生が社会に主体的に参加するための必要不可欠の要素といえよう。  第2に、「交流」である。親は、PTA役員になることにより、わが子とは学年の違う子の親などとも話す機会が増え、ときにはよその子や地域の人々と交流することにもなる。学生も、自由課題という研究目的を同じくする者同士と共同研究を行い、さらには、地域の親子や企業、店舗の人のところに行き、話をすることになる。  ネットワーク社会においては、交流を即日的とする交流より、むしろ、特定の目的のもとに人々が交流する。研究活動に付随して、このような交流を自主的に体験することは、ネットワーク社会における人的交流能力を育てることになるといえよう。  第3に、「世界の拡大」である。親は、PTA役員になることにより、今まで話したことのなかった学校管理職等と話す機会が多くなり、わが子の周りとしての「学校」だけでなく、社会や地域のなかでの「学校」を知るようになる。学生も、今までに知識として習っていた「対象」について、調査をとおしてその「素顔」を知り、研究をとおして社会的文脈のなかで、その対象をとらえようとするようになる。  広い視野から自己の職業や生活を見ることができるようになることは、個人が社会のなかでの自己の位置を客観的に認識し、それをもとに行動できるようになるために不可欠の要素といえよう。  以上の社会化効果を確かめるため、今後は、教師の課題提示(問いかけ)、指示(研究の進め方)、回答(レスポンス)等の、どの行為が、どのように、役割提供機能(研究活動)、表現支援機能(文章、話し合い、発表)、揺さぶり機能(固定概念の打破)、受容機能(学生の研究成果への評価)、課題解決機能(気づきの促進)を発揮するのか、より具体的に明らかにしていきたい。  そのために、学生の研究成果の検討のほか、各回の学生の記述内容から気づきのキーワード分析、音声・映像による授業記録からの学生の反応の分析等を行いたい。  子どもの参画については、ロジャー・ハートの示した「参画のはしご」が注目される3。しかし、そこに示された「はしご」は、各参画形態における参加度によってレベル分けされたものであり、本来の能力ラダー(知識・技能・態度に関する順序性のある達成過程)とは異なるものである。そのため、「子どもの参画する能力の発達」という章を含めて、各参画形態における必要能力の構造と、それに対応した効果的指導方法が十分に分析的には明らかにされていないと考える。  とくに子どもの参画が非常に進んだレベルである「7.子どもが主体的に取りかかり、子どもが指揮する」、「8.子どもが主体的に取かかり、大人と一緒に決定する」については参画を支援する側が、子どもが達成すべき能力のうち、どれに対してどう関わり、どれに対しては手を引くのかが不明確である。  学生の本研究への参画を促すにあたって、われわれは、学生の達成能力と社会化プロセスを構造的に把握し、効果的な指導方法を分析的に明らかにする必要があると考える。  子育て支援、次世代育成の重要性が叫ばれる少子化社会の今日、子ども支援者には、担当する子どもたちの担当する時間だけでなく、その親に対しても可能な限りでの子育て支援を行い、子どもの家庭や地域での環境にまで目を配り、その改善のために自分のできることは関わろうとすることが求められる。  しかし、将来子育て支援者になろうとする学生が、そういう資質・能力をもって卒業するためには、一つの重大な問題がある。その問題とは、現代青年の社会化の困難性である。社会参画どころではない現代青年の状況がある。これは、現代社会においては「社会問題」といえよう。  青少年が事件を引き起こすたびに対処療法的な方策をあれこれ講じようとするのではなく、より基本的には、このような問題があることを認識し、研究を進める必要がある。  「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」における学生の研究参画について、大学教師としての実践と研究をより深めて、学生の思考のなかに「社会に開かれた観点」を形成させ、この社会問題を打開する展望を追究していきたい。 ―――――――――――――――――――――――――― 1 詳しくは、次稿を参照されたい。西村美東士「出産・子育ての自己決定能力を育む大学授業の方法と効果−女子学生(未来の母親)の社会化を支援する技法」、聖徳大学FD研究紀要『聖徳の教え育む技法』1号、2006年。 2 詳しくは、次稿を参照されたい。西村美東士「学生の社会化支援の観点に立った子育て支援教育の研究」、聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究』4号、pp.49-62,2006年3月。 3 Roger A Hart:Children's Participation,UNICEF,1997.木下勇・田中治彦・南博文翻訳監修『子どもの参画−コミュニティづくりと身近な環境ケアへの参画のための理論と実際』、萌文社、2000年10月。