子育て学習の構造的理解序説 ―親の社会化支援の視点からの整理― 西村美東士 1研究目的 現代青少年に対しては、個人としての充実のための支援とともに、望ましい社会化を支援し、社会参画を促すための方策が講じられてきた。しかし、われわれの研究成果からは、次の問題が導かれた。 @青少年が求める「個人化」欲求が、社会化と統合的にとらえられていない。 A青少年自身の友達関係や仲間関係の欲求が、社会参画に結びつけられていない。 Bそのため、青少年社会化支援のモデル提起に限界があった。 上の問題の根底には、青少年の生活・活動やそれに伴う学習について、社会化支援の視点からの構造的理解の不十分さがあったと考える。そのため、社会が求める「社会化」が、青少年の実態に対応できなかったといえる。 その親についても、社会性等の面において多様な問題点があり、それが学校教育、青少年教育等の青少年支援の実践における重大な阻害要因になっていることが指摘されている。しかし、次の点で、社会化支援については無力感や諦観が支配的になりがちであったと考える。 @親の社会化過程とその構造が十分には理解されなかった。 A親へのアプローチの方法を継承し、発展させることが十分にはできなかった。 B青少年の社会化モデルを、親の社会化モデルと組み合わて検証するという点で不十分であったため、青少年とその親の関係とそれによる両者の動態的な社会化構造が明らかにされてこなかった。 平成7年度文部科学省選定「私立大学学術研究高度化推進事業」(社会連携研究推進事業)「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」は、個人内完結型の子育てから、社会に開かれた子育て観への転換を図り、今後の地域づくりのコンセプトとしての「自己形成と社会形成の一体化」を実現しようとするものである。 とりわけ、親に対しては、その社会化がより効果的に進むよう支援する必要があり、子育て支援者には、その視点からの子育て学習の構造的理解が求められると考える。 そのため、本研究では、親の学習を研究対象として、次の側面から、その構造的理解の方法を検討する。 @研究1:学習集団内の相互受容による対自・対他、個別的・社会的、主体的・客体的の気づき過程2)。学習集団に受容的雰囲気が形成され、互いに安心して自己開示を交換することが、対自、対他、対社会の気づきに対して与える効果と逆効果について、主にプロセスの視点から検討する。 A研究2:「未来の母親」である女子学生による、親能力設定の過程。これまで明らかにしてきた青年たちの場合の社会化過程の研究成果3〜6)に基づき、研究1で明らかにした気づき過程と、親能力に関する大学授業の研究成果とを比較して検討する。 B研究3:子育て学習への参画が親に及ぼす社会的能力獲得に関する効果7)。研究2の結果に基づき、主にPTA会員による「子育てのまちづくり」への参画型学習の成果について、子育て学習グループによる親能力リスト作成に関する学習成果と比較する。 各研究の仮説は次のとおりである。 @研究1:学習集団に受容的雰囲気が形成され、互いに安心して自己開示を交換することによって、対自・対他の気づきが促される。 A研究2:クドバス8)を活用して女子学生自身の社会化欲求に対応したワークショップ型授業を行なうことによって、「子を産む性をもつ者」として必要な社会化を効果的に促進することができる。 B研究3:子育てまちづくりへの参画によって、子育て学習が発展する。 本稿では、以上の検討によって、子育て学習における親の「社会化モデル」や、その社会化過程のなかでのラダー構造や循環システムの解明と、それに基づく構造的理解を得るための研究の基本的視点を明らかにしたい。このような理解なくしては、その子どもである青少年の社会化過程を理解することはできないと考える。 表1 各回の活動内容と支援のねらい 2 研究1:学習集団内の相互受容による気づき過程 2-1 方法 研究対象とした講座は、2000年度徳島大学大学開放実践センター公開講座「子育ての中の交流・コミュニケーション」である。小学校・中学校在学の子どもをもつ母親に対して、春期と冬期に週1回、1.5?2時間、6週にわたって実施した。主として検討した春期講座は、5月16日?6月20日に実施した。受講者は5名である。 この講座の目的は次のとおりである。子育て問題の解決のためには、親自身が自他への信頼感や共感をとりもどすことが必要である。本講座では、主として小学校・中学校在学の子どもをもつ親同士で、子育てをしているときのうれしいことや悩んでいることなどの体験を交流した。学習方法は、ワークショップを取り入れ、受容的雰囲気のなかで安心して交流できるように配慮した。 分析は、@個人による文章表現ワークの成果、Aワークショップの成果、B各回終了時の個人による振り返りの文章を対象にして行なった。他に、C受講者1名に対する面接調査を行なった。 個人による文章表現ワークの成果の分析は次のように行なった。1-2終了時に文章表現1-@「心配なこと・聞いておきたいこと」、2-3終了時に2-@「自己の就労状況」、3-5終了時に3-@「絵画表現「子育ての楽しみ」説明」を、それぞれA6版1枚に記述したものを回収した。この内容を全体的傾向、個人別把握の両面から分析した。 ワークショップ(WS)の成果の分析は次のように行なった。1-4の「第一印象ゲーム」9)(メモ)、2-4のWS「幸せの瞬間」10)(図解)、4-4、5-2のカード式発想法「子育てのなやみ」(図解)。6-2のカード式発想法「子育てのなやみ=期待と実像」(図解)を、各回終了後に表にまとめ直して内容を検討した。 各回終了時の個人による振り返りの文章の分析は次のように行なった。毎回、終了時に、「どんなことでも自由に書く」という指示の上で、A6版1枚を配布し、記入後回収した。この内容を当日のWSとの関連の面から分析した。 受講者1名に対する面接調査は次のように行なった。2001年5月、現在も他の受講者と自主的に交流を続けている人1名に30分程度の面接調査を行なった。会話形式で自由にしゃべってもらい、これを録音して発言のとおり文書化した(面1「当時の受講の様子」、面2「現在考える受講の意義」)。この資料を分析して、受講当時の戸惑い及びその後の自主的交流による気づきについて検討した。 2-2 結果と考察 各回の個人振り返りの文章表現の分析結果を集約して検討した結果を図1に示す。社会的/個別的については個人によっては固定化傾向を破れないケースが見出された。しかし、客体としての気づきと主体としての気づきについては、往復しながら主体としての気づきを深めていく過程が明らかになった。 さらに、気づき支援の分析をとおして、次の「往復」の効果が認められたと考える。 第1に、気づきの過程において、「悩んでいるのは私だけではない」、「皆が同じ思いをもっている」という社会的な気づきが、個人の安心や集団による共同解決につながっていった。反面、「結局は自分の生き方について考えること」、「みんなと一緒とか、普通って、どんなことなのか」という個別的な気づきが、社会的な気づきと往復して深まっていった。 第2に、気づきの過程において、講師や他の学習者から影響を受ける客体としての気づきと、影響を与えている主体としての気づきが往復していた。講師からの知識提供では、紹介された本を読もうと思ったり、学習者間の相互関与では、「私の話を皆が聞いてくれた」、「相手が話してくれた」ということから自己内対話を深めたりする過程が見られた。 第3に、気づき支援において、講師によって意図的に構成された学習機会のなかで、学習者主体の偶発的な交流が行なわれた。そして、その成果に基づいて、次の学習機会がより意図的、効果的に構成された。 第4に、気づき支援において、講義やワークショップ等をとおして子育ての知識・態度に関する概念の提供が行なるとともに、他者の異なる受け止め方を紹介することよって、その概念の「打破」が試みられた。そのために、「自分のためのショッピング」という合意に対して、翌週には「それが私にはストレスになる」という発言を取り上げる発言の指導行為が行なわれた。 それらの気づき過程を図2に示す。上下は学習者の気づきの諸側面、左右は支援の諸側面を表している。 本研究をとおして、安心感と緊張感、他者への気づきと自己への気づき、学習集団内の共通性と一人一人の個別性、個人の悩みの共同解決と自己解決等の往復が見られた。これらのペアを二項対立的にとらえるならば、どの気づきに支援が効果的かという発想がなされよう。しかし、実際には、本研究では、現実の気づき過程は上下を往復しながら深まることが明らかになった。これに伴って、効果的な支援方策のためには、個人や集団の気づき過程を把握して、必要に応じて左右の二項を往復させ、気づき過程と交差させることが適切と考える。 図1 各人の各回振り返りの文章表現に表れた気づき過程 図2 気づき過程とその支援の往復 親が、子育てに関する自他の差異や、世間でいわれる「理想の子育て」と自己の子育てとのギャップに気づいて自己否定に陥った場合、対自、対他の気づきを経るよりも、直接的に問題解決の答やストーリーを求めようとすると考えられる。 これに対して、この講座で行なわれた「他の親との相互受容のなかでの悩みの交流」は、他者や自己への気づきを循環、深化させ、その過程のなかから自らの答を見出すための一定の効果をもつことが明らかになった。 この研究で設定した、[学習集団に受容的雰囲気が形成され、互いに安心して自己開示を交換することによって、対自・対他の気づきが促される]という仮説は、部分的には検証された。また、講師がいくつかのワークショップの手法を活用することにより、同じ悩みを抱えた学習者のなかでは、受容的雰囲気は比較的容易に形成されることがわかった。 しかし、同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自や対家族、対社会への気づきを阻害してしまう傾向を見出した。 子育て学習において真に「自分なりの答を見つけた」と実感するためには、他者の子育てとの差異に関する個人の気づきを明確化し、学習集団のなかで組織化することによって、学習者同士の共感や自他受容をより深いものにすることが重要であるといえる。 3研究 2:「未来の母親」である女子学生による、親能力設定の過程 3-1 方法 2006年度前期児童学科生涯学習指導者コースの専門科目「学習情報の提供と相談―とくに学生や青少年の社会参画支援のために―」(受講学生7名)を研究対象として、主に次のとおり研究を進めた11)。 @学生のグループワーク成果の検討 A学生の記述内容の検討 各記述内容に表れた学生の気づきについて、対自己(対自)、対他者(対他)等に分類して検討した。また、その文脈から、「自分はどうするか」という意味の記述が含まれている場合は、「能動」として検討した12)。 B教師の指導内容の分析 音声記録と映像記録を録り、教師の発言と学生の反応及び彼らの自己表現を対照して分析した。そのことによって、教師の指導行為のどこがどのように彼らの気づきに影響を与えるかを明らかにしようとした。 本研究では、上の結果を、研究1の成果と対比して検討する。 3-2 結果と考察 3-2-1 出産自己決定における対化地者関係の位置づけ クドバスチャート「出産自己決定能力」"においては、学生同士の協議により、「夫や親と協力する」を最重要の「仕事」として位置づける結果になった。身近な人々との協力関係を築き上げることを、自己決定のための条件として認識したことの意義は大きい。 学生Aは、授業の進行に伴い、対他の出現率が、前期1/1件→中期1/4件→後期3/3件と変化した。クドバスで能力リストを作成する中期においては、余裕がなかったためか、「大変」「楽しい」という「即自的」な言葉が多かった。しかし、その能力リストを活用してマニュアルを作成する後期において、「出産はまわりの人の支えが重要」とし、それと関連して「子どもをおろす原因」にまで考えをめぐらせようとしている。これは、「人の意見を取り入れることや意見 を聞くということをすごく大事に感じた」という記述に示されるクドバスの「協働」がもつ効果の表れとしてとらえられる。 教師の指導行為とその機能としては、この問題ではとくに「介入」行為による「揺さぶり」機能の効果を検討しておきたい。なぜならば、すでに述べてきたことから、親以外の他者との関係づくりは、現代青年全般にとって「苦手」と考えられるからである。「自分の母親に協力してもらう能度がとれる」という能力カードを書いた学生に対して、筆者は、「自分の母親」だけにしないで、舅、姑を含めて協力を得るよう発言した。学生は、「舅、姑に頼まなくちゃいけないけど、頼むのって難しそう」と回答したことから、問題の所在を認識させる効果があったと考える。 3-2-2 自己内の対話を促進する効果 前期から後期のクドバス能力リスト作成へ移行させたときの授業を採り上げ、その空白時間を図3に示す。 クドバスチャートの作成にあたっては、1人でおよそ20枚もの「能力カード」を書かなければならない。そのカード書きの時間は、学生に対して「自己内対話」を促す効果があると考える。 大学授業において、教師の発言のノート録りだけに終始してしまう学生に対して、ある仕事に必要な能力を自己の思考内で「分解」して書き上げさせることは、重要な教育効果をもたらすものと考える。 「そんなに書かなければいけないの」と言った学生に対して、筆者は、「子どもの成長に良い料理のしかたを知っている」などと具体的に書くように助言した。 とくに保育士、教員を志望する学生に対しては、出産自己決定のために必要な能力として「産もうとする態度がとれる」という「正解」を書いて終わりにしてしまう態度を卒業時までに改めさせなければ、子育て支援者としての資質として問題があるといわざるを得ないと考える。 また、職場の課題解決のための研究は、対他者体験だけでは進めることができない。ときには孤独な自己内対話が必要になるであろう。正解が与えられない課題について、職業生涯にわたってこれを研究し続けようとする態度は、専門的職業に就こうとするすべての学生にとって求められるものと考える。 3-2-3 課題・目標の自己設定、共同設定による効果 クドバスでは、人から教えられた必要能力ではなく、自分自身が必要と考える能力をカードに書き込む。また、メンバー同士で職場の問題を話し合い、共通理解を図った上で、ワークがめざすべき課題を共同で設定する。 大学授業においても、教師は課題提示という指導行為により、役割提供機能を発揮するが、ワークを行なう学生の希望に応じて柔軟に課題を設定することができる。 学生の記述内容において、「楽しい」という言葉の出現頻度が高いのは、このようなクドバスのもつ「参画機能」に依拠するものと考えられる。 図3教師の指導内容と空白時間 3-2-4 学生への社会化効果 以上の考察から、この研究で設定した仮説〔クドバスを活用して女子学生自身の社会化欲求に対応したワークショップ型授業を行なうことによって、「子を産む性をもつ者」として必要な社会化を効果的に促進することができる〕については、次のように考える。 クドバスの「他者との関係や職場における自己のもつべき能力の客観的な位置づけ」、「自己内対話の促進」、「課題・目標の自己設定、共同設定」という機能の面からいえば、「子を産む性をもつ者」としての女子学生の望ましい社会化を支援するためにも、効果的な技法であることは明らかといえよう。 しかし、学生の記述内容の分析においては、「能動」については、授業が前期の講義型であったときのほうが多い(7/9件→2/13件→3/9件)。講義型のほうが建前の記述になるということも考えられるが、能動(ここでは「自分はどうするか」)に向けた気づき促進効果の面では、少なくとも女子学生に対する今回研究対象とした授業においては、効果かった可能性がある。 クドバスは、「社会」の一つとしての職場の抱える現実の問題を協動で解決しようとするものといえる。 この点で、女子学生の「子を産む性をもつ者」としての社会化支援は、大学授業においては、大きな困難を抱えているといわざるを得ない。それは、出産のもつ個人的側面はともかく、社会的側面については、今や多くの女子青年にとって魅力のないもの、「他人事」になってしまっていると考えられるからである。 研究1が対象とした子育て学習における母親の気づき、とりわけ対社会の気づき過程においても、同様の問題が根底にあったのではないかと考える。学生も、親も、対自、対他の気づきと比較して、対社会の構えには、建前的なものに陥りがちで、自己を主体的に位置づけることが困難になっていると推察される。 研究1では、直接的に問題解決の答やストーリーを求めようとする親に対して、「他の親との相互受容のなかでの悩みの交流」により、他者や自己への気づきを循環、深化させることの効果を明らかにした。 しかし、同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自や対家族、対社会への気づきを阻害してしまう傾向を見出した。 この点では、研究2において明らかにされた、対他者関係の位置づけ、自己内対話の促進、課題・目標の自己設定と共同設定が、親に対する社会化支援においても効果的ということができる。 さらに、「子育てまちづくり」への参画は、他者との差異に関する個人の気づきを明確化し、学習集団のなかでその差異を生産的な方向で組織化することにつながるといえよう。このことにより、個人内完結型から社会に開かれた子育て観への転換が現実化されると考えたい。そして、これが、学習者の自他受容をより深いものにし、出産、子育てを、社会に対して自負できる行為として認識する拠り所になると考える。 4 研究3:子育て学習による社会的能力獲得に関する効果 4-1 目的と対象 「子育てまちづくり」を実現するためには、「まちづくりはあなたまかせ→わが子の問題解決のための学習→自分の子育て行動に対する気づき→自分自身や家族関係に対する気づき→親の会や地域社会における実践的学習→子育てまちづくりへの参画」という子育て学習の発展段階に沿った推進と親の社会化支援が求められる。 その構造と効果的な支援方法を明らかにするため、豊島区家庭教育推進員の毎月の集合学習の場を利用して、推進員である母親たちに対して、各地区における「子育てまちづくり計画」の策定を指導し、その経過と成果を検討した。家庭教育推進員とは、各区立小学校から委嘱された保護者によって、家庭教育に関する学習活動を行なう豊島区独自の制度である。 分析は、指導者の活動(発言内容、資料提供、ワークショップへの介入内容)、推進員による評価(アンケート)、計画策定成果等を対象に行なった。 各グループの研究成果発表までの代表的な流れを図4に示す。 図4グループの活動過程 4-2 結果と考察 第1回の講演で講師主導型の「クドバス」を行なった。全員の発言を集約し、クドバスチャート「豊島区子育て環境整備のためのアイデア」を作成した。同チャートからは、「安心」、「交流」、「自然」、「楽しさ」の4要素が、初回に確認されたことがわかる。この結果に対して、筆者は、「冒険教育」がもつ教育的効果について説明し、推進員の検討を促した。 「学習発表会」では、各グループの「子育てまちづくり」の計画策定活動において、次のような体験と気づきが報告された。 地域の公園の木が生い茂っていて、見通しが悪く、子どもの安全上、問題があると判断した。そこで、初めての体験だが、行政の公園所管部署に問い合わせたところ。次の日には剪定してもらえた。また、反面、緑化の観点からは、無制限に刈り取りなどをすることはできないことも教えてもらい、逆の視点からの問題もあることに気づいた。 上の報告は、参画や行政との協働の萌芽期において、すでに、社会的視野の拡大を伴う学習が行なわれていることを示すものと考える。 「平成18年度豊島区家庭教育推進員振り返りシート集計結果」においては、次の点が特徴的であった。 各グループの活動において、「子育て仲間」としての交流,とくに「他校のお母さんとの交流」が大きな効果をもたらした。それは、本事業に一番批判的回答であったと思われるある推進員でさえ、「他校との交流」を意味あることとしてとらえていたことからも明らかである。 また、同結果は、推進員各人の気づきや阻害要因を示すものでもあった。 とくに、「安全冒険公園」を計画したグループの母親の「安全冒険公園を作りたい→予算がなくてできない」、「実現できないのに、話し合ったり勉強したりするのは必要なのでしようか?」という記述については、一般の親たちが「子育てまちづくり」に参画する場合の、重要な課題を表していると考える。 従来の親教育の研究において、「学習成果の社会還元」の重要性については認識されていたといえよう。しかし、自分たちの学習成果である「安全冒険公園づくり」などの提案を現実化して社会還元としての成果に結びつけるためには、行政や関連機関との協働に向けた学習が、さらに必要になる。このことから、親の学習という自己形成の営みと。学習成果のまちづくりへの反映という社会形成の営みとが循環し、一体化して行なわれる動的構造を明らかにしていく必要があると考える。 以上と対比して、2007年6月から7月にかけて、5回にわたって実施された松戸市教育委員会生涯学習本部公民館「学習プログラムづくり講座」での、子育てサークル「こすもす」のクドバスチャート(親能力リスト)の作成結果を検討しておきたい。豊島区家庭教育推進員の「子育てまちづくり計画」の策定メンバーが、主に各小学校から推薦されて参加した者であったのに対して、後者は、すでに自発的に形成されている学習グループであり、メンバーは、地域の子育て学習活動に参画しているリーダーたちである。 そのクドバスチャートを図5に示す。 本図からは、リーダーの立場から作成されたというよりも、一般の「中学生の子をもつ親」の発想からチャートが作成されたことがわかる。したがって、一般的な親の現状及び期待を直接的に反映しているといえるが、反面、「自己の子育ての社会のなかでの位置づけ」や「まちづくり」の視点は見いだせない。 「子育てまちづくりへの参画」という場合、豊島区家庭教育推進員のように「委嘱されて活動する親」、松戸市「こすもす」のように「子育て学習グループのリーダー」、さらには「行政機関と協働してまちづくりへの参画活動を行なう親」など、いくつかのレベルが想定される。それぞれ異なった社会化過程があり、その支援にあたっても、個々の特性に応じた効果的な内容と方法を明らかにして行なう必要があるといえる。 以上の検討から、〔子育てまちづくりへの参画によって、子育て学習が発展する〕という仮説については、次のように考える。 まちづくりへの参画において、他者との交流や関連行政機関との協働が行なわれる。これによって、子育ての仲間づくり及び社会的視野の拡大の効果が期待できる。この点では、仮説は一定程度支持されたが、次の課題が明らかになった。第1に、行政や関連機関との協働に向けた学習が親の自己形成と循環して行なわれるプロセスを明らかにする必要がある。第2に、参画にはいくつかのレベルがあり、それぞれの社会化過程が異なるため、子育て学習の発展プ ロセスについても、構造的に把握する必要がある。 図5クドバスチャート「中学生の子をもつ親に必要な能力」 5研究仮説の設定 以上の検討結果に基づき、今後の研究においては、第1に親の社会化モデル及び各モデルの社会化パターン、第2に社会参画に至る社会化のステージ及びシフトアップについて仮説を設定し、その妥当性を実証的に確かめていきたい。 分析は、これまで進めてきた方法を活用して、@広領域の関連文献について、キーワードの変遷と文脈まで含めた分析を行なう「文献分析」、Aラダーや循環を示すモデル別のキーワードを親の記述から抽出し、文脈から位置づけて分析する「記述分析」、B親教育や子育て支援の内容を、アクションリサーチによって類型的に把握し、指標を設けて社会化支援の効果を測定する「活動分析」を行なう。 これらの検討結果に基づいて、それぞれのモデル、パターン、ステージに対応した効果的な指導スタイルを仮説として設定したい。設定した指導スタイルを実践し、社会化支援効果の検証を行ないたい。 5-1 親の社会化モデルと社会化パターンに関する仮説 親の社会化モデル仮説の設定にあたって、気づきのプロセスの理念型を図6のように設定したい14)。 図6では、気づきの状態を「即自」と「対自」と「対他」に分け、その発展上に「対自=対他」を設定した。「即自」とは自覚に認識できる「そのままの自分」である。ただし、「対自」や「対他」から何度も立ち戻った末の深いレベルの「即自」は、いわゆる自然体の「あるがままの自分」が想定される。「対自」とは自己を客観的に認識する「もう一人の自分」が想定される。これも表層的な自己否定から深層の自己受容に至るまで、いくつかのレベルが想定される。「対他」とは「自己とは異なる他者の存在」への気づきである。これも、研究1で述べたように、「ほかの人も自分と同じ」というレベルから、「異なる他者への共感や自他受容」などのレベルまで数段階のレベルが考えられる。 さらに、実際には、たとえば図7の太線矢印のように,対自から直線的に社会への気づきに結びつくなどのケースも見出されるであろう。それぞれのケースを分析することにより、現実の親の社会化パターンを整理し、類型化することができると考える。 5-2 親の社会化ステージとシフトアップに関する仮説 親能力の開発に関して、図8に示した各ステージとシフトアップの過程を仮説的に設定して研究を進めたい。 図8で想定したプロセスは次のとおりである。社会に関しては「他人事」ととらえ、「子育てまちづくり」については「ひとまかせ」とする親が、やがて変革していく。そのプロセスは、「わが子のことをよく見る」から始まって、子育て仲間を見出し、自他への気づきを深めるのである。さらには、自己形成へと発展し、子育てまちづくりへの参画という形に至る。このように自己形成と社会形成とが循環的、一体的に行なわれる。 図6 気づきのプロセスの理念型 図7 現実の社会化パターン 図8 社会参画に至る親の社会化ステージ さらに、図8のステージ1〜4を一つの段階として把握すると、研究3で述べたように、ステージ4の「子育てまちづくりへの参画」には、いくつかのレベルが考えられる。他者とのあいさつ・会話などの原初的レベルから、他者からの委嘱に応えて活動するレベル、子育て仲間のリーダーとして活動するレベル、子育て支援行政や関連機関と協働して「子育てまちづくり活動」を行なうレベルなどである。 このステージ4の参画レベルをもとにして考えられる、子育てまちづくりへの参画による学習の発展過程の全体像を図9に示す。 図9 参画による学習発展過程の全体像 第2段階の「子育てまちづくりへの参画」のレベルとは、親にとっての社会形成への関与のレベルを意味する。また、それに伴う親の社会化と自己形成の進展段階をも意味するといえよう。この関与レベルと進展段階を指標化、明確化することによって、子育て学習における親の社会化に関する「能力ラダー」の構造を明らかにすることができると考える。 脚注 本稿は、以下の文献を本研究の視点から検討し、自著については加筆したものである。 1)西村美東士『現代青少年に関わる諸問題とその支援理念の変遷一社会化をめぐる青少年問題文献分析」、科学研究費基盤研究(研究代表者:西村美東士)(C)(課題番?17530588)研究成果報告書、331p、2007年3月。キーワードに関して。文乗まで含めて細部にわたり分析した。その分析を通して、社会化支援理念が、青少年個人の即自、対自己、対他者。対社会の気づきにどう対応しようとしてきたかを検討した。その結果、その変遷過程に一定の特徴を見いだし、より効果的な支援方策のための知見を得た。方法論に関しては、個人化と社会化の統合的支援や、自己形成と社会形成の一体化の実現に向けた有益な知見を得た。成果公開の内容と方法の改善については、社会化効果の測定や、より効壬な施策・事業展開のための計画策定の指標について、また、経験知に関する他メディアの活用等について明らかにした。 2)西村美東士「親子関係における気づき過程とその支援―公開講座による子育て支援の実践」、徳島大学大学開放実践センター『徳島大学大学開放実践センター紀要』、pp.71-95。2001年6月。「本研究では、学習集団に受容的雰囲気が形成され、互いに安心して自己開示を交換することによって、対自・対他の気づきが促されるという仮説は、部分的には検証された。また、講師がいくつかのワークショップを活用することにより、同じ悩みを抱えた学習者のなかでは、受容的雰囲気は比較的容易に形成されることがわかった。しかし、本研究では同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自や対家族。対社会への気づきを阻害してしまう傾向を見出した。 3)西村美東士「出産・子育ての自己決定能力を育む大学授業の方法と効果―女子学生(未来の母親)の社会化を支援する技法」、聖徳大学FD研究紀要『聖徳の教え育む技法』1号。pp.31-49、2006年12月。女子学生にクドバス(後掲脚注8)を活用した「出産自己決定マニュアル」を作成させ、その過程を検討した。その結果、「他者との関係や職場における自己のもつべき能力の客観的な位置づけ」、「自己内対話の促進」、「課題・目標の自己設定、共同設定」という機能の面でのクドバスの効果が明らかになった。「能動」については、気づき促進効果は少なかった。出産のもつ社会的側面については、今や多くの女子青年にとって魅力のないものになっている。女子学生が「子育てまちづくり」に参画し、出産、子育てに夢をもてる「未来の母親」として成長するよう。その社会化を支援する必要があると考えた。 4)西村美東士「クドバスを活用した子育て学習の内容編成ー高校生の子をもつ親のために」、聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯字習研究3』,pp.41-54,2005年3月。「職業能力分析」の手法を援用することにより、高校生の子をもつ親に求められる能力を分解してとらえた上でこれを構造化し、各科目の到達目標及び全体の「仕上がり像」が明示化された学習内容を編成して、学習プログラムを作成した。その結果、学習スケジュール作成の段階にあっては、比較的容易に、テーマごとの学習目標を明確に設定することが可能であることが明らかになった。 5)西村美東士「構造的理解に基づく子育て学習の支援のために―子育て支援学習における学生の社会的視野拡大の事例からの検討」、日本生涯教育学会『日本生涯教育学会論集』27号、pp.51-60、2006年7月。女子学生に子育て支援に関するグループ研究による学習を行なわせ、その成果と学習過程における記述に表れた気づきを分析した。その結果。「自己への主体的関わり」→「他者との交流」→|社会への王体的関わり」という発展過程が示された。このような仲間や他者との出会いや交流を契機とした社会的視野の拡大過程は、親の子育て学習と共通する。「問題解決のための個人学習」→「自分の子育て行動に対する気づき」→「親の会や地域社会における仲間との出会いを基礎にした集団学習」→「親の子育てまちづくりへの参画行動」という親の子育て学習の発展過程に関する構造的理解のもとに、親や学生の学習を支援する必要があると考えた。 6)西村美東士「ワークショップ型授業の構成要素とその効果―学生の自己決定能力を高める授業方法」、大学教育学会町大学教育学会蒜J22卷2号,pp.120-128,2000年11月。ワークショップ型授業の各要素の効果を「即自」、「対自」。「対他者」の気づきに分けて分析することにより、即自から対自へ、対自から対他者へと学生の気づきが促され、対他者から再び対自のより深い気づきへと循環する過程が明らかになった。 7)西村美東士「豊島区家庭教育推進員による子育てまちづくり計画策定」、聖徳大学子育て支援社会連携研究「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」平家17・18年度研究集録、2007年発行予定。研究3では、ほかに、2007年6月から7月にかけて、5回にわたって実施された松戸市教育委員会生涯学習本部公民館「学習プログラムづくり講座」での、子育てサークル「こすもす」エ-チャート(親能力リスト)の作成結果を検討した。本研究では、各小学校から推薦されて「子育てのまちづくり」への参画型学習を行なった前者の結果と、すでに自発的に形成されている学習グループによる後者の結果とを対比して検討した。 8)森 和夫ほか『PROTS INSTRUCTER'S HANDBOOK ? Drawing up a Training Program』海外職業訓練協会,1990年。森 和夫『現場でできる技術・技能伝承マニュアル』、日本プラントメンテナンス協会2002年2月。その他、同氏のホームページなど。クドバス(CUDBAS=Curriculum Development Method Based on Ability Structure)は、森和夫らによって1990年に開発されたカリキュラム開発手法である。クドバスでは、職業能力を分解して、知識、技能、態度の3側面から表記し、これを構造化して、そのまま学習プログラムに反映させるため、当然の結果として、各回において獲得できる能力(学習目標)が明確に示される。 9)坂口順治『実践・教育訓練ゲーム」、日本生産性本部、pp.35-41,1989年。 10) 西村美東士『癒しの生涯学習ーネットワークのあじわい方とはぐくみ方」、学文社、p.136、1997年4月。 11)前掲脚注3に同じ。 12)この分類は、脚注6に示した研究における分析方法に従ったものである。 13)クドバスについては前掲脚注8。クドバスチャートは、5人前後の3時間程度のグループワークによって、必要能力をカードに書き出し、これを仕分けして、重要度順にリスト化する。汎用性が高いため、本研究では、子育て学習のプログラムやマニュアルの作成、学生による子育て支援研究の計画立案等に活用した。 14)図6の概念は、筆者が「学生の自己決定能力を高める授業方法」研究の一環として「ワークショップ型授業の構成要素とその効果」(前掲脚注6)について研究を行なった際、学生の気づきの状態を理解するために設定した仮説に基づいている。