子育て学習の構造 structure of learning for child raising 子育て学習、子育てのまちづくり、気づき過程、能力獲得過程、能力ラダー ●子育て学習の構造化 【子育て学習の構造化】  子育て学習プログラムの作成にあたっては、親に求められる能力を構造的に把握し、これに基づいて、各学習項目の目標、内容、方法を計画的に設定する必要がある。しかし、一般には、子育て学習プログラムは、主催者側が前例を踏襲する形で、あるいは主観的な問題意識に基づいて作成されることが多いといえる。筆者らは、このような状態を改善するため、職業能力開発手法である「クドバス」((CUDBAS:CUrriculum Development Method Based on Ability Structure、森和夫、1990年)を活用することによって、効果的な作成と学習者の参画が容易にできることを明らかにした。  その作業過程においては、まず、クドバスチャート(必要能力リスト)(添付ファイル図1)を作成し、これに基づいて科目ごとに必要能力を配置した構造図、科目ごとのテーマ・内容・方法を示したシート、各テーマを配列した学習スケジュール表を作成する。そのことによって、子育てのために必要な能力を分解してとらえた上でこれを構造化し、各科目の到達目標及び到達時の「仕上がり像」が明示化された学習内容を編成して、学習プログラムを作成することができる。 【子育て学習の動態的構造】  少子化、個人化、多様化が進行する今日の社会においては、親の子育て学習へのニーズやプロセスがより力動的なものとして変化しつつある。そのため、子育て学習支援の場においても、固定的な学習目標、学習内容、学習方法だけでは対応できない状況が生じている。  最近の子育て学習研究においては、この状況に対応し、学習の構造を次の3つの側面からより動態的にとらえることによって、今日の子育てニーズや社会形成に適合した研究成果を収めつつある。 (1)学習集団内の気づき過程:学習者間の相互受容や自己開示及び指導者の活動が、対自・対他、個別的・社会的、主体的・客体的の気づきに対して与える効果と逆効果について、おもにプロセスの視点から検討する。 (2)「未来の親」である青少年の親能力獲得過程:青少年の社会化過程の研究成果に基づき、現役の親の気づき過程と対照させて、未来の親として必要な能力獲得過程を検討する。 (3)親自身が「子育てのまちづくり」の実践や研究を行う場合の参画効果:親による「子育てのまちづくり」への参画や参画型学習の成果について、そのプロセスや成果から、参画型学習特有の効果と社会的意義について検討する。 -------------------------------------------------------------------------------- 参考文献 技術・技能教育研究所(森和夫)ホームページ http://ginouken.com 西村美東士「クドバスを活用した子育て学習の内容編成−高校生の子をもつ親のために」、聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究』3号、pp.41-54、2005年3月 ●子育て学習のプロセス 【学習集団内の気づき過程】  学習集団内の親の気づきプロセスについては、その理念型を次のように設定できる(添付ファイル図2)。図2では、気づきの状態を「即自」と「対自」と「対他」に分け、その発展上に「対自=対他」を設定した。「即自」とは無自覚に認識できる「そのままの自分」である。ただし、「対自」や「対他」から何度も立ち戻った末の深いレベルの「即自」は、いわゆる自然体の「あるがままの自分」が想定される。「対自」とは自己を客観的に認識する「もう一人の自分」が想定される。これも表層的な自己否定から深層の自己受容に至るまで、いくつかのレベルが想定される。「対他」とは「自己とは異なる他者の存在」への気づきである。これも、「ほかの人も自分と同じ」というレベルから、「異なる他者への共感や自他受容」などのレベルまで数段階のレベルが考えられる。  さらに、実際の子育て学習の気づきプロセスにおいては、上の理念型とは異なる社会化パターンがあると考えられる(添付ファイル図3)。図3の太線矢印のように、対自から直線的に社会への気づきに結びつくなどのケースも見出されるであろう。それぞれのケースを分析することにより、現実の親の社会化パターンを整理し、類型化することができる。 【青少年の親能力獲得過程】  現代青年の「未来の親」としての能力獲得支援は、大きな困難を抱えていると言わざるを得ない。とくに、結婚、出産、子育てのもつ社会的側面については、今や多くの青年にとって魅力のないもの、「他人事」になってしまっていると考えられるからである。  筆者らは、ワークショップ手法を導入した大学授業において、女子学生に出産自己決定のための能力チャートを作成させて、そのプロセスを検討した(添付ファイル図4)。教師の指導内容と空白時間を分析した結果(添付ファイル図5)、未来の親も、現役の親と同様に、対自、対他の気づきと比較して、対社会の構えには、建前的なものに陥りがちで、自己を主体的に位置づけることが困難になっていることが指摘できた。  現役の親の学習支援研究においては、直接的に問題解決の答やストーリーを求めようとする親に対して、「他の親との相互受容のなかでの悩みの交流」により、他者や自己への気づきを循環、深化させることの効果が明らかにされた。しかし、同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自や対家族、対社会への気づきを阻害してしまう傾向も見出された。この点では、未来の親に対しても、対他者関係の位置づけ、自己内対話の促進、課題・目標の自己設定と共同設定が、親になるための社会化達成のためには効果的であるということができる。  さらに、青少年の社会参画は、他者との差異に関する個人の気づきを明確化し、学習集団のなかでその差異を生産的な方向で組織化することにつながるといえる。これが、学習者の自他受容をより深いものにし、出産、子育てを、社会に対して自負できる行為として認識する拠り所になるといえる。 -------------------------------------------------------------------------------- 参考文献 西村美東士「子育て学習の構造的理解序説−親の社会化支援の視点からの整理」、聖徳大学児童学研究所紀要『児童学研究』No10、2008年3月 ●子育てまちづくり参画の構造と能力ラダーの設定 【親自身による「子育てのまちづくり」実践・研究のもつ参画効果とその構造】  平成17〜21年度文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業聖徳大学子育て支援社会連携研究「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」(研究代表者 松島鈞副学長)においては、個人完結型の子育てから社会に開かれた子育て観への転換というコンセプトのもとに、自己形成と社会形成の一体化による「子育てのまちづくり」のための研究を進めている(添付ファイル図6)。  モンスターなどと呼ばれる親が出現し、子育て専門機関への「あなた任せ」の子育てが進行する今日、出生率向上のための子育て支援施策ばかりをいくら講じたところで、本質的な問題解決には至らないことは明らかである。親が、子育て仲間をつくり、子育て学習のなかで学びあい、支えあい、「子育てのまちづくり」の中で役割を果たしてこそ、わが国の少子化インパクトは軽減されるものといえる。  子育て学習研究においては、参画が、親の自己形成と循環して行われるプロセスを明らかにする必要がある。また、「子育てまちづくりへの参画」には、行政から委嘱されて活動する場合、子育てグループのリーダーとして活動する場合、さらには関連機関と協働してまちづくりとして活動する場合など、いくつかのレベルが想定される。それぞれの社会化過程が異なるため、子育て学習の発展プロセスについても、構造的に把握する必要がある。 【子育て学習における能力ラダーの設定】  子育て学習による親能力の開発に関しては、各ステージとシフトアップの過程を明らかにする必要がある(添付ファイル図7)。本図で想定されるプロセスは次のとおりである。社会に関しては「他人事」ととらえ、「子育てまちづくり」については「ひとまかせ」とする親が、やがて変革していく。そのプロセスは、「わが子のことをよく見る」から始まって、子育て仲間を見出し、自他への気づきを深めるのである。さらには、自己形成へと発展し、子育てまちづくりへの参画という形に至る。このように自己形成と社会形成とが循環的、一体的に行われる。  さらに、各ステージのまとまりを一つの段階として把握すると、ステージ4の「子育てまちづくりへの参画」には、いくつかのレベルが考えられる。他者とのあいさつ・会話などの原初的レベルから、他者からの委嘱に応えて活動するレベル、子育て仲間のリーダーとして活動するレベル、子育て支援行政や関連機関と協働して「子育てまちづくり活動」を行うレベルなどである。これらの参画レベルのシフトアップ過程を検討することによって、子育てまちづくりへの参画による学習の発展過程が理解される(添付ファイル図8)。  このような方法によって、親にとっての社会形成への関与レベルと進展段階を指標化、明確化することによって、子育て学習における親の社会化に関する「能力ラダー」の構造を明らかにすることができると考えられる。 -------------------------------------------------------------------------------- 参考文献 聖徳大学子育て支援社会連携研究「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」平成17・18年度研究集録、2007年12月