市民参画を実質化する生涯学習推進の方法論(序論) −佐野市の生涯学習諸会議でのワークショップスタイルの導入と成果− 西村 美東士(聖徳大学) 1 研究の目的  多くの自治体において、政策決定に対する市民参画の重要性が認識されつつある。しかし、行政側が市民代表の参加を得て開催する諸会議においては、多くは通常の会議における「審議」という形態がとられてきた。そのため、市民委員の公募などはしても、実質的な合意形成には至らないまま、最終的には委員長や担当職員による文章化作業に委ねることになり、市民参画は形式化することが多かったと考える。本研究では、生涯学習推進のための諸会議において、実際にワークショップ(WS)スタイルを導入し、そのことによって得られた成果を実践的に検討したい。  研究は次の二つで構成している。一つは「生涯学習都市宣言」起草文原案作成に伴う委員会活動の検討である。二つは「佐野市放課後子どもプラン」策定過程の検討である。前者は、生涯学習推進協議会におけるWSで作成されたID(アイデンティティ表現)をもとに宣言文案を起草することによって、「構造的な内容に裏付けされた」宣言文を実現したものである。後者は、プラン運営委員会における「目標設定」と「居場所づくりメニュー作成」のためのWSを実施することにより、PDCAサイクルのPにおける委員の参画を実質化しようとしたものである。 2 研究の方法  「生涯学習都市宣言」起草文原案作成に伴う委員会活動の検討では、ID成果及び各委員の発言が起草に反映される過程を分析した。とりわけ、WSに適用した職業能力開発手法「クドバス」(CUDBAS:CUrriculum Development Method Based on Ability Structure,森和夫,1990年)1)の効果を検証しようとした。時期は2007年5月〜7月、3回の開催中にWSを1回実施したものである。 クドバスでは、5人前後の3時間程度のグループワークによって、必要能力をカードに書き出し、これを仕分けして、重要度順にリスト化して、チャートを作成する。汎用性が高いため、本研究においては、「生涯学習都市宣言」のための生涯学習推進ID作成や「放課後子どもプラン」のための居場所事業メニュー作成等に、このチャート作成の手法を活用した。 「佐野市放課後子どもプラン」策定過程の検討では、本年度活動全体の目的である「地域住民の参画による『ナナメの関係』によって提供できる機能の実現」の観点から、その計画化作業の過程とプロダクツを分析した。とりわけ、居場所事業の到達目標の明確化と委員間の共有のために適用した前掲クドバスの効果を検証しようとした。時期は2007年5月〜6月、3回の開催中にWSを2回実施したものである。 3 結果と考察 3-1. 研究1:「生涯学習都市宣言」起草文原案作成過程の検討 (1) 平成19年度第1回協議会におけるワークショップの内容と成果  佐野市生涯学習推進協議会(以下協議会、亀田武司会長)は、平成19年3月29日、平成18年度審議結果として、「私らしさ このまちに 咲かせます−佐野市生涯学習推進基本構想について」(答申)を市長に提出した。そこでは、生涯学習推進政策立案にあたって、「『私』の充実から、さらに『社会に参画してまちをつくる私』の充実へと発展する市民の主体的活動としての重要な意義」を示そうとした。なお、協議会委員の構成は全体で20人であり、そのうち5人が公募委員である。また、会長も、公募委員の中から選出された。  平成19年度第1回協議会(平成19年5月21日開催)において、「生涯学習都市宣言起草のための『佐野市生涯学習推進ID』作成ワークショップ」を行った。原案作成者である筆者は、これをもとにして宣言文の第1次案を作成しようとした。  ワークショップの目的は次のとおりである。 生涯学習都市宣言起草のためのレベルアップした発想を発見し、ID表現としてまとめ上げる。ここで作成されたIDをもとに宣言文案を起草することによって、「構造的な内容に裏付けされた」宣言文を実現する。 ワークショップで原案作成者が提示した宣言文素案は次のとおりである(資料1)。 資料1 宣言文原案作成者素案  上の素案の前文は、前掲協議会答申の趣旨に沿って作成した。また、「ふるさと」「環境・安全」「子育て」の3つの領域(チーム課題)は、前掲協議会答申のキーワードを集約して設定した。 ワークショップは、クドバスの手法を用い、素案の1から3までを起草するために必要なID表現項目の整理と文章化を、3つのチームに分かれて行った。  ここでは、「ふるさとチーム」のID要素作成成果(クドバスチャート)を示しておきたい(図1)。各委員の多様な思いが6つのID要素として共有されたものととらえられる。 図1 「ふるさとチーム」作成生涯学習推進ID要素クドバスチャート 注 行・列ともに重要度順。A:非常に重要、B:ふつう、C:あまり重要ではない。 (2) 第1回協議会ワークショップ成果の結果と分析  各チームのID要素作成成果と文章化成果について、その記述内容から抽出されるキーワードを、3領域に沿って分類し、これをさらに協議会答申の主要な柱である「学習」「交流」「参画」に分類した。各チームの成果を見て、後日、個人文章を提出した委員があったので2)、分類にはこれも含めた。その結果を表1に示す。 表1 キーワードの分類 (3) 第1次案の内容と検討 以上の結果をもとに、原案作成者は、第2回協議会(平成19年7月13日)に提出するための「佐野市生涯学習都市宣言」起草文原案第1次案を作成した。第1次案は、各チームのほぼすべての文章化成果を含み、また、ほとんどのキーワードの趣旨を組み込んだものである。  以上の結果から、われわれの行った「佐野市生涯学習都市宣言」起草文原案第1次案作成のためのワークショップには、次の効果があったと考える。 @ 生涯学習推進のためのID表現について、レベルアップした発想を発見し、まとめ上げることができた。 A 作成されたID表現をもとに、各チームで宣言文の文章化を行うことによって、「構造的な内容に裏付けされた」宣言文を作成することができた。 B 以上の成果をもとに起草文原案を作成することによって、市民代表としての協議会委員の実質的な合意形成のもとに宣言文(第1次案)を作成することができた。  以上の効果から、生涯学習推進に関するイメージを「会議」ではなく、「ワークショップ」でまとめ上げたことは、都市宣言文作成過程における市民参画実質化の方法として効果的であったと考える。 (4) 第2次案及び第3次案の作成 「第1次案」は、各チームのワークショップ成果をできるだけ取り入れたことから、分量が多すぎる結果になった。これを解決するため、原案作成者は協議会会長および事務局と協議し、第2回協議会に提出する「佐野市生涯学習都市宣言」起草文原案第2次案を作成した。 このことから、第2次案は、結果としてはコンパクトなものになったが、その背景には、協議会委員のワークショップ成果という貴重なバックデータが控えている。このことから、「起草文原案」は、協議会委員の生涯学習推進に求めるイメージを凝縮して表現したものととらえることができる。これを確実にするため、本宣言が市議会で決定された後は、行政の発行する都市宣言普及資料等において、ワークショップ成果や説明資料をできる限り添付することとした。  第2回以降の協議会は、通常の会議形式で行われたが、審議の結果、最終的に議会に提出された宣言文案はワークショップの成果を反映して、委員の多様な意見を取り入れつつも、一貫性のあるものとなった3)。 (5) 市民参画実質化の方法  生涯学習推進政策に関わる文章化の作業過程において市民参画を実現しようとする場合、次の問題が生ずると考える。 @ 市民の意見のなかには、文章全体のイメージについてのものがあり、その意見が重要であっても、現実の文章化においては反映するのが困難な場合がある。 A 市民のそれぞれの意見をそのまま機械的に取り入れると、文章全体の整合性に欠ける場合がある。 B 市民間で意見の対立があった場合、最終的には、多数決や両論併記という方法によって対処するしかない場合がある。  これに対して、今回の「佐野市生涯学習都市宣言」起草文原案の作成過程においては、次の方法によって、市民参画を一定程度実質化することができたものと考える。 @ ワークショップによって生涯学習推進イメージが共有でき、委員の協働作業としての文章化の成果を得ることができた。 A その成果と原案修正結果をフォローアップするための会議を開き、ワークショップに欠席した委員も含めて「原案修正」に関わる合意形成を図ることができた。 B 原案作成者は、フォローアップで形成された合意のほか、前年度からの協議会での検討結果も踏まえ、委員一人一人の「背後の想い」まで推察しながら、それを宣言文に反映させることができた。さらに、「宣言文」の本体部分には質や量の面からなじまない事項については、ワークショップ成果や説明資料の添付によって実質的な反映を可能にした。 このような方法をとることによって、生涯学習推進政策決定過程における市民参画はより実質化できるものと考える。 (6) 今後の課題 @ フォローアップ検証の必要性  市民委員から、「欠席委員の多い中で急ぎ考えたものでは、よいものはできない。全員で議論を交わして、よりよいものを作り上げていきたい。議論をつくして満足のいくものにしたい」という指摘があった。このことについて検討しておきたい。  今回、活用した職業能力開発手法「クドバス」においては、必ずしも該当する職能者全員が参加しなければならないものではない。これは、業務を抱えて多様な勤務環境にある職能者の実態を考えれば、致し方のないことといえよう。また、たとえ参加できた者についても、日常の業務が控えており、KJ法などのように何泊もして成果を出すというわけにはいかない。クドバスでは、通常は、5〜7人程度で、2時間以内でチャートを作成する。  今後の生涯学習やまちづくりの推進において、多様な市民が参画するようになった場合、同様の問題が生ずると考えられる。メンバー全員が出席して、議論を重ねて合意形成に至るという従来の活動形態は困難になってくると考える。  しかし、クドバスの場合、しばらく期間をおいてから「フォローアップ集会」を実施することがある。そのときまでにはパソコンでチャートを作成しておくので、効率的にチームとしての改訂作業をすることができる。この「フォローアップ集会」では、前回のチャート作成者は、冷却期間をおいた冷静な目で見直し、前回の欠席者は、前回の出席者と対等な立場でこれに参加する。そして、このようにして精査し、完成された「チャート」は、メンバー全員の合意として確認され、共有される。  今後の起草作業にあたっては、「チャート」や「原案」の両者について、このような多様な異なった観点からの検討を深めて、完成度を高めていく必要があると考える。  なお、今回の作成過程においては、協議会として有志委員による「臨時協議会」を開き、ワークショップ成果をフォローアップすることにした。そこで、宣言文案そのものについて修正意見があった場合は、原案作成者が、宣言文の全体像を勘案しながら、協議会に提出する「起草文原案」に反映させることにした。 A 実態検証の必要性  学校代表の委員から、「子育てに関わることや学校教育に関わることをチャート図から読むと、本市の実態をどのように捉えたのか、または検証したか、あるいは、昨今のマスコミ報道からそのように捉えたのかなど、その根拠の提示が必要な内容が見られた」という指摘について検討しておきたい。  クドバスの場合、当事者である職能者と、それより少し上位の職能者(初任者に対する主任など)がチームをつくって、対等な立場でチャートを作成することが多い。また、その職能について熟知している異なった立場の者の参加も歓迎される。それでも、なお、最初に、その職能のプロフィールや課題を話し合って、「課題シート」を作成し、チャート作成の目的等を確認する。  今後、生涯学習推進に対する市民の参画が進行した場合、上に引いた実態検証の必要性は、ますます大きな問題になると考える。  このことについては、次のように考える。「市民参画」が進められるということは、行政や専門機関が「手を引く」ということであってはならない。むしろ、市民の手による「実態検証」のために、必要な情報提供や、専門的技術的指導・助言を、行政や専門機関は積極的に行わなければならないと考える。これを「官民協働」の一形態ととらえることができる。  今後の起草作業にあたって、クドバスの「課題シート」4)に匹敵する前提についても、「フォローアップ」によって立ち返って確認して訂正した時点で、完成及び協議会合意とみなす必要があると考える。  しかし、同時に、上記2課題は、ともにワークショップの方法を用いることによって市民の実質的な参画の可能性が高まったからこそ生じる課題として、前向きにとらえていきたい。 3-2. 研究2:「佐野市放課後子どもプラン」策定過程の検討 (1) 佐野市放課後子どもプラン運営委員会の設置  平成19年5月28日、第1回「佐野市放課後子どもプラン運営委員会」が開かれた。同委員会は、青少年団体関係者、PTA関係者、学童クラブ関係者(保護者会)、児童福祉関係者(民生委員)などと、学校教育関係者、関係行政機関(福祉部局・教育委員会)の職員との協働により、本プランの取り組みに関する「具体的な企画・立案、評価等」を行おうとするものであり、市民参画の趣旨が明らかである5)。  この趣旨に基づき、プラン策定における市民参画を実現するため、次のとおり運営委員会の日程と成果目標を設定した。 第1回 平成19年5月28日(月)13:30〜16:00(ワークショップは2時間) 子どもたちの安全・安心な活動拠点(居場所づくり)を確保していくため、今、地域にどのような課題があるか、地域住民の参画による「ナナメの関係」によって提供できる機能を関係図にまとめ、「放課後子どもプラン」の目標設定をする。 第2回 平成19年6月22日(金)13:30〜16:00(ワークショップは2時間30分) 前回作成した目標を現実化するために、放課後子ども教室等の機能や活用する資源をチャートにまとめ、「放課後子どもプラン(居場所づくりのメニュー)」を作成する。 第3回 平成20年2月4日(月)13:30〜16:00 放課後子ども教室コーディネーターの参席も得て、「放課後子どもプラン」に基づき1年間(9月以降)実施してきた状況を評価し、次年度に向けた行動計画を作成する。  上の目標設定は、「放課後子どもプラン」策定に必要な成果を、ワークショップの方法で実際に生み出すことによって、策定過程における市民参画の現実化を図ろうとしたものである。 (2) ワークショップの方法 運営委員会において、筆者はコーディネーターとして、「佐野市放課後子どもプラン活動の構造」を、図2のとおり委員に示した。 図2 佐野市放課後子どもプラン活動の構造 2回にわたるワークショップでは、「待機型」「日常型」「イベント型」「子どもクラブ型」の4タイプのチームに分かれて、各居場所の「機能チャート」「機能関係図」「資源チャート(活用法を含む)」、そして、これらに基づく「事業メニュー」を作成した。 (3) ワークショップの成果  ここでは、「日常型チーム」のワークショップ成果を示す(図3〜6)。 図3 放課後子どもプラン「日常型」の機能チャート 図4 「日常型」の機能関係図 図5 「日常型」の資源チャート  各チームは、以上のように作成した「機能チャート」「機能関係図」「資源チャート」をもとに、「事業メニュー」を作成した。そのため、事業メニューにおいては、それぞれの事業について、実現すべき機能と達成すべき目標を明確化することができた。  市民参画によって「居場所づくりメニュー」を作成しようとする場合、市民としての立場や思考が自由かつ多様であるため、メニュー内の一貫性とメニュー間の関連性に欠けるものになることが多いと考える。これに対して、クドバスを導入した場合は、居場所づくりの各事業における達成目標が明示されるとともに、居場所機能全体が構造的に把握されるため、共有された目標を前提としたメニューづくりが可能になるといえる。 4 今後の研究課題 各種の起草文原案作成やプラン策定過程において、市民の形式化を避け、実質的な参画を実現するためには、どのような方法が効果的なのか。 とくにワークショップスタイルの導入については、これを導入しない通常の会議との比較検討が必要である。後者については、出席者が席上で考えて意見を述べる場合、会議開始前に出席者に対して意見形成が求められ、それを文書や口頭で発表する場合などに分類して比較する必要があると考える。 そのため、以下の検討を行いたい。 (1) 成果及びプロセス面の検討 次の視点から比較することによって、参画効果とその現実性について明らかにする。 @ 事例の議事録、プロダクツ A 所要時間、発言者の偏り、方法のわかりやすさ、無駄時間の少なさ B 自己内対話時間の効果 (2) 関わる委員、事務局職員の意識面の検討 委員の気づきやストレス、担当職員の達成感や委員への共感度に関する比較を行う。このことによって、市民委員の原案作成やプラン策定に向けた主体的意識の形成過程や、事務局職員の参画支援者としての意識形成過程を明らかにする。 (3) 関わる委員間及び事務局職員との相互関係の検討 市民参画の実質化のためには、市民間及び行政職員との相互関与過程を分析し、そこでの合意形成の促進要因を明らかにする必要がある。そのため、委員・担当職員を対象としたグループインタビューを行う。 本稿では、佐野市の生涯学習諸会議でのワークショップスタイルの導入などによる成果に基づき、市民参画を実質化する生涯学習推進の方法について検討した。今後、本研究及び関連する先行研究の成果をもとにして、以上の研究方法によってより詳しく明らかにしていきたい。 ---------------------------------------------------------------------------------------- 1) 森和夫ほか『PROTS INSTRUCTER'S HANDBOOK - Drawing up a Training Program』、海外職業訓練協会、1990年。森和夫『現場でできる技術・技能伝承マニュアル』、日本プラントメンテナンス協会2002年2月。その他、同氏のホームページなど。クドバスでは、職業能力を分解して、知識、技能、態度の3側面から表記し、これを構造化して、そのまま学習プログラムに反映させるため、当然の結果として、プログラムの各回において獲得できる能力(学習目標)が明確に示される。 2) クドバスでは、当日の欠席者も、フォローアップの時点から参加することができる。 3) 「佐野市『楽習と参画のまち佐野』都市宣言」、平成19年12月25日佐野市議会議決 4) クドバスでは、作成する学習プログラムの目的、対象、条件などを、メンバーで話し合って設定する。 5) 文部科学省は、平成19年度政府予算において、「本プランは、これまで実施してきた『地域子ども教室推進事業』同様、地域の方々の積極的な参画が事業の推進に欠かせない」とした。「教育再生会議」は平成19年1月に第一次報告を発表し、「社会総がかり」で子どもの教育にあたることの重要性を指摘し、同プランの全国的な展開を求めた。「子どもを守り育てる体制づくりのための有識者会議」は、同年2月、「第一次まとめ」において、「社会全体で子どもを育て守るためには、親でも教師でもない第三者と子どもとの新しい関係(ナナメの関係)をつくることが大切」とし、同プランにおいて、「地域社会と協同し、校内外で子どもが多くの大人と接する機会を増やす」よう提言した。