「参画型子育てまちづくり活動」から見た生涯学習推進の展 ―源流から市場へ:子育ての源流からまち、社会、市場への展開― 西村美東士 1.はじめに憲法第13条は「全て国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする」としている。「社会の形成者なのだから尊重される」という論旨ではないことに注意したい。教育基本法第1条は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」としている。個人としての人格の完成だけではなく。それとともに、社会形成の一員としての必要な能力の育成が求められていることに注意したい。このことから、教育には、人々の自己形成と、それによる社会形成の両者への寄与が求められているということができる。  「個人化」を「個人として充実して生きるために必要な能力を身につける過程」、「社会化」を「社会の形成者として必要な能力を身につける過程」ととらえた場合、「生涯学習のまちづくり」推進の研究にあたっては、個人化と社会化のプロセスと、両者の統合的な支援の方法を明らかにすることが必要であるということができる。  これまでの生涯学習研究においては、個人主導の視点からの生涯学習推進に関する研究と、社会的視点からの「生涯学習のまちづくり」推進に関する研究が、並行して行われてきた。だが、両者の視点から同時に照射して生涯学習推進を展望する面では不十分であったと考える。「生涯学習のまちづくり」においては、生涯学習による自己形成と。まちづくりによる社会形成とが連続的に進行する。その力動的実体を的確に理解し、明快な推進の展望を見出すためには、これまでの「片面」からの研究を重ね合わせるだけでは困難といえる。また、個人化重視の視点を欠いた社会化支援一辺倒の視点からは、「生涯学習のまちづくり」による個人への社会化効果を適切に理解することはできない。なぜなら、生涯学習活動は、本来、個人主導を本旨とする活動であり、そこで進められる個人化を見ることなしに、社会化達成を正確に理解することは不可能と考えられるからである。  本稿では、下の「子育てのまちづくり」に関わる研究事業を例にして、自己形成と社会形成、そして、個人化と社会化の統合的支援を実現する方策を検討することにしたい。そこで、社会と個人と子育ての関連、個人の子育ての社会的位置づけと社会へのリンケージ、エンドレスサイクルとしての生涯学習及び子育て活動などの要素を重視して論考することにより、生涯学習推進に関する新たな展望を見出したい。  子育ての個人化傾向については、問題が指摘されて久しい"。今日では、「モンスターペアレント」に代表されるような「社会化されていない」親たちが問題にされている。だが、従来の「子育て支援研究」においては、個人内解決型のアプローチが多く、子育ての個人化傾向そのものの改善については展望を見出していないといえる。また、「子育てまちづくり」についても、その施策のほとんどが、個人完結型の子育てについてはそのままにして、「子育てしやすいまち」としての外的条件の整備を図ろうとするものといえる。そのため、「子育てまちづくり」に関わる研究も、従来の「子育て支援研究」と同様の枠組みから抜け出していないといわざるをえない。このままでは、支援は拡大しても。子育て主体や、ましてや、子育てのまちづくり主体は育たないというおそれさえある。  われわれは、平成17年度に、文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(社会連携研究推進事業)として「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」(研究期間:平成17年度〜平成21年度,研究代表者:松島鈞副字長)を開始した。本研究は、学内に「子育て支援社会連携研究センター」を新設するにあたって、大学院の総合的指導性のもとに、地域のすべての構成員の連鎖的参画による地域活性化と関連産業の振興に結びつけて子育て支援を実践し、子育てのまちづくりのための開発的研究を行おうとするものである。  本研究事業は、初期の構想段階から、次の問題意識のもとに進めてきた。「現在、少子化が進むなかで、多くの若い親たちは周りや地域に支えてくれる人もいないままに。メディアや本などから得た知識を頼りに、そして、子ども・子育て商品を受動的に受け取りながら子育てをしている。そのため、親の主体的、自発的な子育て意欲もなえ、子どもはその影響をまともに受けてしまっている。このままでは、少子化によるわが国のダメージは計り知れないものになる」2)。  本研究事業は、このような状況に対して、実践研究を基本として、児童学、保育学、教育学、心理学等の各専門の学術的観点から、「連鎖的参画による子育てまちづくり」のプロセスや構造を学際的に明らかにしようとするものである。科学研究費3)が純粋に学術的研究を追求すべきであるのと対照的に、本研究事業の場合、子育て支援のセンター・オブ・センター及び子育て支援研究拠点としての子育て支援社会連携研究センターの整備費を含めて、3億円(半額国庫補助)に近い大きな規模で、「子育てのまち形成」に向けた国民の本学への信託に対して、本学の全知的資源を注入して直接的に応えようとする実践研究であり、なおかつ、「学術研究高度化推進事業」の一環として高度な学術性を確保しようとする点に特徴がある。  研究事業全体の内容と方法については、図1のとおり計画した。  このような「連鎖的参画による子育てまちづくり」の実現のため、地域連鎖、親能力向上、学生参画促進を主テーマとする以下の3つのプロジェクトを設定した。各プロジェクトの仮説は以下のとおりである。 第1プロジェクト「地域連鎖の形成支援」:「地域子育て支援と子ども・子育て産業との相互乗り入れ→子ども・親子向け産学民商品共同開発→子どもの生活習慣定着化→地域活動・経営活動双方の促進とネットワーク化→子育てに即反映→消費者全体の利益→経済的利益→「人に役立つ経営理念」構築→子育てのまちづくりの実現」というサイクルを、子育て支援センターのプロデュースのもとに、目に見えるかたちで実現することにより、子ども・親・市民・関連産業・まちが連鎖的に成長し、個人完結型の子育てから。社会に開かれた子育てへの転換を図ることができる。 第2プロジェクト「親能力確実習得」:職業能力開発手法クドバス4)は汎用性が高く、能力分析としても有効である。これを適用し、さらに、能動的学習方法を活用することによって、親能力や「子育てのまちづくり」参画能力の習得プロセスは[達成目標の明示→教育側との学習契約成立→自己決定による受講→終了後の達成度自己評価→学習者による教育評価→相互関与による契約見直し一学習者参画型親教育の実現]という好循環を実現し、個人完結型の子育てから、社会に開かれた子育てへの転換を図ることができる。 第3プロジェクト「地域・若者交流」:院生・学生を未来の母親候補者としての若者層の一つとして位置づけ、その学識・知見を積極的に活用できる集団として設定する。これを地域の親子や親の会と交流させ、適切な指導のもとに当該院生・学生を主体的に研究させることによって、自治体等ではなしえない地域子育て活動への若いセンスの導入と、大学から市民への直接的支援を行うことができる。その成果は、他プロジェクトとも連動して地域活性化に資するものとなる。さらに、この取組によって、院生・学生の社会参画力を向上することができ。ひいては彼らに対して。今後の職業生活、地域生活における社会的リーダー養成という高等教育の役割を果たすことができる。 図1 「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」の内容と方法 2.子育ての個人化傾向に歯止めをかける視点としての「参画型子育てまちづくり活動」  筆者は、以上の仮説の実践的・学術的検証をとおして。子育て活動や子育て学習による親の自己形成と「子育てのまち」形成のプロセスを一体的に理解し、わが国の子育て支援を個人完結型から社会開放型へと動かす大きな波としての提言ができると考える。とりわけ産業振興については。社会連携研究推進事業がもつ大きな特徴の一つであり、子育て活動が個人経済から社会経済に開かれ、「子育てまちづくり活動」として参画するという側面を重視したい。  現在、一般的には、「子育てまちづくり研究」のほとんどが、「子育て支援」のまちづくりに偏っていて、「子育て活動」によるまちづくりへのアプローチが少ないと考える。従来の「子育て支援研究」においては、個人内解決志向のアプローチに偏りがちで、親の社会化を促す方法論にはつながりにくかった。このままでは、「子育ての社会化」の名の下に、母親の就労支援等が先行し、子育てにおいては個人化傾向がますます拡大して、「あなた任せ」、「専門家任せ」の無責任な子育てが憂延するばかりであることが危惧される。このような状況において、本研究では、「子育て活動」や「子育て学習」による親の自己形成と「子育てのまち」形成の一体的理解をもとに、「子育て支援」を動かす大きな波としての提言ができるものと考えている。  以上の視点から、筆者は、「個人完結型の子育て観から社会に開かれた子育て観への転換」という研究の概念が鍵になると考える。ここでの「子育て観」とは、単に親の意識だけを指すのではなく、子育て行政、子育て支援者、学習支援者を含む社会全体の支配的な価値観を示すものである。現在、「社会で支える子育て」という意味での「子育ての社会化」の重要性は明らかにされつつあるといえるだろう。だが、そこで行われる子育て支援が「個人完結型」の子育て観に基づいた「施し型」のものにとどまるとすれば、われわれが研究初期に構想した「少子化ダメージの縮小」という課題解決は十分には期待できない。あらゆる種類の子育て支援者が、親に対して、子育てまちづくりへの参画者や子育て社会の形成者であるという尊厳の意識をもち、その支援を行おうとすることこそ、本質的な解決のための展望であると考える。  一方、「生涯学習のまちづくり」においては、個人の生涯学習を支援するだけでなく、その個人がまちづくりに参画することを重視している。「まちづくり」とは、「その過程において総合的な「学習活動」であり、加えてそこに住む住民一人ひとりが自ら考え、行動することによって個人と地域社会がともに豊かになるという点では、まさに生涯に亘り継続される学習活動」"とされる。このことは、「生涯学習のまちづくり」においては、自己形成と社会形成の一体的、力動的な展開の重要性がすでに認識されていることを示していると考えられる。  だが、個人化された「個人完結型の子育て」が、子育て学習や子育てまちづくり活動をとおして、どのようにしてまちや社会に関わり、社会に開かれた子育てに転換されるのか。この点についての今日の研究段階は、本稿の冒頭に述べたようにアプローチが十分ではない状況が見受けられる。「生涯学習のまちづくり」の外の世界では、メディア等による「モンスターペアレント」言説の流布などに象徴されるような「個人化悲観一辺倒」の状況が主流ではないかと思われる。また、社会化については、格差や偽装の横行する社会において、これまで追求されてきた価値を多くの人が疑うようになり、教育やその研究を行う者の中にも、社会化に関わる教育目標については無力を訴える者がいる6)。そこでは、「教育の代わりに参画を」という短絡の危険さえ有三在しているといわざるを得ない。  本稿では、「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」において得られつつある知見から、新しい生涯学習推進の展望について検討したい。その展望は,ますます個人化傾向を深める多くの親や未来の親としての学生が、「子育て学習」による自己形成と「子育てまちづくり活動」による社会形成をとおして、適切な社会化を達成し、社会に開かれた子育て観を獲得するプロセスの検討から見出されるものであると考える。また、その一環として位置づけられる「源流から市場への展開」のプロセスについては、とくに「産業振興のまちづくり」に関わる生涯学習推進のあり方に対して有益な示唆を与えるものと考える。 3.自己形成と社会形成の一体化としての「参画型子育てまちづくり活動」  いうまでもなく、意図的な教育作用が影響しない局面においても、人々は自己を形成してきたし、社会も形成されてきた。「あいさつを交わす」ことも。社会形成の活動であると考えてよいだろう。しかし、今日では、人々は社会形成者としての自負や自信を失い、社会の側も個人に対して。個人化の弊害を嘆くことが多く、社会形成者としての尊重や処遇、ましてや効果的な支援などは十分に行われていないように思われる。本研究の研究機関である聖徳大学では、従来から、この状況に抗して、広い社会的視野を備えた子育て者。子ども支援者、子育て支援者を育てる女子教育の推進に努めている。「あいさつ」についても、その意義を個人的、社会的の両面から重視し、入学式の段階から徹底的に「あいさつできる人材」を育成してきた。これらのことが、社会から支えられるだけでなく、社会を支える一員としての未来の母親の育成につながるということができよう。  筆者は、自己形成と社会形成をつなぐ重要な環の一つとして親の社会化プロセスを取り上げ、次のようなアプローチを進めてきた7)。  親の気づきのプロセスの理念型は、図2のように設定できる。しかし、現実の社会化には、図3に示した太線矢印のように、対自から直線的に社会への気づきに結びつくなどのケースも見出されるであろう。  また、子育てから子育てまちづくりへの参画に至る社会化ステージは、図4のように設定できる。さらに、ステージ4の「子育てまちづくりへの参画」には、いくつかのレベルが考えられる。他者とのあいさつ・会話などの原初的レベルから、他者からの委嘱に応えて活動するレベル、子育て仲間のリーダーとして活動するレベル、子育て支援行政や関連機関と協働してまちづくり活動を行うレベルなどである。そのレベルをもとにして考えられる。子育てまちづくりへの参画による学習の発展過程の全体像を図5に示す。 図2 気づきのプロセスの理念化 図3 現実の社会化パターン  図5に示した発展過程に至って、初めて、原則として後戻りのない本来の意味での能力ラダーが理解されるのだと考える。これまでのわれわれの研究からは、各レベルの必要能力の構造を明らかにすることによって、子育てまちづくり活動への参画に関する能力ラダーを構造的に理解することができるといえる。自己形成と社会形成の一体化プロセスの解明と、それに基づく効果的な支援方法は、このことによって可能になると考える。  筆者は、本研究において、子育てまちづくり活動に必然的に付随する「仲間づくり活動」の特徴にとりわけ注目して検討してきた。その結果、「子育ての仲間づくり」のプロセスのなかに、次のような自己形成と社会形成の一体化に向けた萌芽が見出された。 @子育ての仲間づくりや「親の会」などの参画活動のなかに、ピアプレッシャー(仲間からの同化圧力)を超えた支持的風土の集団関係を見出すことができる。 A子育て仲間との課題解決型の学習や活動は、仲間とのコミュニケーションや外部との交流を伴って、自我の拡大などの側面での自己形成を促進する。 B課題解決型学習によって「子育てのまち」が必然的に形成され、市民性をもった親たちに支えられる。  以上のプロセスは、子育て学習を、他力本願型から自力協働型へ、施し型から課題解決型へと発展させるものとしてとらえることができる。これは、「生涯学習のまちづくり」が目指す個人の充実と、その個人の参画による社会の充実の実質化に他ならない。 図4 子育てまちづくりへの参画に至る親の社会化ステージ 図5 学習発展家庭の全体像 4.子育てまちづくりへの親の参画促進の視点及び提案  平成20年3月、本研究に関する第三者評価委員会が開かれた。その目的は、「親が子育てまちづくりに参画するために必要な能力を明らかにし、その能力構造の理解のもとに、本研究に関する実質的かつ建設的な評価を得る」ことである。評価委員は、@能力開発の視点から:雇用・能力開発機構千葉センター講師久米篤憲(座長)、A地域でのグループ学習の視点から:栃木県家庭教育オピニオンリーダー足利市支部長中島由美子、B地域での経済活動の視点から:松戸商工会議所専務理事高橋健治、C父親の子育て参加及び地域活動の視点から:川崎市親父の会主宰・川崎市宮前区長大下勝己の4氏である。  本研究では、同委員会をも協働の研究の場として位置づけ、提言もワークショップによる現実的なプロダクツとして提出していただくよう求めた。これを受け、久米座長は同委員会において「SWOT分析」を行った。  「SWOT分析」とは、企業の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を全体的に評価する手法である。参画団体にとっては、強み=目標達成に貢献する団体の特質、弱み=目標達成の障害となる団体の特質、機会=目標達成に貢献する外部の特質(今回のワークショップでは、社会問題がその組織の存在意義や必要性を高めるという視点で表現した)、脅威=目標達成の障害となる外部の特質、ということができる。  外部環境分析としてのマクロ環境要因(経済、技術、政治、法規制、社会、文化)が、この手法によれば、「企業あるいは事業単位が自らの利益をあげる能力に影響を与えるもの」、すなわちビジネスチャンスとして積極的にとらえられる。この点は、子育てまちづくりや生涯学習推進においても、とくに有益な示唆を与えるものと考えられる。このような重大な課題を抱えるマクロ環境だからこそ、その課題を解決するための親や市民の参画の必要性が明確化されると考えられるからである。  第三者評価委員会は、以上のワークショップ成果と議論に基づき、4エリアに沿って、次のとおり「子育てまちづくりへの親の参画促進のための19の視点」を提示した。 (1)子育ての現状打破に関して:@親が社会から孤立している。A子育てにおける母親の負担が大きすぎる。B子育てノウハウを伝承する必要がある。C親自身が子ども時代の思い出を取り戻す。 (2)子育てと社会形成に関して:@地域力の形成が重要になっている。A人のつながりを経てコミュニテイをつくる。B自己形成が社会形成につながる。C地域を子どもや大人の居場所にする。D個人内完結型の子育てを社会化する。 (3)子育てと産業振興に関して:@子育てソフトとハードのまちづくりを結合する。A子育ては地域産業の資源の一環である。B企業が子育て環境改善に本気で取り組めない。 (4)子育てまちづくり活動に関して:@子育ては地域参画のきっかけになる。A参画活動は横のつながりが魅力。B参画活動のためには場所や拠点が必要。C参画活動のためには応援団が必要。D参画仲間の中で本音が表せない。Eボランティア意識の低迷で後継者が育ちにくい。F子育て相談の方法について勉強したい。  以上の視点から、同委員会は、「平成17年度選定文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(社会連携研究推進事業)「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」平成17・18年度研究集録』に基づき、各研究成果(論文)の質的分析を行った。各視点に関する平成18年度までの研究成果の量的結果として、各研究論文が充たす視点に関する該当件数のランキング結果を表1に示す。  表1から、平成18年度までの本研究の成果は、「生涯学習のまちづくり」の視点からも、一定の評価に値するものであるといえる。しかし、該当件数に網掛けされた視点については、同委員会はとくに検討する必要があるとした。これらは研究全数の30件のうち、該当研究数が半数に満たなかったものである。同委員会は、これらの視点について。次のとおり「視点現実化のための提案」を行った。 表1各社思点の詳刻当研究数ランキング(n=30) @最低の「企業が子育て環境改善に取り組めない」については、行政等による支援だけでなく、企業風土の改善、さらには企業の社会貢献、企業活動の広がりのために、どのように反映させることができるか、その方策を示す必要がある。 A「親自身が子ども時代の思い出を取り戻す」については。「五感開発」などの成果を、他の研究と有機的に連動させて、親の活動にどう結びつけるかについて、活用方法を示す必要がある。 B「子育てソフトとハードのまちづくりを結合する」及び「子育ては地域産業の資源の一環である」については、聖徳大学子育て支援社会連携研究センターを拠点として。産業関連の研究などを他の研究と有機的に連携して発展させる必要がある。 C「子育て相談の方法について勉強したい」については、カウンセリングに関する研究活動成果の提供が望まれる。 D「自己形成が社会形成につながる」については、能力習得による自己形成が社会形成にどうつながっていくのか。その構造的解明を進め、相互にどのような効果を与えているのか、その解明を進める必要がある。 E「参画活動は横のつながりが魅力」及び「参画活動のためには応援団が必要」については、参画活動を行うグループに対して、その運営論にまで立ち入った研究を進める必要がある。 F「子育てにおける母親の負担が大きすぎる」については。父親の子育て参加、地域における仲間づくり、子育て支援サークル等による市民同士の協力などのあり方について、研究を進める必要がある。  これらの提案は、「生涯学習のまちづくり」全体にも通ずる重要な指摘ととらえられる。  また、エリア別に見ると、「子育ての現状打破」57.5%。「子育てと社会形成」58.7%、「子育てまちづくり活動」52.9%という結果が示すとおり、この3項目については過半数の研究が該当したのに対して、「子育てと産業振興」は25.6%と、比較的少なかった。4エリアに区切った該当研究数は図6のとおりである。  この結果から、後半の研究においては、地域産業が子育てに対して提供する資源の内容と提供方法、及び、地域産業の資源としての子育ての内容と活用方法をより明確に示す必要があること、他の研究を、「子育てと産業振興」に関する研究と有機的に連携して深めることが重要であることが明らかになった。  さらに、該当研究数が低かった視点に関して、各研究に新たに取り入れたり、すでに進めている研究を強化したりすることが実際に可能であり、有益であると考えられる研究の件数は延べ141件に上った。同委員会は、そのランキング結果に各視点に関する現実化のための提案を加えて表2のとおり整理した。  表2から、とくに、子育てにおける母親の過重負担解消の視点については、ほとんどの研究において導入や強化が可能であり、有益であると考えられた。これは、すでに。「各視点の該当研究数ランキング」(表1)から。半数近くの研究が有益な知見を与えていると評価されたものであるが、各研究において、この視点をさらに強化し、親の参画促進の観点に基づいて、家族、子育て仲間。市民同士の支え合いによる解決へと導く方向を検証することによって。本研究の基本理念実現の可能性と現実性は一段と高まるものということが指摘された。  この「支え合い」という視点は、「学ぶ人は教える人、教える人は学ぶ人」という生涯学習の考え方及び「他者から支えられて生き、他者を支えるために生きる」という社会形成の理念を実現するものとして重要と考える。この視点のもとに実践研究を進め、そのプロセスを分析するとともに。参画促進効果を確かめたい。  「生涯学習のまちづくり」研究においては、市民の参画を促進する視点を現実化するための上に述べたような方法論の検討と、それぞれの方法の効果の検証が急がれると考える。 5.源流から市場へ―産業振興のまちづくり  第三者評価委員会の提言を受け、本研究の研究統括としては、各プロジェクトを横断する「大規模小売店と地場産業の振興に関わる実践的研究ー連鎖的参画と子育てまちづくりを鍵概念として」(以下「子育て小売店研究」と呼ぶ)を開始した。その研究の趣旨は次のとおりである。 @親、事業者、学生、教員、行政の参画を得て、子育て商品及び子育てサービスの開発を行う。 Aこの実践により、親としての自己形成や親子関係。未来の母親としての学生の自己形成、事業者としての子育て支援意識に及ぼす参画及びネットワークの効果を検証する。 B同時に「子育てまちづくり」を中核理念として明確に位置づけた子育て産業振興の方法論を明らかにする。  「子育て小売店研究」では、親。事業者、学生、教員、行政の参画を得て、子育て商品及び子育てサービスの開発を行っている。研究内容は次のとおりである。 @クドバスワークショップによる商品開発 A子育て商品開発における暗黙知の解明 B産業振興への参画による親の子育て意識の開放と拡大 Cバーチャルネットワークとリアルネットワークの一体化  これらの内容については、前掲クドバスを開発し、現在は人材育成の「見える化」8)について研究している技術技能教育研究所森和夫所長からの専門的知識・技術の提供を受けて進めている。  本研究全体を「個人」と「連鎖」の2軸から見ると、「子育て小売店研究」は、図7のとおり位置づけられる。  図7は、子育てをする親、あるいは「未来の親」としての学生という「子育ての源流(ニーズ)」としての「個人」と、子育てまちづくり活動への参画の「連鎖」の、両軸から「子育て小売店研究」が位置づけられることを示すものである。  「子育て小売店研究」は、「子育てまちづくり研究」における。源流から市場へ。市場から源流へというサイクルを完成させるための重要な役割を果たすものと考える。子育て活動・子育て学習からの発想・提案によって、源流が「子育て商品開発」というかたちで市場に至り、子育て活動の中で消費・活用され、当然ながらその使用感、その良さ。その特徴によって引き出される新たなニーズが源流となるのである。これによって、その発想・提案が商品開発に還元される。そのサイクルを図8に示す。  「子育て小売店研究」の特徴は、「産業振興を意識した子育てコラボレーション」という点にある。これによるまちづくり効果として、次の3点を挙げておきたい。 @源流重視の参画活動によるまちづくり A親発想・親消費の産業振興 B社会経済と交流する子育て活動  「生涯学習のまちづくり」における産業振興は、このように、源流と市場とのサイクルの中で行われなければならないと考える。このサイクルの中で、親や未来の親が個人として充実し、個性ある子育てをするために必要な能力を身につける「個人化」と、社会形成者の一員として必要な能力を身につける「社会化」とが、一体的なプロセスとして促進されることが期待できる。 図7 「個人」と「連鎖」の2軸から見た「子育て小売店研究」の位置づけ 図8 子育ての源流から市場へ、市場から源流へ 6.おわりに  以上の検討から、「参画型子育てまちづくり活動」は、「生涯学習のまちづくり」における市民参画の促進に対して次のメリットをもたらしたと考える。  第一に、子育て活動の源流からまち、社会、市場への展開があり、さらには、その成果の源流への還元というサイクルの存在が認められる。これが、「わが子のことをよく見る」という個人の子育ての原点をより充実したものにしている。  第二に、子育てまちづくり活動は、子育て仲間との支持的風土の集団関係における課題解決型の学習や活動であ り、そのことが自己形成にとっての効果を及ぼすと同時に。必然的に社会形成にもつながっている。このような自己形成と社会形成の一体的進展は、今日の個人化傾向の弊害を軽減するという意味で、個人的にも、社会的にも意義が大きい。  第三に、子育てまちづくり活動への参画においては、能力ラダーと、ラダーのレベルごとの必要能力がリストできた。そこで明らかにされた能力構造のもとに、学習者に対して適切な目標設定に沿った適切な支援を行うことによって、「参画教育」は重要な機能を効果的に発揮することが確かめられた。 図9「社会環流」と「個人主導」の統合  「子育てのまちづくり」への連鎖的参画の中で、このように親や未来の母親の自己形成と社会形成とが一体的に進められ、そのことによって、個人主導の子育てと学習が源流となって、社会に開かれ、環流する。「参画型子育てまちづくり活動」の実践研究によって、その力動的実体が明らかになってきた。  これまでの研究では、社会環流型子育て観に対する個人主導型子育て観が、子育ての「社会化」に対する子育ての「個人化」が、それぞれ見かけ上異なっているため、二項対立の事項としてとらえられてきた。それゆえ、求める成果がこれまでの延長線上を越えることができずに、新たな展望を見出せないまま停滞していた。研究上の操作概念として個人化と社会化が対峙してとらえられ、その操作概念に固執していたものと考える。これまでの、個人化、社会化を対峙させる手法とは別の論理が求められていたといえよう。  本研究事業は、個人化と社会化の狭間にある実体を対象として実践研究を進めてきた。このように、操作概念ではなく、実体概念を持ち込めば見通しが立づ。その実体は「統合」の視点を取り入れることによって説明できる。これは、本研究事業が実践研究であったがゆえに見いだすことのできた帰結と考えたい。図9に、学習や子育てを含む個人の出生から死までの一生涯における社会環流と個人主導の、外からの見え方を示した。研究上、操作的に一方から見れば、片面の結果を見ることができるが、その結果は断続的で説明できない部分が生ずる。これに対して、上から見れば、統合されたものとして、その実体をシンプルに見ることができる。  図9の考え方を発展させ、次のように展望しておきたい。  今後の生涯学習推進においては、個人か、社会かという二項対立の発想ではなく、源流としての個人のレディネスやニーズにあわせて、まち、社会、市場への社会環流を促進する支援が求められる。その個人が、今、スパイラルのどの位置にいるのか、スパイラルの高さはどうか、速さはどうか。その理解に基づいた支援こそが、生涯学習の効果的な推進につながるものと考える。 引用文献 1)柴野昌山『しつけの社会学―社会化と社会統制』,世界思想社,pp.15-16,1989年。柴野は、「個性や個人差の強調」が「積極的な個人本位」ではなく、「情緒的で矮小化された私的自己本位的性格を帯びる」と指摘している。 2)平成17年度社会連携構想調書「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」(研究代表者:松島鈞副学長),聖徳大学大学院児童学研究科。 3)日本学術振興会科学研究費基盤研究の場合、「一人又は複数の研究者が共同して行う独創的・先駆的な研究(期間3〜5年間)とされ、最高補助額は5千万円である。 4)森和夫ほか『PROTS INSTRUCTER'S HANDBOOK-Drawing up a Training Program』,海外職業訓練協会,1990年。森和夫『現場でできる技術・技能伝承マニュアル』、日本プラントメンテナンス協会2002年。その他、同氏のホームページなど。クドバス(CUDBAS=CUrriculum Development Method Based on Ability Structure)は、森和夫らによって1990年に開発されたカリキュラム開発手法である。クドバスでは、職業能力を分解して、知識、技能。態度の3側面から表記し、これを構造化して、そのまま学習プログラムに反映させるため、当然の結果として、各回において獲得できる能力(学習目標)が明確に示される。 5)財団法人日本システム開発研究所「生涯学習の推進による住民主体のまちづくりに向けて一地方都市再生のための人材基盤等地域力整備のための調査研究報告書」、文部科学省生涯学晋政策局政策課地域政策室,2004年。 6)田中治彦編『子ども・若者の居場所の構想』、学陽書房,p.10,2001年。田中は「日本の近代産業社会において採用され有効とされてきた青少年育成の基盤が崩壊しつつある」として、「関わりの場としての『居場所』の構想」を提起している。田中が崩壊しつつあるとした「青少年育成の基盤」とは、「大人が「教育目標」を設定して子どもをそこまで「到達」させるという手法」であるという。なぜなら、「子どもたちは目の前にぶらさげられた『人参』である教育目標自体を疑問視しているし、到達しても「人参』はないだろうと疑っている。ここにおいて「教育』『育成』『指導』という用語と手法が、子ども、若者の世界で無力化しつつある」という。さらに、田中は、「それでは私たちはどのように子どもたちと対峙したらよいのであろうか。結論的に言えば、それは『教育』『育成』『指導』から、『関わり』と『参画』への発想の転換である」としている。 7)西村美東士「子育て学習の構造的理解序説―親の社会化支援の視点からの整理」、聖徳大学児童学研究所紀要「児童学研究』10号,pp.1?10,2008年。 8)森和夫『人材育成の「見える」化』、JIPMソリューション。2008年。