「参画型子育てまちづくり」から見た 社会開放型子育て支援研究の展望 西村美東士 はじめに  われわれは、学内に「子育て支援社会連携研究センター」を新設するにあたり、子育て支援の基本的問題として、「閉鎖型子育てモデル」と「開放型子育てモデル」を設定し、従来の前者のモデルから今後の後者のモデルへの転換を骨子とする論理を展開してきた。  「閉鎖型子育てモデル」では、子育て支援は社会の側からの一方向のものとなり、現在の少子化社会において求められる「子育ての社会化」は達成できないことになる。  これに対して、社会の単位としてエリアの小さい「まち」について見ると、人々が子育てに相互に関わることは社会化の契機となる。子育てと連関しながら、親は社会で働き、子は社会で育ち、親も子も周囲の人間と関係をもち、集団や組織に関与することによって、社会の構成員として生活している。また、子育てそのものも、結果としては子を自立させ、社会に送り出すという意味で、社会形成のための活動ということができる。このような個人が社会と交わるリアルな契機として、子育てをとらえることができる。  しかし、そのようにして子育ての社会化が進まないことには、ある理由が考えられる。問題は、多くの人々が、このような社会の構成員としての自覚や自負を十分には持っていないこと、あるいは持ち得ない社会状況にあるということにあると考える。子育て活動のもつ、社会との交流や社会形成の機能及び相互関係性のメカニズムを明確にする必要があるといえよう。  そこで、われわれは、子育て活動による社会形成の枠組みとして、「連鎖的参画による子育てのまちづくり」1を研究課題として設定した。本研究では、「子育て支援社会連携研究センター」を実践と研究の「センター・オブ・センター」として、地域活性化と産業振興に結びつけた「子育て支援」を行うこととした。これにより、わが国の子育て支援、次世代育成と、子育てを中心とした地域振興の質的向上に貢献し、子どもたちがすこやかに成長できる地域環境づくりに資することができると考えたからである。同時に、われわれは、学生、教員、市民、親子、産業、自治体等の連鎖的参画による「子育てのまちづくり」に関わる多様な開発実践を行った。これを「子育て・子育て学習による自己形成」と「まち・産業の社会形成」の両側面から検討した。  その結果、われわれは、次の結論を得るに至った。これまでのわが国においては、子育て支援が施策化された当初から、「子どもを産み育てることは、個人の自由意思に属することが尊重されるべきものである」2という考え方が強く、「閉鎖型子育てモデル」を前提とした「個人完結型子育て観」に基づくものになっていた。そのため、子育て支援は、社会形成に寄与するかどうかについて、確かな見通しのないままに、個人の「自由意思」による子育てを支援すること以外に方法は取り得なかった。  これに対して、「参画型子育てまちづくり」は、同じく「個人の自由意思」によるものでありながら、社会における自己の役割を果たしつつ社会形成に関わる活動といえる。そこでは、子育て活動のもつ、仲間との交流や、まちの子育て行政との関わりを通じて社会との交流が行われる。その結果、個人を社会化させる促進要因が明瞭に示されることになる。そのプロセスと効果を明らかにすることによって、「個人完結型子育て観」と対置される「社会開放型子育て観」への転換の展望と、これをもとにした子育て支援のあり方を提示できる。  以上の結論に基づき、本稿では、「参画型子育てまちづくり」から見た「社会開放型子育て支援研究」の展望を述べたい。   1 自己形成と社会形成の一体的研究によるアプローチ  研究全体の内容と方法については、図1のとおり計画した。その特徴は、子育てをとおした親の自己形成と、子育てのまちづくりによる社会形成を一体的にとらえようとした点にある。    図1 研究の計画(全体構造図)    各プロジェクトの計画は以下のとおりである。 第1PJ「地域連鎖の形成支援プロジェクト」 テーマ:連鎖・連携方式による地域の子育て産業支援・子育て活動展開プログラムの構築〜産官学民協働による子育て支援に関する実践的研究 第2PJ「親能力確実習得プロジェクト」  テーマ:親の役割発揮に必要な能力を確実に習得できる成人教育プロセスの確立〜到達目標が明確に示された子育て学習の内容・方法に関する研究開発 第3PJ「地域・若者交流プロジェクト」 テーマ:院生・学生と親との交流を基礎にした地域子育て活動の活性化〜院生・学生が参加・参画する地域子育てプログラムの研究開発  以上の3プロジェクトは、「子育て支援社会連携研究センター」を拠点として、「連鎖的参画による子育てのまちづくり」を目的とする開発実践を行い、それぞれの仮説に基づいて自己形成と社会形成の2側面からのアプローチを進めた。  われわれは、以上に述べた観点から研究及び開発実践を進めた。その内容を図2に示す。  図2 研究と開発実践の内容    その結果、図3のとおり、子育ての時期における親の自己形成と社会形成を一体化させるプロセスモデルを描くことができた。  これまでの関連する研究においては、一般には、それぞれの専門領域の視点からの、子育て・子育て学習による自己形成と、子育てまちづくりによる社会形成の、いずれか一側面からのアプローチに偏っていたと考える。それは、専門領域固有の研究方法によって「結果を見よう」とするためには、やむを得ない面もあったと推察される。  社会学的アプローチにおいては、一般に、人々の個人化の実態と弊害及び社会化の危機が指摘される。心理学的アプローチにおいては、一般に、乳幼児の社会化過程分析のための指標設定などが数多く見られるが、子育て中の親については、個人内、親子内のテーマに限られ、その社会化過程に関心を向けた研究は少ない。  このように、これまでのアプローチは、一般に、自己形成と社会形成の一体的アプローチに欠けていたため、社会変動の中で個人化、多様化する「個人完結型」及び「社会開放型」の親の子育てニーズや子育てレディネス(準備性:ここでは既存の親能力や関心)を的確に認識することができなかったと考える。      図3 子育ての時期における親の自己形成と社会形成の過程    一人の親にとっては、子育てによる自己形成も、子育てを通しての社会参画も、ともに子育て者としての自覚や喜びとして受け止められるといえよう。子育て支援研究においては、両側面からの一体的アプローチが必要であると考える。   2 研究のキー概念としての「社会開放型子育て観」 2.1 「社会開放型子育て観」の設定  われわれは、個人と、その参画の連鎖を2軸として、図4のように研究を進めた。その結果、この2軸を関連付けてとらえるためのキー概念として、「個人完結型から社会開放型子育て観(先述)への転換」を設定した。  この2軸の設定に基づき、子育て活動による自己形成と社会形成の2側面を一体的にとらえることにより、社会開放型子育て支援研究の内実を豊かなものにすることができると考える。  「個人完結型から社会開放型子育て観への転換」というキー概念の設定に当たって、われわれはそれぞれの「子育て観」について、次のとおり「操作的定義」を定めた。 個人完結型=母親(もしくは父母)が自己の子育てに関する問題を(自らの範囲内で)解決するスタイル 社会開放型=地域社会の支援・協働のもとに母親(もしくは父母)が自己及び他者の子育てに関する問題を解決するスタイル  さらに、社会開放型を説明するキーワードとして、以下のとおり設定した。  @(学校、家庭間、地域における)相互支援、参画、協働  A(他者との関わりによる)効果・成果の拡大、バラエティの拡大  B(他者との意見交換による)智恵の共有、合意形成  C(子育て活動における)グループ形成、仲間づくり  D(社会的活動における)社会的視野の拡大、まちづくり、ユニバーサル、共生  子育て及び子育て学習の個別性や、個人に対する支援の意義と必要性に関する検討は、本研究では、個人または個人の自己形成の側面からの「社会開放型子育て」に関するアプローチとして位置付けた。    図4 「個人」と「社会」の2軸から見た各プロジェクトの働き   2.2 「社会開放型子育て観」の社会的意義  現在、核家族化、少子化が進行し、とくに都会では、たとえば親子3人だけで家庭生活を送るといった状況が一般化している。この状況と、地域コミュニティの弱体化や個人主義的価値観の強まりが相まって、それぞれの親の子育て自体については個人内(自らの範囲内)で完結する傾向が生じたものと考える。社会全体が子育てを支えようとする「子育て支援のあり方の検討」において、このことは、これまで十分に検討されてこなかった。  他方、「子育て研究」においては、子育ての個人化傾向についての問題が指摘されて久しい。今日、「モンスターペアレント」に代表されるような「社会化されていない」親たちが問題にされている。だが、従来の「子育て研究」においては、個人内解決型のアプローチが多く、子育ての個人化傾向そのものの改善については展望を見出していないといえる。  また、「行政施策」としての「子育てまちづくり」についても、施策のほとんどが、個人完結型の子育てについてはそのままにして、「子育てしやすいまち」としての外的条件の整備を図ろうとするものといえる。このままでは、支援は拡大しても、子育て主体や、子育てのまちづくり主体は育たないというおそれがある。よって、「社会開放型子育て観」は、以上の状況に的確に対応する概念であると考える。   3 社会開放型子育て支援研究の展望 3.1 「社会開放型子育て観」への転換プロセスの解明とプログラム開発  親の子育てまちづくりへの参画過程における子育て能力と社会参画能力の発展過程については、次のように考えることができる。  まちづくりへの参画において、他者との交流や関連行政機関との協働が行われる。これによって、子育ての仲間づくり及び社会的視野の拡大の効果が期待できる。同時に、「わが子のことをよく見る」ことは、子育ての喜びと悩みの原点であり、このことなくしては、親にとっても、社会にとっても、「子育ての源流からの参画」3としての意味を失うことになる。  このことから、次の研究課題が設定される。第1に、行政や関連機関との協働に向けた学習が、親の自己形成と循環して行われるプロセスを明らかにする必要がある。第2に、参画にはいくつかのレベルがあり、それぞれの社会化過程が異なるため、「社会開放型子育て観」への転換プロセスについても、構造的に把握する必要がある。  われわれは、これまでの研究成果から、親や「未来の親」にとっての対自、対他者、対社会の気づきプロセスの理念型を図5のとおり設定した。                    図5 気づきプロセスの理念型    以上の気づきによる現実の社会化パターンを図6に示す。  図6では、気づきの状態を「即自」と「対自」と「対他」に分け、その発展上に「対社会」を設定した。「即自」とは無自覚に認識できる「そのままの自分」である。ただし、「対自」や「対他」から何度も立ち戻った末の深いレベルの「即自」としては、いわゆる自然体の「あるがままの自分」も見出された。「対自」とは自己を客観的に認識する「もう一人の自分」が想定される。これも表層的な自己否定から深層の自己受容に至るまで、いくつかのレベルが見出された。「対他」とは「自己とは異なる他者の存在」への気づきである。これも、「ほかの人も自分と同じ」というレベルから、「異なる他者への共感や自他受容」などのレベルまで数段階のレベルが見出された。  さらに、実際には、たとえば図の太線矢印のように、対自から対他者を経ずに直線的に社会への気づきに結びつくなどのケースも見出される。それぞれのケースを分析することにより、現実の親の社会化パターンを整理し、類型化することが有効であると考える。                  図6 現実の社会化パターン    親は、子育ての中で、親としての自己を形成するとともに、子どもを媒介として社会に関わる。その関わり方は、他の親との単なる挨拶の場合もあるが、それも含めて、社会形成の一環としてとらえることができよう。われわれは、これを「子育てまちづくり」への参画過程ととらえた。そこでの子育て能力と社会参画能力の発展に関しては、図7に示したような各ステージとそのシフトアップの過程を設定することができる。                        図7 社会参画に至る親の社会化ステージの循環    図7で想定するプロセスは次のとおりである。社会に関しては「他人事」ととらえ、「子育てまちづくり」については「ひとまかせ」とする親が、やがて変革していく。そのプロセスは、「わが子のことをよく見る」から始まって、子育て仲間を見出し、自他への気づきを深めるのである。さらには、自己形成へと発展し、「子育てまちづくりへの参画」という形に至る。このようにして、自己形成と社会形成とが循環的、一体的に行われると考えることができる。  図7のステージ1〜4を一つの段階として把握すると、ステージ4の「子育てまちづくりへの参画」には、これまで見てきたように、いくつかのレベルが考えられる。他者とのあいさつ・会話などの原初的レベルから、他者からの委嘱に応えて活動するレベル、子育て仲間のリーダーとして活動するレベル、子育て支援行政や関連機関と協働して「子育てまちづくり活動」を行うレベルなどである。したがって、ステージ4の「子育てまちづくりへの参画」のレベルがどこにあるかによって、子育て能力と社会参画能力の発展段階(ラダー)を明らかにすることができると考える。その理念型を図8に示す。      図8 子育てまちづくりへの参画過程における  子育て能力と社会参画能力の発展段階    図8で、各レベルにおいての第2段階として示した「子育てまちづくりへの参画」のレベルとは、親の社会形成への関与レベルを意味する。また、それに伴う親の社会化と自己形成の進展段階をも同時に意味するものといえよう。この関与レベルと進展段階を、図8に示した理念型に基づいて指標化、明確化することによって、子育て学習における親の子育て能力と社会参画能力に関する「能力ラダー」(発展段階)の構造を明らかにすることができると考える。  これは各レベルの能力ラダーを示すものであるから、体力などの例外を除けば、今まで見てきたレベル内の循環とは異なり、レベル間の循環や後退は理論上ありえないといえる。そのため、各レベルにおける「わが子のことをよく見て、気づき、子育てまちづくりに参画する親」としての到達像から導き出された能力を、本研究で盛んに活用してきたクドバス等の手法を用いて構造化することができれば、社会開放型子育て観への転換のための標準的カリキュラムを作成することができると考える。  さらに、この標準的カリキュラムは、本研究において開発してきた次の方法を用いることによって、適切に検証することが可能になると考える。その方法とは、第一に、広領域の関連文献について、キーワードの変遷と文脈まで含めた分析を行う「文献分析」による支援理念の視点からの検討であり、第二に、ラダーや循環を示すモデル別のキーワードを学習者の記述から抽出し、文脈から位置づけて分析する「記述分析」による検討であり、第三に、各地で行われている親教育や子育て支援の内容を、各関係機関と連携をとったアクションリサーチによって類型的に把握し、指標を設けて社会開放型子育て観への転換効果を測定する「活動分析」による検討である。  これらの検討結果に基づいて、標準的カリキュラムを検証できると同時に、それぞれのモデル、パターン、ステージに対応した効果的な指導スタイルを設定することができると考える。   3.2 子育て支援学の構築  子育て支援研究を学として確立するためには、今後、原理及び関係する学問群・関係学会、歴史、分野・領域・研究対象・テーマ、研究方法・手法群などの各領域における研究を体系的に進めていく必要がある。  本研究では、「社会開放型子育て観」のキー概念のもとに、各学問分野から関連テーマを追究することによって、図9のとおり、その体系の一部を見ることができた。  われわれが求め、構築すべき子育て支援学の学的体系は、次の3点において特異性を放つと考える。  第一に、子育てを実践するすべての関係者に有益な情報をもたらす実学としての学問構築が期待できることである。親にとってみれば、子育てに関わる問題解決を助ける多様な観点や行動の原理をはじめとして、多彩なテーマ群、分野、領域、社会的資源の活用を手にすることになる。このようないわば「生身(なまみ:血も通い感情も働いている身)の親」の子育てニーズに対して、これまでの個別の関連学問だけでは適切な情報提供はできなかったといえよう4。子育て支援機関にとっても専門的知識の提供や適切な行動指針の提供など、多彩なメニューを用意できることにつながる。  第二に、大学教育等における子育て支援者の養成における体系的カリキュラムの構築が期待できる。これまでの教員養成課程、保育士養成課程においては、「子ども支援」のためのカリキュラムが構築されてきた。これに対して、子育て支援学の学的体系に基づいて編成されるカリキュラムは、各学問領域をとらえ直し、明確な構造性のもとに再編成されることとなる。今後、子育て支援者の養成に当たっては、子育て支援学の学的体系のもとに行われる必要がある。同時に、子育て支援者の現職研修等もこの範囲に入ることになる。  このような教育・研修カリキュラム編成を通して、到達目標を明確にし、より適正な到達度評価につなげることができる。    図9 子育て支援学の体系  第三に、学的体系が確立してくると、当然、研究関心が広域化、細分化、専門分化してくる。この状況は新たな研究体制及び組織の形成を促進することとなるだろう。このことは従来型研究スキームを超えた形態を求める。それは親、未来の親としての学生、子育て支援者の研究参画が、当然の帰結として現れることを意味する。これらの研究体制が実現すると、たとえば、子育ての源流に内在する「臨床の知」5を、子育て支援学の研究として位置づけることが可能となる。このようにして、親、学生、子育て支援者とともにつくり、社会と連動する子育て支援学を構築することをめざしたい。   3.3 「社会開放型子育て観」による研究領域の拡大  これまでの子育て支援学関連領域の研究においては、「まち・産業の社会形成」と「子育て及び子育て学習による自己形成」のいずれかのアプローチから結果を見ようとしてきたため、一面しか見ることができなかったと考える。「社会開放型子育て観」による「子育てまちづくり」の視点を適用すれば、自己と社会の2面における各要素の働きを一体的、動態的に理解することができる。  そのことによって、いわば「生身の親」のニーズやレディネスを出発点とし、前掲図3「子育ての時期における親の自己形成と社会形成の過程」に示したような「独立した個人」と「社会の成員としての個人」の2面を併せ持つ親の存在を確認しながら、その人生の一環としての子育ての時期をより充実したものにするための活動としての子育て支援が実現するのだと考える。これにより、社会変動の中で個人化、多様化する「個人完結型」及び「社会開放型」の親の子育てニーズや子育てレディネスに的確に応える研究になりうるものと考える。  このことから、今日の「子育て支援社会」ともいうべき状況のなかで、「子育てまちづくり」の視点の意義はますます大きくなると考える。親の子育てを社会が支えるという意味での「子育ての社会化」が、親の社会化や社会形成者としての参画によって「支えられる」ことになるからである。  われわれは、「社会開放型子育て観」をキー概念として、一体的アプローチにおける要素と構成を、図10のとおり明らかにした。    図10 「社会開放型子育て観」をキー概念とした一体的アプローチの要素と構成    図10は、「社会開放型子育て観」をキー概念とする一体的アプローチにおける諸要素が、相互に関連し合いながら構成されることを示すものである。その詳細に関する検討が、これまで述べてきたわれわれの研究成果をさらに飛躍的に発展させると考える。   3.4 子育て支援学の構築  終わりに、われわれが獲得してきた子育て支援学に関する研究成果を基礎にして描きうる研究の展望について述べたい。  第一は、教育学研究がつねに問題としてきた「学習者の自主的活動」と「教育のもつ目的追求活動」の二項対立を解決する糸口になると考える。このことによって、子どもや大人への教育の基本目的である「社会形成者の育成」と、憲法が謳う「個人の幸福追求権」とを両立させる道筋を明らかにできる。  第二は、社会参画理念を実現する道筋を明らかにすることである。市民の社会参画は、さまざまな場面で提唱され重視されてきた。われわれが描いた「社会開放型子育て観」の視点は、子育て及び子育て学習という個人的事象を、社会的事象である「子育てまちづくり」に結合させる方法論を提供する。同時に、それにかかわる実践研究によって、社会参画理念そのものを検証し、実現するものになると考える。  第三は、親の子育て学習に関する統合的アプローチを進めることである。個人的事象である「学習」は、多様な側面をもっている。「社会開放型子育て観」の視点から見ると、たとえば、一人・複数の親同士、子ども同士、親対子、あるいは集団・ネットワーク内、集団・ネットワーク間など、個々の学習を統合的なアプローチからとらえることができる。一方、個人的側面について見れば、一人の人生と分離できない学習内容であるにかかわらず、学習活動だけが切り離されて研究されてきたこと自体が不自然なことと考える。統合的アプローチのみが理解しうる道筋と考える。  第四は、「子育て能力の到達目標と構造」をよりより鮮明にする研究の方向である。経済協力開発機構(OECD)が1997年から組織したプロジェクトDeSeCo(デセコ、Definition and Selection of Competencies : Theoretical and Conceptual Foundations)は、キー・コンピンテンシーについて、@個人が「道具」(言語を含む)を効果的に用いてその環境と相互作用する、A他者との関係をうまくつくり、異質な集団で交流する、B自分の生活や人生について責任をもって管理、運営するとともに、これを社会的背景の中に位置づけ、自立的に活動するという趣旨の3つの広域カテゴリーを設定している。DeSeCoも指摘するように、これらは「持続可能な社会」の形成のために必要な能力と考えられる。本研究で明らかにしてきた「社会開放型子育て観」の視点からの「子育て能力の到達目標と構造」を土台にして、他の能力構造との連結を視野においた研究を試行することが有為なものとなるであろう。このことによって、子育てまちづくり参画能力ラダーから、子育て能力そのもののラダーへと発展させることができると考える。  第五は、子育てに関する工学的アプローチを進めることである。第四で述べた「子育て能力の到達目標と構造」研究の発展上に、「子育て工学」ともいうべき研究領域を構築したい。これまで、親の自由意思の尊重や、子育てにおける暗黙知領域の大きさなどから、子育てに関する工学的アプローチは進展が遅れる傾向にあったと考える。また、これに隣接する教育工学の領域においても、視聴覚やコンピュータの活用方法や、メディア・リテラシー教育等に偏りがちで、肝心の学習過程の分析と、それに基づく効果的な指導方法に関する工学的アプローチは停滞していたといわざるを得ない。これに対して、現在の多くの親は、メディアから流される脳科学等の成果を活用した子育ての工学的知見を求めているように見受けられる。社会開放型子育て観が親の自由意思を基盤として形成されること、また、われわれの研究が暗黙知領域のアプローチに関する一定の方法論を獲得しつつあることを考えれば、このような子育てニーズに応える研究は、十分に可能であると考える。  第六は、共生社会論の現実化への取り組みの可能性である。「子育てまちづくりへの参画」においては、子育てにおける異なる価値観の共存だけではなく、一定の価値の共有が見られる。わが国においては、「共存のための作法」は若年者等に普及しているように見受けられるが、価値の共有については、価値観の多様化や、個人化の進行等により、ますます困難になりつつあると考える。このような状況において、「子育てのまち」を共通価値とする社会形成は重要な意義をもつものと考える。したがって、共生社会論の現実化の道筋を明らかにすることができると予測できる。    われわれは研究を展開するに際して多くの課題をも見出すことができた。たとえば、「社会開放型子育て観」だけではアプローチしえない研究課題が散在することを感じている。ここでは、子育て活動がもつ子どもと親への「癒し」機能について述べておきたい。  「癒し」という言葉は、病気や傷を治したり、苦痛や飢えなどを和らげたりすることを意味するが、今日では、もっぱら心理的な側面に限られている。それは、「傷ついた心を元に戻すこと」という意味であって、これまで述べてきたような到達目標や能力ラダーの考え方とは次元の異なるものである。  生涯学習のもつ癒し機能については、@緊急避難、A原点復帰、B人的交流の3側面から整理できると考える6。必然的に、子育てには、同様の機能があると考える。とくに、「原点復帰」については感じるところが大きい。「原点」とは、人間がもともと持つ悲しみや喜びなどの、素朴で素直な人間の「原点」ともいうべきものである。  子育ては、ハグ(抱擁)に見られるように、身体性と精神性の二元の一体化のもとに存在するものととらえられる。このことが、夫婦愛を含めた家族愛や博愛、ひいては加齢や死の受容につながり、人々の生涯を支えているのではないか。これを除いて、子育て支援を論じることはできない。また、男女共同参画論、ワーク・ライフ・バランス、セクシャリティやジェンダー研究などにおいても、子育てを家庭内の単なる「苦役」としない新しい展開が求められていると考える。  われわれは、本研究で、個人と社会の2軸を統合的にとらえることによって、「社会開放型子育て観」というキー概念を見出した。しかし、より十全なる子育て支援研究のためには、他の概念をも包摂すべきと考えたい。このような「人間の原点としての子育て」における諸現象に対する関心と探求心が、研究の次の扉を開くことになるであろう。   1 この研究では、親が地域で他者と挨拶を交わすことから、子育てしやすいまちにするために行政と協働して活動することまで、すべて社会形成及び子育てまちづくりへの参画の一環であるととらえた。 2 東京都児童福祉審議会「子育て支援のための新たな児童福祉・母子保健施策のあり方について(答申)」、1992年11月。本書8.5.2「子育て支援文献データベース化の条件−多様な情報ニーズに対応する紐付け提案型システムをめざして」参照。 3 本書5.2.2「社会開放型子育て観への転換プログラムの提案−豊島区家庭教育推進員の子育てまちづくり研究活動を通して」参照。 4 日本子育て学会第1回大会(2009年)の壇上で、子育て中の心理学研究者が、「大学で学んだ知識のうち、自分の子育てに役立った知識は皆無」と発言した。 5 中村雄二郎『臨床の知とはなにか』、岩波新書、1992年。 6 西村美東士「癒しと生涯学習」、日本生涯教育学会『生涯学習研究e事典』、2008年4月。 --------------- 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