4.1.1 クドバス活用による親能力確実習得プログラム研究 クドバス活用による親能力確実習得プログラム研究 西村美東士 1.目的 「親能力確実習得プロジェクト」の目的は、「親の役割発揮に必要な能力を確実に習得できる成人教育プロセスの確立」であり、そのために、「達成目標が明確に示された子育て学習の内容・方法に関する研究開発」を進めている。そこで、本研究では、職業能力開発手法(クドバス)を活用して、達成目標が明示された学習プログラムを作成し、その効果を確かめたい。 2.方法 クドバスを活用して学習内容を編成し、その成果の妥当性を検討する。 さらに、その成果をもとに評価票を作成し、学習プログラムの実践において、その実際の効果を実証的に検討する。以下、クドバスの概要について説明しておきたい。 (1)クドバス開発の経緯 クドバスの概要を、その創始者である森和夫による数点の文献からまとめれば、次のとおりである。1 クドバス(CUDBAS=Curriculum Development Method Based on Ability Structure)は1990年に開発されたカリキュラム開発手法である。  1989年、労働省を中心に、森らはプロッツ(PROTS=Progressive Training System for Instructor)という指導技術訓練システムの開発に着手した。これは海外で技術指導にあたる指導者たちに特に必要性が高かった指導技術訓練システムを開発しようとしたものである。クドバスはその一環として開発された。 (2)クドバスの特徴  クドバスによって、教育内容項目を具体的な行動目標として能率的に記述し、カリキュラムもしくは教育計画を立案することができる。  森はクドバスでできることとして、次の13点を例示している。 @保有する技術・技能の評価 A職員の能力におけるウイークポイントの検索 B新規事業の立ち上げ可能性についての能力面からの検証 C職員の現状把握と経営戦略への立案、教育計画の立案 D教育システムの確立 E継続教育マニュアルの作成 FOJTマニュアルの作成 Gテキスト、教材の開発 H管理職、マネジメント教育のツールとして実施 I人事考課への活用、処遇の決定 J人事配置・プロジェクト担当チームの編成 K問題解決手法への適用 L発想法としての応用 クドバスの特徴としては、次の6点が挙げられている。 @「早くできる」 A「手続きがシンプルで簡単である」 B「あまり多くの教育は必要としない」 C「小集団の意思決定によるものである」 C「第一人者であれば説得力があるものになる」「分析する内容についてよく知る人であれば誰でも参加でき、安直である」 D「分析する途中の全てのプロセスが記録に残るため、改訂や見直しができ、他者への説明にも役立つ」 E「応用範囲が広い」 (3)クドバスの進め方の概要  クドバスの進め方としては、次の5つのステップを踏むことになる。これらは、参考文献やホームページなどで公開されている「マニュアル」を使って、読み上げながら実施することが可能である。 @職場の熟練者について「何ができるか」、「何を知っているか」、「どんな態度が取れるか」で1件につき1枚のカードに書き出す。 Aそれらのカードを仕事の単位でまとめていく。 B水準の順序で並べ直す。 Cカードごとの水準を書き入れる。 D能力資質リスト図に転記する。  作業は、その職業について知る人5〜6人程度で行う。各方面からの参加が望ましい。その際の注意事項は次のとおりである。 @メンバーは同等の資格、権限で進めること。 A個人への批判や攻撃はしないこと。 B互いに協同して良いリストを作成すること。 C固定観念にとらわれず、柔軟に発想を出すこと。  能力カード作成にあたっては、「人格的なものや性格などは除く」とされている。また、他の人との重複は気にしないで、いろいろな角度から書く。所要時間は1枚につき1分程度で、一人20枚程度が想定されている。  書き込まれたすべてのカードを机の上に置く。同一内容のカードは重ね、類似カードは近くに置く。重ねたカードは内容を点検し、最も内容を代表するカードを一番上にする。適切なカードがなければ、新たに書き足す。確認してホチキスでとめる。ただし、少しでも違っていれば独立させる。 次に、これらを見渡して仕事内容でグルーピングする。仕事カードの語尾は「〜をする」を使う。仕事カードごとに能力カードを右横に並べる。並んだ能力カードを重要度の高いものから順に右へ並べ直す。重要度のランクA、B、Cを決めて記入する。 次に縦の配列を行なう。カード群を比較して重要度の高い分類から順に下へ向かって並べる。「必要能力・資質リスト」は以上で完成である。 指導者がいなくてもできること、また、90分程度で作業が完成することが想定されていることは、学習内容編成者にとっての実用性を保障するものであると同時に、先に述べたような「学習者参画によるプログラム作成」や「学習者個人の学習目標への自己関与」を可能にする道具としても注目に値すると考える。 3.経過  筆者は、2004年度後期の社会教育主事課程授業「家庭教育と社会教育」において、クドバスを活用して学習内容を編成し、以下の仮説を設定して、その成果の妥当性を検討した2。  [高校生の子をもつ親の子育て能力を、「〜を知っている」(知識)、「〜ができる」(技能)、「〜の態度がとれる」(態度)の3種類の表現のいずれかで表記して、これを構造化することにより、明確な到達目標をもった効果的な学習プログラムを編成することができる。]  作成した書類は次の7点である。 @学習プログラム作成課題シート(表1) A必要能力・資質リスト(表2) B必要能力・資質構造図(表3) C科目別学習目標シート Dテーマ別学習目標シート E学習スケジュール表(表4) F学習設備・機器・物品準備計画書 4.結果  上記成果を検討した結果、次のように結論づけた。  本研究では、子育て能力を分解して、知識、技能、態度の3側面から表記し、これを構造化して、そのまま学習プログラムに反映させたのであるから、仮説で設定したように学習目標が明確化するのは当然の結果であったといえる。実際にも、学習スケジュール作成の段階にあっては、比較的容易に、テーマごとの学習目標を設定することができた。 また、そこで設定された学習目標は、各回の担当者及び講師にも明確に認識されるし、他の回とは重複しないため、支援が責任をもって目的的に行われるという実践面での大きなメリットが期待できる。  本研究で得られたこのような知見は、本論の冒頭で述べたような「子育て学習の内容編成作業の組織化」や「学習機会提供事業の到達目標の設定」の意義とあり方を示すものとしても有効であるといえよう。  しかし、その学習プログラムを十分に効果的なものとするための課題として、次の4点 を指摘した。 @子育て実践能力としての「自信」の達成度評価 A子育て実践に求められる統合的能力の育成 Bレッスンプランの作成による事業計画と達成度評価の緻密化 C青少年に対する社会的要請の学習プログラムへの織り込み  その後、本研究で得た知見をもとに、クドバスを活用した親教育プログラムの実践、学生参画による「若い女性のための出産自己決定マニュアル」作成授業などを実践してきた。これらについては、別章で論ずる。 5.課題  平成19年度には、松戸市教育委員会生涯学習本部公民館が主催する春の「学習グループ支援講座」において、市民がクドバスを活用して 「家庭教育学級」を企画し、秋にこれを実践するという計画を進めている。このことにより、「達成目標が明確に示された子育て学習の内容・方法」の効果と、「親の役割発揮に必要な能力を確実に習得できる成人教育プロセスの確立」のあり方について、より詳しく、実践的に確かめていきたい。  その場合、表5に示したような「受講者評価票」を作成し、上記事項について実証的に検討することが重要であると考える。  表1 @学習プログラム作成課題シート  表2 ACUDBUS 必要能力・資質リスト『高校生の子をもつ親」  表3 B必要能力・資質構造図  表4 E学習スケジュール表  表5 学習目標別受講者評価票(縮小版) 西村美東士:クドバス活用による親能力確実習得プログラム研究.聖徳大学子育て支援社会連携研究「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」平成17・18年度研究収録、pp.127-133、2007から再掲。 ――――――――――――――――――――――――― 1 森和夫ほか,『PROTS INSTRUCTER’S HANDBOOK-Drawing up a Training Program,』海外職業訓練協会,1990.7。森和夫。「現場でできる技術・技能伝承マニュアル」,日本プラントメンテナンス協会2002.2。同『職務分析から見た保健師の仕事と役割』。母子愛育会研修テキスト,2002.6。その他、同氏のホームページなど。 2 詳しくは、次稿を参照されたい。西村美東士,「クドバスを活用した子育て学習の内容編成―高校生の子をもつ親のために」,聖徳大学生涯学習研究所紀要「生涯学習研究3」,pp41-54.,2005.3。