社会開放型子育て観への転換プログラムの提案 −豊島区家庭教育推進員の 子育てまちづくり研究活動を通して− 西村美東士 1 豊島区家庭教育推進員による子育てまちづくり研究活動の経緯 1.1 制度の概要  豊島区家庭教育推進員制度は、各区立小学校から委嘱された総数40人程度の保護者によって、家庭教育に関する学習活動を行う豊島区独自の制度である。制度の概要及び学習プログラム(平成18年度の例)は資料1、2のとおりである。  なお、推進員は、年度が変わるたびに新しく入れ替わることになっている。そのため、推進員のほとんどは、「PTAや地域の指導者層」ではなく、「PTAの一般会員」に近いととらえてよい。   資料1 家庭教育推進員制度の概要(豊島区資料) ☆ 設置の趣旨  昨今の家族形態や意識の多様化、また、人口の流動が激しいなどの理由により、ともすれば家庭や地域への関心や結びつきが希薄になりがちな社会状況の下で保護者たちの家庭教育への理解を深め、個々の家庭における教育力の向上を図るために設置されました。 ☆ 活動内容 (1) 家庭教育の参加、奨励及び普及 ・ 家庭教育に関する学習活動を行い、家庭教育への理解を深める。 ・ 調査活動を通じ、地域への関心を深める。 ・ 一年間の活動の成果を活動発表や地域活動などの形で、家庭・学校・地域にフィードバックする。 (2) 家庭教育に関する情報の提供及び交換 ・ PTAや地域のグループなどに情報提供を行うことにより、地域に、家庭教育に関する情報交換の場をつくる。 (3) その他地域における家庭教育の振興 ・ 家庭教育講座等の家庭教育に関係する事業への参加を促す。 ☆ 推進員の活動について ・ 月1回程度金曜日の午前中、定例会(家庭教育に関する研修・研究のための活動日)を開催いたします(事業時間内は保育つきです。保育を希望される場合は、定例会の1週間前までに担当係までご連絡ください)。 ・ いくつかのグループに分かれ、グループごとにテーマを決定し、研究の成果を研究発表会にて発表していただき、報告書にまとめていただきます。 ・ 年間の活動費をグループ単位で1万円支給いたします。活動に必要な消耗品(紙や文具など)は、区で支給します。月例会以外の日にも、必要に応じてグループ活動をすすめてください。 資料2 家庭教育推進員活動日程表(平成18年度の例) 回 月 日 内 容 会 場 1 5/19(金) 9:30〜正午 オリエンテーション 基調講演「おとな学びと子どもの育ち〜新しい地域のかたち」(10:00〜11:30) 講師 西村美東士氏 グループワーク:自己紹介・グループ名の決定など 生活産業プラザ  地下展示場 2 6/9(金) 10:00〜正午 ワークショップ「子どもって何だろう・・・」 グループワーク: 「自分たちにできること」→学習テーマ探し 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:グループごとの学習テーマ探し 3 7/7(金) 10:00〜正午 グループワーク:学習テーマ・内容・フィールドワーク先の決定 グループごとの発表、講師によるコメント・アドバイス 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:フィールドワークの実施 4 9/8(金) 10:00〜正午 フィールドワークのふりかえり、まとめ 自分たちになにができるかグループごとに検討 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:資料や情報の収集、調査など 5 10/6(金) 10:00〜正午 事業や課題研究の企画に挑戦! グループごとに発表、講師によるコメント・アドバイス 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:企画の実施に向けた準備 6 11/10(金) 10:00〜正午 学習発表会(2月9日開催)について 報告書作成について(各グループ6ページ、1月12日提出予定) OGによるアドバイス→編集の仕方、発表の仕方など 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 7 12/8(金) 10:00〜正午 グループワーク 会場の利用、保育はできますが、全体会ではありません 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:報告書の作成 8 1/13(金) 10:00〜正午 報告書の提出→内容の確認 学習発表会の準備 生活産業プラザ  地下展示場 *午後も引き続き会場を利用できますので、自主活動にご利用ください 次回までのグループワーク:報告書の印刷、学習発表会の準備 9 2/9(金) 9:00〜正午 学習発表会  講師による総評 区民センター6階  文化ホール 次回までのグループワーク:全校配布の準備 10 3/10(金) 10:00〜正午 1年間のふりかえり これからのことについてなどを話し合いましょう 生活産業プラザ  地下展示場  毎年度の終了時に「学習発表会」が開かれる。同発表会の平成18年度の「式次第」は、資料3のとおりである。推進員は、地区別に分かれて(平成19年度まで、20年度からはテーマ別)、ここでの発表と報告書1の作成をめざして、グループ学習の成果を蓄積する。   資料3 豊島区家庭教育推進員学習発表会式次第(平成18年度の例) 大人の学びと子どもの育ち 〜新しい地域のかたち〜 平成19年2月9日 午前10時〜午後1時 於:区民センター文化ホール 開会のことば あいさつ    学習・スポーツ課長 グループ発表 (各グループの発表後、講師の西村美東士氏より講評をおこないます) 1、わかば(仰高・駒込・巣鴨・清和)    ・・・10:10〜10:30     「子どもと地域の安全おこし」 2、ミントキャンディ(西巣鴨・豊成・朋有・朝日・池袋第一) ・・・10:30〜10:50     「安心・安全化計画〜理想の公園をめざして〜」 3、スクラム(池袋第二・池袋第三・池袋・文成) ・・・10:50〜11:10     「コミュニティの輪を広げる〜関係づくりをめざして〜」 4、WOOZ(ウッズ)!(南池袋・高南・目白) ・・・11:10〜11:30     「わが街子育て環境改造計画」 〜 休 憩 〜 ・・・11:30〜11:40 5、ハッピーエリアサークル(長崎・千早・さくら) ・・・11:40〜12:00     「癒しを求めて〜地域再発見計画『銭湯のすすめ』〜」 6、すずらん (椎名町・富士見台) ・・・12:00〜12:20     「わが町子育て支援計画」 7、Happy Voice(ハッピーボイス)!!(要・高松) ・・・12:20〜12:40     「クチコミからはじまる素敵な時間」  閉会のことば 事務局:豊島区文化商工部学習・スポーツ課生涯学習グループ   1.2 平成18年度以降の経緯  「子育てまちづくり」を実現するためには、「まちづくりはあなたまかせ→わが子の問題解決のための学習→自分の子育て行動に対する気づき→自分自身や家族関係に対する気づき→親の会や地域社会における実践的学習→子育てまちづくりへの参画」という発展段階に沿った「社会開放型子育て観への転換」が求められる。  そこで豊島区家庭教育推進員の毎月の集合学習の場を利用して、推進員である母親たちに対して、年間講師として、各地区における「子育てまちづくり計画」の策定を指導し、その経過と成果を検討することにした。研究の対象年度は、平成18年度から21年度までである。このことによって、親や市民の参画による子育てまちづくり計画策定の意義と効果的な支援方法を確かめることができると考える。 【平成18年度】  平成18年度は、子育てまちづくり計画策定を行った。各グループの研究テーマは、前掲資料3に示したとおりである。  第1回のレジメで講師は、資料4のとおり、クドバス手法を適用したワークショップの意義と方向性を示した。その上で講師主導型の「クドバス」を行い、子育てのまちに関する希望についての全員の発言を「豊島区子育て環境整備のためのアイデア」として集約した。作成したクドバスチャートを図1に示す。   資料4 講師からの提示(抜粋)  クドバスを活用して作成した「必要事項リスト」は、「わが街子育て環境改造計画」のそれぞれの到達目標が、計画した推進員の側にも、一般のPTA会員などの側にもはっきり見えるものになる。そのため、「子育てまちづくりへの市民参画」の道筋をよりいっそう具体的に明確にすることができる。また、これに基づいた「子育てまちづくり活動」は、一般のPTA会員等の納得のもとに行われることになる。  さらに、たとえば、ここで計画した「わが街子育て環境改造計画」に基づいてPTAで講座を計画する場合、特定の到達目標を達成するための「必要能力」を2時間ぐらいかけてリストにするワークを参加者といっしょになって行うとよいだろう。それをもとに「必要能力」を確実に習得できるような講座のカリキュラム(学習内容・方法)を編成する。そうすれば、参加者がたんなる参加者ではなく、自分の参加する学習会の企画にまで参加するということになる。   子育て環境 機能1 機能2 機能3 機能4 機能5 安全に遊べる 安心な公園がある 公園は大人が見守っている キャッチボールタイムがある 小公園は見通しがいい 公園には朝から子どもたちがいる 安心して生活できる 住宅地に大人の目が光っている 自転車専用道がある 通学路は安全である まちの隅々から死角をなくす 恐い人がいない 施設を利用できる 親子児童館がある 屋外児童館がある 日祭日に子ども一人でも行ける施設がある 放課後託児がある 地域がつながる、交流する 子育てサロンがある 子どもと高齢者と「すき間」の交流 親同士が集い、交流できる 祭りがある かみなり親父がいる 大人が手本を見せる 人々があいさつしあう ルール無視の大人が少ない 有害図書が目立たない ペットの飼い方がよい 自然とふれあえる 花、木、野草がある 原っぱに昆虫がいる 動物とふれあえる 親も安心で楽しい 夜間等のための病院がある 地域医療がしっかりしている ストレス解消できる 商店街がにぎやかである よい飲み屋がある お金がなくても子育てできる 子育て資金援助に恵まれている 図1 クドバスチャート「豊島区子育て環境整備のためのアイデア」 【平成19年度】  平成19年度の活動は、東西南北の地区ごとに分かれて行われた。第一回の会合において、講師は、前年度の成果と課題を踏まえ、資料5に示したとおり課題を提示した。 資料5 講師からの提示内容(講師レジメ抜粋) 1. 1. 活動の目的 @ わが子の通う小学校区を越えた親同士が協力して、 A 楽しく子育てできるまちにするために、 B 自分たちでできる目標を設定して、 C 「子育てまちづくり計画」を策定し、 D 実際に行動して目標を達成する。 2. 活動の特徴 @ 推進員だからこそできることをする。 A 自分たち自身が楽しいことをする。 B 自分たちの子育てを充実させる。 C 地域をよりよい「子育てのまち」にする。 3. 進め方 @ 子育てまちづくり活動として、PDCAに沿って進める(図2)。 P=プラン わたしたちが取り組むプランづくり D=活動 わたしが動いてつくる活動 C=評価 評価会 ふりかえりによって修了後の行動(A)を計画化 B まちのいいところ、機能、使い方、楽しみ方などの「資源」を、「計画」と関連付けた「構造表手法」で整理する(表1)。     図2 子育てまちづくり活動のPDCA(講師提示) 図3 関係図の例示(講師提示)    図3では、親の安心・安全志向に対して、「冒険」の重要性を提起した。「子育て補助金増額」については、「親のニーズとしては強いかもしれないが、チーム達成目標には成り得ない」という理由を述べて、「保留」として提示した。 表1 資源・計画構造表の例示(講師提示) 構造表「冒険教室のための地域資源と活用方法」(上下左右ともに重要度順) 作成者 ○○地域推進員グループ 豊島花子、池袋礼子、巣鴨愛子、椎名友子・・・ 資源カード:まちのいいところ、機能、使い方、楽しみ方 計画カード:親子冒険教室実施の内容、方法、留意点 計画 資源1 資源2 資源3 資源4 資源5 資源6 計画1 資源1-1 資源1-2 資源1-3 資源1-4 資源1-5 資源1-6 親や市民の参画を得る 地域の老人会の○○さんは投げ縄が得意 ○○小PTAの広報委員長は子ども会育成活動指導者 ○○商店のおやじさんは、子どもたちの人気者 ○○さんは大工道具一式をもっている 先輩の推進員の人たちが、同じようなことを考えている ・・・ 計画2 資源2-1 資源2-2 資源2-3 資源2-4 資源2-5 新しい遊びを開発する わが町でオリエンテーリングをしたい 親子フリーマーケットを開きたい ・・・ ・・・ ・・・ 計画3 資源3-1 資源3-2 資源3-3 資源3-4 資源3-5 子育ての情報交換をする 近所に子育て支援サークル会長がいる 近くに子連れで入れる喫茶店があり、拠点に最適 地元の商店街だよりには、住民の投稿コーナーがある 私はミクシーを運営することができる ・・・ 計画4 資源4-1 資源4-2 資源4-3 資源4-4 小学校と協働する ○○小の体育教師はボーイスカウトの指導者 ○○小の校庭は広くて使いやすそう ・・・ ・・・ 計画5 資源5-1 資源5-2 資源5-3 資源5-4 資源5-5 行政と協働する 生涯学習係の杉村さんは行政とのパイプ役 ○○保育園の園長はレク指導が上手 近くの○○公園を使ってみたい 区が所有する空き地で木登りしたい ・・・ 計画6 資源6-1 資源6-2 資源6-3 資源6-4 資源6-5 青少年の参画を得る 私の高校2年の長女は、エレキが上手でバンドリーダー 近所の○○君は、いまではまれなガキ大将 私の小5の次女は、新聞部の部長 近くの児童館には高校生たちが出入りしている ・・・  図4に、東西南北の地区ごとに分かれた4チームの内の1チームの成果を示す。    図4 関係図成果  以上のように、初期の頃に、東西南北のグループ別に子育てまちづくりに関する地域の総合的課題を把握させようとした。  その後、「自分たちでできる目標を設定して、子育てまちづくり計画を策定し、実際に行動して目標を達成する」(前掲資料5)に基づいて、各グループが設定したテーマと活動内容は表2のとおりである。    表2 テーマと活動内容 地区名 テーマ 活動内容 東地区 子どもの日常的居場所を知ろう(地域別) 実際にいろいろなところを見て、地域の人や子育てサロン、児童館職員、子どもたちの声を聞く。 西地区 環境戦隊エコレンジャー「地球を守るために“今”できること」 ゴミの分別チェック、エコパック使用の実践、エコマーク商品の購入、1日1回ゴミ拾い。 南地区 遊びでタイムトリップ「地域で楽しむ異世代交流」 親子アンケートの実施、地域の方との将棋大会、おやつ作りで異世代交流、昭和記念館の見学。 北地区 モラル向上大運動 子どもたちに向けたアンケート調査、子ども座談会の実施。   【平成20年度】  平成20年度は、希望するテーマを募り、次の5グループに分かれて活動を進めた。  「豊島区の緑と親しもう」では、「豊島区の緑を増やしてもらいたい」という要望から出発して、身近な森の存在に気づき、さらには、そこでの親子、夫婦の自然体験と交流体験が重要であるという結論を得た。  「みんなで守る子どもたちの安全」では、「わが子の安全を守るための護身術」学習から出発して、親子関係の重要性、学校での安全へと関心が進み、下校後のわが子の安全にまで視野が拡大して、「よその子もみんなの子」という結論を得た。  「子どもの遊び場をつくりたい」では、わが子が遊ぶいつもの公園から、全区の公園へと関心を広げ、すべての公園を実地踏査した。その結果、5つの「推薦理由」を導き出して、「特徴ある公園」が足りないことを明らかにした。  「国際交流を楽しもう」では、外国人家庭を呼び込んで交流しようとする姿勢から、「お弁当事情」インタビューや「交流お茶会」を通して、異文化をもつお母さんといっしょに進める姿勢へと転換し、子育て文化や食文化について、異文化から学んでよりよいものにしようという提言をまとめた。  「町会・商店街とのかかわり」では、近くにあっても縁遠かった町会や商店街に目を向け、親子で、縁日の屋台担当、ハロウィンパレードの企画・運営、防災運動への参加などを行うなかで、町会、商店街、親子の三者の重層的な交流の楽しさを体得し、三者の連鎖的な参画による子育てのレベルアップの可能性を明らかにした。 【平成21年度】  平成21年度は「実践研究型」の子育てまちづくり活動を展開した。その特徴は次のとおりである。 @ 豊島区長期計画の主要施策2に沿ってグループを編成した。このことによって、「まちづくりへの参画」としての位置づけを明確にした。 A 各グループは、担当した施策に関わって、テーマ、仮説、実践研究の方法を設定した。このことによって、「自立した市民としての責任を持った参画」のあり方を追求した。 B 講師は、メンバーに、「できるだけ、わが子を巻き込んで、わが子とともに、わが子やよその子を調査対象として、わが子と対話しながら」実践研究を進めるよう促した。  「異年齢・異文化の交流が共生のまちづくりに与える影響」グループの実践研究成果を次ページ資料6に示す。   2 研究目的と研究方法  本研究では、豊島区家庭教育推進員の子育てまちづくり研究等による参画活動の分析を通して、親の参画を効果的に支援する「社会開放型子育て観への転換プログラム」のあり方を提案したいと考える。  そのため、平成18年度からの各年度の進行にしたがって、次の点について検討する。 研究1:(平成18年度活動対象)子育てまちづくり計画策定の意義と効果 研究2:(平成19年度活動対象)地区別子育てまちづくり活動の方法と成果 研究3:(平成20年度活動対象)テーマ別子育てまちづくり活動の学習効果 研究4:(平成21年度活動対象)実践研究型子育てまちづくり活動の成果 研究5:(他の学習活動との比較研究)子育てサークル型学習による成果との比較    これらの研究によって、親の子育てまちづくりへの参画過程における子育て能力と社会的能力の発展過程を明らかにし、社会開放型子育て観への転換を促進する効果的な支援プログラムのあり方を明らかにすることができると考える。  主な研究方法は、親の学習成果や気づきの結果についての分析である。ほかに、研究3においては、平成20年度の終了時に、次のとおり質問紙調査を実施し、自らの子育てや、他者、社会との関係に関する学習効果を測定して、その結果を分析した。   資料6 「異年齢・異文化の交流が共生のまちづくりに与える影響」グループの実践研究成果   評価指標としては、「@親同士の関係」、「A地域や社会との関係」、「B子育て」、「C親子関係」の4ジャンルについての気づき、達成能力、態度変容などの成果に関して、次のように設定した。「@親同士の関係」においては、同じ活動に参加したほかの親とのコミュニケーション、他者理解、他者受容などに関する効果について尋ねた。「A地域や社会との関係」においては、その理解度や自己の能動性に関する効果について尋ねた。「B子育て」においては、自己の子育ての客観視や自己受容に関する効果について尋ねた。「C親子関係」においては、子どもとのコミュニケーション、子ども理解、子どもへの信頼に関する効果について尋ねた。  質問はジャンルごとに5個ずつ設け、「5月の活動開始当時」と「現在(最終回)」を比較させ、それぞれについて5件法で回答を得た。設問は以下のとおりである。   @親同士の関係に関して 1-1 自分の気持ちを他の親に伝えられる 1-2 他の親のよいところに気づく 1-3 他の親の痛みがわかる 1-4 他の親と一緒に行動できる 1-5 他の親を励ませる A地域や社会との関係に関して 2-1 地域や社会の問題がわかる 2-2 地域や社会について理論的に考える 2-3 地域や社会について意見を言う 2-4 地域や社会に対して働きかける 2-5 青少年や親の団体活動がわかる B(自らの)子育てに関して 3-1 自分の子育ての問題点に気づく 3-2 自分の子育ての長所に気づく 3-3 自分の子育ての目標を見つける 3-4 自分の気持ちを表す言葉が見つかる 3-5 子育てに自信が持てるようになる C(自らの)親子関係に関して 4-1 自分の気持ちをわが子に伝えられる 4-2 わが子のよいところに気づく 4-3 わが子を信頼できる 4-4 わが子の痛みがわかる 4-5 よその子どもとも交流できる      結果の分析にあたっては、設問ごとに分布を比較した。また、開始当時と最終回の平均の差を設問ごとに比較し、各項目の効果の相違を検討した。回答者数は37人であった。   3 結果と考察 3.1 研究1:子育てまちづくり計画策定の意義と効果  表1から、「安心」、「交流」、「自然」、「楽しさ」の4要素の重要性を、確認した。なお、講師は、この結果に対して、「冒険教育」がもつ教育的効果について説明し、親たちの「安全至上主義」に対して再検討を促した。  「平成18年度豊島区家庭教育推進員学習発表会」では、各グループの「子育てまちづくり」の計画策定活動において、次のような体験と気づきが報告された。    地域の公園の木が生い茂っていて、見通しが悪く、子どもの安全上、問題があると判断した。そこで、初めての体験だが、行政の公園所管部署に問い合わせたところ、次の日には剪定してもらえた。また、反面、緑化の観点からは、無制限に刈り取りなどをすることはできないことも教えてもらい、逆の視点からの問題もあることに気づいた。    推進員による振り返り記述内容3からは、次の点が指摘される。  各グループの活動において、「子育て仲間」としての交流、とくに「他校のお母さんとの交流」が大きな効果をもたらしている。それは、本事業に一番批判的回答であったと思われる推進員でさえ、「他校の母親との交流」を意味あることとしてとらえていることからも明らかである。  各グループの研究成果発表までの代表的な流れを図5に示す。上に述べたことから、地域課題の整理に入る以前の段階から、「他校の母親との交流」の意義は容易に受け入れられたといえる。    図5 平成18年度活動における研究成果発表までの流れ    推進員による振り返り記述内容に示された推進員各人の気づき過程や阻害要因については、個人の学習の側面から、活動のあり方を検討する必要があると考える。  とくに、「安全冒険公園」を計画したグループの母親の「安全冒険公園を作りたい→予算がなくてできない」、「実現できないのに、話し合ったり勉強したりするのは必要なのでしょうか」という記述については、一般の親たちが「子育てまちづくり」に参画する場合の、重要な課題を表していると考える。  従来の親教育の研究において、「学習成果の社会還元」の重要性については認識されていたといえよう。しかし、自分たちの学習成果である「安全冒険公園づくり」などの提案を現実化して社会還元としての成果に結びつけるためには、そのための活動が必要になる。このことから、子育て学習のシフトアップのためには、目標達成の可能な現実性のある社会参画を伴った学習が必要だと考えられる。研究課題としては、親の学習という自己形成の営みと、学習成果のまちづくりへの反映という社会形成の営みとが循環し、一体化して行われる動的構造について明らかにする必要があると考える。 3.2 研究2:地区別子育てまちづくり活動の方法と成果  前掲図4からは、親のリアルな願いや地域の実態が数多く見られる反面、次の問題が指摘できる。第一に、それぞれの島の関連性を示す線及び矢印が単調で、十分には動態的にとらえ切れていないことを示している。第二に、地域子育て資源の発見の重要性を講師が「言葉」で説明したにもかかわらず、計画に活用できる地域の資源に関する書き込みが不十分である。このことは、一般の親たちの地域との関わりの弱さを示すものと考えられる。そのため、資源・計画構造図についても、十分なものは作成されなかった。「一般のPTA会員」にとって、活動する前の段階で子育てに有益な地域資源の存在について気づくことは難しかったと考えられる。  東西南北各チームのテーマと活動内容を表3に示す。    表3 テーマと活動内容 地区名 テーマ 活動内容 東地区 子どもの日常的居場所を知ろう(地域別) 実際にいろいろなところを見て、地域の人や子育てサロン、児童館職員、子どもたちの声を聞く。 西地区 環境戦隊エコレンジャー「地球を守るために“今”できること」 ゴミの分別チェック、エコパック使用の実践、エコマーク商品の購入、1日1回ゴミ拾い。 南地区 遊びでタイムトリップ「地域で楽しむ異世代交流」 親子アンケートの実施、地域の方との将棋大会、おやつ作りで異世代交流、昭和記念館の見学。 北地区 モラル向上大運動 子どもたちに向けたアンケート調査、子ども座談会の実施。    表3からは、「自分たちでできること」に取り組んだことが指摘できる。同時に、活動初期に行った計画作成のための諸作業の結果が効果的に位置付けられていない問題も残った。家庭教育推進員制度は、平成19年度まで、地区ごとに分かれてグループ編成をしてきたのだが、子育てまちづくりに関連する諸テーマに基づいてグループ編成をしたほうが、目標達成にとっては効率的であると考える。  推進員に対する事後アンケートにおいては、「他校の親との交流」等のほか、「まちの様子がより気になるようになった」、「いろいろな人に声をかける勇気をもてるようになった」、「それぞれの人の立場を考えるようになった」、さらには、「区役所に対して要望したら、すぐ実行してもらえて、対応の早さに驚き、言ってみるものだと思った」などの回答が寄せられた。  このことから、計画策定にとどまらない子育てまちづくり参画活動のもつ一定の効果を確かめることかできたといえる。   3.3 研究3:テーマ別子育てまちづくり活動の学習効果  効果測定の全体結果は、表4のとおりである。    表4 全体結果  注 無回答は平均値には参入していない。    各設問に対する5件法の回答の分布は、図5のとおりである。 図5 各設問に対する回答の分布    各設問における活動開始時点と最終回時点の平均の差は、図6のとおりである。 図6 活動開始時点と最終回時点の平均の相違 表5 平均上昇(平均の差)ランキング 順位 設問 平均 の差 1 1ー1自分の気持ちを他の親に伝えられる 0.86 2 2ー1地域や社会の問題がわかる 0.79 3 2ー5青少年や親の団体活動がわかる 0.75 4 2ー4地域や社会に対して働きかける 0.74 4 1ー2他の親のよいところに気づく 0.74 6 2ー2地域や社会について理論的に考える 0.73 7 1ー4他の親と一緒に行動できる 0.65 8 2ー3地域や社会について意見を言う 0.62 9 1ー5他の親を励ませる 0.60 10 1ー3他の親の痛みがわかる 0.59 11 3ー1自分の子育ての問題点に気づく 0.56 12 3ー4自分の気持ちを表す言葉が見つかる 0.44 13 3ー5子育てに自信が持てるようになる 0.43 14 4ー5よその子どもとも交流できる 0.41 15 3ー2自分の子育ての長所に気づく 0.40 16 3ー3自分の子育ての目標を見つける 0.32 17 4ー4わが子の痛みがわかる 0.28 18 4ー2わが子のよいところに気づく 0.27 19 4ー1自分の気持ちをわが子に伝えられる 0.26 20 4ー3わが子を信頼できる 0.23  平均上昇ランキング結果を表5に示す。  以上の結果から、次の諸点が指摘できる。 @ ジャンル@「親同士の関係」に関しては、開始時点で「1-5他の親を励ませる」(3.34)よりも平均点の低かった「1-1自分の気持ちを他の親に伝えられる」(3.25)の上昇が顕著である。この点については、平成18年度結果から見ることができた「子育て仲間」としての交流の効果を確かめる結果になったと考えられる。 A ジャンルA「地域や社会との関係」に関しては、5件の設問すべてが平均の上昇上位8位までにランキングされている。とくに「2-5青少年や親の団体活動がわかる」(0.75上昇)については、平成18年度結果からは見られなかった「子育てに有益な地域資源」に関する気づきとして注目される。 B 反面、ジャンルC「自らの親子関係」に関しては、5件の設問のうち、「よその子どもとも交流できる」(0.41上昇)を除く4件が最下位を占めている。これは、グループ活動に入る前の講師の話だけでも一定の成果が得られ、グループ活動によって、自らの親子活動に関する気づきがそれ以上に深まることは少なかったことを示すものと考えられる。 C ジャンルB「自らの子育て」に関しては、初回の講師の話でも成果が比較的少なく、グループ活動によってある程度の成果が上がったものの、「親同士の関係」や「地域や社会との関係」ほどの効果までには至らなかったことを示している。  以上から、平成20年度のテーマ別子育てまちづくり活動においては、第一に、他の親や、地域、社会との関係性を強める効果は認められるものの、第二に、自己の子育てや親子関係に関する問題解決の方向を見出す効果は少なかったということができる。  このことから、子育てまちづくりへの参画活動と、個々の親の子育てや親子関係の改善とを、より強く関連付けるための支援方法が必要であるということができる。   3.4 実践研究型子育てまちづくり活動の成果  平成21年度の「実践研究型」の子育てまちづくり活動の成果については、まだ十分に検証されていない。  しかし、前掲資料6に示したとおり、「異年齢・異文化の交流が共生のまちづくりに与える影響」グループは、実践研究の結果として、「地域において、団体内の交流はあっても、団体間の交流は少ない」、「参加者の実質的な交流を進めるためには、互いに声をかけ合えるような仕掛けが必要である」などの課題に気づいた。  さらに、この課題にアプローチするために、同グループは、「区民ひろばまつり」における実験を行った。メンバーはこの中で、クイズラリー(インタビューゲーム)を担当した。これは、「人間の体の不思議トリビアクイズラリー」の最後の問題として、インタビューコーナーを盛り込んだもので、あえて参加者が、自分の年齢より30歳以上の参加者、もしくは海外出身の参加者(年齢不問)を探して話しかけ、「名前」「年齢」「好きなものや好きなこと」を聞き出し、解答用紙に記入してゴールに提出するというものである。ゴールした参加者に、メンバーとその子どもたちが聞き取り調査を行って、交流の効果を確かめた。  同グループの活動成果は、後章で述べる「子育てまちづくり政策検討の実質化の試み−佐野市における政策立案過程を通じて」等の研究において見出された、市民委員が会議形式の政策検討に参画する場合の「限界」とは対照的な成果として評価したい。同グループは、一市民の視点からは気づきにくく、行政や教育の専門家の知見に頼りがちな微妙な問題の存在について気づいただけではなく、その問題解決のためのアプローチまで試みたといえる。  これは、ワークショップスタイルの導入による学習効果とも異なることから、フィールドワークスタイルの導入による実践研究の参画効果ということができると考える。   3.5 研究5:子育てサークル型学習による成果との比較  以上の研究結果と比較するため、2007年6月から7月にかけて、5回にわたって実施された松戸市教育委員会生涯学習本部公民館「学習プログラムづくり講座」での、子育てサークル「こすもす」によるクドバスチャート(親能力リスト)の作成結果について検討しておきたい。豊島区家庭教育推進員の「子育てまちづくり計画」の策定メンバーが、主に各小学校から推薦されて参加した者であったのに対して、後者は、すでに自発的に形成されている学習グループであり、メンバーは、地域の子育て「学習」活動に参画しているリーダーたちであるととらえることができる。ただし、基本的には主たる活動は「まちづくりへの参画」ではなく、「学習活動への参画」だととらえることができる。  同サークルのリーダー層が作成したクドバスチャートを図7に示す。 図7 クドバスチャート「中学生をうまく転がす法」  図7からは、まちづくりへの参画活動の立場から作成されたというよりも、一般の「中学生の子を持つ親」のニーズをよくとらえて、その発想からチャートが作成されたことがわかる。したがって、一般的な親の現状及び期待を直接的に反映しているといえるが、反面、「自己の子育ての社会のなかでの位置づけ」や「まちづくり」の視点は見いだせない。  「子育てまちづくりへの参画」という場合、豊島区家庭教育推進員のように「委嘱されて活動する親」、松戸市「こすもす」のように「子育て学習グループのリーダー」、さらには「行政機関と協働してまちづくりへの参画活動を行う親」など、いくつかのレベルが想定される。それぞれ異なった社会化過程があり、その支援にあたっても、個々の特性に応じた効果的な内容と方法を明らかにして行う必要があると考える。   4 親の参画による子育てまちづくり研究活動の推進と社会開放型への発展 4.1 PTA会員による子育てまちづくり活動の意義  豊島区家庭教育推進員の毎月の集合学習の場においては、推進員である母親たちが、豊島区の校区を越えた「子育てまちづくり」のための仮説検証型の研究を行っている。さらにはまちづくりのための参画活動を行うことによって、研究結果を実践的に検証するとともに、検証結果を「子育てまちづくり」の成果として結実させつつある。  豊島区家庭教育推進員の多くは、各校のPTAから選出され、最初は戸惑いながら月例会に出席する。推進員一人一人は、当然、わが子の健やかな成長を願ってはいるのだが、「子育てのまちづくり」についての積極的な関心があるわけではない。家庭教育推進員活動においては、このように日常は「個人完結型」の子育てに励む親が、希望する課題に分かれて「子育て研究」に参画するのである。  一般に、PTA活動においては、まちづくりへの具体的展望もなく、与えられた仕事をただこなしているだけ、「子育てまちづくり活動」は、行政や一部の活動的な市民によって行われているという状態が少なくない。  この状態が続く限り、いくら政府や自治体が子育て支援のために資金や人材を投入したとしても、本当の「子育てのまち」は実現できないと考える。専門機関まかせで、個人的な注文だけはつけるという親が増えるだけでは、子育ての夢は広がらないし、第一、そんな町に住んでいても、親自身が楽しくないといえよう。  これまでのPTA、保護者会などの親の会(PTAの場合は教師を含む)は、社会教育団体として、集団学習の形態で「子育て学習」を行ってきた。とりわけ、「一斉集団承り学習」の場合、各領域の学問や団体による先行研究の成果をわかりやすく学ぶということに主眼が置かれがちである。しかし、そこで学ぶ内容は、「個人の子育て」または「子育ての社会形成」のどちらか一方の視点から見た場合の既知の知見であった。そのため、親にとっては、自己の生涯において、子育てにどう取り組むかということについて十分な示唆を得ることはできなかった。なぜならば、親は、現実には、わが子の子育てという活動と、子育て仲間をつくり、親の会などの活動によって子育て社会を形成する活動の両方を統合的に行っているからである。  これに対して、本事業による研究成果は、次の点で、「子育て研究」への親の参画の意義を示すものと考える。第一に、個人完結型の子育て観をもっていた「普通の親」たちの研究であった。そのため、現代の「子育ての源流」の多数派のニーズから出発したということができる。第二に、これまで、おもに研究者や教育機関、既存の活動団体が取り組んできた「子育てのまちづくり」に関する研究課題に、親たちが「子育ての源流」のニーズを出発点として取り組んだ。第三に、先行研究の成果を引き写しにするだけでは解決できなかった子育てとまちづくりの問題に関して、実践的研究をとおして、親自身がその解決の方向を推論することができた。  これまで、親たちは、親の会などの活動を通して、わが子が通う教育機関に協力してきた。しかし、その多くは、「子育て研究」については専門機関任せだったため、要望を述べることはあっても、「子育ての源流」としての提案を述べることはできなかった。たとえ提案したとしても、その提案には研究結果が伴っていないため、専門機関のほうが高い見識をもっていることが多く、「個人の子育て」についても「子育てのまちづくり」についても、対等な協働関係を結ぶことは難しかった。  これに対して、本事業の各グループの提案は、「子育ての源流」自らが、地域をフィールドにして実践的研究を行い、その結果から導き出されたものである。このことによって、教育機関や行政との協働の実態をレベルアップすることができると考える。  これまで、「子育ての社会化」という言葉は、おもに、個人の子育てを社会が支えるという意味で使われてきた。これに対して、今回の成果は、親が「支えられる」立場にとどまらず、「子育てのまちづくり」のための協働を通して、教育機関や社会を親が支えるという意味での「子育ての社会化」の方向を示したものということができる。  最近は、親たちが「モンスター」などと呼ばれ、子育て支援の立場に立つべき保育者や教師までもが、「手に負えない」と言い出す傾向にある。この状況のままでの子育て支援には、致命的欠陥があるといわざるを得ない。  このような参画論に基づいた研究活動を課する講師に対して、推進員のあいだでは、最初の頃は、「研究などという難しいことが私たちにできるはずがない」という能力限界論、あるいは「子育てについて学習したいのであって、研究したいのではない」という目的外論が支配的だった。「一斉集団承り学習」を越えた研究や開発ということになると、「なんでPTAから選出されただけの私がやらなければならないのか」という戸惑いが生ずる。  その戸惑いから踏み出して、だれも正解を教えてくれない課題にアプローチしようとする問題解決型、自己開発型、参画協働型の学習にレベルアップすることによって、新しい展望を切り開くことができるのだと考える。  じつは、これまでの豊島区家庭教育推進員の年次報告書をたどれば、ほとんどの年次で、親による子育てと地域に関する調査や研究が行われてきたことがわかる。その点で、本制度の意義は明らかといえよう。   4.2 「まちづくり」のための協働のあり方 ―「子育ての源流」からの実践研究というアプローチ―  最近の推進員活動の特徴は、その研究という要素を最初から明確化して進めてきたことにある。しかし、これについては、推進員が入れ替わるごとに、すでに述べたように、戸惑いの声が上がる。「私たちのグループがこのアンケートを考えたのは、やはり何か結果を出さなければならない、その結果がみんなのためにならないといけないということからなのです」。このような発言は、母親たちの社会的役割意識の高まりを示している。反面、「PTAから選出された」という責任感が、研究活動による仮説検証への興味よりも大きい重荷になる傾向を示している。  「グループのみんなの子どもに対する共通の認識がまだないのです。学年もばらばら、性別もばらばらです」。この発言は、この活動で初めて知り合った者同士が、互いの立場を尊重し、共通認識をもとうとする対他者意識の高まりを示している。反面、互いの差異を認めあう中で、適切な仮説を共有することの難しさを示している。  たしかに、多くの母親たちがいうように、研究あるいは仮説検証を目的としない啓発型の子育てアンケート調査があってもよいだろう。また、グループ内での共通認識を深める学習活動も有意義なことであろう。さらには、研究活動であっても、必ずしも仮説検証型ではないものが多くある。  しかし、「行政が」ではなく「親たちが」行う「子育てまちづくり」活動においては、次の理由から仮説検証型の実践研究を行う効果は高いと考える。  第一に、自らの子育てや地域に対する「思い」を仮説として言語化し、検証活動において、その自らの「思い」が他者や社会と適合しているかを確かめることになる。これは、言い換えれば、「自分のための活動」のプラスの側面ということができる。  第二に、自らの仮説をただそのまま地域にアピールするというのではなく、その妥当性を確かめ、確かめた結果を添えてアピールするということになる。なかには、最初の仮説が現実社会とは一致しない場合もありうる。その場合を含めて、親の「子育てまちづくり」参画の望ましいあり方を示すものになると考える。  推進員の母親たちは、PTAから選出され、先述のように責任感をもって豊島区家庭教育推進員制度に参加した。この母親たちが、さらに、校区を越えた子育て仲間と出会い、自らの思いに気づき、言語化し、その妥当性を地域で検証することによって、現実社会と適合したアピールに仕上げて「子育てまちづくり」に参画することの効果は大きいと考える。  ここで、「子育ての源流」からの提案がつねに正しいわけでないことは当然である。たとえば、平成20年度「みんなで守る子どもたちの安全」チームは、「何よりも子どもたちの安全が第一だから」という理由で、GPS機能のついた携帯電話の学校への持ち込み許可を提言している。これは、現行の教育行政の施策とは逆行するものである。  このような場合、親と教育機関はどのように協働すればよいのだろうか。親からの要望や提案を、教育機関はすべて受け入れるというべきとはいえない。教育機関としての、管理上及び教育上の見解をはっきりと示すべきである。かといって、「子育ての源流」としてのこのような研究結果に基づく「わが子の安全」を願うあまりの親の提案を、無条件ではねつけることは、教育機関としての子育て支援機能の放棄、あるいは親教育機能のいっそうの衰退にもつながりかねないことになる。  この点については、親と学校は、協働して、次の研究を進めるべきであると考えることができる。携帯電話が「いじめの道具」として、「わが子の安全」を脅かすものにならないようにするためには、どうしたらよいか。下校後も、そのような携帯電話の脅威から「わが子」を守るためには、学校はどうすればよいか、家庭ではどうすればよいのか。このような親たちの研究活動に基づく責任ある提言が、「子育てのまちづくり」の実現につながるものと考えたい。   4.3 社会開放型子育て観への転換プログラムがめざすもの  −「子育て学習」と「子育てまちづくりへの参画」の一体的推進−  これまで考察してきた豊島区家庭教育推進員活動の年度ごとの発展を、図8のとおりまとめて示す。   図8 豊島区家庭教育推進員による子育てまちづくり活動の発展    豊島区家庭教育推進員活動の原点としては、「他校の親と交流できる」を位置付けることができる。しかし、この原点は、通常の子育て講座とは異なり、「自分の子育てに関する学習」には直接的には結びつかない。むしろ、「親同士の関係に関する効果」が高いが、この原点を出発点として、平成19年度に「自分たちでできることに取り組んだ」ことによって、「地域や社会との関係に関する効果」が高まったものと考えることができる。  子育てまちづくり研究活動の現在の到達像としては、平成21年度において設定した「自らの仮説に対する責任をもった実践的検証」を位置付けることができる。同時に、この到達点については、「子育て者としての視点から仮説を設定する」という側面からは、「自分の子育てに関する学習」のあり方の到達点であり、「責任をもった実践的検証」という側面からは、「子育てまちづくりへの参画」のあり方の到達点であると考えることができる。  平成20年度の学習効果測定においては、他の親や、地域、社会との関係性を強める効果は認められたものの、自己の子育てや親子関係に関する問題解決の方向を見出す効果は低いことが明らかになった。  これに対して、平成21年度の活動は、「自分たちでできることに取り組む」を出発点として、「わが子とともにする、わが子を対象とした研究」、「豊島区長期計画と連動する研究」という2方向への転換を図るとともに、これまでの推進員による研究活動の延長線上に、「自らの仮説に対する責任をもった実践的検証」を位置付けた。その効果は、まだ十分には明らかではないが、平成21年度の「異年齢・異文化の交流が共生のまちづくりに与える影響」グループの実践研究成果からは、一定の効果があったものと考える。  これまで、一般的には、「子育て学習」支援においては、シミュレーションとしての「参画教育」が限界であり、逆に、「子育てまちづくりへの参画」支援においては、「自分の子育てに関する学習」が別扱いにされてきたと考える。これに対して、豊島区家庭教育推進員の子育てまちづくり研究活動は、第一に、自治体の行政計画等によるまちづくり計画と連動しつつ、第二に、「わが子とともに、わが子を対象として」、第三に、「自らの仮説に対する責任をもった実践的検証」を行うという意味で、「子育て学習」と「子育てまちづくりへの参画」を一体的に推進するものといえる。  これまでの検討結果をもとに、次の4タイプの子育て学習を設定して比較してみたい。   タイプA:個人完結型子育て学習 親一人一人が自己の子育ての問題解決のために学習するタイプ タイプB:交流・ワークショップ型子育て学習 指導者の介在のもとに、親同士が互いの子育ての問題を話し合い、その解決のための 共通のプロダクツを作成するタイプ4 タイプC:学習参画型学習 子育てサークル「こすもす」のように、地域の子育て学習に参画して学習するタ イプ タイプD:まちづくり参画型学習 豊島区家庭教育推進員のように、子育てまちづくりに参画して学習するタイプ    Aタイプでは子育てに関する個人完結型の気づきが深まっていく。Bタイプでは、他の親と交流することによって、Aタイプよりも効果的に社会化が促進される。Cタイプでは、学習を自ら組織する活動を通して、まちの人々や諸機関と連携することによって、社会的視野が拡大される。Dタイプでは、自分たちでも達成できる範囲での子育てまちづくり活動を行うことによって、社会的存在としての自己を高めていく。「自分の子育てに関する学習」と「子育てまちづくりへの参画」の2軸から見た4タイプの学習の発展方向を図9に示す。 図9 タイプ別学習の発展方向    豊島区家庭教育推進員の場合は、「社会開放型子育て観への転換」という観点のもとに、講師からの課題提示(問いかけ)や指示(研究の進め方)が積極的に行われた。そのことによって、「子育てまちづくりへの参画」に向けた役割提供機能(ワーク)、表現支援機能(報告書の執筆、発表)、問題解決機能(気づきの促進)、揺さぶり機能(固定概念の打破)が発揮されたものと考える。同時に、講師は、「自分の子育てに関する気づき」の促進についても、同様の機能を発揮したと考えられる。  このような教育的観点を欠いた場で、「自分の子育てに関する学習」のないまま、「子育てまちづくりへの参画」が行われるとしたら、それは「活動のための活動」に終始し、図9でいえば右方向に向かって倒れきった矢印になるであろう。それは、親の個人としての充実の視点からばかりでなく、社会形成の視点からも、望ましいことではないと考える。   1 筆者の調査によると、昭和58年度から継続して発行されている。 2 以下の6施策のうち、@とAは研究テーマを「異年齢・異文化の交流が共生のまちづくりに与える影響」として、1グループが担当した。 @ すべての人が地域で共に生きていけるまち A 多様なコミュニティがあるまち B みどりのネットワークを形成する環境のまち C 人間優先の基盤が整備された、安心、安全のまち D 魅力と活気にあふれる、にぎわいのまち E 伝統・文化と新たな息吹が融合する文化の風薫るまち 3 初出は、西村美東士「豊島区家庭教育推進員による子育てまちづくり計画策定」、『平成17年度選定文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(社会連携研究推進事業)「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」平成17・18年度研究集録』(研究代表者:聖徳大学副学長 松島鈞)、pp.157-168、2007年12月。同書では、推進員による振り返りシートの全記述を掲載して分析した。本研究では、同書に示した結果を部分的に利用して検討した。 4 本書4.2.1「子育て学習の方法とその支援−学習過程における母親の気づきと社会化」参照。 --------------- ------------------------------------------------------------ --------------- ------------------------------------------------------------ 5社会とのつながり・広がりをめざした子育て支援 5.2親の参画支援 5.2.2社会開放型子育て観への転換プログラムの提案 24 1