社会開放型子育て観研究の展望 ―親の個人化と社会化に関する一体的アプローチをめざして― 西村美東士(聖徳大学人文学部生涯教育文化学科) キーワード:社会開放型子育て観への転換、個人化と社会化、子育て能力の構造的理解 1.本研究の目的  個人の子育てに関する研究においては、その多くは、親が家庭の中で子育てを完結することを前提としたアプローチに偏り、その前提のもとに学生を指 導したり、書物で語られたりしてきた。  しかし、現実には、親が社会の中で新しい視野を広げながら、自らの子育てに取り組む姿が見られる。  「子育ての社会化」の重要性が語られる今日、その意味を積極的に考える必要がある。  われわれは、「子育てのまちづくり」に関する研究において、「個人完結型から社会開放型子育て観への転換」というキー概念を設定し、二つの子育て法について、次のとおり「操作的定義」を定めた1。  〔個人完結型〕=母親(もしくは父母)が自己の子育てに関する問題を(自らの範囲内で)解決するスタイル。  〔社会開放型〕=地域社会の支援・協働のもとに母親(もしくは父母)が自己及び他者の子育てに関する問題を解決するスタイル。  この二つの子育て法は、よく見ると、じつはつながっていることがわかる。どのようなプロセスをたどらせることによって、両者を統合した子育て観を育てることができるかということを明らかにする必要があるといえる。  そのため、本研究では、子育てをとおした親の個人化・社会化過程に関する一体的アプローチ(図1)の方法を検討しようとした。 2.個人化と社会化に関する一体的アプローチ  ここでは、個人化を「個人として充実して生きていく能力の獲得過程」、社会化を「社会の成員として充実して生きていく能力の獲得過程」としてとらえた。  これまでの子育て研究においては、各学問領域からの一方向のアプローチによる、個人化の進行による負の側面や、社会化不全の実態や問題点などの指摘にとどまり、両者を行き来することによって発展するという考え方は、ほとんど見られない。両者の一体的アプローチによって、子育て学研究の展望を開くことができると考える。 図1 親の個人化・社会化過程に関する一体的アプローチ  親個人からすれば、図1のように、個人化と社会化の連続した円周を周りながら上っていくものと考えることができる。だが、いわゆる「モンスター・ペアレント」に象徴されるような個人化の負の側面や、「ママ友」への過剰な同一化などの社会化の負の側面が、個人化と社会化の振幅を狭め、上昇を阻害していると考える。一体的アプローチにおいては、その振幅と上昇幅に注目する必要がある。  そのためには、子育て意識や「困っていること」などの質問紙調査だけでは不十分であり、個人化と社会化の過程を同時に検証する方法を開発しなければならない。  われわれは、「映像記録等による子育て行動の分析」2、「子育てまちづくり活動家に対する子育て意識インタビュー調査」3、「親自身のまちづくり研究による獲得能力の分析」4などを行ってきた。それぞれ得失はあるが、ここでは[アクションリサーチにおける記述分析]について報告する。 3.アクションリサーチにおける記述分析  子育て学習に関する大学公開講座における各回の個人振り返りの文章を、「社会的・個別的」、「客体的・主体的」によって分析した。その結果、安心感と緊張感、他者への気づきと自己への気づき、学習集団内の共通性と一人一人の個別性、個人の悩みの共同 解決と自己解決等の往復が読み取れた。また、主体的気づきの増加も見られた。  講師がいくつかのワークショツプの手法を活用することにより、同じ悩みを抱えた学習者のなかでは、受容的雰囲気は比較的容易に形成されることがわかった。同時に、「わかる」とか「同じ」などの受容をしあうことによって、逆に対自や対家族、対社会への気づきを阻害してしまう傾向を見出した。  子育て学習において、親が真に「自分なりの答を見つけた」と実感するためには、他者の子育てとの差異に関する個人の気づきを積極的に拾い上げて明確化することによって、学習者同士の共感や自他受容の質をより深いものにする必要がある。そのためには、「対自と対他の気づきの往復」の過程をより詳しく分析する必要がある。  大学授業においては、女子学生に子育て商品開発のシミュレーションを行った。各回の課題に関する気づきを学生に短文で記述させ、これを@記述の視点(需要側か、供給側か)、A記述の内容(能動的肯定、肯定、否定、能動的否定)の2通りで分類した5。  戦略計画手法SWOT(アルバート・ハンフリー、1965)における「機会」(Opportunities : 目標達成に貢献する外部の特質)の考え方に習い、学生が商品企画体験において見出した需要や供給における問題点を、商品開発の「機会」としてとらえ直す記述をした場合、「能動的否定」に分類した。そして、これを、社会化の深化過程の一環として重視して分析した。  その結果、「需要予測と供給可能性に関する認識」について、当初の学生の単純な楽観的見通しからの脱皮や、問題点をチャンスとしてとらえ直すなどの変化が見られた。  質問紙調査では、このような動態的変化とその質に立ち入った発見は難しいと考える。また、今回は、個人化と社会化の深化を促すための介入を調査者が行うことによって、その効果を確かめることができたものと考える。  反面、以上のような「教育の場」においては、通常はシミュレーションとしての参画にとどまらざるを得ない。今後は、各自の身の回りでの仲間づくりや、市場での子育て商品の開発、販売における記述を収集し、現実社会での個人化・社会化過程を分析する必要がある。 4.まとめ  ここで報告した研究方法の特徴は、第一に、社会開放型子育て観の観点からの質的評価を組み込んだ数量化、第二に、気づきの過程やレベルアップに関する動態的理解という点にある。  しかし、社会開放型子育て観や、個人化・社会化過程の一体的検証という観点から考えると、未だ不十分な点を認めざるを得ない。  記述分析の場合、分析前に一定の基準を設定したが、実際にはケースごとに判断し、それをもとに基準を変更せざるを得なかった。個人化・社会化評価の尺度化や標準化を進める必要がある。また、アクションリサーチの場合は、対照群の設定を工夫する必要がある。 1 私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究推進事業(研究代表者松島鈞)『連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究平成17〜21年度研究集録』、聖徳大学、2009年12月。 2 森和夫ほか「子育ての暗黙知に関する研究一映像解析による保育者の子育て支援行動の分析」前掲著pp.411-422。同稿では、暗黙知解明の前提として、わが子や周囲の子ど もたちを含めた「場の概念」を提起した。 3 西村美東士「商工会活動から発展したふるさとの振興と後継者育成(栃木県佐野市)」、『文部科学省委託事業学びあい支えあい地域活性化事業に関する調査研究報告書』全日本社会教育連合会、pp.39-43、2008年3月。同稿では、活動期ごとに個人化・社会化促進要因を5項目設定し、子育てや家族と関連付けてインタビュー調査を行った。 4 西村美東士「社会開放型子育て観への転換プログラムの提案一豊島区家庭教育推進員の子育てまちづくり研究活動を通して」、前掲著pp.163-182。 5 西村美東士「ユーザーニーズの把握に基づく子育て商品開発の授業実践―シミュレーション型授業の実践を中心として」、『聖徳大学生涯学習研究所紀要』8号、pp.29-33、 2010年3月。