生涯学習の人的交流がもつ癒し効果の可能性に関する検討 ○西村美東士(聖徳大学人文学部生涯教育文化学科) 溝口 千恵      (聖徳大学通信教育学部) 1 「癒し」と「原点回帰」  われわれは、「癒し」について、“@エスケープ:緊急避難、Aオリジン:原点回帰、Bネットワーク:人的交流(心のふれあい)”の3類型に分類して研究を進めている。本研究ではとくにネットワークにおける「人的交流」による「原点回帰」の機能に注目したい。ここで、「原点回帰」とは、人間がもともと持っている悲しみや喜びなどの、素朴で素直な人間の原点にふれ、自分自身の懐かしいオリジンに立ち戻ることである。現代社会に生きていて忘れがちな自己の人間としての原点を取り戻し、人間でよかったと思える機会として、生涯学習のもつ癒し機能は重要といえる。  たとえば、子育てにおいては、親の個人としての充実や、社会性の伸長だけでなく、子とのふれあいや子育て仲間との心の交流による「原点回帰」が日常的に行われていると考える。また、青少年の交友関係においては、“「同一化によるピアコンセプト(同輩意識)の形成(社会化)→それとは異なる自己の発見によるピアコンセプトからの脱却(個人化)→シフトアップした社会化”といった「進展」と、「居場所」での個人の自由時間(課題のない時間)等における「回帰」とが混在していると考える。 2 社会化と個人化と癒し(原点回帰)  われわれは、社会化と個人化と原点回帰の過程を一体的に明らかにすることによって、その望ましい「促進」の方法を提示することができると考える。  ここで「社会化」とは、社会形成者の一員として生きていくために必要な能力を身につける過程とする。「個人化」とは、個人として生きていくために必要な能力を身につける過程とする。「原点回帰」とは、人間としてもともと持っている感情や情緒を取り戻す過程とする。これらが個人のなかでは相互に関連して進行していると考える。そのため、「俯瞰図」に示したように、一体化してとらえる必要がある。 これまでの生涯教育学研究では、一般に、個性の伸長や社会性の涵養など、「進展=促進」が自明の前提として論じられてきた。そのため、右図円筒の右端や左端への「進展」のみが「個人化・社会化」を促進すると考えられでプログラム化されていたが、これは加速のスピードを低下させて いると考える。人々の「癒し」へのニーズの高まり、「居場所」の再認識などの動向を見ると、個人の成長プロセスにおける「原点への回帰」の効果の明確化が求められている。  このことから、「進展=促進」ではなく、「進展十回帰=促進」ととらえる方が妥当な見解のように思えるっそのような事実報告は広く見出すことができる。 しかし、「休憩効果」などの一部の調査結果は公表されているが、これを生涯教育学研究の視点から検討した例は見ることができない。  これと同様の方向性をもつ知見としては、道教の唱える「無為自然」、マズローが晩年に提唱した「自己超越」(「白己実現欲求」を超える次元のもの。達成できるのは、人口の約2%としている)などが挙げられる。いずれも、仮説モデルとして提起されていたが、われわれは妥当なモデルを提起していたのだと評価したい。  本研究では、生涯学習の人的交流がもつ癒し効果に注目し、これによる個人の「原点回帰」を、「普遍的成長プロセス」の一環としてとらえ、2%の「自己超越」のようなレアケースとしてではなく、これを「普遍的個人化・社会化モデル」として構成したい。 3.研究の現状と課題  青少年教育においては、個人としての充実への支援とともに、望ましい社会化を支援するための方策が講じられてきた。しかし、われわれの研究成果からは、次の問題が導かれている@。 @社会の求める「社会化」と、青少年の求める「個人化」との間の矛盾が明らかになっているとはいえない。                          、 A「個性を尊重する教育」に関しては、「個人化支援」という視点からの検討がなされていなかったため、不十分な結果に終わっている。  また、親についても、社会性等の面において多様な問題点があり、それが学校教育、青少年教育等の青少年支援の実践における重大な阻害要因になっていることが指摘されている。しかし、親の 社会化支援については、次の点で研究が進められなかったため、無力感やあきらめが支配的になりがちであったと考える。 @ 親の個人化と社会化の相互の関連が明らかになっていない。 A 子育て支援及び子育てまちづくりの研究において、親の個人化・社会化過程が十分には明らかになっていない。 B 「個人完結型子育て観」から「社会開放型子育て観」への発展過程が十分には明らかになっていない。  これらの点については、前掲図に示したプロセスモデルに基づき、子育て活動における「癒し」の「原点回帰」としての機能をも含めた検討が必要であると考えるA。  たとえば、子育てにおいては、親の個人としての充実や、社会性の伸長だけでなく、子とのふれあいによる「原点回帰」が日常的に行われていると考える。また、青少年の交友関係においては、“「同一化によるピアコンセプト(同輩意識)の形成(社会化)→それとは異なる自己の発見によるピアコンセプトからの脱却(個人化)→シフトアップした社会化”といった「進展」と、「居場所」での個人の自由時間(課題のない時間)等における「回帰」とが混在していると考える。  これらの過程を一体的に明らかにすることによって、各類型に応じた社会化と個人化の望ましい「促進」の方法を提示する必要がある。  生涯教育がめざす社会化支援にとって、個人化の問題点を指摘する研究は多くあるが、個人化の正機能を分析した研究はほかにない。また、逆に、「居場所」研究などにおいては、社会化に関わる教育目標そのものまでをも否定的にとらえてしまう研究(田中治彦他『子ども・若者の居場所の構想―「教育」から「関わりの場」へ』学陽書房、2001年など)が散見される。  現在、社会的には、青少年の社会参画促進や親の参画による子育てまちづくり活動の重要性が指 摘されている。本研究により、青少年と親の生涯学習活動における社会化、個人化及び原点回帰プロセスを踏まえた明確な教育目標に基づく効果的な支援の内容と方法を提起したい。  会場では、「癒し効果」に関する脳科学や精神生理学の最近の知見からの検討結果を、溝口があわせて発表する予定である。 @ 2005-2006年度基盤研究C「現代青少年に関わる諸問題とその支援理念の変遷―社会化をめぐる青少年問題文献分析」(研究代表者 西村美東士)研究成果報告書、2007年。 A西村美東士「参画型子育てまちづくりから見た社会開放型子育て支援研究の展望」、2005-2009年度私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究推進事業「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」(研究代表者 松島 鈞)研究成果報告書、2010年。