癒しによる「原点回帰機能」の検討 親の社会化・個人化・原点回帰の段階的プロセスモデルの設定 西村美東士(聖徳大学生涯教育文化学科) キーワード:子育ての原点回帰機能、社会化、個人化 1 目的と方法  一般に、癒しの効果、癒しの意義などについてはいくつか論じられてきてはいるが、子育てにおける癒しの機能についてはみあたらない。  われわれは「癒し」の定義を「疲弊した心が回復して元に戻ること」と設定した。しかし、その機能と構造については明らかになっていない。  ここでは子育てにおける癒しの機能に焦点化して論じることにしたい。  すでにわれわれは生涯学習における「癒し」の持つ機能を次の3つで指摘した。@エスケープ:ストレッサーからの緊急避難、Aオリジン:子ども心や原風景の回復等による自己確認、Bネットワーク:人的交流による心のふれあい。  また、生涯学習においては、図1のとおり、社会化、個人化、原点回帰の3つの側面が段階的に進展するというプロセスモデルを設定した。 図1 社会化、個人化、原点回帰の段階的プロセスモデル  ここで言う「社会化」とは、社会形成者の一員として生きていくために必要な能力を身につける過程、 「個人化」とは、個人として生きていくために必要な能力を身につける過程、「原点回帰」とは、人間としてもともと持っている感情や情緒を取り戻す過程とする。               ’  本研究では子育てにおける親の「原点回帰機能」の内実について詳細に明らかにしたい。そのため、これまでの関連する子育て支援研究成果を対象に、教育学的視点からあらためて分析し検討した。 2 「社会開放型子育て観」と癒しの機能  われわれは、「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」において、「社会開放型子育て観」をキー概念とした、一体的アプローチにおける要素と構成を、図2のとおり明らかにした。 図2「社会開放型子育て観」をキー概念とした一体的アプローチの要素と構成  図2は、子育て支援の諸要素が、相互に関連し合いながら構成されることを示すものである。だが、子育て及びそれに関連する活動において、親一人一人が「個人的に」癒されて、子育て者として、人間としての「原点」を回復することが見落とされてはならないと考える。  子育ては、ハグ(抱擁)に見られるように、身体性と精神性の二元の一体化のもとに存在するものととらえられる。このことが、夫婦愛を合めた家族愛や博愛、ひいては加齢や死の受容につながり、人々の生涯を支えているのではないか。これを除いて、子育て支援を論じることはできないといえる。  また、男女共同参画論、ワーク・ライフ・バランス、セクシャリティやジェンダー研究などにおいても、子育てを家庭内の単なる「苦役」としない新しい展開が求められていると考える。  このことに関して、同研究では、次のように結論付けた。個人と社会の2軸を統合的にとらえることによって、「社会開放型子育て観」というキー概念を見出した。しかし、より十全なる子育て支援研究のためには、他の概念をも包摂すべきと考えたい。とりわけ、このような「人間の原点としての子育て」における諸現象に対する関心と探求心が、研究の次の扉を開くことになると考える。  個人と社会の2軸とともに、進展と回帰の2軸が重要な要素になると考えられる。 3 進展十回帰=促進  これまでの研究では、一般に、個性の伸長や社会性の涵養など、「進展=促進」が自明の前提として論じられてきた。そのため、図3円筒の右端や左端への「進展」のみが「イ固人化・社会化」を促進すると考えられ、プログラム化されていた。 図3 生涯学習における社会化、個人化のプロセスモデル  だが、この進展オンリー型は、加速のスピードを低下させていると考える。人々の「癒し」へのニーズの高まり、「居場所」の再認識などの動向を見ると、個人の成長プロセスにおける「原点への回帰」の効果の明確化が求められているといえる。  このことから、「進展=促進」ではなく、「進展十回帰=促進」ととらえる方が妥当な見解のように思える。そのような事実報告は広く見出すことができる。しかし、研究面では、「休憩効果」などの一部の調査結果は公表されているが、これを生涯教育学研究の視点から検討した例は見ることができない。  これと同様の方向性をもつ知見としては、道教の唱える「無為自然」、マズローが晩年に提唱した「自己超越」(「自己実現欲求」を超える次元のもの。達成できるのは、人口の約2%としている)などが挙げられる。いずれも、仮説モデルとして提起されていたが、妥当なモデルを提起していたのだと評価できる。  子育てや関連する活動のもつ癒し効果に注目し、これによる個人の「原点回帰」を、「普遍的成長プロセス」の一環としてとらえ、2%の「自己超越」のようなレアケースとしてではなく、これを「普遍的個人化・社会化モデル」として設定する必要があるといえる。 4 結語  過去の子育てには、悩みはあっても、病理はなかった。だが、個人化の進む今日、多くの「家族の病理」が表れている。これに対して、親個人に「与える」だけの子育て支援では、主体的な子育ては育たない。しかし、親としての自覚や社会性をむやみに求めても、その支援は成功しない。  一人一人の親が社会の形成者の一員として成長するとともに、個人としての自己の原点を守り、充実するという側面を一体的に認識する必要がある。 (引用文献) 西村美東士「生涯学習における『癒し』研究の展望」、聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究9』、pp.29-35、2011年。 西村美東士「癒しと生涯学習」、日本生涯教育学会『生涯学習研究e事典』、2008年。 私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究推進事業(研究代表者 松島鈞)『連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究平成17〜21年度研究集録』、2009年。