新入社員育成の課題と方法 西村美東士(聖徳大学) 1.問題関心  新入社員を、組織の中で個性を発揮できる人材に育てるという課題は、企業にとって重要な課題になっている。社会学の視点からは、若者の「ライフコースの個人化と問題解決の私化」の傾向について、「何がやりたいことなのかを自問自答するなかからは、やりたいものをみつけることはむずかしい」という指摘があった(宮本みち子『若者が≪社会的弱者≫に転落する』洋泉社、2002年)。これに対して、中央教育審議会第一次答申(1996年7月)では、「教育は、子供たちの『自分さがしの旅』を扶ける営み」としたが、その後、フリーターやニートなどの問題を意識して、各種審議会などでも「自分さがしばかりしていて、いつまでも見つからない」などの否定的な意見が目立つようになった。青少年文献の要旨分析においても、90年代に激増した「自分らしさ」というキーワードの出現率が、00年代初頭に激減している(西村美東士『現代青少年に関わる諸問題とその支援理念の変遷一社会化をめぐる青少年問題文献分析』平成17〜18年度科・学研究費補助金研究成果報告書)。  このことから、00年代からの社会化支援研究は、企業が求める若者の社会化に関して、個人化の否定的側面を強調するのみで、現実を踏まえた対応を提起できないまま推移してきたと推察する。 2.研究目的と方法  本研究では、若者の社会化(組織適応)と個人化(個性発揮)の促進の両側面の視点から、新入社員育成の実態と課題を整理することにしたい。その上で、その一体的支援の方法を、発表者のこれまでの青少年の社会化支援研究の成果をもとに検討する。なお、ここで「育成」とは、おもに営業職、販売職、事務職などのホワイトカラーに対して、研修だけでなく、職場内で日常的に行われる指導活動を指すこととする。  本研究では、社会化を「社会の中でより充実して生きるための能力(知識・技能・態度)の獲得過程]として、個人化を能力獲得の側面から対比的に「個人としてより充実して生きるための能力の獲得過程」と設定した。その上で、個人化と社会化とを連続体ととらえ、両者のインタラクティブな能力獲得過程を支援することによって、「自立して社会(ここでは職業)に参画する個人」の白己形成を促進できると結論づけた。社会化・個人化のー体的支援によって、「個人化する若者」に苦渋する企業に対して、教育基本法のいう「人格の完成」と「国家・社会の形成者」の育成の理念と方法を示すことができると考える。  また、「個人化と社会化の類型」と経時変化を、2002年と2012年の量的調査の結果から、貫徹志向交渉型、貫徹志向非交渉型、状況対応非交渉型、状況対応交渉型の4タイプの特徴について、他の設問から有意差検定を行い、各タイブの個人化・社会化達成度に対応した育成方法を検討する。 3−1 新入社員の意識と問題  個人化は必ずしも自己発揮には結びつかない。職業における勤勉さ、謙虚さ、自己成長、ワークライフバランスなどの積極面に対して、創造・挑戦、専門性、白律・独立への意欲などの自己発揮関連事項については消極面がうかがわれる。 3−1−1 先行調査1:2013年度新入社員「会社や社会に対する意識調査」(日本能率協会) 調査期間:2013年3月〜4月 調査対象(回答数卜新入社員(セミナー参加者等1002人)、上司・先輩307人 調査方法:Web回答または紙の調査票で回答   「成長・キャリアヘの関心は高いが、専門性には関心薄い」と要約されている(以下速報から抜粋)。 1)自分の将来に関する楽天的見通し  新社会人への第一歩を踏み出した今年の新入社員は、8割弱が自分の人生について将来の見通しは「明るい」「やや明るい」と見ている。 2)キャリア志向、自己成長志向  会社を選んだ理由として、1位は「会社の雰囲気が自分に合いそう」(42.9%)、4位に「自分に向いている仕事ができる」(27.7‰)を挙げ、“キャリア”を意識している。また、2位に[自分が成長できる環境がある](31.2%)、3位に「事業に可能性を感じた」(29.6%)が挙げられ、ここでは“成長”を意識していることがうかがえる。 3)勤勉と謙虚、反面、行動レベルに弱み  『自分の強み』は何かという問いに「目標に向かってやり遂げる」(44.6%)、「謙虚な姿勢で前向きに取り組む」(41.7%)と挙げているが、行動レベルの項目である「何よりもまず動いてみる」(13.8%)、「周囲を巻き込むリーダーシップ」(9.7%)、「積極的に現状を変えていく」(8.6%)は下位にランクされた。『働き方であなたが取り得る行動』の設問では、「自分の成長のために、同期や同年代に負けないよう働く」と92.4%の新入社員が「はい」と回答。「いいえ」は6.3%にとどまった(無回答1.3%)。 4)ワークライフバランス、社会貢献、安定した仕事の確保を志向、反面、創造・挑戦や、専門性、自律・独立への意欲は薄い  「どうしても犠牲にしたくない」ことについては、1位「仕事とプライベートの調和を保つ」(32.3%)、2位「だれかの役に立ち、社会に貢献する」(28.6%)、3位「安定して心配なく仕事ができる」(17.4%)である。ただし、入社した会社を選択した理由としては「プライベートな生活と両立しやすい」という選択肢は8.7%の回答しかない。  「何か新しいものを創造する」(5.3%)、「困難なことに挑戦する」(3.5%)を選んだ、創造・挑戦志向は1割にも満たない。こうした行動を支える能力やスキル、心構えといった「専門性を極める」(5.6%)、「自律・独立して仕事ができる」(2.5%)の項目が低い。創造・挑戦派では「管理職や経営層になり、リーダーシップを発揮したい」とする人が半数を超えるが、調和・安定派では25〜30%強にとどまり、「職場のメンバーのサポート的な役割(仕事)を担いたい]が30%前後いる。 3−1−2 第5回(2013年度)新入社員のグローバル意識調査調査報告書(学校法人産業能率大学)  方法:インターネッ・卜調査 回答:新入社員793人 1)海外志向・非志向の二極化   「どんな国・地域でも働きたい」が29.5%あるー方、「働きたいとは思わない」は58.3%。“海外で働きたい”と答えた人については、「日本ではできない経験を積みたいから」が74.0%(複数回答)で最多。働きたいとは思わない人については、「自分の語学力に自信がないから」が65.2%で最多。 2)学校英語「役に立たなかった」  学校における英語教育について、「役に立たなかった」が55.9‰「役に立った」は44.1%で、回答理由(自由記述)は、文法をしっかり学ぶことができたといった声が多く見られた。 3−1−3 2013年度若者意識アンケート(春)(公益財団法人日本生産性本部) 調査対象:2013年春に実施した日本生産性本部経営開発部主催の新入社員教育プログラム等への参加者、有効回答数1931通。 1)ジェネラリストとしての成長志向  自身のキャリアの考え方に近いものを選択する設問において、「いろいろな仕事や持ち場を経験させて、ジェネラリスト(会社全般の仕事が見渡せるような人)としてきたえる職場」の割合が、過去20年で最高水準となった(58.4%)。 2)転職志向  転職について問う設問で、「今の会社に‐生勤めようと思っている」とする回答が前年比4.6ポイント減少した(55.5%)。 3)就職活動で訪問社数と複数社内定が増加、20.4%がSNS利用  就職活動についての設問で、「訪問社数」は「6社〜70社」とする回答が前年比より増加した。「内定社数」については複数社とする回答が前年より増加した。また、新設項目の「SNSを就職活動に利用したか」に対して、「はい」とする回答は20.4%となった。 3−2 新入社員育成の課題  新入社員の自己発揮を求める育成者側の要請に対して、今後ますます流動化、不確実化する個人化社会を生きなければならない新入社員の心情は、防衛的にならざるを得ないと推察される。ここでは、コーホートとしてのギャップ、職業既適応者と未適応者とのギャップの二つの視点から、組織的新入社員育成の課題を検討したい。 3−2−1 世代間ギャップ(コーホート)の理解  2013年度新入社員の特徴(公益財団法人日本生産性本部)=「ロボット掃除機型」より  一見どれも均一的で区別がつきにくいが、部屋の隅々まで効率的に動き回り家事など時間の短縮に役立つ(就職活動期間が2か月短縮されたなかで、効率よく会社訪問をすることが求められた)。しかし段差(プレツシヤー)に弱く、たまに行方不明になったり、裏返しになってもがき続けたりすることもある。能力を発揮させるには環境整備(職場のフォローや丁寧な育成)が必要。  たとえば、1976年度新入社員は、それより上の世代から「たいやきクン型=頭から尾まで過保護のアンコがギッシリ」と評されていた。現在退職前のその世代が、どのように「ロボット掃除機型世代」を育てるのかという視点が必要であろう。 3−2−2 育成する側とされる側のギヤツプの解消(前出先行調査1より抜粋) 1)即戦力よりは行動力とリーダーシップが求められている  「上司先輩がのぞむ新入社員の仕事へのスタンス」を聞いた設問では、「与えられた仕事をこなすだけでなく、自分なりに工夫を加えてほしい」(46.9%)、「分からないことはどんどん質問してほしい」(40.4%)、「将来に備え、仕事の基本をじっくり身につけてほしい」(36.5%)、「仕事の楽しさを見つけてほしい」(32.9%)、  「3年間は修行のつもりで、どんな仕事でも文句を言わずに取り組んでほしい」(18.6%)が上位5項目となった。なお、「即戦力としてすぐに成果を出してもらいたい」は、最下位の0.7%である。  同報告では、新入社員が“行動力やリーダーシップを発揮”することが苦手であることから、「現状の新入社員の実態を踏まえたうえで、今後は仕事を通じて着実に実行力をつけていくことが重要であり、職場の上司・先輩たちが目標に向けて道筋をつけていくようなアシストが望まれる」としている。 2)「挨拶」「笑顔」「良好な人間関係」を重視する新入社員  新入社員と上司・先輩に『会社員生活で大事なこと』を尋ねたところ、両者ともに「仕事で成果を出す」、  「心身ともに健康を保つ」が上位2項目であった。3位以下の順位に、新入社員と上司・先輩間に大きな認識の違いが見られた。  両者の回答で10ポイント以上の差が開いたのは5項目。上司・先輩にとって重要度が高いが、新入社員が低いものは「人に負けない専門能力・技術を持つ」(17.9ポイント差)、「社外で視野を広げる機会を持つバ12.5ポイント差」、「社内で豊富な人脈を持つ」(10.7ポイント差)であった。また、上司・先輩にとって重要度が低いが、新入社員が高いものは「元気に挨拶し、笑顔を絶やさない」(19.1ポイント差)、「上司・先輩と良好な人間関係を築く」(18.3ポイント差)と、両者の意識に歴然とした差が現れた。  報告では、「新入社員は仕事経験がないがゆえにまだまだ仕事に対する具体性がなく、仕事の成果を出すために専門能力・技術力よりも、人間関係やコミュニケーションを重視することで、この難関を乗り切ろうとする姿が垣間見える。自らが成長していくための道筋までは、まだ描けていないようだ。新入社員と接する場合には、こうした価値観の違いを意識して、指導することが望ましい」としている。 3)新入社員の希望「頻繁なコミュニケーション」に対し、上司の方針「自分で考えさせる」  上司や先輩に『どのような対応(指導)を期待しているか』については、1位「頻繁にコミュニケーションをとってくれる」(50.1%)、2位「チャレンジする機会・場を与えてくれる」(42.0%)、3位「仕事について、事細かに教えてくれる」(31.7%)、4位「困った時は、助けてくれる」(29.9%)であった。  上司、先輩に対し、『あなたが新入社員を指導するときのポイントは何か』を尋ねたところ、突出してトップで挙げているのは「自分で考えるように仕向ける」(70.0%)であり、新入社員との差は55.4ポイントもある。逆に新入社員が高くポイントをつけているが、上司・先輩が6.2%に留まった「仕事について、事細かに教える」であり、25.5ポイントの開きがあった。 3)組織的育成が課題  育成の方法については、「教育担当者が中心となって育成する」(69.6%)で、「職場メンバー全員で育成する」(27.5%)、「新入社員本人に任せる」(0.0%)だった。  新入社員と信頼関係を築くのに、仕事以外の場でどのようなことをしているのかについて、「自分から誘って飲みに行った」(55.5%)、「自分から誘ってランチに行った」(31.2%)と回答した上司・先輩が多かった。  同報告では、「多数の受身的な態度の新入社員は、この状態から脱却し、白発的に仕事に取り組む心構えが必要である。また、上司・先輩の回答と大きくギャップが開いた項目は両者の意識や行動のすれ違いを示唆しており、育成・指導をするうえで注意すべきことであろう。しかし、多くの企業で行われている指導・育成方法は教育担当者任せの状態であり、職場ぐるみ、組織的な対応が望まれる」としている。  とりわけ、「仕事をする上でどうしても犠牲にしたくないこと」の1位である「仕事とプライベートの調和を保つ」(32.3%)については、「仕事をする上でワークライフバランスは大事な要素と認識されているが、会社選びにあたっての重視度は低い。ここに彼らの心の葛藤と矛盾があるようだ。会社に入社して仕事を始めると、必ずしもプライベートな生活ばかりを重要視しているわけにはいかないのが現実だ」として、新入社員育成の課題としての職場適応のポイントを指摘している。 3−2−3 メンタルヘルスの課題 参考文献:岩間夏樹「若い働き手のメンタルヘルス」、『日本労働研究雑誌』635、2013年6月  岩間は、「職場でメンタル面に問題を抱える若者が多いことは、不況期にあって再就職が困難な状況でも、新卒入社から3年以内に転職する大卒者がおよそ30%であまり変化していないこと、あるいはニートや引きこもりという現象が深刻な社会問題化していることによっても物語られる」としている。  われわれは、企業の平均寿命が23.5年(東京商工リサーチ2012年「業歴30年以上の企業倒産」調査結果)であることなどの環境的要因も考慮する必要があるだろうが、もう一方で、個人化する若者たちの心因的状況についても理解し、効果的な育成を図る必要がある。  岩間は、社内に所属部署とは無関係に一種の疑似家族を作って若手のケアにあたる、様々なメンター制度やチューター制度を設ける、産業カウンセラーと契約してカウンセリングの機会を制度化するなどの例を挙げ、「モチベーションを失い、くすぶった気分で勤務するようなケースはかなり広い範囲にある」として、モチベーションのマネジメントによって若い人材を活用するという観点から組織のありようを検討し、メンタルヘルスのみならず生産性の上昇にも寄与するよう提唱している。  個人化社会では、個々人の選択と責任がきわめて重視され、結果として、流動性が高まり不安定で不確実な社会状況を生み出すといわれる(Zygmunt Bauman、2001)。これまで見てきた「自分で考える」、行動力、リーダーシップ、創造・挑戦などの育成者側のキーワードを、個人化の及ぼすメンタル面でのマイナス要因を踏まえた上で現実化する方法を見いだす必要があると考える。 3−3 10年間の若者の意識の変化  ここでは、「個人化と社会化の類型」と経時変化を、2002年と2012年の量的調査の結果から分析した。筆者を含む青少年研究会は、都市青年文化の経時的実証に関する研究を行った。同研究会では、友人関係については「友達と意見が合わなかったときには、納得がいくまで話し合いをする」、「自分らしさ」については「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」を取り上げ、それぞれの肯定・否定によって、「交渉型」と「非交渉型」、「貫徹志向」と「状況対応」に分類した。本研究では、これに基づき、貫徹志向交渉型、貫徹志向非交渉型、状況対応非交渉型、状況対応交渉型の4タイプの特徴について、他の設問から有意差検定を行った。  貫徹志向交渉型については、2002年の調査からは、有意差5%レベル以上で、運動部系部活歴、音楽活動、友人関係などが活発で自己肯定感が強いこと、勉強や仕事にも真剣に取り組み、日本の将来にも関心が大きいことが明らかになった。しかし、2012年の調査では、このタイブがもっとも減少した(31.2%→20.5%)。 しかも、「運動部系で積極的に活動」(2002年1%レベル有意)などの同タイプ特有の特徴がなくなった。交渉型全体も大きく減少した(50.2%→36.3%)。 4 現在の到達点と課題  2002の調査では、各タイプの特徴に基づいて、強み、弱み、成長機会を導き出し、たとえば貫徹志向交渉型であれば、弱みをさらけ出す、仲直りする状況を話させるなど、各タイプに適合した社会化支援を提起した(図1略)。しかし、現在、交渉型の減少などの経時変化のほか、有意差検定の結果から、それぞれの特徴自体が変化していることが明らかになった。これを反映した支援方法を、今後より詳しく検討したい。  また、個人化と社会化の一体的支援については、自作の図「個人化・社会化のスパイラル」(図2略)(西村美東士「個人化の進展に対応した新しい社会形成者の育成」、『日本生涯教育学会年報』33号、pp.145-154)を、新入社員育成のテーマに基づいて、より詳しく検討したい。このスパイラル自体は連続的なプロセスであるが、個人化支援の視点のみから見た場合は、ついたての裏は見えず、個人化プロセスに戻ってきたときだけ、その成長を「自己の充実」(人格の完成)の側面から見ることができる。社会化支援の視点のみから見た場合は、逆に、個人の自己への関心と自己受容のレベルアップの様子を見ることはできず、共存から共有への社会形成者としてのレベルアップの側面から見ることができる。個人化、社会化の「断続的観察」から「連続的観察」への転換により、これまで見てきた新入社員の個人化過剰や個人化未達の状況に対応した効果的な育成方法を示すことができると考える。