ヤンキー化する日本 (角川oneテーマ21) [新書] 斎藤 環 (著) 新書: 253ページ 発売日: 2014/3/6 価格: ¥ 864 ヤンキーとは米国人の俗称で、戦後は、米国の若者の風俗をまねる「不良青少年」を指していた。そのため、以前は、学校を荒らす「敵」だった。しかし、思春期・青年期の精神病理学を専門とする斎藤氏は、今の「ヤンキー」について、「高尚な芸術」に対するバッドセンス、「気合い」や「絆」といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという一種の倫理観が融合したひとつの文化であると述べる。コミュニケーションも、お笑い芸人のように達者で、自信をもって生きている。そして、「誰の心にもヤンキーはいる」とし、現代は、ヤンキー文化のエッセンスが広く拡散した時代であり、むしろ自明すぎて見えなくなっていると指摘する。 対談のなかで、氏は、各地の学校で取り上げられているよさこいソーランなどのヤンキーっぽさにふれ、また、スパルタ教育、金八先生やヤンキー先生、「GTO」や「ごくせん」などのメディアによる反知性主義の流れを指摘する。「理屈をこねていてもしょうがない」、「とにかく真心と誠実さで当たっていけば人は変わる」、そして「理論は熱の前に敗れ去る」という前提を批判する。 しかし、氏は、非行はともかくヤンキー性は更生させる必要はないという。ヤンキーを突き詰めていくと、絆や協調性に傾き、まとまりをつくるのに役立つと言う。同時に、「公共」概念とセットで「個人主義」を再インストールするよう提言する。 ヒップホップの裏には黒人の歴史があり、よさこいの裏にはまちづくりがある。医療としてはともかく、教育においては、社会形成者の育成のための目標に沿って、「科学的な見方・考え方」や自己との対話の方法論を彼らに教える役割がある。そのことによって、彼らは、より根拠ある自信を持つことができよう。