「産業教育学研究」第44巻第2号 2014年7月 (会員フオーラム) 最近の若者とキャリア形成の課題 西村 美東士(聖徳大学) 1 はじめに  「今の若者は個人化していて扱いづらい」とよくいわれる。 そこで求められる社会性とは何か。また、個人化は、本当に達成されているのか。  私は青年教育及び生涯教育の研究を長い間進めてきた。そこで、教育の本質は、集団活動や集団学習という基本形態にも関わらず、「社会の形成者の育成」(教育基本法第1条)だけでなく、個人の充実にあるということを私はたびたび感じていたのである。意外にも、後に始めたキャリア教育研究で、 そのことは明確になった。キャリア形成が職業能力の獲得及び職業生涯の設計の両面を指すとすれば、そのどちらにおいても、職業、家庭、地域、社会のなかでの個人の生涯の充実が重要な要素になる。  とくに、個人化が進行する現代社会においては、職業を通した「社会形成者」としての行動が生涯の深みと充実をもたらす。ときには癒されて人間の原点に回帰し、ときには人生の個人的なテーマに深く沈潜することも重要である。ワークライフバランスやキャリア形成に関する議論も、そこまで追求して初めて個人全体をとらえることができるものと考えている。  この稿では、最近の若者の意識調査結果を中心に、若者たちのトレンドと、新しい教育の方向性について考えてみたい。 2 我を通さずに共存しようとする若者たち一共有への展望  われわれ青少年研究会は、1992年、2002年、2012年に、 東京都杉並区、兵庫県神戸市灘区・東灘区在住の16歳から29 歳の若者、各回有効回答千人規模の郵送調査を実施した。  2002年調査では、「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」を否定する「状況対応型」が大きく増えた(30.8%-442%、 2012年では48.4%)。 2012年調査では、「友だちと意見が合わなかったときには納得がいくまで話し合いをする」を否定する「非交渉型」が大きく増えた(49.8%-63.7%)。そして、「状況対応非交渉型」は3人に1人の割合にまで迫っていることが明らかになった。  本人は状況対応をしているつもりでも、「意見を言い合わない」となると、職業生活においては、個の充実と自己発揮は難しくなるだろう。互いに我を通そうとしなくなり、真正面から意見を言い合わないまま「共存」しようとする。これでは、 キャリア形成で求められる相互受容や関係調整による「共有」 は困難と考えられる。  個人化する他者や、多様化する状況に合わせて、いくつも仮面を作ってきただけで、これを多元的な自分らしさと呼んだとしても、キャリア形成においては、それとは異なる「自己の確立」が必要となるだろう。  労働現場に入って、共同体の一員として帰属意識をもち、 パフオーマンスをめざして上下関係や役割分担、合意形成の方法を身につけることが期待されるのはいうまでもない。しかし、その場合の個人としての自己発揮、成長、充実とは何なのか。そこまでつながらなければ、若者は、個人全体としては幸せになれないだろう。 3 若者の個人化の質を問う  個人化への敵視では、キャリア形成支援は始まらない。「個人化により若者の社会性が阻害される」と「すべてが個人の自己責任の問題に帰結され、個人は不安に陥る」という二つの異なった側面での理由から、個人化は敵視されがちであるが、 しかし、個人化は時代の必然である。  最近の若者の変化から言えば、「身の回り半径3mくらいにしか関心がない」とか、(友だち関係が重要なのであって)「仲間以外はみな風景」などの傾向が指摘されてきた。 しかし、今回見てきたように、今の多くの若者はむしろ状況に対応しようとして多元的な自分を演じているのであり、 交友関係とそれより外の社会との関係は、切り離しているものと考えられる。  また、なかには、「友だちと意見が合わなかったときには納得がいくまで話し合いをする」者もいるのだが、それが半径 3mの世界での出来事への固執だとすれば、かえってやっかいな話である。  個は、他者とかかわり、組織に帰属することによって深まっていく。そのためには、個人化そのものを問題とするのではなく、個人化から逃げて、仲間と同化して共存し、組織的には上下関係に埋没しつつ、快適な人間関係を求めるという偏った社会化こそ問題にすべきである。 4 おわりに  社会化については未達を問題とし、個人化についてはマイナス要因だけを取り上げるという視点では、問題は解決しない。職場・家庭・地域等における全生涯を充実させつつ、個人の質を高めて自己発揮させるという視点こそ重要である。 そのためには、群れから離れて一匹で飛び出す個人化と、 職場や地域で学び合い支え合う社会化の、両者を一体的、連続的に進展させるための戦略を立てる必要がある。  私の描いていた生涯教育学は、このようにして、キャリア形成と結合することによって発展させることができると考える。