<特集論文>「松戸市社会教育計画の方向性を探る」 情報と相談 西村美東士 聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究13』(2015年3月)原稿 1.実態と課題  「松戸市協働推進計画」は、次の方針を掲げている(第2次、平成24〜28年度)。 基本方針T 協働のまちづくりの担い手を育成します 基本方針U 多様な主体同士の協働を促進します 基本方針V 施策の推進体制を整備します  上のTとUに関して、「情報」と「相談」に関わる社会教育事業のあり方を検討することの意義は大きいといえる。  「情報」に関しては、市のさまざまな機関及び市民団体まで含めた関連する活動等の情報提供を、次の通り行っている。@「広報まつど」の発行、A市ホームページへの@の掲載、B「まつどまなびぃねっと」のホームページでの公開など。  「相談」に関しては、市の諸施設で、利用団体との日常的相談活動が行われているものと思われる。  今日、ネットやスマートフォン等の普及に伴い、常時接続、情報の拡散などが容易となり、市民にとって情報の収集、発信、交流のための情報通信技術面での基盤は急速に整備されてきた。それは、上に述べた既存の情報提供事業にとっても有利な条件としてとらえられる。  しかし、市民の暮らしのなかで、それらの基盤整備は、「協働のまちづくりの担い手」や「多様な主体同士の協働」に結びつくものとは必ずしもいえない。  むしろわれわれの議論のなかでは、@ネットいじめ(「いやだったら出ていけばいいじゃん」ですませてしまう)、Aヘイトスピーチ(人種差別等の憎悪の増幅作用)、B繊細チンピラ(人の書き込みの上げ足をとるなどして、繊細な自分を傷つけないように他人に要求する)、C鬱イートの垂れ流し(死にたい、やりたくないなど。読んでいる人まで暗くなる)、D他者の個人情報の流出(職業上知りえたことをつい流してしまう)など、協働のまちづくりの精神とは逆行する問題の所在が確認された。  以上の検討から、次の課題を設定した。 @閉鎖的な「友達地獄」が青少年以外の世代でもネットで蔓延している。社会開放型のネットコミュニティの創出が必要。 A距離と親密の二律背反がネットでも再現されている。基本的信頼に基づく交流の促進が必要。 Bネットでのヘイトスピーチなどに対して人権尊重の風土の醸成が必要。    このような課題の解決のためには、学習機会を直接的に提供する事業だけでなく、市民の情報提供、情報交流の場面で、望ましいまちづくりに向けた内容が拡大するよう効果的に働きかける「情報相談事業」の開発が求められる。   2.コンセプトと目標設定(全体フレーム)  以上の問題意識に基づき、われわれは、民間の地域SNS(ソーシャルネットワークサービス)「松戸ラブマツ」によるネット・コミュニティづくりに関する事例の検討を行った。  松戸ラブマツは、次の特徴を持っている。 @地域のSNSのため、メンバーが情報を自由に発信できるので、自分のほしい情報にたどりつける。 A顔も名前も出すクローズドなコミュニティのため、安心して交流できる。 B市内の飲食店等で集える「ピクニック」と称する機会(一般に「オフ会」と呼ばれる)がたびたび行われている。その飲食店等が、その後もリアルな交流拠点となっている。(反面、ネットでは身体的精神的距離を超越することができる。) Cメンバー間のトラブルがあったときは、「管理人」と呼ばれる運営者が直接会いに行く。このような直接的コミュニケーションによって、解決できることが多い。 D運営者はメンバー個人個人にとって、ラブマツですべてを完結させるわけではない、通過点であってよいと考えている。    以上のラブマツの特徴や板橋区社会教育会館の広報事業の検討から、われわれは次のコンセプトを導き出した。 @地域の仲間、安全でクローズドな仲間。 A同時に、外からもオープンな場。 B相手を理解して交信すること。 C「カーンアカデミー」(ネットを通した動画教材の配信)のような、留年も飛び級もすべて自由、自分のペースで学んでいけばよいという市民参画型学習教材のネット配信。 D「あの頃(学生時代など)の自分に戻りたい」という気持ちをくみ取り、キャリアの学び直しが容易にできるようにすること。 Eソーシャルメディアによる信頼関係の構築を、リア充(リアルな場で人間関係が充実していること)につなげること。    以上の検討から、われわれは、次の3つの目標を設定した。 T 見知らぬ人と出会い、異質の価値観を受け入れ合う「ネット+リアル」のコミュニティの創出 U 学び合い支え合うことによって個人の問題を解決するネット上でのテーマコミュニティの創出 V 異世代・異民族・異学校の市民が学び合い支え合うグローカルICT(情報通信技術)学習システムの開設   3.具体的な事業  具体的な事業案としては、次の3点を挙げておきたい。   @団体・グループの代表者の顔が見えて声が聞けて、活動の様子がわかる動画情報の配信事業 A市民間の交流の質を高めることのできる管理者が介在する民間ネットコミュニティへの支援事業 B高齢者のためのSNS活用に関わる高校生ボランティアによるロビーワーク事業    詳しくは、われわれが作成した「情報提供と相談事業」に関するクドバスチャート(別掲)を参照されたい。   4.期待と成果 ―「二次利用されたい著作権」と「自負できるプライバシー」の流通の促進―  協働のまちづくりとは、立場や意見の異なる者が対等な関係においてそれぞれの役割を果たすことによる地域形成の営みである。市民の自由な社会教育活動のなかには、元来、そのための風土が満ち溢れている。  「私はこれだったら得意だから、みんなに教えてあげるよ」という「学び合い、教え合い」、「こういうことを考えたからアップロードしておきます。よかったらぜひこれをほかにもどんどん紹介してください。著作料(財産権)はいりません。でも出所は私であることは明らかにしてくださいね(氏名表示権)」という「市民からの情報発信」、「私は職場、家庭、地域における問題に直面して、このように考えて生きてきた。ほかの人の意見も聞きたい」という「自己のプライバシーの生産的公開」など、ネット上で、「市民の自由な社会教育活動」ともいうべき交流が一部のブログ、SNSなどで行われている。これを、「二次利用されたい著作権」、「自負できるプライバシー」と呼ぶことができよう。その流通の促進によって、「協働のまちづくりの担い手の育成」と「多様な主体同士の協働」のための成果を上げることができると考える。  競争社会では当然の権利と思われてきた著作権やプライバシー権であるが、自分の意思で必要に応じて守ったり開放したりするという自己管理能力を持つことによって、協働のまちづくりを担える市民が増えるよう期待したい。そのための「情報相談事業」の役割は大きい。 1 1