意見対立を避ける若者たちの増加に対応した育成方法 聖徳大学 西村美東士 1. 意見対立を避ける若者たち  本報告書ですでに論じたとおり、状況志向の「多元的自己」(浅野智彦、2008)の傾向や、SNS等の普及が、若者の人間関係の希薄化には必ずしもつながるものではない。  それでは、若者の教育の観点からは、何が問題になるのか。今回の調査においては、「友だちとの関係はあっさりしていてお互い深入りしない」者(交際淡泊型)は増えているが、「友だちと意見が合わなかったときには納得がいくまで話し合いをする」を否定した者(逆転項目:非交渉型)の増え方には、とうてい及ばなかった。また、「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」を否定した者(逆転項目:状況対応型、肯定した者は貫徹志向型とする)は、2002年調査からの増加率ほどではなかった(表1「状況対応型及び非交渉型の若者の増加傾向」)。 表1 状況対応型及び非交渉型の若者の増加傾向 項目 調査年 1肯定 2やや肯定 3やや否定 4否定 X(_) SD N 増加率 交際淡泊型 1992年 8.3% 36.5% 45.2% 10.0% 2.57 0.783 1,105 2002年 8.8% 37.4% 36.4% 17.3% 2.62 0.871 1,087 1.5% 2012年 10.6% 40.9% 38.2% 10.3% 2.54 1.011 1,050 5.2% 状況対応型 1992年 2.8% 28.0% 44.3% 24.9% 2.91 0.796 1,113 2002年 6.6% 37.6% 38.4% 17.4% 2.66 0.839 1,083 13.4% 2012年 8.6% 39.8% 36.7% 14.9% 2.58 0.845 1,046 4.1% 非交渉型 2002年 10.7% 39.0% 39.5% 10.7% 2.50 0.825 1,089 2012年 16.7% 47.0% 29.9% 6.4% 2.26 0.809 1,044 13.9% 注)1(そうだ、そう思う)から4(そうではない、そう思わない)までの4件法。値が1に近いほど、該当する傾向が強い。ここで増加率とは、今回(1+2)%−前回(1+2)%。   2. 若者のタイプごとの特徴と育成方法  上述の貫徹志向と状況対応、交渉と非交渉の2軸から4タイプを設定し、10年間の量的変化を調べた。状況対応非交渉型と貫徹志向非交渉型がともに7ポイント程度増え、交渉型が減った。中でも、貫徹志向交渉型は、10ポイント以上減った(図1「4タイプの量的変化」)。  各タイプの他との比の差について検定を行った結果(○5%有意130件、●1%有意170件、詳細は西村美東士ホームページに掲載)を手がかりに育成方法を書き上げると以下のとおりとなる。 @全体の3分の1近くまで増えた「状況対応非交渉型」については、「状況対応」の苦痛を示す特徴が多く見られ、交友関係、自己意識、社会意識の多くの項目で、個人化・社会化の未達状況が見いだされた。これは、それぞれの多元に脈絡がないため、各状況と多元的自己との関係性が整理できていないことが原因と考える。これを整理する目をどう育てるか。状況対応で自分らしさを多様に発露するとしても、自己のなかで統一的概念が見いだされているかどうかが重要である。状況に合わせて何本も仮面を作ってきただけで、これを自分らしさと彼らが呼ぶならば、その自分らしさとは異なる意味での「自己」を確立するための支援(自立支援)が重要であると考える。 A同様に増加した「貫徹志向非交渉型」については、とくに親友との交友に関して、10年前と同じ消極面が見られた。また、○「自分の聴いている音楽(アーティスト)は他の音楽より優れている」、○「同じアーティストをいちずに応援し続ける」などの特徴とともに、自己肯定の傾向への変化が見られたため、いわゆる「オタク」の若者たちがこのタイプのなかに増えたと推察された。彼らに対しては、今は「すねをかじれる」状況であっても(●低年齢>高年齢、○学生>非学生)、経済的自立、職業的自立を味わわせるための、状況や場面の設定が必要と考えた。そのためには、共同作業をさせる、運命共同体のような環境を提供して、どのような上下関係や役割分担がよいのか、どのように合意形成すればよいのか考えさせるなどが有効と考える。そこで交渉の場も自然に出てくるだろう。 B「貫徹志向交渉型」は、もっとも大きく減少した。10年前と変わらない積極性も見られたが、新たに生じた●「友だちとの関係を楽しいとは感じない」などの特徴については、ピア(同輩集団)のなかで生きづらくなっていることを表わすものと考える。また、●「約束の時間は守るべき」などの彼らの「べき論」の強さについては、自己の信念と反する他者を許容できないなどの、一元的自己の「生きづらさ」にもつながりかねないと考える。他者のニーズや組織の課題に対応して、一元的自己のどの側面を発揮するのか、その戦略を立てられるように援助する必要があると考える。 C全体の16%以下にまで減った「状況対応交渉型」については、交友関係、自己意識、社会意識などの各側面において、充実した様子が見られた。たとえば、●「他人と同じことをしていると安心とは思わない」、○「世間から自分がどう思われているかは気にならない」などの個人化の進展、●「よい未来が迎えられるよう努力している」などの目標志向や向上心、●「仕事やアルバイトをしているときに充実感を感じる」、●「ボランティア経験あり」、○「寝たきりの親を子どもが介護するのは当然」などの社会化の進展の特徴が見られた。なお、このタイプは交際淡泊型が少ない(●)。これは、仲間からの同化圧力に負けずに、多元的自己を状況に対応して自己発揮できるタイプととらえることができる。ポーズをとる集団である可能性もあるが、それも含めて、ある意味での「期待できる集団」といえる。 3. ヤンキーとオタクへの対応−多元・多様のなかでの育成をめざして  「多元的自己」の現実社会における有効性を論ずる場合、その状況対応力はプラスとしてとらえられるだろうが、交渉力が伴わないとしたら関係調整力としては十分とはいえないと考える。その点では、現在、指摘されている2つの傾向についても、あわせて検討する必要がある。第一に、気合いや絆といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという倫理観が融合した普遍的な反知性の文化としての「ヤンキー」(斎藤環、2012)や、第二に、クールジャパンの担い手として認知され、内的世界と想像力が評価されつつある「オタク」(宮台真司ら、2014)について、現代の格差社会において自己肯定感をもつための有効な方法とはいえても、それを手放しで歓迎するわけにはいかない。ヤンキーはお笑い芸人のように話芸が達者だというが、オタクもクールジャパンを支えているというが、それだけでは社会的な合意形成は困難である。  多元性、多様性は、ある意味で「豊かさ」である。しかし、社会での交渉においては、論理性と先見性、エビデンスの提示などが必要になる。意見対立を避ける傾向という社会的危機を打開するために、教育においては、一元的価値観を押し付けるのではなく、各タイプに応じたあの手この手の育成方法を検討する必要がある。 1