西村美東士 キャリア教育のための暗黙知教材の開発 目次 1. 本書のねらい ・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 2. 本書の使い方 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 3  2-1 暗黙知教材作成教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 3  2-2 暗黙知教材活用教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 3. 暗黙知教材開発の方針 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 8  3-1 大学教育におけるキャリア教育の課題設定 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 8  3-2 暗黙知教材による貢献のとらえ方 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 9  3-3 大学通信教育における暗黙知教材の意義と内容の設定 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 9  3-4 大学通信教育における暗黙知教材開発のねらいの設定 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 4. 暗黙知教材の開発の手引き ・・・・・・・・・・・・・・・・ 10  4-1 教材の内容および作成のプロセス ・・・・・・・・・・・・・・・・ 10   4-1-1 教材作成のプロセス教材の内容および作成のプロセス   4-1-2 対象とする職業人の設定   4-1-3 CUDBASによる能力分析(職業人の全体像の描出)   4-1-4 教育内容の設定(限定)   4-1-5 ビデオ収録   4-1-6 暗黙知インタビューによる技能分析表の作成   4-1-7 技能分析表をもとにした暗黙知教材の作成  4-2 学生に暗黙知教材作成の全過程を行わせる方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 14  4-3 暗黙知教材の活用による検証方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 15   4-3-1 通信制高等教育における活用   4-3-2 通学制高等教育における活用   4-3-3 青年教育(社会教育)における活用   4-3-4 社員教育における活用  4-4 暗黙知教材作成の方法論から見た教育的意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 5.巻末資料 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 21  5-1 放送大学教育振興会助成金研究 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 21    「キャリア教育のための暗黙知教材の開発」研究計画  5-2 第1年次研究経過 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 23  5-3 【カラー付録】暗黙知教材作成関連資料 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 32 1. 本書のねらい    本研究で開発する暗黙知教材は、あとで詳しく述べるように、「状況や時代の変化、客の多様化に対応する現場力を育てる」ことによって、青年期教育、キャリア教育、通信教育の新しい展開に資するものと考えている。そこで、とりわけ、大学通信教育におけるキャリア教育のための暗黙知教材開発の普及を目指し、そのための「手引書」として本書を作成した。    通信教育課程は社会人、学生の双方にとって意義のある内容と方法を必要としている。その根本には、職業人として、個人としての、生涯にわたる充実があると考える。このことから、雇用流動化に向けて、「生涯職業能力開発」の観点が必要となる。通信教育の未来に向けた大きな可能性を考えるとき、キャリア教育の導入とその成果が期待されている。  本研究の特色は、キャリア教育の一環として、対人能力に関わって、優れた営業、販売、企画、人事、経営などの暗黙知を伝える教材作成の方法論を確立し、効果的な利用方法を提案することにある。とりわけ、通信教育においては、これをメニュー方式で独習できる教材、また、スクーリング指導に活用し得る教材が求められるが、この実現を意図している。  具体的には、営業、販売、接客に関する仕事について、ベテラン社員の仕事ぶりに関する動画撮影と、それをもとにしたインタビューによって技能分析表を作成する。さらに、暗黙知に関わるマルチメディア教材の作成を行い、その効果を検証しようとした。  また、このような暗黙知教材の作成・活用スキル自体が、今後望まれる職業能力であると予想されることから、学生に暗黙知の分析と教材作成の方法を修得させるプログラムを開発しようとした。  研究代表者は、文学部文学科キャリアコミュニケーションコースの通信課程に関わっている。分担者の専門領域における研究成果を得て、通信課程のキャリア教育に幅広く活用できる教材開発及び通信教育への導入方法を検討し、さらに暗黙知教材作成プログラムを開発した。  2年次は、これを完成させるとともに、学生の教育プログラムを整備し、3年次には、広く公開して、教材及び教育プログラムの効果を検証する。  本書は、この研究成果をもとに、暗黙知教材開発の「手引書」として作成した。これを通信制高等教育のほか、広く通学制高等教育、青年教育(社会教育)、社員教育の場に配布したい。  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  これまで、「行動の仕方」だけが書かれたマニュアルを渡され、肝心な暗黙知(カン・コツ)については「見て盗め」と言われ、うまくできなければ「カンが悪い」、「素質がない」と言われることが繰り返されてきたのではないか。この「人材育成」未達状況は、若者にとっても、企業にとっても、不幸な状態といえる。  この状態を次のように改善したい。与えられたタスクを受けて、ベテランの「行動の仕方」を見習うとともに、自ら「なぜ」、「どうして」、「どのように」と自問自答する(行動の科学化)。その上で、ベテランに簡潔明瞭な問いを発し、ものの見方、考え方、ポイント、判断基準などの暗黙知を引き出し、可視化する。  このような暗黙知可視化の方法や結果を学ぶことにより、素質のせいとあきらめられていた、あきらめさせられていた多くの若者が、「素質」ではなく、タスク遂行に必要な「能力」を獲得することが期待できる。  そのため、本書を次のとおり構成した。  2章では、通信課程の教員やそのほかの指導者が、教材作成および教材活用のため、本書をどのように使うことができるかを示した。  3章では、われわれの暗黙知教材作成の方針を示した。  4章では、暗黙知教材の開発の手引きとして、教材の内容、作成のプロセス、暗黙知教材の作成方法、その方法論における教育的意義、通信制・通学制高等教育、青年教育(社会教育)、社員教育における活用による検証方法を示した。  巻末資料では、本研究の計画とともに、「カラー付録」として、本研究の実際のプロダクツとしての「技能分析表」と「暗黙知教材」を収録した。 2. 本書の使い方  4章「暗黙知教材の開発の手引き」に示した「技能分析表」や「暗黙知教材」の作成プロセスを、その通りたどって実行するだけでも、一定の成果は期待できる。さらに、そのプロセスのかなめとなる暗黙知インタビューについては、経験を重ねるたびに、暗黙知可視化のためのスキルアップが図られるものと考える。  また、指導者等が作成した「技能分析表」や「暗黙知教材」などの既存の教材がある場合は、本章「2-2 暗黙知教材活用教育」に指導案を掲載したので、参考にされたい。  ここでは、本書を使って学生に暗黙知教材を作成させる教育方法と、既存の暗黙知教材を活用して学習させる教育方法の二つについて示すこととする。 2-1 暗黙知教材作成教育 @ 暗黙知インタビューを割愛した方法  「業務の概要と意義」を示したうえで、既存の暗黙知動画を配布し、これをもとにして、「技能分析表」を作成させ、「ポイント・判断基準」を1項目1ページでパワーポイントに落とし込ませる。学生は、この作業により、暗黙知教材作成までの一連の手続きや作成技術を理解することができるが、「暗黙知インタビュー」を経ていないため、「暗黙知の可視化」のための重要なスキルは身につかない。  そのため、作成した成果を、他の学生や学生チームの成果と比較検討させる、教師が「揺さぶり」のための発問をするなどして、「なぜ」、「どのようにして」、「どんな判断基準で」などの暗黙知が、まだ可視化されないまま残っていることを気づかせる必要がある。 A 設定された仕事について学生に暗黙知インタビューを行わせる方法  「(カッターナイフによる)鉛筆削り」1、「あやとり」、「けん玉」など、学生同士で研究することによりポイントを把握できそうな題材(仕事名)を与えて、作業の「概要と意義」から「暗黙知教材の作成」までを行わせる。ここでは、収録したアクション動画を見ながら、インタビュアーが作業者に「ポイント・判断基準」を聞き取り、他のメンバーが技能分析表に入力することにより、「暗黙知可視化スキル」に関する一定の理解とその共有を図ることができる。  また、作成した教材を投影しながら、他のチームにOJTシミュレーションを行わせることにより、自分たちの設定した「作業の意義」に基づいて、作品の達成度の評価を行わせることができる。 B 学生に被取材者の選定と暗黙知インタビューを行わせる方法  学生の知り合い、または学生の中から、何らかの業務や作業についてなるべく熟練した被取材者を選定させ、「業務の概要と意義」設定のための打合せから教材作成に至る全過程を学生に行わせる。  学生にとっては、これが暗黙知教材作成に関するもっとも主体的な学習方法といえる。被取材者の熟練度が高いほど、上手な暗黙知インタビューで引き出せる「ポイント・判断基準」の質は高いものになるため、高度な学習ができる。しかし、それだけに、経験的には容易ではないと感じられた。むしろAのような意図的な設定のほうが、実際には、達成感が容易に得られると思われる。この困難を超えてBを実施することの意義と方法については、「4-3 学生に技能分析を行わせる方法」で詳述する。   2-2 暗黙知教材活用教育  完成した暗黙知教材を活用して、特定の職業の特定の業務に関する「暗黙知」を学修させる。例として、「外車販売におけるお客様への車両説明および試乗の勧誘」をテーマとした指導案を次表に示す。  本表で想定した授業は、次のとおりである。 科目名:大学通信教育課程スクーリング「キャリアコミュニケーション演習」 テーマ:「外車販売におけるお客様への車両説明および試乗の勧誘」 教育目標: @ 「夢のある舞台」で「価値のある暮らし」を提案するためのセールスのポイントを知っている。 A ベテランの行動の背景にある考え方、物の見方、ポイントを、自分の言葉でまとめることができる。 B セールスという仕事におけるコミュニケーションのあり方について、問題を発見し、解決するために、「なぜ」、「どのようにして」、「どのような判断基準で」という自問自答をすることができる。 時間数:1.5時間×2コマ(本指導案は前半1コマ分) 必要な設備:パソコン投影装置1式、パソコン(1人1台)。ほかに本教材を配付または配信。  【指導案】                 主な項目 所要時間 内  容 教材等     1 主題を提示する。 5分 「今日は外車販売のポイントを学びましょう。」 外車とは何か、どんな外車があるか、どこの国のものか、どんな特徴があるか、乗ったことはあるか、などを発問。 「今回取り上げるショップは、北欧の車を販売しています。じつは、このショップでは、『夢のある舞台で価値ある暮らしを提案する』、このことが基本になっているのですね」。 主題の提示     2 学習の仕方を説明する。 5分 「次に、これから行う学習の仕方について説明します。」 教材の文章を黙読させる。(待ち) この教材では、外国メーカー製の車両の販売を扱っているが、衣料販売、不動産販売、自動車販売などのいろいろな販売に共通することを学べるということを説明する。 難しい点として、暗黙知、つまりカン・コツというものがあること、暗黙知とは、言葉に表せなくて、ベテランだけが持っているもので、なかなか理解しがたいところがあることを説明し、「学習が終わった時点で、スカッと理解できるでしょう」と予告しておく。(暗黙知についてのメタ学習は、本時の目標ではない。) ベテランのカン・コツを見たり聞いたりすることによって、「セールスのなかで何が大事なのか」、「セールスの仕方のポイントは何か」について学習できることを説明し、そのため、表面を見るのではなく、奥底にある考え方や行動の仕方、ものの見方、ポイントを理解しようとするよう促す。 「これがつかめないと、セールスというものを理解できません。不動産も販売できません。衣料も、お客様の好みに合ったものを提案できません。ここがポイントなのです。たえずこのことに立ち戻って、学習を進めてください。」 ビジュアル教材を中心にしているので、何回でも繰り返し見ることができることを説明し、「映像を手掛かりに、考えたり、確認したり、予想したり、観察したりすることによって、充実した学習になる」と言って期待を持たせる。 学習の仕方 (説明文) この教材は衣料販売、不動産販売、自動車販売など、販売に従事する職業人の養成を目的とするものです。 ここでは「外車販売の方法」について、暗黙知(カンやコツ)を紹介しながら、販売に共通する考え方、行動の仕方を具体的に学ぶことができます。 映像にはベテランのセールスマンが登場します。皆さんは、彼の行動の背景にある考え方、物の見方、ポイントをまとめてください。これがこの教材の目的です。 映像を手がかりに考えたり、予想したり、確認したり、観察したりすることで充実した学習にします。     3 外車販売に関するイメージアップを促す。 10分 「それではイメージアップということで、今回取材したショップの映像を見てみましょう。これから皆さんを幕張にお連れします。」 (ショップの映像やメーカーのホームページを提示しながら、メーカー名の語源、歴史などのうんちくを語る。) 「この外国メーカーは、なぜここまで安全にこだわっているのでしょうか。」 過去に人気のあった車種をネット上で検索し、それに惚れ込んでいたお客様は、どんな気持ちで来店されるのか、その車種は今はないのだが、それはどうしてなのか、それを求めて来店されたお客様には、どのように対応すればよいのかなどの発問をし、セールスに関する問題意識を持たせておく。 店内の画像を見せることによって、ショールームの様子、車のディスプレイの仕方などについて、イメージアップしておく。 ユーザーが利用している画像を見せながら、外車を買うお客様が、どのようなファミリーを持っていて、店側は、それに応える舞台づくりをどのようにしようとしているのか、考えさせる。 「実際には、店員はどのようにアタックするのでしょうか。楽しみですね。」 注)シチュエーションの説明とともに、安全優先、人の暮らし優先で作られたショップであることを、感覚的に理解させる。これらを知らない状態のままでは、学生はあとの映像を見せられても、何もわからない。 イメージ画像1 イメージ画像2 その他、動画、静止画、ホームページなどを提示する。 「暮らしの提案」の趣旨をわからせるイメージアップのための資料を提示する。     4 外車販売の概要を説明する。 10分 今日の授業のポイントとして、次のように説明する。「外車ですから、お金の負担もきついので、それをカバーするだけの価値の実現によるバランスが求められます。そのためには、トークのテクニックばかりではなくて、お客様の生活そのものについて、価値ある暮らしができる、人生のバリューが実現できるという、ローン負担以上の魅力的な提案をすることが必要です。セールスでは、このようにして、コミュニケーションを成立させることが求められるのです。これが今日の授業のポイントになっています。」 外車販売の概要     5 教材利用のポイントを説明する。 5分 「クリックすると動画が動きます。重要なポイントについては画像でも示していますので、それも見るようにしてください。ベテランの回答を読むには、自分なりの回答を考えた上で、画面をクリックしてください。 前のページに戻って見直してもかまいません。」 本教材の使い方     6 「ご来場者への対応をする」の全体像を説明する。 5分 ここでの仕事は、「ご来場への対応をする」、「車両に搭乗してもらい、ご説明する」、「購買計画をご説明する」の3つの活動から成り立っていることを説明した上で、1番目の「ご来場への対応をする」では、4つの「主な手順」があることを説明する。 「ご来場への対応をする」の全動画(1分)を見せる。 (各手順のページでは、説明を読みながら動画を見れるが、各活動の最初のページだけは、全画面再生としている。2画面投影ができる場合は、すべて全画面投影としたい。) 「ご来場への対応をする」全体像     7 「1挨拶をする」の画面で、技能分析表の見方を説明する。 20分 (3秒の動画を流す) 「動画を見て、表面上見えることは、一言でいえば、左側の『主な手順』の『挨拶をする』です。これが手順に当たります。」 「挨拶をする」という手順のなかで、実際には、どのようなことが行われていると思うか、技能分析表の画面を伏せて推察させる。 「『具体的な行動の仕方』の列の1-1から1-3まで、『挨拶をする』という手順の具体的内容が書かれています。」 初めての人は、この3つのことを、このとおりやるだけでも、一定の成果が出ること、それを現場では、「挨拶をする」と呼んでいることを説明する。 「それでは、どのように車種や車検の満了日を把握すればいいのでしょうか。サングラスをかけて入店されるお客様に対して、どのような見方をすればいいのでしょうか。隣同士で話し合って、回答を出してくださいください。」 (画面を伏せて待ち) 各チームの回答を発表させ、教師による評価を与える。 「具体的な行動において、気を付けなければいけないことや、より掘り下げて、どういう気持ちや考え方で対処すれば、よりよくその仕事ができるのかというポイントが、右の列に示されています。」と言って、「ポイント・判断基準」の列の意味を理解させる。 ここが一番重要なところであり、今日の学習においても、右の列が非常に重要であることを強調しておく。 「フロントガラスをさりげなく見て、車検の満了日を把握するのですね。それでは、もう一度、映像を動かしてみましょう。いま『いらっしゃいませ』と言いましたね。お客様より先に言わなければいけないのですね。」 技能分析表を示しながら、このように言って、先の発問に関する答えを示す。 「挨拶をする」の画面 (分析表の内容) 具体的な行動の仕方→ポイント・判断基準 1-1「いらっしゃいませ」→お客様より先に言う。 1-2現在所有する車が、どういう状況にあるかを把握する。そのため、来店されたときの車の車種は何か、車検の満了日(フロントガラスに貼ってある)はいつかを見る。→じろじろ見ずにさりげなく。瞬間的に情報を得るように心がける。 1-3第一印象でお客様についての推測はするが、先入観はもたないようにする。→日差しが強くないのにサングラスをかけているお客様の場合、直接グイグイ来られるのを嫌っているかもという推測はするが、基本的にはニュートラルな心構えで、お客様に平等に接する。     8 自学自習 20分 「ここからあとのページは、自分で見ていってください。自問自答、自己内対話の時間です。制限時間は20分です。それまでに「ご来場者への対応をするポイント」までたどり着いたら、私に声をかけてください。そのあいだは、納得するまで繰り返し見ていてかまいません。」 パソコン(一人1台)。暗黙知教材を配付しておく。パワーポイント2010以上のないパソコンには、無償のビューワーをインストールしておく。ICTシステムで配信した場合は、タブレット、スマホでも視聴できる。     9 小テスト 5分 「ご来場者への対応をするポイント」として、ワークシートの「初めてのご来場者には」のあとの文章を3つ以上、挙げさせる。 「10分間待ちますので、できるだけたくさんのポイントを挙げてみてください。解答例は12個あります。」 小テスト(ワークシート)     10 答え合わせ 5分 解答例を見て、自分の答えをチェックさせる。     11 「車両に搭乗してもらい、ご説明する」自学自習 30分 8から10を繰り返す。 トップ画面     12 「購買計画をご説明する」自学自習 30分 8から10を繰り返す。 トップ画面     13 テストと答え合わせ 8分 ワークシートのテスト「外車販売のポイント」の空白欄にキーワードを書き込ませる。終わったら次の画面を見て、答え合わせをさせる。 テスト(ワークシート)     14 解説とまとめ 7分 「外車販売のコンセプトとは、一言でいうとどういうことだったのか、彼が一番伝えたいことは、何だったのか」と発問し、待ちのあと、右の画面を開く。 (最初に「主題の提示」で「刷り込み」をしているので、「お客様自身の暮らし」、「夢のある舞台」などのキーワードが出るはずである。それが出れば、教育目標はほぼ達成されたと考えてよいし、学生の達成感も、一定程度は保証できる。) まとめ     15 応用問題と答え合わせ 15分 「この外車販売から学んだことを活用して、行動の背景にある考え方、物の見方、ポイントを、ワークシートに回答してください」と言って、学習成果を、住宅展示場でのセールスのポイントに応用させる。 応用問題(ワークシート)         3. 暗黙知教材開発の方針 3-1 大学教育におけるキャリア教育の課題設定  2015年の日本産業教育学会誌で、児美川は、「職業・専門教育と結びつかないキャリア教育は、教育の中味の具体性や社会性を失って、空疎で観念的な働き方・生き方の学習になりかねない」とし、これを「キャリア教育の失態」として指摘している2。この問題は、企業内教育が用意されていないところに入社した若者には、卒業後も悪影響を与えていると考えられる。  われわれは、大学におけるキャリア教育に関するこのような課題について検討してきた3。そこでは、次の課題が浮かび上がった。  これまでは、「(キャリア志向の)基本は家庭、小中学校あたりで教わり、身に付け、以後の各論・応用はむしろいろいろな機会に自ら学ぶもの」であり、「(従来の)大学では、先生の一挙手一投足から盗みとるもの」とされることが多かった4。しかし、このような観点からは、達成すべき能力(知識・技能・態度)を明示して、その実現に取り組もうとする現在の大学授業には、キャリア教育はとうてい馴染みようがないということになってしまう。  とくに、対人を主とする職業については、従来からコミュニケーション能力の育成の重要性が指摘されているが、大学において、これを「教師の一挙手一投足から学べ」とするわけにはいかない。営業、販売、企画、人事、経営などの対人場面におけるカン・コツを、可能な限り明示して伝えることが必要である。   3-2 暗黙知教材による貢献のとらえ方  暗黙知教材がもたらす主要な効果は次の3点にあると考える。   @ いつでも、どこでも、求める教材テーマについて映像を通じて学習できる。 A 理解しづらいこと、聞きづらいことを、学習者自身のペースで、繰り返し、観察して学習できる。 B もっとも重要な点、暗黙知の要点が学習できる。  従来の大学教育では暗黙知の解説や学習はあまり行われておらず、インターンシップやキャリア教育の一環としての実習などで、その一部に対応してきた。このことから、暗黙知教材開発はBに関わって、学習に大きく貢献すると考える。さらに通信教育では、学生が自宅で、自らの進度に合わせて繰り返し学習できる教材が求められる。とくに、仕事のカンやコツについては、動作だけでなく、モデルの職業人の視線の置き方、立ち位置など について、与えられた課題に基づいて観察し、身につける必要がある。  通学生のように固定的な学習時間が確保できない通信課程の学生が、営業、販売、企画、人事、経営などの仕事力を身につけようとする場合、本研究で開発するマルチメディア暗黙知教材は、学生各自の都合のよい時間に学習できるという意味で、@、Aに関わって教育の質の一段の改善に貢献できると考える。 3-3 大学通信教育における暗黙知教材の意義と内容の設定  暗黙知を教育することは、多くの困難を抱えている。ましてや、通信教育においては、その困難は多大であるといえよう。だからこそ、通信教育において、この課題に取り組むことが、教育の革新につながるものと考える。  ここでいう暗黙知教材は、ベテランの職業人の行為・行動のうち、形式化できる部分を扱うものとする。また、 形式知化できていない部分やできない部分も、映像等の活用により教材化できるものは扱うものとする。  その中心となる内容は、仕事に必要な概念部分である。それを身につけやすくするためには、仕事の考え方、指針、まとめを積極的に使う。  暗黙知を教材化する必要性は次の通りである。現在、本研究が対象とする分野の暗黙知教材は実在しない。既存の関連教材による形式知化については、多くの不備を指摘せざるを得ない。暗黙知はベテランが自然に行っているものであり、本人にとっては知り得ない部分である。そのため、暗黙知は暗黙知インタビューの専門家が引き出さないと出てこない5。  通信教育でこそ、この暗黙知教材の開発が重要・必要であり、その特色を出すことができる。その理由は、リアルな労働現場の事例を扱うというところにある。そして、暗黙知は、交流や意見交換を通して学習する場面に好適の対象である。インターネットおよびスクーリングを通じて、学習者同士もしくは指導者との交流を行うことができる。そして、それは社会人として、職業人として必要な内容でもある。  暗黙知学習においては通常、観察→表現→交流というサイクルを重視する。暗黙知教育は教材化が困難なために、このサイクルを活用できなかった。暗黙知教材を活用できれば、スクーリングにおいては、教材を巡って指導者との交流や学習者同士の交流が可能となる。暗黙知の解釈は、このような交流が必需となる。グループ面談、グループスクーリングなどを活用するとよいであろう。このように、暗黙知学習においては、研究・討議が主要な活動となり、ここにおもしろさがあるといえる。これまでは、これらの交流に関心を持たれないまま、通信教育が推移してきたが、本研究による暗黙知教材の提供によって、そのおもしろさを広めていきたい。  通信教育においては、学習者同士の交流がない、現場と教育の距離が遠くなりがち、学習者のモチベーションの維持が困難などの問題点が指摘されてきた。本研究を、これらの通信教育の障害を打開するための契機としたい。   3-4 大学通信教育における暗黙知教材開発のねらいの設定  以上のことから、本研究のねらいを、次図のようにまとめることができる。ここで暗黙知とは、いわゆるカン・コツと呼ばれるものである。カンは感覚、コツはポイントととらえてよいだろう。  暗黙知には可視化が容易なものから、困難なもの、不可能なものまで、いくつかの階層がある。われわれは、あらゆる手段を使って、これを伝承する必要があると考えた。そのことにより、図に示したように、青年期教育、キャリア教育、通信教育の新しい展開に資することができる。  そして、あとに述べるように、特定の労働現場での特定の仕事に関する「特殊解」を追求したところに、「一般解」とは異なって、「状況や時代の変化、客の多様化に対応する現場力を育てる」本教材の独自性があると考える。   4. 暗黙知教材の開発の手引き 4-1 教材の内容および作成のプロセス 4-1-1 教材作成のプロセス教材の内容および作成のプロセス  教材作成のプロセスは、大きくは次のとおりである。 @対象とする職業人の設定 ACUDBASによる能力分析(職業人の全体像の描出) B教育内容の設定(限定) Cビデオ収録 D暗黙知のインタビューによる技能分析表の作成 E分析表から暗黙知教材を作成 F付属教材を作成 G効果の検証  ここでは、本年度に行った「外車販売のポイント」を例にして、その細かいプロセスと留意点を示すことにする。なお、()内に標準所要時間を示した。   4-1-2 対象とする職業人の設定 @ 電話で事前交渉をする。(1分)  電話で社長との面談のアポを取る。多忙などの理由で辞退されたときは、ほかを当たる。  趣旨を簡潔に示すことが重要である。後日、社長との面談を行い、より詳細な説明をして、教材作成の趣旨を受け止めていただき、組織的な意思決定をしてもらわなければ、作業は円滑には進まない。 A 社長にベテランセールスマンの推薦と録画取材の承諾を依頼する。(1時間)  社長と面談し、暗黙知教材作成の趣旨と意義を説明する。賛同を得られたら、ベテランの推薦を依頼する。  ここでは、キャリア教育の充実による若者の職業能力底上げの社会的意義を説明する。また、公開までは、大学側の教育・研究活動とともに、会社側のOJT、Off-JTにおける独占使用などのメリットもあることと、そこでの検証をいただきたい旨を伝える。   4-1-3 CUDBASによる能力分析(職業人の全体像の描出)  顧客の設定、場面の設定、具体的な活動の設定を行うにあたり、職業能力開発手法「クドバス」(CUDBAS:CUrriculum Development Method Based on Ability Structure,森和夫,1990年)6によって、職業人の全体像を描出する。(3時間)  クドバスでは、特定の職業人にとっての必要能力を分解して、技能(〜ができる)、知識(〜を知っている)、態度(〜の態度がとれる)の3側面から表記し、これを構造化する。実際には、5人前後の3時間程度のグループワークによって、必要能力をカードに書き出し、これを仕分けして、重要度順にリスト化して、チャートを作成する。「一人クドバス」(一人でカードを書き切る)、「仕切りクドバス」(集合学習等で全員から出されたカードを、講師が聴衆の面前で仕分けしてみせる)などの応用も可能である。  本年度の研究においては、このプロセスを割愛したため、代わりにホテルのレセプション部門従業員について実際に作業した結果(抜粋)7を掲載する。   仕事 能力-1 能力-2 能力-3 能力-4 能力-5 能力-6 能力-7 能力-8 能力-9 能力-10 1 チェックイン・アウト、会計をする 1-1 A 1-2 A 1-3 A 1-4 A 1-5 A 1-6 B 1-7 B 1-8 B 1-9 B 1-10 B チェックインの手続きができる コンピュータの操作ができる 団体業務について知っている 各種プランの検索ができる 宿泊変更の対応がスムーズにできる 前受金をスムーズにお預かりできる 宿泊プラン類の特典を知っている 会計の業務を知っている 部屋代の料金の計算ができる チェックアウトができる 1-11 B 1-12 B 1-13 B 1-14 B 1-15 B 1-16 B 1-17 C 1-18 C 部屋毎の広さやレイアウトを把握できる 再度の来館を促す挨拶ができる 部屋の料金を総て把握できる 利用できるクレジットカードの種類を把握できる クレジットカードの利用限度額を知っている UG客情報を把握できる 高額客室を販売できる 予約確認票,クーポン等の内容を知っている 2 予約を受ける 2-1 A 2-2 A 2-3 A 2-4 A 2-5 A 2-6 A 2-7 A 2-8 B 2-9 B 2-10 B 当日の稼働率を把握できる 周辺ホテルの稼働状況を把握できる ブッキングコントロールの知識がある 先の予約状況を把握できる 予約の手続きができる 英語での予約問い合わせに対応できる 商品について知っている 高額料金の販売を促進できる 収入予算と現状を把握している 満室時のルームコントロールができる 3 さまざまなサービスをする 3-1 A 3-2 A 3-3 A 3-4 A 3-5 A 3-6 B 3-7 B 3-8 B お客様同士の電話の取り次ぎ、伝言処理ができる FAX業務ができる メッセージが受けられる ホテル周辺のインフォメーション処理ができる 客室内機器(FAX, パソコン通信)やアメニティーを知っている 都内の観光などの情報を伝えられる 貴重品の出し入れができる ホテル内の施設のセールストークができる  このようなチャートから、職業人の全体像を把握し、重要度(図の上方及び左方、「A:重要、B:普通、C:重要ではない」)、暗黙知の存在可能性(技能、態度など「手順」だけでは説明しきれない能力)などに関する構造的理解の上で、顧客の設定、場面の設定、具体的な活動の設定を行う。   4-1-4 教育内容の設定(限定) @ 社長から推薦されたベテランと打合せをして、収録日程等のアポをとるとともに、録画の対象とするセールス活動と客層を設定する。(20分)  打合せの上で、一般的な客層と、カン・コツが凝縮されている活動を設定する。その際、カメラワークについても配慮する。ドキュメンタリ映画とは異なる。ズームアップしたり、パンしたりせず、できるだけ場面ごとに状況を固定的、全体的に把握できる活動が望ましい。 A 俳優の個人作業としての「役作り」の参考にするため、設定したパターンのお客様の特徴について、俳優がベテランから聴取する。(30分)  リアルな客のリアルな購買行動を撮影できるのなら、それは一番望ましいことである。しかし、たとえ客の了解を得ることができて、これを行ったとしても、通常は演技が混じり、「ごっこ遊び」のレベルに陥ってしまうことが予想される。他の社員が客役を務めるなどしても、教材の質が落ちる。  そこで、リアルな「役作り」のできる優秀な俳優が必要になる。俳優が役作りをしておいて、本番に向かい、そこでどれだけベテランが客のニーズと暮らしぶりを引き出せるかが、俳優とベテランの真剣勝負になる。  この打合せの内容をもとに、インタビュアーは客の「暮らしぶり」とセールスの課題についてシナリオを作成し、これをベテランと俳優の双方に渡して、行動の仕方を検討しておいてもらう。   4-1-5 ビデオ収録 @ 撮影場所を準備する。(10分)  撮影セット(ビデオカメラ、三脚、ICレコーダー、ケーブル)を設置する。  ここでは、集音のため、ICレコーダーで拾った音声を、ケーブルでカメラのマイクジャックに接続した。  セールス活動に関係のない背景、物品等は「ノイズ」になるため、なるべくそれが写り込まないシンプルな画像を撮影できるアングルを選ぶようにする。   【左写真説明】 @ ベテランの表情、視線、手の動きなどが鮮明に映るように撮影する。 A あとで音声記録と動画記録との同期をしなくてすむよう、動画記録に明瞭な音声で記録する。 B ベテランを撮影するためには、客の表情がとれなくてもやむを得ない。 C ディスプレイ、カタログなどのセールスに使う物品は、ベテランの視線を追うために撮影範囲に入れたい。   A ベテランと俳優の打ち合わせ及びシナリオチェックを行う。(20分)  ベテランと俳優とが互いに方針や疑問点を確かめ合う。その内容をもとに、インタビュアーを交えて、シナリオの補足、修正を行う。  ここで重要なことは、俳優が設定してきた「役作り」の内容は、ベテランには話さないということである。初めての客から、その「暮らしぶり」をどう引き出すかが、実際のセールスの場面では重要なポイントになる。先にも述べたとおり、俳優とベテランの真剣勝負にしなければならない。  本研究協力者の俳優染谷聡は、ベテランとの打合せのあと、次のように役作りのためのメモを書き上げていた。このようなリアルな「暮らしぶり」の設定のもとに、それを秘めて、ベテランと対峙したのである。    教材完成後、染谷は次のコメントを寄せている。  秋葉社長の『ShowRoomはステージだ』の言葉を受け、客役の山口靖夫という人物の人生ストーリーを描いてみる。自然体の演技が出来るように役者本人の肌に染み込んでいる現実の中から想像する。(中略)  撮影中に角田哲也氏に引き出された点もあると思うが、彼に驚かされた点としては、まず客役の立ち振る舞いを見逃さないこと。そして、客役が目線の先に想像している過去、現在、未来を感じ客役の言葉から同じ目線の先を見つめ理解しようと努めている点である。一流の俳優でもなかなかできないことである。それは、彼には嘘がないということなのだろうと思う。小細工やカラクリには嘘がある。  プロフェッショナルのカン・コツとはそこにあるのではないだろうか。一般に、いい役者と芝居をやるとうまくなるものであると言われているが、自分も角田氏に刺激された。  彼の「小細工やカラクリには嘘がある」という言葉は、暗黙知教材の作成全般においても、示唆に富む言葉であると考える。表面上の演技を削ぎ落としたところでこそ、インタビュアーは、「なぜ」、「どうして」、「どのように」という暗黙知解明の「問い」を発することができるのだと考える。 B アクション(セールス活動)を撮影する。(1時間)  撮り直しなどがありうるので、活動の標準時間が30分なら、倍の1時間を予定しておく。  教室などの場でのシミュレーションでは、教材の質が落ちる。仕事の現場で撮影するからこそ、リアルな暗黙知を収録することができる。ベテランの目線の先、手の動き、考え事をしている様子などを鮮明に記録できるようにする。   4-1-6 暗黙知インタビューによる技能分析表の作成 @ インタビューの場所を準備する。(15分)  プロジェクタ2台、パソコン2台、録画セットを設置したのち、インタビューを行う。パソコン1台は録画した映像の投影と停止・再開、もう1台は技能分析表を投影する。ベテランがどこを見て答えているかが、あとでわかるように録画セットを用いて撮影しておく。技能分析表作成作業の効率化のため、インタビュアーのほかに、入力者を置く。 A 暗黙知インタビューと技能分析表の作成を行う。(2時間)  映像の停止・再開を繰り返して、ベテランにするため、収録時間の3倍以上の時間がかかる。  インタビュアーが「主な手順」、「具体的な行動の仕方」、「ポイント・判断基準」について質問し、入力者がベテランの回答を分析表に書き込み、インタビュアーが表記の妥当性をベテランに確認する。  ベテランの「ものの見方」(客の何を見ているのか)、「考え方」(見たことをどう解釈しているのか)、判断基準、その根拠、行動の選択肢、バリエーションの多様性、変化など、いわば「ベテランの頭の中」を聞き出す。  今回は、社長の後押しもあり、社を挙げて協力的であったが、暗黙知解明の初期の段階においては、インタビュアーとベテランとの間に緊張関係が生ずるときもある。そのときは、暗黙知解明のためには、インタビュアーのイニシャチブが必要であるということをベテランにご理解いただくようにする。  なお、今回は、作成した技能分析表のピアレビューを行った結果、より詳しい質問の必要性が明らかになったので、第2次インタビューを行った。   4-1-7 技能分析表をもとにした暗黙知教材の作成  完成した技能分析表をパワーポイントに落とし込んで、コメント、静止画、動画を貼り込み、暗黙知教材を作成する。  なお、パワーポイントのバージョンが2010より古い場合は、ビデオの開始位置と終了位置の指定ができないため、動画を該当部分ごとに切り分ける必要がある。  利用者のパワーポイントのバージョンが2010より古い場合、あるいはパワーポイントそのものを持っていない場合は、無償配布のビューワーを利用させることができる。  暗黙知教材のほかには、付随資料として、ワークシートの作成などが必要になる。これについては、「2-2 暗黙知教材活用教育」収録の指導案「教材等」の欄を参照されたい。  また、暗黙知教材を作成したのち、教育の場で活用して、そのことによって教材の効果検証と評価を行い、改善に結びつける必要がある。これについては、「4-3 暗黙知教材の活用による検証方法」を参照されたい。 4-2 学生に暗黙知教材作成の全過程を行わせる方法  上の「手引き」を利用すれば、学生の知り合い、または学生の中から、何らかの業務や作業についてなるべく熟練した被取材者を選定させ、「業務の概要と意義」設定のための打合せから教材作成に至る全過程を学生に行わせることができる。このことの困難の要因を検討するとともに、それにもかかわらず実施することの意義と課題について述べておきたい。  困難の要因の第一は、教材の質が、被取材者の保有能力に依るところが大きいということである。「ポイント・判断基準」の質の高さが求められるのはもちろんである。そのほか、インタビュアーの質問をきっかけにして自己の暗黙知を客観視し、的確に言葉にして回答するとともに、インタビュアーが気づいていない自己の暗黙知までたぐり寄せる能力が求められる。このことによって、取材者側と被取材者の双方が感動できるような質の高い結果を生み出すことができるのだが、このような能力を保有する被取材者を選定することは、容易なことではない。  研究代表者は、「私のロールケーキ作り」、「母親の魚のさばき方」、「バイト先の店長の寿司の握り方」などの学生企画のテーマで、これをやらせたことがあるが、そもそも、被取材者の保有能力の程度は、教師としても推測のしようがない。そのため、指導案としては、到達レベルを設定しづらいのである。  第二に、たとえ熟練者を選定できたとしても、その業務や作業の目的が、技能分析に馴染まない場合がある。ある学生が、熟練したサッカー選手の「リフティング」(ボールを落とさずに蹴り続けること)を取材した。選手の目線でボールと足の動きを撮影するなど、動画教材としてはよく工夫されたものであった。だが、試合(業務)における「リフティング」自体の一定の目的がないため、そもそも、どの程度のテンポ、高さでボールをキープすることが良いのか、理想形(必要能力を保有した職業人像)が定められない。また、もし、「リフティング」の技を試合で有効に活用するという目的を設定したとしても、その目的は試合の状況によって変動するものであり、したがって目的が特定できないため、これも技能分析には馴染まない。特定の業務目的が存在し、その目的に最適の暗黙知を含めた解(特殊解)を求めるという前提なくして、技能分析は成立しない。  第三に、教材完成までの時間がかかるということである。組織の実態と課題、特定の職業人の仕事の概要や一日の振る舞いなどを観察した上で、特定の業務を選定するところから始めなければならない。完成までには5コマ以上が必要になろう。そのあいだに、アクション動画の収録やインタビューのためのフィールドワークも必要になる。そのため、週に1コマの授業では、間が空きすぎてテーマに集中しづらい。そのため、短期集中型の日程確保が必要になろう。  たとえば、実習科目においては、実習前教育で暗黙知教材作成の課題を提示しておき、実習中に教師が適宜、必要な指導を行って、進行を管理し、実習後教育において、作成教材をもとに、学生間で暗黙知教育シミュレーションを行わせて、業務に関する認識を深めさせるなどの教育方法が考えられる。  以上に述べたとおり、通常の授業形態においては、この方法は困難が大きい。そもそも、あとで述べるように、ベテランからの肖像の公開を前提にした取材協力を得ること自体、たやすいことではない。  しかし、われわれの暗黙知研究の対象は、有名人ではなく、むしろ身近にいる一般の人々であるといえる。学生の身近なところに、学生を含めてたくさんの「ベテラン」が埋もれている。その人たちが、職業生活や家庭生活、地域活動のなかで、日々誇りをもって技を磨き、可視化されないままの暗黙知を保有している。学生が保有するこれらの人材のネットワークを研究資源として活用し、教師と学生のコラボレーションによって、その技能分析と教材化を図りたい。  われわれは、関連する既存の市販動画教材やYouTubeなどの動画の内容を検討した。だが、そのほとんどは、「手順」が示されているだけであり、「具体的な行動の仕方」は説明されていても、「ポイント・判断基準」などの暗黙知の領域は十分には明らかにされていなかった。これでは、「特殊解」を自己の職業に適用するための「問題発見・解決能力」は、学生にはほとんど身につかない。  学生や公共セクター、民間セクターとのコラボによって、多数の「暗黙知教材」を作成するなかで、「特殊解」としての暗黙知を蓄積し、広範なデータベースを構築して、キャリア教育及び個人学習のために広く公開したい。暗黙知教材のデータベース化は、若者の職業能力の全体的底上げと、若者自身の職業生活での充実に資するものであり、その社会的意義は大きいと考える。 4-3 暗黙知教材の活用による検証方法 4-3-1 通信制高等教育における活用  パソコンやタブレットを利用して、個人の進度と興味に対応したオンデマンド型のマルチメディア教材活用ができる。他の学生の視聴の邪魔にならないよう、イヤフォンを利用させる。  上の写真のように、ICTシステムからインターネットを通して配信して学修させることもできる。その場合は、メディア配布の必要がなくなる。また、学生の手持ちのスマホからも右写真のような画面から学修できるため、便利である。ただし、動画などを不法にダウンロードされる恐れがあり、これを完全にブロックすることは難しい。  そのため、動画を公開したくない場合及び効果検証のために利用する場合は、セキュリティをかけたICTシステム内であっても、スクーリングのときにしか公開しないなどの対策が必要になる。  今回の検証では、2名の通信教育生に対して、@第1次インタビュー後の技能分析表を提示し、セールス活動の動画を各自のペースで視聴して、ベテランの行動の観察から、「具体的な行動の仕方」や「ポイント・判断基準」を書き込む、A合わせて、3-4「入力者の若者も交えたフリートーク」(p.53)の動画を視聴して、「外車販売におけるベテラン社員の自己表現に関する評価」を記述する、の2つの課題を与えた。  @の結果、1「挨拶をする。」の1-1「具体的な行動の仕方」=「いらっしゃいませ」、「ポイント・判断基準」=お客様より先に言う、などの、教材作成者が第1次インタビューでは見落としていたポイントが学生から書き込みがあった。これらの結果により、第2次インタビュー前に技能分析表を改善することができた。  教材が完成する前のトライアルではあったが、通信教育生は職業に就いている者が多く、接客などに関する問題意識を持っているため、セールス動画を分析させることによる気づきの効果は大きいと推察された。このことから、通信教育生のキャリア教育においては、あとで述べる社会人教育や現職教育の方法を取り入れることが効果的と考える。  Aによる学生記述の内容は次の通りである。   学生A(女子) 1.話し方  ゆっくり、はっきりと相手の話を最後まで聞く。抑揚、一定の幅、たんたんと、冷静に。マイナスの言葉を口にせずに、だけどきちんと説明する 2.情報を聞き出す(信頼を得る)  無理に引き出さない。人は新しい場所や人を警戒する傾向がある。はじめは、視覚や状況から得た情報及び最低限の情報(どの車種に興味があるなど)から推測する。 車に関する基本情報を与える。本当に興味があれば、その後、お客さんから質問してくるんじゃないだろうか 沈黙したら好みそうな(女性、男性、年齢などで変化)情報をさらに与えたりするのだろうか。  お客さんが気にした個所や笑顔を見せた箇所を見定め、お客さんが選定基準の比重をどこ置いているかを、会話や行動より推察する。  その際、無理に引き出そうとすれば、お客さんに警戒されてしまうので、車にかこつけた自然な流れで ということではないか。  軽く、推察した個所について触れてみる。もし合っていればお客さんと親密になれる。  お客さんに話をさせる。自分の話を聞いてもらえ、共感が得られると、人は嬉しいし、さらに話したくなるのではなかろうか。  販売員から、むやみに必要以上の基本情報以外の情報を話さない。客が混乱し、また興味が持てず退屈する可能性があるのではないか。  お客さんが興味を持ってくれたら、試乗を勧めてみる。興味を持ったり信頼関係が構築されることにより、試乗することへのハードルが下がるのではないだろうか。  物に触れることにより、現実味(リアル感)が増し、好意を抱いているものに対して触れたり、使ってみたりすることで手に入れたいという欲求が増すのではないだろうか。  だけど無理はしない。「次回 家族と」という約束が取れたら十分なのかもしれない。基本はお客さんに合わせる。強引に押されたら逃げたくなるし、自分が軽んじられているような疑惑が浮上して信頼関係が崩壊し、また不満が生じやすくなるのではないだろうか。 3.参考になった社員さんの言葉  「接客を楽しむ。売り上げに執着しすぎない」。人とのつながりを大事にする。嘘をつかない。ごまかさない。最終的にお客さんの意志を尊重する。  「お客さんの沈黙を大事にする」。お客さんに合わせる。異なる価値観を認め、対応する。  セールスの場面だけではなく、ふだんの生活にもとても役に立つ言葉だと思いました。 4.まとめ  そもそも社員さんが言っているが、人はそれぞれ価値観や個性を持ち合わせているので、毎回同じ対応ではないそうだ。だけど、それに対応できるのは、車に関する幅広い知識であり、経験であり、観察力なのかもしれない。また、販売員にとって基本的なセオリーというものはもちろんあるのだろうが、それでも販売員によって販売実績に違いがあるのは、その人の相手と接する姿勢なのかと思いました。真摯に誠実に接することでお客さんとの信頼関係を築くその姿勢は、とても参考になった。  VTRにあったが、もしその場の嘘やごまかしを口にしたとしても、勘の良い人であれば、もしくは接客業で経験の多い人であれば、気づくであろうし、やはりどんなに良い商品を売っていたとしても、そんな販売員から買う気になれない。確かにそう思う。この現象は昨今の韓国や中国の商品の購買が減ってきた原因のひとつでもあるのだろう。人間の感情は、自分も含めて、面白いものだと思いました。    重要なポイントを手堅く、かつ分析的におさえている。同時に、お客様に「真摯に誠実に接する」という態度面への気づきは、現代青年が抱える友人関係における「距離と親密」のアンビバレントに、一つの解答を与えるものでもある。また、「自分を含めた人間の感情」への関心が呼び起こされたということについても、現代青年の傾向を示す結果としてとらえられる。  この現代青年としての傾向は、次の学生の記述に、より如実に示されている。 学生B(男子)  今回、このベテラン社員の対応を見て感じたのは「お客様との会話を楽しむ心の余裕が必要である」という事である。例えば、心に余裕があれば会話の中で話すべき事を引き出しから出す事ができるし表情や話し方に変化をつける事もできる。一方で、もし心の余裕がなければ自分の話ばかりしていまいお客様の購買意欲が無くなってしまうからだ。では何故、心の余裕が必要かを考える。  一つ目は「間を恐れてしまうから」である。例えば私は以前、家電量販店で働いていた事があったのですがお客様との会話が途切れると「何か話さないと」という思いからいろいろと話してしまいお客様から面倒がられた事があった。今回のベテラン社員の様に、もし「間」を「お客様が考えている時間」と考えリアクションを待って行動していれば、お客様の印象も違っていたかもしれない。その事から「間を恐れない」事が心の余裕につながる。  二つ目は「身振り手振りの対応が違ってしまう」からである。例えば商品を案内する時やお客様にイメージを持たせる為に身振り、手振りを示すのは大事な表現方法である。もし心に余裕があれば状況に応じて表情や口調を変えて提案できるが、余裕がなければ提案できないばかりか逆に指差しなど不快感を与えてしまう、だから「身振り、手振りを有効に活用できる」ためにも心の余裕が必要である。  三つ目は「お客様との距離感が把握できない」からである。例えばお客様との会話の中でお客様の表情や話し方などでお客様との距離感が分かる。心に余裕があればそれを見抜き、会話の深度を図る事ができるが余裕が無いと距離感が分からず見当違いな話になったり、飛躍した話になったりして、信頼関係が築けないばかりか崩壊してしまう可能性もある。だから「お客様との距離感を図る」ためにも心の余裕が必要である。  四つ目は「誤魔化す、嘘を話してしまう」からである。これは私自身何回か経験があり。例えばお客様からの要望に対しできるかどうか分からないのに売り逃しを恐れ、「できます」と答えた所、実際にはできずお客様にご迷惑をかけてしまった事がある。これにより自分自身だけでなく会社の信用も失う事になってしまった。もし正直に話していればその時は売り逃してしまうかも知れないが信用を失う事にはならなかった、これは自分に心の余裕がなかったからである。この事から「誤魔化さない、嘘をつかない」ためにも心の余裕が必要である。  最後に「お客様との会話に幅が出なくなる」からである。例えば心に余裕がなければ商談に変化は起こらずお客様との距離も縮まらないがもし、心に余裕があれば商談をしながらもお客様に関する話や身の上話、あるいは時事ネタを織り交ぜる事でお客様の緊張感が解け、距離も縮める事ができる。だから「会話に幅を持たせる」意味でも心の余裕が必要である。  以上の点から「自己表現」には「心の余裕」が必要であり「お客様との会話を楽しむ余裕」があるベテラン社員のすごさを感じた。    この学生は、個別の能力よりも、「心の余裕」というメンタル面に重きを置いている。そして、「心の余裕」から、能力も発揮できると考えている。これは、通信教育生としてというよりも、現代青年としてのキャリア教育へのニーズを示すものと考えられる。  その意味では、入力者の若者も交えたフリートークの内容は、若者の心情としては、共感的に受け止められるものだったと考えられる。  このことから、通信教育生のキャリア教育においては、先に述べた社会人教育や現職教育の方法とともに、青年教育(社会教育)における集団学習の方法を取り入れることも効果的と考える。  次年度の研究においては、教材のテーマと通信教育での活用回数及び利用者数を拡大するとともに、社会人教育や現職教育、さらには青年教育(社会教育)における集団学習の内容と方法を取り入れて、暗黙知教材活用の効果を検証したい。   4-3-2 通学制高等教育における活用  通学生教育における活用については、他の教員から「二十歳そこそこの職業経験の少ない女子学生が、セールスという具体的な仕事のカン・コツに興味を示すはずがない」という忠告を受けた。そこで、インタビュアーの質問に対して、ベテランセールスマンがどう回答するかを、クイズ形式で発問し、学生が自由に解答しあう方法で暗黙知教材を利用した。  その結果、たとえば、歩行誘導の場合のお客様との距離については、「30センチ」という答えも出て、「近すぎる」などのレスポンスがあるなど、全体的にのびのびとした楽しい雰囲気で、活発な意見交換を促すことができた。  また、テスト(p46など)では、瞬間的な理解や意欲の向上だけでなく、たとえば「理想的な距離は1.5メートル」と口を揃えて答えることができるなど、理解だけでなく、記憶が結びついて、「知識」という能力として定着したことが確認された。  左写真は、そのときの授業のアーカイブ映像からの一コマである。学生の撮影は避けたが、ICレコーダーをマイク代わりにして学生の発言を拾えるようにした。そのため、左方の投影画面と合わせて、教師の発問と、学生のリアクションを比較対照することができる。このアーカイブ映像を利用することによって、教師の指導活動の分析ができるものと考える。  通信制高等教育においても、現職者ばかりとは限らない。そのような学生に対して、「職業経験の少ない学生は、具体的な仕事のカン・コツに興味を示すはずがない」という前提でキャリア教育が行われるとすれば、そもそも教師自身が本気になってキャリア教育に取り組めないという状況にもつながりかねない。  なぜならば、第一に、就職に関する若者の漠然とした不安に対して、一般的な知識(一般解)を与えているだけでは、学生が「興味を示すはずがない」のは自明といえるからである。学生は、朝、出勤したら、誰に、どのように挨拶すればよいのかなどから始まる極めて具体的、現実的な行動の仕方がわからないということで不安を抱えているのである。  第二に、就職することを「義務」としかとらえられない若者に対して、職業人の具体的な誇りの持ち方や、仕事をすることの楽しさを伝えられなければ、若者の心に響くキャリア教育ができないのは、上と同じく、自明といえるからである。  「勤労の義務」の裏には、家庭生活、市民生活とともに充実した「職業生活」を送る「権利」がある。その権利を行使できる若者を育てるためには、暗黙知教材を活用するなどして、職業の現場での現実の行動の仕方とその理由、判断基準等の理解によって、根拠のある自信を持たせるとともに、職業人としての夢と誇りを持たせるキャリア教育を実現する必要がある。  次年度の研究においては、授業のアーカイブ映像、学生の記述などの記録と分析を充実することによって、より効果的な暗黙知教材の活用方法を開発したい。   4-3-3 青年教育(社会教育)における活用  研究代表者は、ある公民館の青年教室に年間講師として長年関わっている。最近は、そこで、若者の労働観に関わるアプローチをしている。  あるとき、自分の次の書評8の草稿を紹介し、若者からの意見を求めた。  中野 円佳 (著) 「育休世代」のジレンマ−女性活用はなぜ失敗するのか? 光文社新書、2014/9  中野氏は、1999年の改正均等法以降入社の旧帝大出の一流企業総合職女子を中心に、15人のエリート女子の育休取得後の挫折を追う。彼女たちは、男並みに仕事で自己実現すること(バリキャリ)と、早めに出産して子育てするという「産め働け育てろプレッシャー」のジレンマに陥るという。「生きずらい」などと口走れば、他の女子から「あの人たちは勝ち組だから」と距離を置かれる。育休明けに復職しても、周りから「配慮され」、バリキャリの時のようには働かせてもらえない。彼女たちは、子にはお受験をさせない。自らは高い学業と社会的地位を達成しながらも、今となっては喜べないでいるのだ。  エリートの割には、妊娠時期については無計画で、また、結婚前に家事分担について相手と話し合いもしていない。同類婚といって、自分と同等以上の時間のない相手を選ぶが、海外出張に飛び回る夫をずるいと思ってしまう。そもそも就活中も、やりがい重視のため、復帰に不都合な職場を選んでしまっている。  すべてが自己決定に帰結され、社会に対する無関与が広がるこのような状況に対して、中野氏は、「既存の構造を疑い、新しい価値を生み出し、社会を変えていく人材を育てる」よう提唱する。  評者は次のように考える。エリート女子といえども、一般の現代青年と共通の課題をもっている。現実社会において重要なのは、自己実現を自己内で完結させずに、他者と自己実現を互いに支え合うということである。夫ともコミュニケーションをとらなければならない。職場や地域の未来のリーダーを育てるためには、このような視点が求められる。    若者の反応は、さんざんなものであった。フリースクールに通う高校生たちからは、「就職なんて、意識していない。もっと楽しい話題にしてほしい」と言われた。有職青年からは、「キャリアの人たちはかわいそう」という感想が出ただけだった。  ほかの機会に、ある無職青年に、「仕事はしようと思っているの?」と聞いたら、「もちろん、仕事しなくちゃと思っていますよ」と答えるので、「そうか、仕事をしたいという気持ちはあるんだ」と確認しようとしたら、「仕事なんか、本当はしたくないです。親に悪いから、仕事をしなくてはと思っているだけです」と答えた。  また、「自己相対視訓練」として、「なぜ働くのか」についてのメンバーの理由をリストアップしたら、普通に働いている若者が「良い人がいるから」という理由を挙げ、「職場にいい人がいるのが、働く理由なの?」と確認したら、「そりゃそうですよ、いい人がいなければやめるしかありません」と答えた。  キャリア教育は、「充実した職業生活を送るための能力獲得」が自明の前提として行われていると思われるが、先にも見たように、若者は、そもそも労働は「義務」、さらには「苦役」でしかないと信じ込んでいる者が多い。  高校生は「まだ先のこと」だから仕方ないとしても、せめて中間的就労支援に通って模索する若者などに対しては、社会教育の立場から「職業生活における夢」を与えるキャリア教育ができないものか。  引きこもりの無職青年の自立支援NPOの主宰者に、「彼らの労働観を変えるためには、近所のスーパーの店長などに、仕事の内容を話してもらうのが一番効果的だった」という体験談を聞いたことがある。暗黙知教材が、「近所のスーパーの店長の仕事の話」と同様の効果を発揮することはできないか。  来年度は、青年教育の持ち場で、暗黙知教材の効果を確かめてみたい。その成果は、共通する問題をもつ若者への通信制高等教育にとっても有益な示唆を与えるものと考えている。   4-3-4 社員教育における活用  今回の教材作成においては、「他社の商品をけなさない」、「お客様へのホスピタリティ」など、和の精神、サービスの姿勢などの日本型の暗黙知が見出された。しかし、このような暗黙知を含む職業能力の育成には、社内での計画的、効率的な取り組みが必要になる。  人材育成のビジョンや計画を持たない会社は、継続的な成長はできない。そこでは、暗黙知は「見て盗め」とされ、「見て盗む」ために歳月を費やし、それでもできない社員は、「素質がない」と言われ、切り捨てられる。これは、会社にとっても、社員にとっても不幸なことである。  本年度の研究においては、社員教育向けには、技能分析表をもとにして、暗黙知教材と同様に動画を視聴して、ベテランの行動と暗黙知の評価、改善まで検討するシステムを設定した。  来年度は、その活用と効果検証を進めたい。その成果は、先に述べたように、職業に就いていて、問題意識を持っている通信教育生のキャリア教育においても、有益な示唆を与えるものと考えている。   4-4 暗黙知教材作成の方法論から見た教育的意義  これまで述べた本教材作成の方法論のなかに、次の二つの教育的意義が見出される。  第一に、「科学化」としての意義を挙げたい。  「具体的な行動の仕方」について、「ポイント・判断基準」を明らかにするため、「ものの見方」、「考え方」、判断基準、その根拠などについて、「なぜ」、「どのようにして」と問いを発して、形式知化する過程は、科学の方法論にほかならない。  高等教育におけるキャリア教育が、もし、このような科学の方法論を放棄して、マッチングやトレーニングに終始するならば、それは職業紹介所や自動車教習所の機能と変わらないということになってしまう。すでに、大学教員といえども、少なくともキャリア教育については、学問であること、科学であることを、最初から求めようとしない教員、求めたとしてもあきらめてしまった教員が多くなってしまっていると思われる。それは、「特殊解」よりも「一般解」に価値があるという教員側の思い込みにも原因があると考える。若者は、言い古されてきた無価値な「一般解」よりも、職業人個人に特有の「特殊解」の解明にこそ、より真実を感じる可能性があるというのに。キャリア教育のみならず高等教育全般にも悪影響を及ぼすと思われる大学教員のこのような精神的退廃の状況に対して、キャリア教育の科学化を提唱することの意義は大きい。  そして、職業人養成の視点からも、「なぜ」、「どのようにして」を問うという学問の方法論は、じつは職業人としての主体的な「ものの見方」、「考え方」を身につけるために、不可欠な方法論といえる。今の若者を、「指示待ちで、マニュアル通りにしか働けない」と嘆く前に、このような科学的方法論を身につけさせる方法論があることを認識すべきであろう。このようにして「なぜ」、「どのようにして」を問う姿勢を身につけさせれば、マニュアルに沿って仕事をするだけではなく、必要に応じて自分の頭と感性で、マニュアルに書かれた仕事のやり方を工夫・改善できる社員を育てることができるのである。  ここで、「ベテランに『なぜ』という問いを主体的に発したのは大学教員ではないか。学生は、その回答を読んでいる、または聞いているだけの非主体的存在ではないか」という批判もありえよう。しかし、大学は、研究の方法を教えるところである。そのとき、「このように研究したら、このような解を得た」ということを教えたとしても、そのこと自体を批判する人はいないだろう。問題は、教育方法である。主体的学習を促すために、われわれは「あの手この手」を駆使しなければならない。本教材を活用した具体的実践事例についてあとで述べるが、課題提示(問いかけ)、紹介(読み上げ)、回答(レスポンス)、指示(ワークの進め方)などの教員の行為を通して、役割提供機能(ワーク)、表現支援機能(文章、話し合い、発表)、受容機能(学生の表現への評価)、課題解決機能(気づきの促進)、揺さぶり機能(固定概念の打破)などの主体的学習の支援機能の発揮9によって、学生自らが「問い」を発したのと同等に近い効果を与えることは不可能ではない。  第二に、「臨床知」としての意義を挙げたい。  本研究で作成する教材は、特定の場と空間において、特定の職業人の仕事の課題と方法を帰納的に明らかにしようとするものである。このことについて、演繹的な問題解決を促すことに偏りがちな従来の大学教育の立場からは、「使えない」、「使ったとしても、効率が悪い」などの批判があるかもしれない。  しかし、その批判は、裏を返せば、先に述べたとおり、「教育の中味の具体性や社会性を失って、空疎で観念的な働き方・生き方の学習になりかねない」ということにもなりかねないのである。今日では、「臨床知」10の視点からは、普遍主義、論理主義、客観主義からなるこれまでの「科学の知」の限界が指摘されているのだ。  本教材では、特定の場と空間において、その状況の変化に対応しながらあらわれる暗黙知を可視化することによって、いわば事例研究として、暗黙知を学修させようとする。形式知としての単なる知識ではなく、ベテランの暗黙知を習得させるのである。これは大学における「臨床知教育」としても、意義深いものと考える。 5.巻末資料 5-1 放送大学教育振興会助成金研究「キャリア教育のための暗黙知教材の開発」研究計画 1 研究の背景、必要性  通信教育課程は社会人、学生の双方にとって意義のある内容と方法を必要としている。その根本には、職業人として、個人としての、生涯にわたる充実があると考える。このことから、雇用流動化に向けて、「生涯職業能力開発」の観点が必要となる。通信教育の未来に向けた大きな可能性を考えるとき、キャリア教育の導入とその成果が期待されている。本研究はこの教育の実質的な結実をめざすことにしたい。 2 研究の特色、独創的な点  本研究の特色は、キャリア教育の一環として、対人能力に関わって、優れた営業、販売、企画、人事、経営などの暗黙知を伝える教材作成の方法論を確立し、効果的な利用方法を提案することにある。とりわけ、通信教育においては、これをメニュー方式で独習できる教材、また、スクーリング指導に活用し得る教材が求められるが、この実現を意図している。 3 予想される成果と意義  具体的には、営業、販売、接客に関する仕事について、ベテラン社員の仕事ぶりに関する動画撮影と、それをもとにしたインタビューによって技能分析表を作成する。さらに、暗黙知に関わるマルチメディア教材の作成を行い、その効果を検証する。  また、このような暗黙知教材の作成・活用スキル自体が、今後望まれる職業能力であると予想されることから、学生に暗黙知の分析と教材作成の方法を修得させるプログラムを開発しようとした。 4 平成26年度の実施計画と方法  代表者は、文学部文学科キャリアコミュニケーションコースの通信課程に関わっている。分担者の専門領域における研究成果を得て、通信課程のキャリア教育に幅広く活用できる教材開発及び通信教育への導入方法を検討し、さらに暗黙知教材作成プログラムを開発する。  1年次は、開発アウトラインを構築すべく、以下のように進める。 @ 先行教材の収集、取材対象選定、教材作成方針の設定をする。 A 職場での仕事の実際を動画撮影する。 B 動画を見ながらのインタビューを実施し、技能分析表を作成する。 C マルチメディア教材を作成する。 D 指導書を作成する。  2年次は、これを完成させるとともに、学生の教育プログラムを整備し、3年次には、広く公開して、教材及び教育プログラムの効果を検証する。 【教材作成までの流れ】(略) 【暗黙知の階層】 (森和夫ほか『能力開発の実践ガイド』日本能率協会コンサルティング、2013年10月、p.57) 【暗黙知教材の仕上がり像(子育て支援研究の成果例)】(略) 5 補足説明  暗黙知を教育することは、多くの困難を抱えている。ましてや、通信教育・遠隔教育においては、その困難は多大であるといえよう。だからこそ、通信教育・遠隔教育において、この課題に取り組むことが、教育の革新につながるものと考える。われわれの研究は、暗黙知教育を可能とするための教材開発をねらっているものであり、高い意義があると考えている。  ここでいう暗黙知教材は、ベテランの職業人の行為・行動のうち、形式化できる部分を扱うものとする。また、 形式知化できていない部分やできない部分も、映像等の活用により教材化できるものは扱うものとする。  その中心となる内容は、仕事に必要な概念部分である。それを身につけやすくするためには、仕事の考え方、指針、まとめを積極的に使うと良い。  暗黙知を教材化する必要性は次の通りである。現在、本研究が対象とする分野の暗黙知教材は実在しない。既存の関連教材による形式知化については、多くの不備を指摘せざるを得ない。暗黙知はベテランが自然に行っているものであり、本人にとっては知り得ない部分である。そのため、暗黙知は暗黙知インタビューの専門家が引き出さないと出てこない。  通信教育・遠隔教育でこそ、この暗黙知教材の開発が重要・必要であり、その特色を出すことができる。その理由は、リアルな労働現場の事例を扱うというところにある。そして、暗黙知は、交流や意見交換を通して学習する場面に好適の対象である。インターネットおよびスクーリングを通じて、学習者同士もしくは指導者との交流を行うことができる。そして、それは社会人として、職業人として必要な内容でもある。  暗黙知学習においては通常、観察→表現→交流というサイクルを重視する。暗黙知教育は教材化が困難なために、このサイクルを活用できなかった。暗黙知教材を活用できれば、スクーリングにおいては、教材を巡って指導者との交流や学習者同士の交流が可能となる。暗黙知の解釈は、このような交流が必需となる。グループ面談、グループスクーリングなどを活用するとよいであろう。このように、暗黙知学習においては、研究・討議が主要な活動となり、ここにおもしろさがあるといえる。これまでは、これらの交流に関心を持たれないまま、通信教育・遠隔教育が推移してきたが、本研究による暗黙知教材の提供によって、そのおもしろさを広めていきたい。  通信教育・遠隔教育においては、学習者同士の交流がない、現場と教育の距離が遠くなりがち、学習者のモチベーションの維持が困難などの問題点が指摘されてきた。本研究によって、これらの通信教育・遠隔教育の障害を打開するための契機としたい。(中略)   【参考】「通信教育・遠隔教育における暗黙知教材の必要性について」  暗黙知教材が通信教育・遠隔教育に、あるいは学生に必要な理由は次の3点にあると考える。    @いつでも、どこでも、求める教材テーマについて映像を通じて学習できる。  A理解しづらいこと、聞きづらいことを、学習者自身のペースで、繰り返し、観察して学習できる。  Bもっとも重要な点、暗黙知の要点が学習できる。    従来の大学教育では暗黙知の解説や学習はあまり行われておらず、インターンシップやキャリア教育の一環としての実習などで、その一部に対応してきた。このことから、暗黙知教材開発はBに関わって、学習に大きく貢献すると考える。さらに通信教育・遠隔教育では学生が自宅で、自らの進度に合 わせて繰り返し学習できる教材が求められる。とくに、仕事のカンやコツについては、動作だけでなく、モデルの職業人の視線の置き方、立ち位置など について、与えられた課題に基づいて観察し、身につける必要がある。  通学生のように固定的な学習時間が確保できない通信課程の学生が、営業、販売、企画、人事、経営などの仕事力を身につけようとする場合、本研究で開発するマルチメディア暗黙知教材は、学生各自の都合のよい時間に学習できるという意味で、@Aに関わって教育の質の一段の改善に貢献できると考える。   5-2 第1年次研究経過  ここでは、代表的な研究の経緯と結果について、報告したい。 1 介護施設の起業相談  2015年1月3日(金)11時〜15時、イオンモール柏フードコート(立ち入った話をするとき、あまり静かではないので、聞き耳を立てられないところとして、収録対象の北川邦彦が活用している場所である)で実施した。北川はNPO柏地域福祉ネット“風の木”代表理事であり、ある介護施設職員からの起業相談に対してアドバイスする活動を収録し、分析した。  左写真は、やや騒がしいところで、起業の計画表に沿って具体的にアドバイスする様子、右写真は、場所をカレー屋に変え、相談者の状況や本音を引き出して、アドバイスする様子である。(だが、アゴに手をやっているのは、正確な状況が把握できないため、いらいらしているときの癖ということが、あとでわかった。)    介護施設起業相談においては、相手の夢を尊重しつつ、経済的感覚を持たせ、社会的視野を広げるような情報や思考方法を与えて、相手の認識の枠組みを突破させることが重要である。そのことによって、相手の起業への「夢」や「ストーリー」は、より現実的なものになる。  介護施設起業相談におけるポイントと考え方として、次の点が明らかになった。   @ 相手が持っている既知の人々への思いを、一般的な他者に通じるように修正させる。 A 逆に、家族等、周りの人からの支持を得られるよう、コミュニケーションを促す。 B 周りの人の支持が得られなかった場合の進め方について考えさせる。 C さらには、自己の夢が現代社会や地域の課題のなかでどう意義付けられるかを、自分の言葉で説明できるようにする。 D 相手の現状を否定せず、むしろ肯定的にとらえて自信が持てるようにする。  このことは、薬品輸入代行会社による新規事業コンサルタント(本書では報告を省略した)における「相手の構想を現実化するための指摘」と一致するものであり、また、その後の長谷川建設のリフォーム相談、ボルボの外車セールスでも、「お客様の期待以上の満足を与える」などの面で、通じる点が見られた。  相談者の起業への「夢」や「ストーリー」を壊すことなく、現実的なものに再構築するための暗黙知について、今後、暗黙知教材の開発を通して可視化を進めていきたい。 2 認知症対象デイケアプランの作成  2015年1月18日(日)11時〜16時に、介護施設や認知症患者家庭での収録が困難であったため、ケアプランナー阿部緑と、前出北川のアドバイザーとしての協力を得て、聖徳大学生涯学習社会貢献センター5階教室で実施した。  左写真は、息子役(俳優染谷聡)からのデイケアプラン作成の様子、中写真は、認知症役(北川邦彦)の同席のもとでの施設見学勧誘の様子、右写真は、インタビュー(インタビュアーは右枠外)の様子である。  施設見学勧誘では、息子役の「お父さん、たくさん働いてきたのだから、ゆっくり休めばいいよ」という言葉がポイントだった。これが、認知症患者本人の意欲を妨げる結果になるということが、アドバイザーの指摘であった。  ただし、この場合、ケアプランナーにとって、息子もお客様である。息子の気持ちを察しながらも、患者自身の不安が当たっていない現状を、説明するしか、勧誘の方法はない。その点では、説明が流暢であり、ケアプランナーの説明は、妥当であったというのが、アドバイザーの評価であった。  今回、自らが認知症患者である北川(過去には、役者を目指していたことがあったとのこと)に客役を演じてもらった。そのため、患者の施設への抵抗感などはリアルに収録することができた。だが、介護施設や認知症患者家庭の現場で収録することができなかったため、ケアプランナーの活動が、説明は流暢であっても、場や状況に対応したものにならず、一般的な手順を踏んだだけという結果になった感が否めない。  今後は、患者や家族本人の収録は無理としても、認知症患者が実際にいる施設や家庭で、収録を行いたいと考えている。   3 NPO立上げ支援のための講演活動  2015年1月26日(月)14時〜16に、常盤平市民センターにおいて、NPO柏地域福祉ネット“風の木”主催の松戸NPO立上げ支援のための講演が代表理事の北川氏を講師として開かれ、その様子を収録した。  右写真のような身振り手振りが多く使われ、北川の「オルグのスキル」を各所に見ることができた。                  収録した動画の内容を分析した結果、次の点で、松戸NPO立上げにとって効果的な支援であったと考える。   @ 講師は、柏NPOを通して、多くのコミュニティビジネスや市民活動を手がけており、その具体的方法を話している。また、暮らしの中の課題を、社会的問題として説明することによって、聴講者の社会的視野の拡大を促している。 A 常盤平在住の認知症当事者、家族が10人ほど集まっており、支援者ではなく、当事者や家族自身の参画を得てNPOを立ち上げることによって、社会的影響力は大きなものになると考えられる。 B 聴講者一人一人に、自己紹介をさせ、講師がその内容の自己肯定的な方向での言い直しを求めることによって、聴講者に活動を立ち上げる自信をつけさせたと考えられる。 C 身振り手振り、表情などのノンバーバルなコミュニケーション(声、表情、動作)を多用しているため、共感を誘う話し方になっている。     今後の研究課題としては、次の3点を挙げておきたい。   @ 講師の考え方の根本には、「理屈ではなく、感じ合うこと」というものの見方、考え方が流れている。そして、これに対する共感者が多い。そこには、「感じ合うための暗黙知」が存在すると思われる。今回の講演でも、上に述べたとおり、ノンバーバルなコミュニケーションが、そのスキルになっていると考えられる。これを可視化することの意義は大きい。 A そのためには、講師の対多数の場合の話し方、1対1の場合の話し方などを収録し、発言や行動の本人の考え方、理由について、インタビューして詳しく検討する必要がある。 B これについては、北川を講師とした聖徳大学生涯学習研究所主催「地域で支え、地域で活動する認知症患者」(研究代表者をインタビュアーとしたインタビューダイアログ)を全5回にわたって開催し、動画を収録してあるので、それも活用して、暗黙知インタビューを行い、ノンバーバルなコミュニケーションのための暗黙知の可視化に努めたい。   4 コミュニティイベントの支援  2015年2月1日(日)11時〜14時、柏市藤ヶ谷区民会館において、「柏市藤ヶ谷地区ふれあいの会」が催された。研究協力者の村田修司はNPO法人テラス21の理事として、このような柏市内各地のコミュニティ支援事業を企画・運営している。今回は、村田はボランティア参加であったが、その関わり方に注目して支援の方法を分析した。  今回の催しは、下写真のように、まれにみる従来型のコミュニティ事業であったといえる。小さな地区で、1世帯から一人以上参加し、司会者はすべての人の顔と名前を知っているというものであった。資金源は、行政の補助金と当日の会費である。料理等は持ち寄りも多かった。  「新田」として移入して、開拓をしてきた人々も、息子が嫁を迎え、高齢化していた。そこで、姑の健康を気遣う嫁が、姑を外に連れ出そうと画策したのが、本事業の発端である。だが、嫁自身が、その企画の打合せや、今回のような調理活動の中で、嫁仲間とおしゃべりができるというのが、裏の重要な目的である。    姑たちは、飲み食い      嫁たちは奥で調理と会食      飲み食い後の演芸鑑賞    ここで、村田氏夫妻は、下写真のような活動を行った。            自己紹介とアピール        新聞折込チラシ活用指導  風呂敷活用指導    コミュニティイベントにおける村田の活動の特徴は次のとおりである。   @ 写真からわかるとおり、「親しみをもたせる」「楽しませる」ということが、村田の活動の基本である。従来型のコミュニティ活動においては、「顔を知っている」、「挨拶し合う」知っているなどによるラポール関係が、基盤となって、地域NPO活動も、コミュニティビジネスも可能になるものと思われる。そのためには、このようにまず親しまれることが重要だと考えられる。 A ただし、戦前の封建的な枠組みではなく、戦後民主主義のいきいきとした住民主体の活動になるよう促そうとしていることが、支援者の村田だけでなく、主催者や講師の言葉の端々から伺われた。    今後の研究課題として、次の3点を挙げておきたい。   @ 企画の暗黙知可視化に当たっては、他の一般的なセールスなどの暗黙知とは異なる手法をとらないと解明は困難である。今回は、その一例として、イベントによるラポールの形成について検討したが、村田の持つ企画の暗黙知へのアプローチには至っていない。 A 地域NPO活動、コミュニティビジネスなどの企画については、ラポールの形成以外に、地域課題の把握、住民の暮らしや仕事の実態の理解などのための暗黙知を解明する必要がある。 B また、一般に、企画業務における暗黙知を可視化しようとする場合、他者と出会って、ネットワークして、その中で企画を育んでいくというプロセスを詳細に検討する必要があると考えられる。だとすれば、出会い方、ネットワークの仕方などについても、個々に収録し、暗黙知インタビューを行って、つなぎ合わせて結論を出すという作業が必要になると思われる。   5 幕張オートと同じ外車を扱う大阪・京都・新潟のショップにおける販売活動  2015年2月9日から3月4日にかけて、大阪・京都・新潟のショップに聴き取り調査を行い、幕張ショップとの比較研究を行った。  下写真は、新潟のショップの様子である。                建物         車のディスプレイ       色見本      子ども用スペース     写真からも感じられるとおり、幕張オートとの共通点は、次のとおりである。   @ 清潔感を感じさせ、きらびやかさを除去する点などについて、幕張店と共通している。瀟洒ではあるが華美ではない。 A そのため、店内に入っても、客はゆったりと自分のペースで過ごせるようになっている。 B 実際、新聞を読んだりするなど、ユーザーがショールームを居場所として利用しやすい環境づくりなどは、幕張オート店と共通であった。 C また、セールスの口調も量販店のようにうるさくなく、静かである。    新潟店においては、地域風土の面から、高価そうに見える外車は忌避される傾向にある。そのため、幕張より、さらに「目立たない車であって、しかも高級感がある」という微妙なニーズに応えなければならないということであった。  客のストーリーを尊重し、派手さを除去し、家族やアウトドアのライフスタイルを大切にすることを提案するという点では、どの店も幕張オートと共通する面がある。しかし、幕張オートのように客のニーズのさらなる上を提案するためには、それぞれの店のローカリティの異なりとその対応についてのより詳しい分析が必要になる。   6 女川被災地住宅販売及び観光業  2015年3月13日(金)〜16日(月)、3泊4日で、エルファロを宿泊先および拠点として調査を行った。この調査は、柏市建築業協同組合の在来工法セールス等の活動との共同研究として実施した。  エルファロは、自分の旅館を「持っていかれた」(津波で流された)旅館主たちが、「町民の家族が過ごし、癒される場」、「町の復興、経済活性化」のための宿泊施設として、トレーラーハウスによって共同経営している「ホテル」である。その女将(おかみ)はブログで次のように述べている。    震災前、女川町にて奈々美や旅館を両親が経営。幼い頃から両親を手伝っていた、根っからの旅館業好き。一番幸せなときは、お客様とお話している時。震災で旅館と両親を失い、一念発起。 奈々美や旅館、3代目女将と宿泊村女村長(みんなのお母さん)として奮闘中。家庭では小学生から高校生まで4人の子供を持つお母さん。    われわれは、このように被災の傷を負いながらサービス業に勤める側の、「労働意欲」や「ホスピタリティ」の特徴を明らかにしたいと考えた。  そのほか、次の調査を行った。   @ 仮設庁舎で女川町役場企画課課長補佐(危機管理担当)阿部清人氏との住宅再建状況などに関する情報交換 A 女川観光協会ガイドから周辺の概況案内を受けたうえで、女川町から南三陸町まで、仮設住宅、復興住宅、建造物、住宅の現況視察 B 金華山往復観光船における被災後の対応の分析 C 飲食業における観光客へのアピールの分析 D 女川町勤労青少年ホームにおける「居場所機能の提供」に関する視察 E 新女川駅工事見学    女川観光協会ガイド(下写真)は、自らの父親を津波に流されたこと、そのときの様子、そして現況をわれわれに率直に語ってくれた。ほかにも、多くの町民が自己の被害を語ってくれることに驚かされた。震災を伝えたい、わかってもらいたい、という被災者の気持ちがひしひしと伝わってきた。被災者への、そして被災者からの、「もてなすこと」、「もてなされること」の重要性とあり方を、被災地においてあらためて考え直したいと痛感させられた。      右が女川観光協会ガイドの人    ガイドが示す被災前の女川港    ガイドが示す浸水時の中央病院    われわれは、次のとおり調査結果をまとめた。   @ 高齢な被災者にとっでは、「津波に持って行かれた店」、「津波に持って行かれた家」を建て直す意欲を持つのは困難である。 A 女川町役場としては、個人住宅建設の際の補助金制度の不合理について、改善する権限がない。地域性を生かした施策を考えている。 B 女川町役場では、地盤沈下に抗して、大々的な底上げを行っており、それは防波堤を高くするのではなく、海の景観を保つという意味で評価できる。 C 被災しなかった地域があり、復興に向けて、そこに対するねたみがある人もいる。 D いまだ復興途中というわれわれの質問に対して、復旧途中でしかないという答が多かった。そこからの産業振興のためのモラールをどう形成するかは重要である。 E 渡船などの観光業等、自己の被災状況(親の死など)を詳しく開示する者が多かった。この「伝えたい」という気持ちを生かして、観光客との心の交流を図ることが重要であろう。 F 逆に、「家が持って行かれただけ」で、親や子を亡くしていない人が、他の被災者に遠慮して、無気力感や悲しみを吐露できないなどの話も聞いた。震災後4年を経て、このようなメンタル的に微妙な問題が、復興に影を落としている。 G 生活保護については、石巻のパチンコ屋に通って浪費するなどの問題を聞いた。被災者の建設的な生き方と健全な消費行動を促すような、商売の方法が求められている。 H 小売店やサービス業におけるもっとも特徴的なアピールは、「女川ポスター展」であったと考える。「打っている人の顔の見える広告」、これは、被災地だからこその重みが感じられるとともに、ユーモアのあふれたものである。このようなアピールの方向が、被災者へのセールス活動、被災者自身の仕事の構えに良い影響を与えるものと考える。    「もてなすこと」と「もてなされること」、それは商業の基本である。被災地の商業復興において、「被災者がもてなす」場合に必要な暗黙知、「被災者をもてなす」場合に必要な暗黙知、その両方の可視化は、物の面での復興と並んで価値のあることだと考える。   7 体験ダイビングの勧誘  このほかに、研究初期の頃、スキューバーダイビングの体験教室への勧誘を題材として、技能分析表作成のトライアルを行った。その反省点をもとに、巻末付録の通信教育教材キャリア教育シリーズ「外車販売のポイント」を完成することができた。そこで、最後に、同トライアル版の成果と問題点について、評価・検討を加えておきたい。  収録は、海外のダイビングショップ店長を勤めたことのある奥村文康氏にインストラクター役を依頼した。彼が作成してくれた「勧誘の流れ」は次のとおりである。  これをもとに、研究代表者のためのいわば「練習」として、大学教室においてシミュレーションを行い、その収録動画をもとにインタビューを行って、次のとおり技能分析表11を作成した。   訓練用技能分析表(Skill Analysis Table for Training) 作業名:体験ダイビング勧誘 作成日:2014年11月8日 作成者:西村美東士 1.作業の全体像 【目標】 お客様の不安を解消して、体験ダイビングにまで誘導する。 【おおまかな流れ】 @導入(自己紹介、確認事項) A体験ダイビングの流れの説明 B器材の説明 Cハンドシグナルの説明 Dお客様からの質問への応答 E現場への誘導 2.作業条件と環境 @道具 ダイビング用品2セット A材料 案内パンフレット Bその他の環境(場所・設備他) ダイビングショップ店内 テーブル チェア(対面2個) ダイビング用品の棚 3.この作業の総括  シュノーケリングで魚を見るのは好きで、ダイビングに興味はあるが、ダイビングは初めてというお客様の場合、泳ぐことができても、「ダイビング用品を使うのは大変そう」、「水中で器材が壊れたら怖い」、「ダイビングの途中で息ができなくなったら怖い」などの不安を抱えている。  そのようなお客様に対して、安全に体験ダイビングを行うための最低限の情報を提供するとともに、安心して体験ダイビングを行おうとする気持ちにさせ、現場に誘導する。 工程 主な作業内容 具体的な行動の仕方 行動のポイント・判断の基準・数量化 (判断の仕方と工夫) @導入 A流れの説明 B器材の説明 @自己紹介 A私のお勧め A申込書・免責同意書の確認 B体格、健康状態のチェック @スケジュール A不明点の確認 @耳抜きの説明・練習 インストラクター、お客様の順番で自己紹介をする。 「○○ちゃんと呼んでください。」 「音がどのように聞こえるか、楽しみにしていてください。」 「あとで聞かせてください。モゴモゴとか。」 「風邪とか、大丈夫ですか。」 器材の説明、ビーチの様子をまじえて説明する。 客の「全部覚えられるか心配」という訴えに対して、「大丈夫ですよ。体験ですから、ぼくがずっとついていますから」とにこやかに応答。 客に「なぜ」という疑問があれば答えておく。 インストラクターは、実際には鼻をつままない。 以下略  トライアル版は、ベテランのインストラクター役が「勧誘の流れ」を作ってくれたため、その手順を明確に示すことができた。そしてベテランの積極的な協力もあった。それにもかかわらず、暗黙知を解明するには至らなかった。その責任は、一手にインタビュアーに帰せられる。すでに述べたとおり、暗黙知インタビューのイニシャチブは、ベテランにではなく、インタビュアーが持つからである。  今回、インタビュアーを担当した研究代表者は、共同研究者である技術・技能教育研究所長森和夫からのアドバイスを受け、その原因に関して、次のように分析し、分析結果をその後の改善に役立てた。暗黙知教材の作成にあたって、最初に陥りがちな間違いであると思われるので、参考のために掲載しておきたい。 @ 「勧誘の流れ」は「手順」にすぎない(本表では「工程」と「主な作業内容」)。そして、動画を見ながらのインタビューの結果、「具体的な行動の仕方」はなんとか示すことができたが、「なぜ」、「どのように」、「判断基準は」などの暗黙知可視化のためのインタビューを行えなかったため、「ポイント・判断基準」(本表では「行動のポイント・判断の基準・数量化」)を示すことができなかった。たとえば最後の「インストラクターは、実際には鼻をつままない」という行動の仕方を例に挙げれば、インタビュアーが不慣れのため、「それはしゃべりづらくなるからだろう」と推測し、自明のことと勝手にとらえてしまったため、「なぜ」、「どのように」、「鼻をつまんでしまう場合はあるか」などの質問をベテランに行うことができなかった。そのため、ベテランの持つ暗黙知を十分に引き出すことができなかったと考えられる。 A 技能分析表のフォーマット自体も、営業、販売、企画、人事、経営などの業種に適したものに改善すべきであった。とくに「工程」、「主な作業内容」については、「主な手順」とすべきであった。 B シチュエーションについては、すでに説明した「シナリオ」に当たるものである。しかし、「シナリオ」だけでなく、「役作り」が必要であった。ベテランのリアルな「真剣勝負」にするためには、「シチュエーション」の設定に基づいて、客役が、たとえば「なぜ、ダイビングに興味があるのか」、「なぜ、お母さんに連れてこられたのか」、「なぜ、恐怖心が強いのか」などの背景となる「暮らしぶり」について「役作り」を十分にしておくことが不可欠であった。 C 教室という場の設定に問題があった。勧誘活動にとってダイビング用品と、それを収容する棚が不可欠であるならば、それらをベテランが活動中にどのように利用するかを収録する必要がある。現場での活動にこそ、暗黙知は発揮されるのである。 D ベテランの視点からリアルタイムに撮影するためウエアラブルカメラを併用したが、技能分析表に提示したキャプチャー写真を見てわかるとおり、メインカメラのアングルが、ベテランの表情、視線の動き、動作などを、鮮明に映し出すものになっていなかった。客役のほうの撮影を犠牲にしてでも、ベテランのほうにズームアップすべきであった。  このときの技能分析のポイントは、お客様の不安感を解消し、「安心して体験ダイビングを行おうとする気持ちにさせる」ことであった。そこには、ベテランとしての多くの暗黙知が隠されていたはずである。しかし、アンケート調査などと同様に、後日の「やり直し」は、ほぼできないと考えたほうが良い。あとで撮り直し、インタビューの仕直しの必要性に気づいても、一度実施したあとの協力者の意欲の回復は難しいし、作成者のスケジュールも、ますます余裕がないものになって、追い詰められてしまう。  以下、改善のための検討結果に基づいて、その後に作成した技能分析表と暗黙知教材を紹介するので、参考にしていただきたい。  他の調査と同様に、最初から、「このように収録と技能分析をしたら、このような暗黙知教材ができる」という目的、仮説、方法の設定のもとに、計画的に研究を進行する必要がある。研究代表者自身が、なかなかできないでいるところではあるが、本書を参考にして、計画的な教材開発が幅広く進められることになれば望外の幸せである。   5-2 【カラー付録】暗黙知教材作成関連資料  次頁から開始   【技能分析表】 【暗黙知教材】 (次頁) 研究組織 氏 名 所 属 専門分野 代表者 西村美東士 聖徳大学文学部教授 研究統括 生涯教育 キャリア教育 分担者 森  和夫 (株)技術技能教育研究所所長 元東京農工大学大学教育センター教授 技術技能教育 分担者 齋藤 ゆか 聖徳大学・児童学部・准教授 女性キャリア研究 平成26年度選定 放送大学教育振興会助成研究 キャリア教育のための暗黙知教材の開発 ―通信教育課程におけるキャリア教育の質の向上をめざして― 1年次(平成26年度)研究報告書 発行年月:平成27年3月 発  行:〒271-8555 千葉県松戸市岩瀬550      聖徳大学文学部キャリアコミュニケーションコース教授      西村美東士(研究代表者)      TEL:047-365-1111(聖徳大学大代表電話) 1技術・技能教育研究所ホームページ http://ginouken.com/SAT2.html 2児美川孝一郎「就職氷河期の若者に確かな職業能力を−学校教育の課題に焦点を当てて」、『産業教育学研究』45巻1号、pp.7-8、2015年1月。 3西村美東士「社会化・個人化の視点から見たキャリア教育の課題―生涯教育文化学科におけるキャリア教育体系化モデル設定の試み」、聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究』10号、pp.23-29、2012年3月。同研究では、文献研究により、次の課題を導き出した。@具体的な仕事内容の理解促進、A必要な職業知識の明確化、B具体的必要能力の明確化、C学生個人の「職業への構え」の育成、D職業上必要な交信力と論理力の育成、E社会対応型能力活用力の育成。フォーマルな学校教育の視点からは、これらの多くは困難、または限定的な課題であるが、職業能力の明確化によって学習目標の設定を提示することができると考えた。また、これまでフォーマルな学校教育が苦手としていた分野について、グループワーク等の内容や方法の導入のあり方を提示することができるとした。以上の検討から、年次毎に達成目標を設定して体系化を図ることが必要であると結論付けた。http://mito3.jp/seika/3010.pdf 4森亘「キャリア教育」、IDE大学協会『現代の高等教育』No.521、p.3、2010年6月。 5森和夫「技術・技能伝承のための技能分析とマニュアル構成の方法−訓練用技能分析法(SAT)の改訂とマニュアル作成法−」、『職業能力開発研究誌』第18巻、2000年、pp.21-22。http://ginouken.com/File1802.pdf 6クドバスのマニュアルは、技術・技能教育研究所ホームページ(http://ginouken.com)に公開されており、これを読み上げて実施すれば、だれでも一定の成果(クドバスチャート)が上げられるようになっている。 7同上ホームページ http://ginouken.com/cudbas_new.htm 8 西村美東士書評、『週刊教育資料』1339号、日本教育新聞社、2015年。 9西村美東士「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法」、大学教育学会『大学教育学会誌』22巻2号、2000年、pp.194-202。 10中村雄二郎『臨床の知とは何か』、岩波書店、1992年。 11森和夫「技能分析手法SAT( Skill Analysis for Traing )の原理」、http://ginouken.com/SAT2.html