篠田桃紅 一〇三歳になってわかったこと 〜人生は一人でも面白い〜 出版社: 幻冬舎 発売日: 2015/4/8 ¥1,080  30年以上前、外山滋比古は、激務の校長が退職後、些細なことで命を落とす事例などを挙げ、「フィナーレの発想によるライフワーク論」を勧めた。篠田氏は、さらに積極的に現代の高齢期を生きる指針を示している。人生の楽しみは無尽蔵、行きたいところがあったら行く。それは、個人化社会において「自由に生きる」という指針であり、教育の社会化重視の価値観と一線を画している。  篠田氏は、生涯一人身で、美術家団体にも属さず、墨を用いた抽象表現主義者として活躍している。非婚や無所属の自由といえるだろう。人という漢字は「人が互いに支え合っている」意味だと言われるが、古来の甲骨文字では、一人で立ち、両手を前に出して、何かを始めようとしたり、人に手を差し出して助けようとしたりしているのではないかと彼女は言う。  歳をとると、過去を見る目に変化が生まれ、未来を見る目は少なくなり、肯定、否定の両面が生じ、あきらめと悟りが生ずる。彼女は、これを、高いところから自分を俯瞰する感覚だと言う。今の「悟り世代」といわれる若者の感覚と通じるものがありそうだが、若者の「悟り」に欠けているものを彼女から学ぶ必要があろう。  「結構」という言葉は、良いという意味といらないという意味が同居している。彼女は、これを、余白を残し、臨機応変に加えたり減らしたりすることのできる「いい加減」という言葉と同様の日本文化の良さだと評価する。教育においても、アメリカ製の「自己主張訓練」ばかりではいけないのかもしれない。  そのほか、常識に生きなかったから長生きできた、常識に頼らずに自分の目で見る、人生を歳で決めたことはない、規則正しい毎日から自分を解放する、などの含蓄に富む言葉があふれている。とりわけ、「自由と個性を尊重するから孤独であり、コミュニケーションが大切」、孤立ではなく、人と交わらないのでもなく、「混じらない」「よりかからない」シングルライフに徹するという言葉は、個人化社会において社会的にも充実して生きていくために、根源的な示唆を与えてくれる。