現代若者の幸福 −不安感社会を生きる− 藤村正之・浅野智彦・羽渕一代編 出版年月日 2016/3/1 定価 2,592円  2002年から2012年の10年間で、中高生の幸福度が顕著に増大した。不安感漂う現代社会において、若者たちにどのような変化があったのか。この本では、「青少年研究会」の1992年、2002年、2012年の継続的で定点的(神戸・杉並)な調査データから、意識や行動の変化を分析し、次のような面から、若者たちの幸福の成り立ちを実証的に考察する。友人については「希薄化ではなく、選択化や同質化」、恋人については「情熱より安定した関係性」、メディアの利用形態については、「ネット利用による多元的自己及びSNSによる自分らしさ探求」、音楽については「好みの細分化と感情サプリとしての利用」、読書については「自己啓発書により自己を操作するという感覚」。  同研究会は、1980年代後半の発足当初から、青少年に対する危惧について取り上げる意義を謳っていた(高橋勇悦元会長)。バブル経済を突き進み、経済大国としての道を歩み、大きな時代のうねりのなかにいた。そのなかで青少年の問題とされたのは、「自殺」「いじめ」「新人類」であった。この本では、「新人類」以外は、30年たった現在でも深刻な状況にあるとし、現在、還暦を迎えようとしている50歳代後半の「新人類」だった世代も別の意味で問題を抱えているかもしれないとする。また、今日では、人口減少はとどまるところをしらず、家庭生活は貧富の二極化が進み、限界集落や消滅集落の問題がとりざたされ、ケータイ(スマホ)やインターネットなどの情報機器の使用は当然のインフラとなったとする。  浅野氏は2012年調査データの若者と中年の重回帰分析の比較により、若者の生活満足度が現在と将来の経済的要因(中年と共通)や、友人と家族の親密性(若者のみの傾向)と正に関連していると述べ、「幸福感の高さ」と人間関係のあり方に焦点を当てた実証的な若者研究の意義を主張する。たとえば道徳意識については、その低下が政治問題化していた2002年当時に予想外の高さを示し、2012年調査ではさらに向上していると述べる。そして、「今の若者は口先だけ道徳的で行動が伴っていない」とする批判に対しては、意識データと行動データの経年比較を示すべきと反論する。藤村氏は、APC(加齢・時代・コーホート=同時経験集団)効果比較の視点から、若者世代において今が幸福(生活満足)と考える者たちほど「社会に希望が持ちえないとしても、自分の将来には明るい展望を持っている」、今が幸福でないと考える者たちほど「自分にも社会にも明るい展望を持ち得ていない」とし、その傾向は中年世代でより強くなるとしている。また、同一世代を時系列的に追う定点観測的視点、中年世代も交えた横断的視点、コーホート分析による縦断的視点によって、若者世代の特徴と考えられてきたものを相対化する研究を提唱する。教育界でよく取り沙汰される道徳意識の低下、友人関係の希薄化などの言説については、このようなデータから再検討を迫られているといえよう。  評者は、それでもなお、自分が不幸であると規定する少数の若者に対してだけでなく、幸福と規定する多数の若者に対しても、道徳意識、友人関係などにおける教育的課題を追求する必要があると考える。道徳意識や友人関係が、「不安感社会」においては防衛的態度になっており、生涯にわたって仕事、私生活、社会的活動において充実するために十分有効に機能しているとは思えないからだ。教育においては、これまでの価値の伝承と新しい価値の創造を本質的に追求することと、これを個人化・社会化のそれぞれのパターンに応じて、本人のニーズと合致するよう無理なく楽しく進めることに注力する必要があろう。