最新研究「暗黙知の見える化研究へのお誘い」 聖徳大学文学科教授(本研究所研究員) 西村美東士 2016年6月 聖徳大学生涯学習研究所だより 暗黙知の構造 われわれの研究では、暗黙知の構造を図1のような氷山モデルでとらえている(本図は若者の社会化支援者の例である)。最後まで言語化、形式知化できない深層の暗黙知は興味深いところである。だが、子育て者、若者、職業人等の幸福追求の一環としての学びの要求に応えるためには、問題解決のための科学的なアプローチによって、第3層までの形式知化を進めることが、研究者としての急務であると考えている。ただし、第4層といえども、 心身的な体験学習によって能力達成はできる可能性はあり、教育実践としては追求が期待されるところである。そのような開発的実践との往復活動により、暗黙知研究は進展するものと思われる。 図1 社会化支援暗黙知の形式知化(氷山モデル)仮説 子育て暗黙知の可視化 平成17年度文部科学省選定聖徳大学社会連携研究推進事業「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」では、技術・技能教育研究所長森和夫氏の指導を得て、図2のような教材を作成した。 図2 暗黙知教材「子育て支援のポイント」より 子どもの「やんちゃな活動」の動画を見せ、「あなたならどうする」と考えさせたあとに、ベテランの保育士がそれをどう理解し、どう対応したかを示す。このような学び方は、親だけでなく、保育を専門に学ぶ学生のための実習前教育などにも効果的だと考える。 セールス等の暗黙知の可視化 これまでの大学は、自己と職業とのマッチングを考えさせることなどはやってきた。だが、実際の仕事の仕方を教えるのは、就職先も多様であることから、ほとんど不可能と思われてきたようだ。そして、学生は「学校という群れから離れて社会に一匹で飛び出した」とき、仕事の手順だけ教わり、あとの多くは「カン・コツは見て盗め」と言って突き放される。 われわれは、平成26年度から放送大学教育振興会助成研究「キャリア教育のための暗黙知教材の開発」を進めてきた。そこでは、ICTシステムを活用して、下図のようにベテランの「カン・コツ」を考えさせる。このことによって、今日の個人化する若者たちも、ベテランの活動を共感的、臨床的にとらえ、「なぜ、どのように、どんな基準で」と問いを発して、帰納的に特殊解を見出すことができるようになる。形式知の一般解からの演繹的な学修だけでは、職業へのこのような主体的な構えを身につけさせるのは難しいだろう。車検の満了日を見ることは手順書には書かれていても、お客様に関する推察力という豊かな経験値は、図3に示したような動画による技能分析表によらないと理解できないのである。 図3 暗黙知教材「外車販売のポイント」より このほか、今年度からは、科研費研究「個人化する若者に対する社会化支援における暗黙知の解明」を始めた。ときの政策のブレの陰に埋もれていく若者支援のベテランたちの「カンとコツ」の蓄積を、広く関係者の財産にしていきたい。今後は研究者だけでなく、子育て者、支援者、企業、学生などの幅広い協力を得て、人材発見、職業人像や課題の整理、必要能力の構造化、録音録画、暗黙知インタビュー、技能分析表及び教材の作成、実践による検証等の面でコラボを深めたい。