? 47 ? 西村 美東士 社会形成者の育成の観点に立った生涯教育学序説(3) ― 子育て学の学的体系構築の方法 ― 1.研究の経緯 われわれは,平成17 年度から5 年間の計画のもとに「連 鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」 (研究代表者:松島鈞,平成17 〜 21 年度)を行った。同研 究は,国の私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究 推進事業(社会連携研究推進事業)として実施したもので, 予算規模は2 億7 千万円の大規模研究であった。聖徳大学 では,「学術フロンティア推進事業」として,「生涯学習の 観点に立った『少子・高齢社会の活性化』に関する総合的 な研究」(平成15 年度〜 19 年度)等の研究を進めてきた が,同研究は,これらの研究に続き,同事業の「社会連携 研究推進事業」として選定されたものである。 同研究では,「子育て支援社会連携研究センター」を推進 拠点として,広く社会と連携し,わが国の子育て支援,次 世代育成と,子育てを中心とした地域振興の質的向上に資 することをめざしてきた。 筆者は,『連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する 開発的研究 平成17 〜 21 年度研究集録』1)において,同 研究の研究統括の一員として,次の結論を導き出した。 これまでのわが国においては,子育て支援が施策化さ れた当初から,「子どもを産み育てることは,個人の自 由意思に属することが尊重されるべきものである」 と いう考え方が強く,「閉鎖型子育てモデル」を前提とし た「個人完結型子育て観」に基づくものになっていた。 そのため,子育て支援は,社会形成に寄与するかどうか について,確かな見通しのないままに,個人の「自由意 思」による子育てを支援すること以外に方法は取り得な かった。これに対して,「参画型子育てまちづくり」は, 同じく「個人の自由意思」によるものでありながら,社 会における自己の役割を果たしつつ社会形成に関わる 活動といえる。そこでは,子育て活動のもつ,仲間との 交流や,まちの子育て行政との関わりを通じて社会との 交流が行われる。その結果,個人を社会化させる促進要 因が明瞭に示されることになる。そのプロセスと効果を 明らかにすることによって,「個人完結型子育て観」と 対置される「社会開放型子育て観」への転換の展望と, これをもとにした子育て支援のあり方を提示できる。 同研究では,次のとおり「操作的定義」を定めた 。@個 人完結型=母親(もしくは父母)が自己の子育てに関する 問題を(自らの範囲内で)解決するスタイル。A社会開放 型=地域社会の支援・協働のもとに母親(もしくは父母)が 自己及び他者の子育てに関する問題を解決するスタイル。 上の結論に基づき,「参画型子育てまちづくり」から見た 「社会開放型子育て支援研究」の展望としで,第一に「社会 開放型子育て観」への転換プロセスの解明とプログラム開 発,第二に「社会開放型子育て観」による研究領域の拡大, 第三に「子育て支援学の構築」の3 側面を挙げた。第三に ついては,次のように方向と展望について述べた。 「子育て支援学の構築」については,原理及び関係す る学問群・関係学会,歴史,分野・領域・研究対象・ テーマ,研究方法・手法群などの各領域における研究を 体系的に進めていく必要がある。このことによって,次 のような展望を持つことができる。 第一は,教育学研究がつねに問題としてきた「学習者 の自主的活動」と「教育のもつ目的追求活動」の二項対 立を解決する糸口になる。第二は,社会参画理念を実現 する道筋を明らかにする。第三は,親の子育て学習に関 する統合的アプローチを進める。第四は,「子育て能力 の到達目標と構造」をより鮮明にする。第五は,子育て に関する工学的アプローチを進める。第六は,共生社会 論の現実化への取り組みの可能性である。 2010 年10 月,以上の成果を踏まえ,日本子育て学会第 2 回大会において,ポスター発表として,「聖徳大学連鎖的 参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」の成 果公開を行った。この発表がきっかけとなって,筆者は, 平成27 年度から日本子育て学会研究交流委員長に就任し, 子育て支援学の体系化のための本学会としての組織的研究 の推進に取り組むことになった。 本稿は,以上の経緯をもとに,「子育て学の学的体系構築 の方法」2)について検討しようとしたものである。 1『) 連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研 究平成17 〜 21 年度研究集録』,聖徳大学,2009 年12 月。 http://mito3.jp/seika/2820.pdf 西村 美東士 ? 48 ? 2.目的 本研究の目的は,親にとってのかけがえのない子育ての 時期をより充実したものにするため,その「生身のニーズ」 を出発点として,自己形成と子育てのまちの社会形成の両 面から包括的にアプローチする「子育て学の学的体系」を 構築することである。これにより少子化インパクトを軽減 したい。そのため,心理学,社会学,教育学の垣根を超え て,保護者,支援者との協働による研究を進める。 親にとってのかけがえのない子育ての時期を,子育ちと ともに,より充実したものにするため,「生身(なまみ)の 親」のニーズを出発点として,「子育て者としての自己形 成」と「子育てのまちの社会形成」の両面から包括的にア プローチする「子育て学の学的体系」を構築する必要があ る。その概要を下図に示す。 図1 日本子育て学会「子育て学の学的体系の構築」研究全体図 図2 「子育て学の学的体系」の概念図 本研究が追求する「子育て学の学的体系」は,おおよそ 下図のとおりである。 2) 日本子育て学会常任理事会での議論の結果,「子育て支援学」 だけではなく,広く「子育て学」として,その学的構築に 取り組むことになった。 ? 49 ? 社会形成者の育成の観点に立った生涯教育学序説(3) 日本子育て学会が,このようにして「子育て学の学的体 系構築」を目指そうとしたおおもとには,次のような同学 会設立の趣旨(抄)があると考えられる3)。 日本子育て学会は本学会設立の基本理念として,保護 者,支援者,研究者の三位一体の研究の真の実現を目指 して,2009 年4 月に設立された。昨今,国も,自治体 も,国民も,子育てが実は国家存立にも関わる重要な行 為であることにあらためて気づき始めている。こうした 点から考えると,子育てが家庭の特定の人のみに委ねら れる時代は,終わったと言っていい。 一方,子どもの発達過程で生じる問題を解決する手段 の一つとして,子育て研究がある。しかし,子育研究に 関しては,実際に役立つようなものは未だ少ないのが現 状である。そのことは,われわれ研究者の怠慢に帰する 面も多々あると言わざるを得ない。 子育ては,母親をはじめとする保護者の経験やその伝 承に基づいて行われている部分も少なくない。そうした 経験は貴重であり,尊重すべきことでもある。それと同 時に子育てに関して多くの人が抱いている「信念」には, 正当価値の伝承という側面もあるが,変化の激しい時代 にあっては新しい価値との葛藤がつきものとなり,両者 のバランスを求めることがひとつの課題となる。 また,子育てというと乳幼児期や児童期といった比較 的低年齢層の子どもが対象であると捉えられがちであ るが,この学会では,成人期になるまで(20 歳),場合 によっては成人前期(30 歳くらい)の子どもの子育てを 研究対象とする。これは,寿命の延びによる青年期延長 やそれに伴って出現してきた問題,逆に前傾現象の見ら れる領域があることとも関係する。さらに,発達の問題 を横断的に捉えるだけでなく,縦断的,コーホート的に 捉えたいという願いもある。 研究者には,子育てに関して保護者(母親)や支援者, 保育士や教諭からの要請に十分応えて来なかったので はないかという反省がある。多くの研究の問題意識は, 文献の中から発せられ,関心はその学問内部に閉じられ たものになり,生きた人間の生活現場に返されることは 少なかったという面があったと考える。そうした反省か ら,発達や教育の普遍性の問題とともに,それらの個別 性の問題も扱おうとしてきた。 こうした諸点を勘案して,同学会では以下のような三点 を踏まえた組織になることを目指してきた。本研究は,こ の三点の現実化にもつながるものと考える。 @ 保護者,子育て支援者,研究者の三位一体の研究  研究の出発点は,研究者からだけの視点ではなく,現 場すなわち保護者および子育て支援者と研究者の協同 による問題意識を中心に据えている。したがって,保護 者,子育て支援者,研究者が三位一体となった研究を理 想とし,研究の成果は,直接的にも間接的にも子育て実 践に役立つことを目指したものとする。 A さまざまな問題に応えられる学際的な学会  子育てに関する実践研究には,医学,心理学,教育学, 福祉学,社会学など様々な分野が関係するが,子育ての 問題解決にはこれら一つ学問だけで十分行われるので はなく,それら相互の連携や協力も必要である。 B 保護者,支援者の組織的連携を図り,その要請に応 える人材バンク的な機能を有した学会  従来型の学会とは異なり,社会に開かれた学会にする ため,保護者や子育て支援者の要請にできるだけ応じる 姿勢を持つ。最終的には,保護者や支援団体からの要請 に応えられる,子育て支援ネットワークの創設を目指し たい。 本研究においては,本学会の組織力を生かし,研究者だ けでなく,保護者,支援者を交えた本学会全体の組織的協 働により,その推進に取り組みたい。 3.方法 われわれは,次の方法により,「子育て学の学的体系構 築」に取り組みたいと考える。 第一に「ワンストップ子育て相談によるニーズの構造化」 においては,本学会の人材とその周辺の関係者のネット ワーク化を図ることによって,多様な研究,実践の領域か ら専門的・技術的な回答ができるようにする。第二に,参 画型ワークショップによる課題と能力の構造化である。手 法としては,カード式発想法,職業能力開発手法等を活用 する。第三は「学際的子育て文献・事例データベースの構 築」である。これをICT システムによって広く公開し,さ らにフィードバックを得て充実させる。第四に,実験講座 のプログラム及び教材開発である。仮説を設けて,目標管 理型で進行させる。その実施内容,効果測定,事業評価結 果を研究報告書としてまとめ,WEB 上で公開する。以下, その詳細について述べておきたい。 @ ワンストップ子育て相談によるニーズの構造化 子育て相談の窓口を開設する。関係する人材とその周辺 の関係者のネットワーク化を図ることによって,多様な研 究,実践の領域から専門的・技術的な回答ができるように する。あわせて,本サービスの利用者及び回答者としての 3) 日本子育て学会趣意書, http://www.kosodategakkai.jp/prospectus.html 西村 美東士 ? 50 ? 意見を聴取する。このことによって,子育て者や子育て支 援者のニーズと課題解決のためのスキルや知見を収集し, 構造化を図る。これをもとに「子育て相談データベース」 を構築し,「学際的子育て文献・事例データベース」と統合 して運用する。 A 参画型ワークショップによる課題と能力の構造化 子育て課題の構造化については,親の参画により,下図 のような成果を上げてきた4)。 テーマカードカード課題課題解決の方法 喧嘩も含めてたくさん話をす ることで,わかりあえることが たくさんある。 ばらばらで遊んでいても,同 じ空間にいるというだけで,一 人ではないという満足感を感 じている。 たしかに,5,6人で集まって 遊んでいても,全員で同じこ とはしていない。 2 ギャングエイジトと向き合う ことの大切さ わが子が悩んでいるときに, 親が一緒に苦しみ,解決を見 出せる存在になりたい。 習い事などの約束した時間に間に合わ ない。自由時間がない。 子どもを一人の人間として見 てあげる。危険なこと,人を傷 つけること以外は,のびのび とさせてあげる。自由にしてあ げて,自分から約束を守らせ るようにする。 親友と呼べる友達がいるのか。 家と学校では違う顔を使い分 けている。 ケンカをしないということを, 協調性があるということととら えて,親は安心してしまって いるのではないか。 親は,ときには見守る姿勢を 持つことが大切。 1 現代の子どもたちのコミュニケー ション能力の低下 自分の言葉で言えない。思いを閉じ込めてしま う。間違ったことを言ったら恥ずかしいと思って いる。自分の言葉で考え,発信することができ ない。大人も子どもも忙しく,時間がない。 親子で会話して,よく話を聞いて あげる。「おかえりなさい,どうだっ た」と声をかけてあげる。心が通じ 合うために,タイミングをつかまえ て,声をかける。タイミングを捕ま えるためには,心に余裕を持つこ とが大切。親の「返し」次第で子ど もが話したくなる。 3 ケンカはコミュニケーション のツールの一つ ケンカは程度を学ぶよい機会なのに,相 手の親を気にしてしまう。抵抗としての暴 力は認めるべきなのか。相手の痛みを わかっていたほうが良い。痛みがわから ないから,暴力を使う。必要以上に子ど もに介入する親がいる。わが子が一番, 自分の子ども中心で判断してしまうなど, いろいろな人がいる。教師も,その親を 注意できない。 そういうママには近づかない ことが一番。思いやりの心を もって接する。信頼関係や相 互理解は,長く付き合った末 にできるもの。 略 図3 参画型ワークショップ「子育て課題の構造化」の結果例 同ワークショップの成果は,次のとおりである。日本子 育て学会の活動及び子育て学の体系化の趣旨に沿った形 で,幼少期に限らない子育て現場の課題に対応した成果を 上げることができた。とくに親同士や子ども同士のつなが りについては,今日の個人化社会に適合した支援方法論の 必要が明らかになった。ただ,講師からは,幼少期の子育 てなど,もっとバリエーションを広げて追求するようアド バイスがあった。いずれにせよ,普遍的な解答を求めよう としたあまり子育ての真実に迫れなかったこれまでの子育 て学のあり方を考えると,今回のような臨床的観点から現 場の声を拾い上げ,組織化して帰納法的に解決策を追求す ることが必要と感じられた。 また,子育て能力の構造化については,親や学生の参画 を得て, 職業能力開発手法クドバス(CUDBAS = Curriculum Development Method Based on Ability Structure)を活用して,下図のような成果を上げてきた5)。 以下略 図4 クドバスチャート「高校生の子を持つ親に必要な能力」 ? 51 ? 社会形成者の育成の観点に立った生涯教育学序説(3) 今後は,これらの参画型ワークショップを多様なバリ エーションに拡大して展開し,集約したい。 B 学際的子育て文献・事例データベースの構築 各領域の基本的図書・論文のほか,行政や団体の発行し た資料,雑誌などの書誌情報をデータベース化する。その 際,有識者の監修によって「要旨」を付加する。これによっ て,自由語検索の可能性が広がる。また,構造化やログ分 析結果を生かした紐付けにより,アクセスの幅を広げる。 これをICT システムによって,広く公開し,さらにフィー ドバックを得て充実させる。 C 実験講座のプログラム及び教材開発 Bまでで得られた仮説と,子育てニーズに関する量的調 査の多変量分析結果を生かして,目標管理型プログラムと 教材を開発し,実験講座として実施する。その実施内容, 効果測定,事業評価結果から,それまでに得られた仮説を 実践的に検証する。 4.期待される成果 ここでは,前出「連鎖的参画による子育てのまちづくり に関する開発的研究」の結果に基づいて,筆者が考える本 研究の成果について述べておきたい6)。 ? 明らかにすべき「子育て像」 われわれは,子育て支援の基本的問題として,「閉鎖型子 育てモデル」と「開放型子育てモデル」を設定し,従来の 前者のモデルから今後の後者のモデルへの転換を骨子とす る論理を展開してきた。「閉鎖型子育てモデル」では,子育 て支援は社会の側からの一方向のものとなり,現在の少子 化社会において求められる「子育ての社会化」は達成でき ないことになる。 これに対して,社会の単位としてエリアの小さい「まち」 について見ると,人々が子育てに相互に関わることは社会 化の契機となる。子育てと連関しながら,親は社会で働き, 子は社会で育ち,親も子も周囲の人間と関係をもち,集団 や組織に関与することによって,社会の構成員として生活 している。また,子育てそのものも,結果としては子を自 立させ,社会に送り出すという意味で,社会形成のための 活動ということができる。このような個人が社会と交わる リアルな契機として,子育てをとらえることができる。 しかし,そのようにして子育ての社会化が進まないこと には,ある理由が考えられる。問題は,多くの人々が,こ のような社会の構成員としての自覚や自負を十分には持っ ていないこと,あるいは持ち得ない社会状況にあるという ことにあると考える。子育て活動のもつ,社会との交流や 社会形成の機能及び相互関係性のメカニズムを明確にする 必要があるといえよう。 そこで,われわれは,以上の観点から子育て学の体系化 を図り,わが国の子育て支援,次世代育成と,子育てを中 心とした地域振興の質的向上に貢献し,子どもたちがすこ やかに成長できる地域環境づくりに貢献したいと考えた。 同時に,われわれは,研究者,保護者,支援者の参画によ る多様な開発実践を展開している。その成果を,本研究に 反映させることによって,子育てと子育て支援の現場に貢 献できる学的体系の構築を目指したいと考えた。 これまでのわが国においては,子育て支援が施策化され た当初から,「子どもを産み育てることは,個人の自由意思 に属することが尊重されるべきものである」 という考え方 が強く,「閉鎖型子育てモデル」を前提とした「個人完結型 子育て観」に基づくものになっていた。そのため,子育て 支援は,社会形成に寄与するかどうかについて,確かな見 通しのないままに,個人の「自由意思」による子育てを支 援すること以外に方法は取り得なかった。 これに対して,われわれが目指す「子育て社会の形成」 は,同じく「個人の自由意思」によるものでありながら, 社会における自己の役割を果たしつつ社会形成に関わる活 動といえる。そこでは,子育て活動のもつ,仲間との交流 や,まちの子育て行政との関わりを通じて社会との交流が 4) 2016 年10 月29 日,聖徳大学生涯学習研究所「子育て支援 学体系化のためのワークショップ」を日本子育て学会との 共催によって実施した。 ワークショップ自体は,事前に次のように実施した。 小中学生の母親,高大生の母親,祖母,父親チームが,4 〜 5 人程度で集まる。村尾泰弘『家裁調査官は見た―家族 のしがらみ』の「あとがき」(ギャングエイジと「深いつき あい」の意義について書かれている)の前半部分を読む。 自分の子育てと照らし合わせて,そこで重要と感じたこと を1 件1 枚で,一人20 〜 30 枚程度書き込む。西村が介入 せずに,カード式発想法で分類し,表札を付ける。 ワークの後半では,「あとがき」の後半部分を読み,西村に よる問答法のもとに,各分類に対して,「課題」と「解決策」 を付加する。 本番では,親たちがワークショップの成果についてプレゼ ンをして,講師の講評を得た。 5) 西村美東士「クドバスを活用した子育て学習の内容編成− 高校生の子をもつ親のために」,聖徳大学生涯学習研究所紀 要『生涯学習研究』3 号,pp.41-54,2005 年3 月。http:// www.tunagari.jp/publication/kiyo/bulletin_03.html 6)西村美東士「参画型子育てまちづくりから見た社会開放型 子育て支援研究の展望」,前出『連鎖的参画による子育ての まちづくりに関する開発的研究 平成17 〜 21 年度研究集 録』,pp.1-14。 西村 美東士 ? 52 ? 行われる。その結果,個人を社会化させる促進要因が明瞭 に示されることになる。そのプロセスと効果を明らかにす ることによって,「自己完結型子育て観」と対置される「社 会開放型子育て観」への転換の展望と,これをもとにした 子育て支援のあり方を提示したい。 ? 解明できる研究課題 われわれは,本研究によって,次の課題を解明できると 考えている。 第一は,教育学研究がつねに問題としてきた「学習者の 自主的活動」と「教育のもつ目的追求活動」の二項対立を 解決する糸口になると考える。このことによって,子ども や大人への教育の基本目的である「社会形成者の育成」と, 憲法が謳う「個人の幸福追求権」とを両立させる道筋を明 らかにできる。 第二は,社会参画理念を実現する道筋を明らかにするこ とである。市民の社会参画は,さまざまな場面で提唱され 重視されてきた。われわれが描いた「社会開放型子育て観」 の視点は,子育て及び子育て学習という個人的事象を,社 会的事象である「子育てまちづくり」に結合させる方法論 を提供する。同時に,それにかかわる実践研究によって, 社会参画理念そのものを検証し,実現するものになると考 える。これが,「子育て者としての自己形成」と「子育ての まちの社会形成」の両面から包括的にアプローチする「子 育て学の学的体系」の構築につながるものと考えている。 第三は,親の子育て学習に関する統合的アプローチを進 めることである。個人的事象である「学習」は,多様な側 面をもっている。「社会開放型子育て観」の視点から見る と,たとえば,一人・複数の親同士,子ども同士,親対子, あるいは集団・ネットワーク内,集団・ネットワーク間な ど,個々の学習を統合的なアプローチからとらえることが できる。一方,個人的側面について見れば,一人の人生と 分離できない学習内容であるにかかわらず,学習活動だけ が切り離されて研究されてきたこと自体が不自然なことと 考える。統合的アプローチのみが理解しうる道筋と考える。 第四は,「子育て能力の到達目標と構造」をより鮮明にす る研究の方向である。経済協力開発機構(OECD)が1997 年から組織したプロジェクトDeSeCo(デセコ,Definition and Selection of Competencies : Theoretical and Conceptual Foundations)は,キー・コンピンテンシーに ついて,@個人が「道具」(言語を含む)を効果的に用いて その環境と相互作用する,A他者との関係をうまくつくり, 異質な集団で交流する,B自分の生活や人生について責任 をもって管理,運営するとともに,これを社会的背景の中 に位置づけ,自立的に活動するという趣旨の3つの広域カ テゴリーを設定している。DeSeCo も指摘するように,こ れらは「持続可能な社会」の形成のために必要な能力と考 えられる。「社会開放型子育て観」の視点からの「子育て能 力の到達目標と構造」を土台にして,他の能力構造との連 結を視野においた研究を試行することが有為なものとなる であろう。このことによって,子育てまちづくり参画能力 ラダーから,子育て能力そのもののラダーへと発展させる ことができると考える。 第五は,子育てに関する工学的アプローチを進めること である。第四で述べた「子育て能力の到達目標と構造」研 究の発展上に,「子育て工学」ともいうべき研究領域を構築 したい。これまで,親の自由意思の尊重や,子育てにおけ る暗黙知領域の大きさなどから,子育てに関する工学的ア プローチは進展が遅れる傾向にあったと考える。また,こ れに隣接する教育工学の領域においても,視聴覚やコン ピュータの活用方法や,メディア・リテラシー教育等に偏 りがちで,肝心の学習過程の分析と,それに基づく効果的 な指導方法に関する工学的アプローチは停滞していたとい わざるを得ない。これに対して,現在の多くの親は,メディ アから流される脳科学等の成果を活用した子育ての工学的 知見を求めているように見受けられる。社会開放型子育て 観が親の自由意思を基盤として形成されること,また,わ れわれの研究が暗黙知領域のアプローチに関する一定の方 法論を獲得しつつあることを考えれば,このような子育て ニーズに応える研究は,十分に可能であると考える。 第六は,共生社会論の現実化への取り組みの可能性であ る。「子育てまちづくりへの参画」においては,子育てにお ける異なる価値観の共存だけではなく,一定の価値の共有 が見られる。わが国においては,「共存のための作法」は若 年者等に普及しているように見受けられるが,価値の共有 については,価値観の多様化や,個人化の進行等により, ますます困難になりつつあると考える。このような状況に おいて,「子育てのまち」を共通価値とする社会形成は重要 な意義をもつものと考える。したがって,共生社会論の現 実化の道筋を明らかにすることができると予測できる。 ? 人間の原点としての子育て観の獲得 子育ては,ハグ(抱擁)に見られるように,身体性と精 神性の二元の一体化のもとに存在するものととらえられ る。このことが,夫婦愛を含めた家族愛や博愛,ひいては 加齢や死の受容につながり,人々の生涯を支えているので はないか。これを除いて,子育て支援を論じることはでき ない。また,男女共同参画論,ワーク・ライフ・バランス, セクシャリティやジェンダー研究などにおいても,子育て を家庭内の単なる「苦役」としない新しい展開が求められ ? 53 ? 社会形成者の育成の観点に立った生涯教育学序説(3) ていると考える。 われわれは,本研究で,個人と社会の2 軸を統合的にと らえることによって,「社会開放型子育て観」というキー概 念を見出した。しかし,より十全なる子育て支援研究のた めには,他の概念をも包摂すべきと考えたい。このような 「人間の原点としての子育て」における諸現象に対する関心 と探求心が,研究の次の扉を開くことになるであろう。 おわりに 本研究で追求する子育て学の学的体系の構築により,研 究テーマの拡大などとともに,教育面においても,高等教 育,成人教育,職業教育等における専門家養成プログラム の開発,教材開発等,広い応用が可能になると考えている。 これまでの関連する研究においては,一般には,それぞ れの専門領域の視点からの,子育て・子育て学習による自 己形成と,子育て支援による社会形成の,いずれか一側面 からのアプローチに偏っていたと考える。それは,専門領 域固有の研究方法によって「結果を見よう」とするために は,やむを得ない面もあったと推察される。 社会学的アプローチにおいては,一般に,人々の個人化 の実態と弊害及び社会化の危機が指摘される。心理学的ア プローチにおいては,一般に,乳幼児の社会化過程分析の ための指標設定などが数多く見られるが,子育て中の親に ついては,個人内,親子内のテーマに限られ,その社会化 過程に関心を向けた研究は少ない。日本子育て学会第1 回 大会(2009 年)の壇上で,子育て中の心理学研究者が,「大 学で学んだ知識のうち,自分の子育てに役立った知識は皆 無」と発言した。 子育て学の学的体系の構築を考えるにあたり,既存の関 連学問は不可欠ではあるが,限界も感じざるを得ない。社 会学は状況をリアルに解釈するが,状況を変革する意図・ 意欲がそもそもない。心理学は事実を明らかにすることに は熱心だが,具体的な提案には至らないことが多い。横つ なぎを考えないからだろう。このように社会学的接近と心 理学的接近には限界があって,適切な子育て支援策をぴっ たりと言い表すことはできない。ただ,現場や動向をとら える目はすぐれており,学ぶべきことは多い。教育学の場 合,公共政策またはその影響を受けて行われる実践活動に 枠づけされたアプローチが多く,本質のところが見えづら くなっている。 これまでのアプローチは,一般に,自己形成と社会形成 の一体的アプローチに欠けていたため,社会変動の中で個 人化,多様化する「自己完結型」及び「社会開放型」の親 の子育てニーズや子育てレディネス(ここでは既存の親能 力や関心)を的確に認識することができなかったと考える。 本研究により,本質的に子育てのニーズと課題を探り, 本研究で得た知見をかみ合わせて,学的体系の構築を進め たい。