2017年度日本子育て学会第9回大会サテライト大会報告 ―子育て者の思いに応える子育て学を目指して― 日本子育て学会研究交流委員長  西村 美東士 はじめに 日本子育て学会では、首都圏外で開催された本大会については、首都圏においてサテライト大会を開催している。サテライト大会は、遠方の開催地では参加が難しい保護者会員、団体会員(支援者)の方々、さらに、会員ではない一般の方々との交流や情報提供を目的として開催している。これは保護者・支援者・研究者が三位一体で研究・実践を行う学会理念にもとづくものである。 今回、いわき明星大学で開催された第9回大会サテライト大会を以下のとおり開催した。その概要は次のとおりであった。 2017年度日本子育て学会第9回大会サテライト大会概要 1 会場 立正大学品川キャンパス 3号館:321 322 323 324教室(主会場) 当日は、後述の配慮のため、受付、ポスター発表も、主会場で行った。 2 主催 日本子育て学会 3 企画 日本子育て学会研究交流委員会、同保護者担当部会 4 日程 2018年1月28日(日)12:00〜16:30 12:00 受付 12:00 ポスター発表 13:00 保護者担当部会企画「ラウンドテーブル 14:30 日本子育て学会資格制定委員会報告 14:45 休憩 15:00 研究交流委員会企画「子育て学に求めるもの」 16:30 終了 5 参加人数等 参加者 30人 ポスター発表 6人 ほかに、「プロジェクト研究」についてポスター発表を行った。 1 子育てにおいて親が変わるとき 保護者担当部会企画「ラウンドテーブル」は、「子育てにおいて『かわる瞬間“とき”』親がかわるとき」と題して行われた。その呼びかけは次のとおりである。 親が変わるのは「子どもが成長したのを感じた時」「自分の子どもが思うようにならなかった時」「他の子どもが立派に見えた時」「他の親が言った言葉を聞いた時」など、たくさんあります。子どもの成長や変化は、親の成長や変化にもつながっていきます。皆さんと一緒に、「かわる瞬間“とき”」について考えてみませんか? 各自の事例については、非公開を原則として、立ち入った発表が行われた。そのため、「親が変わるとき」について、きれい事にとどまらず、「変わりたくないとき」、「変われないとき」、「変わらないほうがよいとき」などの状況についても、深い話し合いをすることができた。   2 子育て学の課題  前半の「ラウンドテーブル」の結果を受け、後半は「子育て実践における親の気づきと変容の視点から」という位置づけで、「子育て学に求めるもの」について保護者会員を交えた自由な話し合いが行われた。  冒頭で、フロアから、「子育て学とは何か」について示してほしいというリクエストがあり、筆者は「子育て学の学的体系」として、次図のように私見を提示した(初出:西村美東士「『参画型子育てまちづくり』から見た社会開放型子育て支援研究の展望」、私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究推進事業『連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究 平成17〜21年度研究集録』、聖徳大学、pp.1-14、一部改訂)。 図1 子育て学の学的体系 「子育て学」を図1のようにとらえた場合、さまざまなテーマ、分野、領域、対象が広がっており、それに応じて関係する学問群が幅広く展開されていることに気づく。人々の暮らしや仕事、社会的活動に「子育て学」を有機的に結びつけて進めるためには、心理学、教育学、社会学などの従来の学問領域や研究方法だけでは、対応しきれないのである。その根本には、子育てによる親の自己形成と、市民の協働や参画による社会形成の両面が存在している。その力動的関係のなかで親は変容し、「子育て学」は、その力動的関係のなかでの子育て活動にアプローチすることが求められているのである。さらに言えば、親も支援者も研究者も、このような自己形成と社会形成の統合的アプローチにより、「個人完結型から社会開放型への子育て観の転換」が求められいてるのだと私は考えている。 このようにして、われわれは、前半の「ラウンドテーブル」で提起された「子育て実践における親の気づきと変容」の視点をもとに、現在の親の暮らしや仕事、地域生活に結びついた新たな「子育て学に求めるもの」を後半で追求しようとした。 3 日本子育て学会のコンセプトから見た「子育て学」 日本子育て学会では、以下の三点の特徴と意義を踏まえて研究を進めてきた(日本子育て学会ホームページ http://www.kosodategakkai.jp)。 第一は、「保護者、子育て支援者、研究者の三位一体の研究」である。そこでは、「現場すなわち保護者および子育て支援者と研究者の協同による問題意識」を中心に据え、「研究の成果は、直接的にも間接的にも子育て実践に役立つ」ことを目指している。 第二は、「さまざまな問題に応えられる学際的な学会」である。「子育てに関する実践研究には、医学、心理学、教育学、福祉学、社会学など様々な分野が関係するが、子育ての問題解決にはこれら一つ学問だけで十分行われるのではなく、それら相互の連携や協力も必要である。したがって、最終的にはこれら諸分野を糾合した学際的な学会を目指す」とされている。この「最終的な糾合」による次元の研究成果が「子育て学の体系化」ととらえられる。 第三は、「保護者、支援者の組織的連携を図り、その要請に応える人材バンク的な機能を有した学会」である。「従来型の学会とは異なり、社会に開かれた学会にするため、保護者や子育て支援者の要請にできるだけ応じる」とし、そのため、「事業として、保護者を支援する組織間の研究や活動の連携を図ることも目指す」としている。そして、最終的には、「保護者や支援団体からの要請に応えられる子育て支援ネットワークの創設」を目指すとしている。 これは、子育て現場志向、市民参加型、社会開放型の学会の特徴をよく表したものであると同時に、人材バンク的機能を目指してネットワークされた子育て支援者の、研修と研究の必要性を示唆するものであると考える。各現場で孤軍奮闘している者が、参画し、交流し、学び合い、支え合うという一種の「生涯学習活動」が、子育て者、子育て支援者としての資質・能力を高める研修機能を発揮することが期待できよう。さらには、研修で伝承された「従来から引き継がれてきた子育ての価値」とともに、そこで創造された「子育ての新しい価値」が社会に発信され、研究者との協働によって「子育て学の構築」につながるに違いない。 このようなことから、今回の「子育て学に求めるもの」の議論も、日本子育て学会の目指す「保護者・支援者・研究者」の三位一体の活動の一環としてとらえられる。 4 浮かび上がった論点 「子育て学に求めるもの」は、かたちは自由な意見交換の場であったが、子育て現場からの保護者の発言は、いくつかの底深いテーマを提起した。 第一は、「自己変革」に関する問題である。「あるべき論」では、現実の子育ての課題は解決できない。過重労働などの社会的問題とともに、親のものの見方、考え方にまで、どう立ち入って、支援を行うのか。そこには、今までの「子育て学」からはこぼれ落ちた問題が山積している。 第二は、ネット、SNSなどの活用に関する問題である。今回のサテライト大会では、「ママサークル」を立ち上げようとしている保護者の新規参加があり、SNSなどを活用した新しいかたちで社会に関わろうとする動向が保護者のなかで見られた。その人たちは、ネットやSNSを気楽に使いこなすことによって、社会的活動を行っている。今日の若者にとっては、それは技術的にはたやすいことであり、未来の親として、社会に開かれた子育てを進める可能性をもっている。 一方では、ネットやSNSなどに対して恐怖や苦手意識をもつ若者が、コミュニケーション全般に対して不活発というデータが、社会学などの調査で明らかにされている。ネットやSNSなどの非対面コミュニケーションにより、対面コミュニケーションがおろそかになるという「言説」があるが、少なくとも表面上の事実は逆なのである。 これからますます情報格差が広がると思われるが、どうすれば良いのか。フロアからは、保護者の社会的活動に対して、対面コミュニケーションによって仲間を増やしていくよう期待する声が大きかった。しかし、活動している親たちとしては、ネットやSNSなどを利用することによって、「自分の時間」や活動時間を確保したいという欲求のほうが強かった。ネットやSNSの環境を持たない人に対しては、対面や郵送でいちいち個別に対応することはできないと言うのだ。 子育てのコミュニケーションの内容によって、適したメディアは異なる。その使い分けについて明らかにすることは必要であろう。しかし、それだけでなく、子育て支援において、いわゆる「情報弱者」が公的サービスや社会的活動に関する情報に自由にアクセスできるよう、技術的サービスを充実する方向を明らかにする必要があるといえる。 第三に、「自分らしい子育てをしたい」、「子育ての時間だけでなく、自分のための時間も大切にしたい」という親の欲求が強まっている。これは社会の個人化の動向と呼応した個人化傾向ととらえることができる。このようにして、親のライフコースも、一般的なライフコースとは異なった個性的な特徴をもつものになる。 このような親の個人化傾向を問題視する議論はいまだ強い。しかし、個人化は時代の必然であり、ダイバーシティ(多様性)としてむしろ積極的にとらえることが必要であろう。大切なのは、それが個人完結型に終わらずに、社会開放型につながっていくことである。子育てのまちづくりへの協働や参画も、このような多様な個人の多様な個性の自己発揮によって、実現することが期待される。これは、子育てのために自己を犠牲にするのではなく、子育ての没個性や画一化を食い止め、その人らしい「花の生涯」の一環としての子育ての時期を味わい深く過ごそうとすることに通じている。そして、ここでは、個人化と社会化の一体的なとらえ方が「子育て学」に求められるといえる。 加えて、第四に、「親のやりたいこと」の個人化が見出された。今回のサテライト大会に参加した保護者の中にも、子育て関連だけでなく、ライフワークとして社会的活動をしている者が多かった。だからこそ、子育てについても、社会的視点から自己の子育てを受け止めることができているのだと考えられる。 個人の視点からの「ワーク・ライフ・バランス」にとどまらず、社会や地域に開かれた視点を含めた「ワーク・ライフ・ソーシャル(社会的活動)」の統合体として、親を理解することが重要である。 以上のような新しい視点が「子育て学」に求められているのだと示唆されたと考える。 4 成果  今回のサテライト大会では、保護者同士の連帯感や、子育て経験の交流への願いが実感され、保護者会員の学会への参加意欲の強まりと広がりが見られた。また、地域で子育てサークルを始めるために研究者からの情報提供を求める人や、地域を越えた保護者との交流を求める人などの参加を得ることができた。ここでの学習は、自己の子育て課題の解決とともに、共同学習による共有する課題の解決にもつながっている。これは、「子育て学習」を含む生涯学習活動が、もっぱら自己の充実と課題解決のために行われるのだが、それとともに、個人の充実による地域や社会での学び合い支え合いによる共有課題の解決にもつながることと相通じている。  そして、本学会のコンセプトである「保護者会員を含めた三位一体の活動」についても、大きな成果を上げることができた。保護者の子育て現場からのなまの話し合いから、研究者や支援者がリアルな子育て課題を学び取ることができた。「子育て学に求めるもの」の内容についても、「親が変わるとき」について、きれい事にとどまらない話が行われた。このことは、これまでの普遍的な「解」とは違って、子育て現場や子育て支援現場の臨床的、帰納法的アプローチによる保護者、支援者との協働による状況対応的でリアルな「解」が求められていることを示唆している。  学会が目指す保護者との共同研究とは、いったいどんな意義と方法が考えられるのだろうか。保護者から見た学会の意義について、「自分の子育てについて研究者に相談できる」ということについて、席上、保護者会員自身から、「自分の子育てについて相談に行くのだったら、学会ではなく違うところがいろいろある」という意見が出された。相談ではなく、情報収集であり、その経過において、実際にはしばしば対等な関係で意見交換がなされる。「子育て学」においては、実践と研究の往復活動は、このようにして進められるのだろう。  「(当事者に)寄り添う」という言葉が、いろいろな場面で盛んに使われている。しかし、「寄り添う」というのは、通常は一方的な行為である。本学会が目指す保護者・支援者と研究者との関係は、対等で双方向的なものであり、立場上「子育て学」に求めるものの違いはあるものの、「互いに歩み寄る」ということなのではないか。今回のサテライト大会も、このようにして成果を上げたものと考える。 (報告者 西村美東士)