東京大学大学経営・政策コース(編集) 大学経営・政策入門 出版社: 東信堂 発売日: 2018/9/11  本書では、学生の減少及び学力低下、グローバル化、カリキュラム改革等、大学マネジメントなどの課題に直面する大学人のために、教育・研究マネジメント、市場との関係、組織運営、財務・人事管理、学生募集、広報、国際化、ガバナンス等、今日におけるわが国の大学運営に欠かせないこれらの領域は相互に影響しあい不可分であるにも関わらず、各領域の現状と課題を総合的に体系化した概説書はほとんどなかったとして、発行された。  本書は、大学の経営・政策と市場、大学の理念・制度・歴史、高等教育政策の特質、大学の組織、大学の財務管理、大学の人事管理、学生の募集戦略、教育のマネジメント、研究のマネジメント、大学の国際化、大学のガバナンス、大学経営・政策の展望から構成されている。まず第1章〜第3章では、現代の大学がおかれた状況を概括した後、大学の制度・政策の歴史的展開と現代的特質を紹介する。続く第4章〜第6章では、組織、人事、財務という大学経営の屋台骨となる基本構造に焦点をあてる。また第7章〜第9章においては、学生募集や教育・研究という機能面から、そのマネジメントのあり様を論じる。これらを受けて第10章と第11章では、国際的な視野から大学経営・政策の変遷や潮流を論じ、最後の第12章において、大学の経営・政策の将来を展望する。  「大衆化と平等化は効率的である」という項では、「育英主義的大学観をもつ人は、大衆大学を非効率で無駄な投資だとみて、大学が大衆化すればするほど、進学するメリットは小さくなると思い込んでいる」と述べ、「しかも、思い込みが強く、現状を調べようともしない」と批判する。また、雇用効率から高等教育政策を考えるという発想をもたないわが国では、この分野の研究がほとんど蓄積されていないと指摘する。同時に、大学は学力優秀な人にのみ効果があり、優秀でなければ効果がない、というのも思い込みに過ぎなく、間違っているとして、教育年数と労働経験年数によって所得が上昇することを明らかにした人的資本理論に基づいた所得関数の計測データを示す。そこでは、「学業成績なんて、社会に出れば何の関係もない。何の足しにもならない」というような物言い(「関係ない仮説」)は棄却され、学力の高い層は、高卒でも人卒でも将来の所得が有意に高くなることが示される。。  2016年の学校教育法施行規則の改正により、ディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシーの3つのポリシーを各大学が策定することが義務化された。この3つのポリシーについては、次のように述べている。3つのポリシーは、「大学が、自らの定める目標に照らし、自大学における諸活動について点検・評価を行い、その結果に基づいて改革・改善を行い、その質を自ら保証する営み(内部質保証)を教育活動において確立するための指針」とされている。そして、3つのポリシーを定めることにより、「教育の諸活動を一貫したものとして再構築し、その効果的な実施に努めることにより、学生に対する教育をより密度の濃い充実したものにする」(中央教育審議会2016)ことができると記述されている。本書は、「まさしく、3つのポリシーは、教育のマネジメントを遂行するためのツールなのである」と言う。そして、とりわけ重要なのは教育課程の体系的編成を構築することであると指摘している。教育課程のスコープやシーケンスを表示するために授業科目に番号を付す「ナンバリング」、授業科目と教育目標の関係を示す「カリキュラム・マップ」、履修の系統生を示す「カリキュラム・ツリー」などカタカナ語も流通したり、2010年より始まった日本学術会議の「分野別の教育課程編成上の参照基準」が30分野ほど作成されたりしたことなどについて、教育課程の体系化が重視されてきたことの表れとしている。また、日本の大学の授業科目の過多も指摘され、ディプロマポリシーに沿った精選が強調されている。  ただ、その改革は容易ではないとして、本書は次のように説明する。マクロな組織を基盤とする問題であれば、組織的な意思決定を下すことで改革が可能である。また、ミクロな教授・学習過程の問題であれば、教員個々人の意識に働きかけることで変わりうる。しかしながら、教育課程に関しては、教員の実質的なコンセンサスの上に成り立つものであるがゆえに、時間を要する。教育課程とは言ってみれば、他者との協調によって総体を構築するものであるが、その協調に慣れていないのが教員なのである。学位プログラムという概念が導入され、学習成果の可視化が要請され、それを学生が獲得した知識や技能だけでなく、知識や技能を活用する能力としても示すことが求められるなか、教育課程の体系化は一層重要になるのである。やや大上段に構えれば、日本の大学がどのような人材を育成するか、そうした人材によってどのような未来社会を構築したいか、その基盤にあるのが教育課程なのである。そのことにさらに多くの大学が敏感になるべきと思う。  評者は考える。すでに多くの関連図書が発行され、大学側の表面的なPRに惑わされず、卒業時より卒業3年後の就職状況や、ワークショップ型の教育改善活動が生き生きと行われているかなどを知ろうとする生徒や親が増えている。このような状況において、育英主義的大学観等の根拠のない物言いに惑わされず、3つのポリシーに基づく教育課程の体系化にかけた本気度、現実度を推し測るような専門性、つまり、生徒や親のニーズを上回る確かな見識がわれわれの進学指導に求められているのだと考えたい。