土井 隆義 「宿命」を生きる若者たち: 格差と幸福をつなぐもの 出版社: 岩波書店 (2019/6/6) (岩波ブックレット) 発売日: 2019/6/6 単行本: 132ページ ¥ 670  若者を取り巻く社会環境が悪化する一方で、若年層における幸福感や生活満足度は高まっている。この相反現象の秘密とは何か。筆者は「宿命」をキーワードに、他世代との比較、時代による社会構造等の変化もふまえて解き明かす。筆者は言う。四〇代以上にとって、「宿命」は自分の人生を縛り、不自由なものにする桎梏と捉えられている。しかし、三〇代以下の人たちにとって、「宿命」とは、人生を縛るものではなく、安定感を与えてくれるものだと言う。また、「努力」という言葉については、四〇代以上にとって、自分の能力や資質の不足分を補うための営みと捉えられるが、三〇代以下にとって、努力できるか否かもまた、自分の素質の一部とみなされるようになっていると言う。  現在の日本では、人びとの格差化か進んでいるといわれるのに、生活に満足していると答える人が増えているのはなぜか。とりわけ若者たちは厳しい社会状況に置かれているはずなのに、生活に満足と答える人がさらに増えるのはなぜか。筆者は、その背景にあるのは、現在の日本社会がすでに成長期の段階を終え、いまや成熟期へ移行しているという事実があると言い、これを高原期と呼ぶ。また、その時代の変化を反映して、自分が後天的に獲得した地位や能力ではなく、自分に先天的に備わっている属性や能力こそが、自分の人生を規定する最大の要因であり、また自分の人生に安定感と安心感をもたらしてくれると考える人びとが増えていると言う。  筆者は言う。それでもなお、いま努力への信頼感に削がれている面があるとすれば、それは今日の社会の高原化によって、かつてのように超越的な目標を胸に抱きにくくなったからだと考えられる。だとしたら、内実のよく分からない異次元の目標のためになどではなく、その営みの過程それ自体を楽しむことで、努力を続けられるようにしてみるのも一つの手ではないか。それは、なにか別の目標を実現するための人間関係ではなく、関係そのものを楽しむ自己充足的な人間関係を紡いでいくことでもあるはずであり、そう考えれば、それはもうすでに多くの若者たちが営んでいるものだともいえる。  若かりし頃に成長社会を体験した高齢者にとって、当時の社会で培われた期待水準の高さは、たとえ社会状況が大きく変わってもなかなか拭い去ることができない。この歴史的背景が、この世代に特有の期待水準の高さをもたらしていると筆者は言う。評者は考える。もし、高い期待水準を生徒に押しつければ、現代社会において彼らは不適応になりかねない。彼らの今の強みに依拠した指導こそ求められているのだと言えよう。