高橋 和巳 (著) 精神科医が教える聴く技術 (ちくま新書) 2019/12/6 ¥880  本書は、人の話を本当に聴けた時には相手の人生を変えるほどの効果があるとして、「聴く技術」を四つのステップに分けて解説する。人生の支援者である教師にとっては、重要な指摘と言えよう。「黙って聴く」では、終わるまでただ黙って聴いてもらうと、安心が広がると言う。そのため、@支持・承認の口を挟まない、A復唱・繰り返し・要約をしない、B明確化しない、Cたとえ何か聴き取れないことがあっても、聞き返さないという徹底した傾聴を行う。途中で口を挟んでしまった場合、クライアントの訴えは表面的なレベルで止まってしまい、内容はクライアントがそれまで一人で考えていた範囲内に留まってしまう。また、カウンセラーが傾聴できずに言葉を挟んでしまうと、全体が質疑応答になってしまい、そこではクライアントは、治療者・カウンセラーの質問や意向に沿った内容に限定して自分を語ることになり、新しい言葉の発見・気づきは生まれないと言う。これに対して、黙って傾聴できた場合、クライアントはより深いレベルの悩みを語り始め、気づかなかった自分を発見し、さらに回復のきっかけとなる「言葉」が語られることもあると言う。また、心の悩みはその人の基本的な生き方とつながっているため、悩みを自由に言語化し始めると、意識は自然と心の深いレベルヘと入っていき、本人も気づかなかったことが言語化され、思いがけず問題解決へのきっかけが提示されることがあると言う。教育の基本である、自己決定、自己解決の支援は、ここから生まれると言えよう。  次の「賛成して聴く」では、悩みを分類しながら、賛成して聴く。悩みの本質を知れば、心から賛成して聴けると言う。「感情を聴く」では、感情の階層を意識しながら、それに同調して聴く。深いレベルに流れる感情を聴くと、心がつながると言う。「葛藤を聴く」では、人の悩みの源はすべて心の葛藤だとして、解決できない矛盾を聴き遂げて、自己組織化の力を引き出すと言う。解決を予測しながら、語り尽くし、聴き尽くすのである。  最後に「自分の心を聴く」では、自分を聴いて自己理解すると、自己受容されて悩みが消えると言う。「聴く技術は自分を知る技術」として、@結論を出さずに、黙って自分を聴く、A何か理由があるはずだと、賛成して自分を聴く、B言葉が出てくる前の感情を聴く、C解決がないと思って、自分の葛藤を聴くことにより、自己理解から自己受容へというプロセスをたどれると言う。  筆者は言う。自分を語ることによって、人が変わっていく。自分の生き方を変えていく。自分を語ることによって新しい言葉や文脈をいくつ見つけられるか、それがその人の生き方を変える速度と深さを決める。人が語り続けるのを支えるのは、聴き手である人の「聴く力」である。  現在、若者たちを拙速に社会化させようとする動きが目につく。しかし、教育の根幹的機能は、人の自己洞察を促し、深めることである。教師と若者がともに「個」を深める中で、望ましい社会が形成されるのだと考える。