日本精神衛生学会 第36回大会
ポスター原稿 P−13
若者の居場所に求められる第3の支援
―青少年文献分析の結果から見えてきたこと―
西村美東士
(若者文化研究所)
キーワード:居場所・第3の支援・社会化と個人化
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【はじめに】
ここでは現在各地に展開されている若者の「居場所」に注目して、そこでの支援のあり方を明らかにしようとした。そのため、これまでの居場所の支援理念の得失がどこにあるかを、文献研究によって詳細に検討した。具体的には青少年文献の分析と結果から、とくに居場所との関わりで、若者支援理念の変遷を探ろうとした。これによって、新しい「居場所支援」のあり方を提案したい。
【方法】
発表者は、科学研究費基盤研究(C)「現代青少年に関わる諸問題とその支援理念の変遷-社会化をめぐる青少年問題文献分析」(2005年~2006年、課題番号17530588)において、1978年~2002年発行の青少年問題文献23,804件の動向を分析した。本研究では、「居場所」というキーワードが要旨等に含まれる文献数の変遷を明らかにした。さらに、発表者が要旨作成を担当した青少年教育等に関する文献97件(1990年~2002年)から、要旨の記述を抽出できる38件を分析対象とした。方法は、前出研究において用いた要旨等におけるキーワードの論旨(「社会性の文脈」)に関する分析方法を用いた。
全国規模で収集が行われた「青少年問題文献集」の発行は、その後中断があったため、これを補強するため、2013年以降、発表者が『週刊教育資料』(日本教育新聞社編集)に毎月掲載している書評から、「居場所」というキーワードが含まれる図書8件について、キーワードの論旨に関する分析を行った。
論旨の分析は、まず、居場所というキーワードが含まれる文献における居場所の文脈をカテゴライズした。そのことによって、居場所の意義、効果、種類、支援内容・方法に関する時代的変遷を分析し、これらの変遷の背景に流れる支援理念の変化を明らかにした。以上の結果をもとにして、支援理念の課題を整理し、この課題を解決する支援理念を提案した。
【結果】
分析の結果、居場所の支援理念として、@社会の一員として充実して生きていくために必要な能力を獲得する過程重視型、A個人として充実して生きていくために必要な能力を獲得する過程重視型の2タイプが指摘できた。@の社会化重視型に関わるものとしては、地域のふれあい(10件)、自立と参画(4件)、存在感・有用感(2件)、他者との交流、仲間づくり(各1件)の合計18件があった。これに対して、Aの個人化重視型に関わるものは、身内・家族、心と身体、自己形成、あるがままの自分、「みんな主義」批判(各1件)の5件のみであった。
また、居場所の支援を主題とする文献については16件あったが、学校不適応への「対処療法」としての教育政策のほかは、このような「意図的操作的な教育意志によって教育過程に引き込んでいくこと」を否定する主張に代表されるように、「教育否定」に行きつき、結果として支援の目標も方法も見えなくなっていく。このような「先が見えない状況」は、2013年以降の図書においても、居場所は、「意図的操作的なまなざしに満ちた教育的空間からの子どもたちの生の『逸脱』、あるいは『逃走』であった」という記述のように、むしろ強まっているということができる。。
【考察】
「教育に対する忌避」については、「対処療法」を批判する積極的意義を持ちつつ、結局は社会化だけでなく、個人化としての能力獲得の支援のあり方も避けた議論に陥っている。これに対して、発表者は将来よりも「いま」を重視する「第3の支援」を対峙させたい。これは、カウンセリングの全人的理解につながるものであり、社会化と個人化の両者を同時に促進する支援として推奨すべきものと考える。
P-13 【発表資料】 若者の居場所に求められる第3の支援
―青少年文献分析の結果から見えてきたこと―
西村美東士
(若者文化研究所)
ホームページ http://mito3.jp
社会で活躍できる若者を育てる居場所は、学校教育の中だけでは生み出せない。学力とは異なる「社会で生きる力」が必要だからである。そのような居場所では、自然発生的な居場所とは違って、自己内対話の充実、見知らぬ他者・異質の他者との交流が行われる。そのためには、「第3の支援」を行う社会教育の介在が必要である。
研究1 「居場所」というキーワードが要旨等に含まれる文献数の変遷の分析
その結果は、表1及び図1のとおりである。
表1 操作後「居場所」の出現率
図1 操作後「居場所」の出現率の変遷
これに関連する「ときの政策」等の動向を加味したグラフ(図2)を作成した。
図2 「ときの政策」等の動向を加味したグラフ
ここでは初出の「いまという時間を生きるための居場所」(斉藤次郎『中・高校生の居場所』鎌倉書房、1984年3月)という指摘よりも、量的には「不登校対策」等の「ときの政策」によって大きく影響を受けていることがわかる。
次の点が指摘できた。
@ 1990年代及び2000年代初頭の出現率の増減がともに横這い(不変)だったキーワードは、時代を越えて不変のテーマといえる。
A その点で、居場所のほか、ボランティア、地域、社会参画などの増加しているキーワードが、今後、「不変」のテーマとして定着するかどうかが重要である。
B また、次のテーマについては、「不変」のテーマとしてとらえられる。これらは「ときの政策」の影響を受けるべきではないテーマと考える。これらの出現率減少傾向が見られることは重要な問題といえる。
? 「自分らしさ」など、「自己形成」に関するテーマ。
? 友達、友人、交友関係など、青少年の社会化の「入り口」にあるテーマ
? 家庭、しつけ、社会化など、「自己形成」と「社会形成」を結ぶテーマ。
C 逆に、携帯電話などの「時代」のキーワードは、「テレビゲーム」などと同様に、「逆転減少」の傾向が見込まれる。これらのものは、「時代」とともに増減する種類のものととらえることができる。
研究1の結果としては、たとえ「居場所」自体をキーワードにした文献が増えたにしても、「居場所」に関連する本来「不変」のテーマが、「ときの政策」等の影響を受けて、本質的議論が深まらないまま減少する問題もあることが明らかになった。
なお、「青少年文献データベース」は、発表者のホームページにて公開している。
データベース http://mito3.jp/ydb 自由語検索可能
検索システム http://mito3.jp/ydb/bunkenbunseki.htm 閲覧のみ、システム利用はお申し込みください。
研究2 「居場所」というキーワードに関する論旨
研究2の結果は、表2のとおりである。
分析の結果、居場所の支援理念として、@社会の一員として充実して生きていくために必要な能力を獲得する過程重視型、A個人として充実して生きていくために必要な能力を獲得する過程重視型の2タイプが指摘できた。@の社会化重視型に関わるものとしては、地域のふれあい(10件)、自立と参画(4件)、存在感・有用感(2件)、他者との交流、仲間づくり(各1件)の合計18件があった。これに対して、Aの個人化重視型に関わるものは、身内・家族、心と身体、自己形成、あるがままの自分、「みんな主義」批判(各1件)の5件のみであった。
また、居場所の支援を主題とする文献については16件あったが、学校不適応への「対処療法」としての教育政策のほかは、このような「意図的操作的な教育意志によって教育過程に引き込んでいくこと」を否定する主張に代表されるように、「教育否定」に行きつき、結果として支援の目標も方法も見えなくなっていく。
研究3 2013年以降の「居場所」というキーワードに関する論旨
その結果は、表3のとおりである。
表2 「居場所」というキーワードに関する論旨
表3 2013年以降の「居場所」というキーワードに関する論旨
研究2で述べた「先が見えない状況」は、2013年以降の図書においても、居場所は、「意図的操作的なまなざしに満ちた教育的空間からの子どもたちの生の『逸脱』、あるいは『逃走』であった」という記述のように、むしろ強まっているということができる。。
【考察(図解資料)】
2020年12月一部改訂
「教育に対する忌避」については、「対処療法」を批判する積極的意義を持ちつつ、結局は社会化だけでなく、個人化としての能力獲得の支援のあり方も避けた議論に陥っている。これに対して、発表者は将来よりも「いま」を重視する「第3の支援」を対峙させたい。
社会化と個人化については、次のようにとらえたい。社会化を「社会の中でより充実して生きるための能力(知識・技能・態度)の獲得過程」と定義する。同時に、青少年個人は、このような社会化ニーズと並行して個人化ニーズともいうべき願望等を有していることに注目する必要がある。そのため、「個人化」を「社会化」と対比させ、「個人としてより充実して生きるための能力の獲得過程」として定義する。
その関係は、個人の視点からは、下図のようにとらえることができる 。図で「即自」とは、自分自身で感じたまま対処する状態である。個人は、ここから出発し、「対自」において、自分自身を見つめて、問題をどう解決するかを考えるようになり、やがて、「対他」において、他者との関わりを考えるようになり、対社会に発展する。そのことが、社会における自己の適正な位置づけにつながり、社会形成者として必要な能力を獲得することになる。
このスパイラル自体は連続的なプロセスであるが、本図を左の社会化支援(第1の支援)の視点のみから見た場合は、個人の自己への関心と自己受容のレベルアップの様子を見ることはできず、共存から共有への社会形成者としてのレベルアップの側面から見ることができる。右の個人化支援(第2の支援)の視点のみから見た場合は、ついたての裏は見えず、個人化プロセスに戻ってきたときだけ、その成長を「自己の充実」(人格の完成)の側面から見ることができる。これらのいわば「断続的観察」が、図に示したようなスパイラルとしての理解により、「連続的観察」ができるようになると考えたい。これは、カウンセリングによる全人的理解につながるものであり、社会化と個人化の両者を同時に促進する支援として推奨すべきものと考える。
ここで、私は、第1の社会化支援(社会の一員としての充実)、第2の個人化支援(個人としての充実)に加えて、「第3の支援」を提唱した。それは、「未来の充実」に向けた発達ではなく、次のようにして、「いまの充実」をめざすものである。そのことによって、原点リセットとしての癒しを提供し、シフトチェンジの契機となると推察した。
肩を押してくれる。見守ってくれる。話を聞いてくれる。多様な機会を提供してくれる。自由にやらせてもらいたいという若者の気分にマッチしている。自由の浪費から意味ある時間へと転換させてくれる。動けないときに押してくれる。行き過ぎを是正してくれる。許してくれる。「ちょっと違う」と言ってくれる。方法、広がりが限定されず「何でもあり」である。ウォッチして、プラスがマイナスかを判断する。個人の変化に対応する。ラベリングしない。癒しによる「原点リセット」機会を提供してくれる。プッシュもせず、プルもしない待ちの教育である。
このような「第3の支援を含めた3本立ての支援」こそ生涯の発達を支援する教育と考えたい。
日本精神衛生学会第36回大会発表への質問への御回答
若者文化研究所 西村美東士
http://mito3.jp
ご質問をありがとうございました。ご質問の意図を、これからの研究に反映させていきたいと思います。
回答1 「社会化と個人化の同時支援の具体的内容」について
本発表では、「社会化と個人化の両者を同時に促進する支援」と述べましたが、正しくは「社会化と個人化の一体的支援」と表記した方が良かったと考えています。
社会化支援の具体的な内容は、仲間づくり、キャリア教育など、社会のなかで充実して生きていくために必要な能力の獲得を支援するものです。個人化支援の具体的な内容は、読書指導、日記、テーマに対する論述などを通じて、自己内対話、自己客観視を促進し、個人として充実して生きていくために必要な能力の獲得を支援するものと考えます。
今日における若者支援の方法上の問題として、例えば、不登校の子どもが「学校に行けるようになる」という社会化の成果にばかり目を奪われて、個人化の過程を支援者が手がけない点にあると考えます。このように、社会化支援と個人化支援は、支援者が「連続的観察」による全人的理解によって、両者の一体的支援に努める必要があることを重視すべきと考えます。
回答2 「第3の支援の具体的説明」について
いくつかの場面を例に、「第3の支援」について具体的に説明いたします。
社会教育の場では、「仲間になじめない」、「団体活動で協調行動ができない」などの青少年に対して、支援者が直接的に集団に適応させようとすると、本人は次からは来なくなる危険性があります。支援者は本人自らが動き出すのを待ち、そのときにこそ「肩を押してあげる」などの支援をする必要があると思います。
学校教育の場では、ルールに従わない生徒に対して、教師は「ルールに従わせる」という指導をすべき場面が生ずることがあります。しかし、教師がそばにいることで教師の存在が子供たちの励みとなり、言葉がけによって一歩を踏み出せることがあります。これは同時に自己肯定感を育てる契機となります。
このような支援者の「存在感」は、第1の支援としての「社会化」や第2の支援としての「個人化」のための支援とは別の日常的な「子どもを信じて見守る態度」から生まれるものと考えます。
つまり、「第3の支援」とは、第1や第2の支援のような「未来の充実」に向けた支援ではなく、「現在の充実」をめざす支援と考えます。
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