生涯学習施設連携事業−社会教育の専門性文字起こし
生涯学習施設連携事業−社会教育の専門性文字起こし
若者文化研究所 西村美東士
2026年4月9日 港区生涯学習施設連携事業
当日の講演をAIで文字起こししました。
当日は、講演資料のうち「生涯学習の基礎」のみのプレゼンでした。これを演者の目で見直して、あまりにもわかりずらい文章と誤認識は手直ししました。
なお、講演終了後のグループワークの講評では、「行政関係者がつながり、コミュニティづくりの意義についてわかってもらえない」という問題提起に、「みなさんが作り出してきた学びの集団は、異なる者同士の相互理解に基づく支持的風土の集団です。その公共的意義をアピールしてください」と助言しました。
【講演文字起こし】
【はじめに】
これからの社会教育、どんなことをどのようにして社会教育の専門性を発揮するか。視点のシフトアップを目指すということです。今までよく言われていることとちょっと違うことを、さらに本質的にはこういうことだと、そんな感じのことを喋らせていただきます。
シフトアップというのはこうしてグッと上がることですね。これを目指したいと思います。自分でハードルを上げちゃってるんですが。(笑)
社会教育の専門性についてみんなで考えるというテーマです。
最初に私のホームページに出してありますので、それを紹介したいと思います。
スマホのある人はそれでやっていただければと思いますが、「西村美東士」がめんどくさいので、ひらがなで西村みとしでググると、若者文化研究所が出てきます。最初に出てきますね。
これの最初のところ、3月9日、ここの「講座のチラシ」の次の「講演資料」を今回使います。今回はその前半の生涯学習の基礎だけで、60分という約束なんで、それで終わっちゃうと思います。それに基づいてお話しさせていただきます。
【自己紹介−私の研究テーマ】
私の研究テーマということでは、聖徳大学で今でも非常勤をやっているのですが、ここでこれをクリックします。紹介していただいているのは、聖徳大学の生涯学習研究所のホームページです。
私が短く書いた私のテーマの紹介が出ております
「古き良き社会教育は、今日の生涯学習の待ちづくりと共通するものである」。これらは個人の充実のためだけでなく、学び合い支え合って地域を作り出す活動であるということです。
ただ、地域を作り出すというのは社会参画ですね。隣の人と挨拶をする、これも社会を作り出していく第一歩だと思います。このように考えております。
青年教育は、20年以上前からの「仲間以外は皆風景」という若者に対して、彼らの個人化傾向に適合した社会化支援の意義と方法を明らかにしたい。
個人化というのが敵視されていますが、それに対してそうじゃなくて、個人化と社会化を一体化して進めようというのが私の持論です。
教育基本法にも社会の形成者としての国民、こういうことが言われておりまして、これは青年教育だけではないわけですね。それが教育の基本である。社会教育もその基本に則ってやっていくわけです。
個人の充実とともに社会を形成する一員としての学び、あるいは支え合い、こういうことが生涯学習だということです。
キャリア教育、これもやってきたんですが、学校を卒業すると若者は群れから飛び出て、一旦は一匹で進んでいかなければいけない。そこでの教育的なサポートは一般にはほとんどない。出口だけを何パーセント就職できましたみたいなことばかりではいけない。次に行っても、その学びが役に立つような教育をしていかなければならない。
これをトランジションと言いますが、スムーズに次の段階に行くことです。
保育園から小学校に行った時の壁、小学校から中学校、その度にギクシャクしているんじゃなくて、そこにスムーズなトランジションができるようにということで、今はいろいろよく言われております。
トランジション、そんなことを意識する必要がある。
そして就職だけでなく日々の職業生活、家庭生活、地域生活を充実するための、個人的、社会的資質能力を育てる必要があるというふうに書かせてもらいました。
学生たちに聞くと子どもを育てて将来やっていくとか、あるいは二十歳短大生で、「二十歳過ぎたらもうおばさん」とかいう言葉もあって、なんだか大人になりたくないとか、ましてや子どもを産んで育てるなんてことはなかなかプラスのイメージを持てないという若者が多い。どうすればいいか。私は以前、青少年委員の大会で喋っていて、休憩時間にすごいことを言われました。青少年委員のお年の人が来て、先生はちゃんと「嫌でも子どもを産むよう」教育してますかと言われてびっくりしたのです。
これはですね、大学に戻って学生たちにこんなこと言われたんだよと言ったら、案の定顰蹙を買いました。「なに、それ」という感じです。(笑)
やっぱり「お国のために産む」などという時代はもう過ぎたのかな。
苦役のように子育てをとらえるのではなく。
われわれは、人生の大事な時期に、その一環として子育てを、思い出深いいい時期だったなと思えるようにしていく。こういうことが大事なんじゃないかと思います。
あとは、学生たちと話しているとわかるんですが、例えば評論家たちが、「友達親子」とか言って「友達のように親子が交流している、これは困ったことだ」というふうに言っていたんですが、これについても学生たちには顰蹙を買いました。そうではなくて叱るべきところは叱ってくれるよと。でも親子として友達のように仲がいいんだと。
そういう新しい時代の考え方というのを、われわれは取り入れていかなければいけないだろうと、社会のためにこうでなければいけないということではないだろうというふうに考えます。
それから暗黙知教材の開発、就職しても手順書さえ与えられない職場もある。皆さんのところもどうですか。静止画や映像を駆使して一般には「カン・コツ」と呼ばれる仕事の暗黙知を学べる教材を、放送大学の助成の下に開発しました。とくに卒業生が多く加わっている接客販売営業などの暗黙知を伝承するための教材の開発が急務であると考えるということで、これについて報告書を出しております。
例えば外車販売で、お客様がサングラスをかけてきて、日差しがそんなに強くないのに、そういう人が入ってきたらどうしますかということ。学生に聞くとニュートラルに接するということなんですね。ところがベテランのセールスマンは、もっとその人の心持ちを推察するんです。ベテランは何と考えるかというと、「この人はぐいぐい来られるのを嫌がっているんだろうな」というふうに理解するわけですね。
そのほかにも、お客様の入場の時からフロントガラス、今の持っている車が入ってくる時からちゃんと目を光らせて、さりげなくですがフロントガラスを見る、そうすると車検が切れるから来たんだとか、まだまだ車検はあるとか、そういうことも情報として手に入れるわけです。
それでいざ車の方に案内するときには、適切な距離は何メートルですかとか、こんなことをずっと聞いているわけです、インタビューの私が。
そうするとどのくらいだと思いますか、お客さんを誘導するときの距離。
学生で30センチという人がいましたが、30センチじゃ近すぎて困りますよね。
ということで、1.5メートルだというふうなことをベテランは答えてくれました。
・・・とか、そういう暗黙知ですね。
なかなかマニュアルでは書いていないけど、そういうものをベテランから学ぶ。
後ろ姿を10年かけて見て学べ、ではなくて、学べるものは早いうちに学べるようにするというのが暗黙知教材のねらいです。
あとは子育てのまちづくり。連鎖的参画による子育てのまちづくりが子育て支援に求められている。このことを通して個人完結型子育て観から、社会開放型の子育て観への転換を展望できる内容と方法を明らかにしたい。
現在日本子育て学会の研究交流担当理事として活動しています。
柏市の子育てネットワークの親たちも同学会に参加しており、面白いことになりそうだということで、皆さんにも日本子育て学会にぜひ参加していただきたいと思います。
このことでは、私が聖徳大学に勤め始めた年に、文科省の社会連携研究という大規模な補助金がありまして、その企画書を作ってみろということで、私が原案作成者になって、すごい金額の2億7千万というお金をもらって、全学的な研究をしました。
その後子育て学会にも入って、そのような研究を公開したりしたんです。
子育て学については、それぞれ心理学、社会学、教育学とか医学とか、そういうところが子育てについてそれぞれ研究していて、そういう研究者がたくさんいるんですが、日本子育て学会ではそれだけじゃなくて、支援者や保護者の部会がありまして、それで「三位一体」でやっているわけです。
私としてはここで、子育て学の体系化、子育て支援学の体系化ですね、これを訴えております。
それは何かというと、子育て研究をやっていて、どういうふうにしてそれを今の子育ての現場に役に立つようなものにしていくか、そのためにはたこつぼ化した学問ではダメで、その間にあるところ、ちょうどアヒルの水かき、ここに当たるようなところがきちんとそれも含めて体系化していくということが今求められているのではないか。
そうすると、これは子育て学の研究としてもすごく分野が広がっていくわけですね。
研究分野が広がっていく、これはワクワクすることであるはずです、研究者にとって。
あとは認知症当事者と介護者によるまちづくりということで、これは柏のまちづくりをやっている認知症当事者が、最近亡くなっちゃったんですが、その後もいろんな人がそれを引き継いでやっております。
これについてもいろいろついていって、いろいろ学ばせてもらいました。
もう一つはですね、新しくやり始めたんですが、日本心理職協会&ヘルスケアカウンセリング学会というところで、この学会の方の編集委員長をやっております。
このヘルスケアカウンセリング学会というと、なんか心理学の人かなって思われがちですけど、心理職の人も入っているわけですが、皆さんのような、人的な交流と機会の促進とか、一人一人の豊かな暮らしとか、QOL、人生、生活の質を高めていく、今日はウェルビーングということでお話ししますが、幸せは身体的、精神的そして社会的という要素で、この社会的な部分、自分は何でこの社会に生きている、そういうことに自信を持てるような活動をしていく、そういうこともウェルビーングに必要なんだということです。
ぜひこの学会に何か報告等を書いていただければ、本学会も応援したいと思いますので、これを機に出していただきたいと思います。
もちろん審査があるんですけど、提出時にこれダメだよみたいな話をするんじゃなくて、少しずつ育てていって、この学会誌に乗るような論文になるまでお手伝いしていく、そういうことを考えておりますので、ぜひこれも考えていただきたいと思います。
そんなことで私の自己紹介をしました。
【今回のねらい】
今回のねらいですが、これはチラシにあります。
例えば5、6人の組織で社会教育の専門職的なことをやっているということであれば、その中でいろいろ切磋琢磨もできるでしょうけど、現実には、一人一人が孤立して働いているという状況があると思うんです。
指定管理者の人でも、それでたまたまセンターに配属されて、どんなところなのかという戸惑いもあると思います。
そういうことが非常に率直な訴えだったと思います。
私の方からは、私の方の思いを考えてきました。
ネットの方では掲載しましたけど、「つながり、広がり、深まる」ということ、個人として深まるというのは非常に大事です、でもその前につながり広がり深まるという、こういうふうに考えました。
社会教育職員とくに指定管理者の場合は、自分を育ててくれるしっかりした組織もなく、相談できる経験者も少なく、行き先のわからないまま仕事をしているということが多いと思います。
でもその分、うまくやればですが、自分らしい発想で仕事ができる、ということも考えられます。
青少年教育事業については2000年頃まで、関連文献の全国的な網羅収集と有識者による要求を付与した青少年問題に関する文献集が国のほうで発行されていましたが、途絶えてしまいました。
青少年教育職員の交流と自由語検索による実践研究公開として重要な機会だったのにと残念に思います。
こんなものも、お互いに自分たちはこういうことをやっているよということが交流できるようなもの、できればねらいと方法と評価、そんなものを入れたものが交流できると、お互いの交流として有意義なものになるんじゃないかと思うんです。
自慢大会じゃなくて、こういうところでまだまだ不十分だということも含めて、じゃあこうすればいいんじゃないかとか、われわれのところではこうしているよとか、そういう交流ができるといいですよね。
本事業が契機となって、生涯学習センターの事業系職員が、つながり広がり深まるネットワークを進められるよう、全力でお手伝いしていきたいと思います。
ネットワークの一番の目的は、職員個人が個性的な方向で専門性を深め、発揮することだと考えます。
今回の講座を契機にして、能力開発や専門性の発揮について、ネットワークでの交流を通してより深く追求していきましょう、というのを講師の思いとして書きました。
佐野市の生涯学習として、答申を書いたのは、個人として出発する、そしてまた個人としての自分らしさに戻ってきて、より豊かになっていく。その時には社会に視野が広がって、シフトアップした自分らしさになっていくんじゃないか、このように考えたわけです。
これを今回の思いとして書きました。
【提案の構成】
今回の提案の構成ですが、生涯学習センターの基本、先ほど申し上げたように人材育成と社会教育の専門性を生かして、どう働くかというふうにつながっていくわけですが、今回は基本のところで終わってしまうんじゃないかと思います。
シフトアップと言いました。どういうふうにシフトアップかというと、生涯学習とは何か、学習・文化・スポーツ・レクリエーションあるいはボランティア活動の一部、こういうふうに書かれておりますが、なんかこれじゃあ物足りないというか・・・。
ということで、どう考えればいいかというお話をします。
社会教育とは何か。一人一人の市民住民の主体的な学習なんだよ。そうですね。
ただし、それは主体性の尊重を超えて、お互いに主体性を育て合うような、職員と市民市民同士が主体性をここで拡大できるようなことが大事なんじゃないか、ということでお話します。
生涯学習センターの役割。生涯学習センターって何、ということで、交流・育成・開発という、すなわち多様なセンターのためのセンターだという風に提起したいと思います。
ウェルビーイングについては個人からの出発ということで、非常に重要だと、そして、「社会的」については協調性ということが今度の教育の方針(教育振興基本計画)でも主張されているのですが、それよりも協働性ということで私は提起したいと思います。
その後は私の持論なんですが、個人は螺旋状に発展していって、シフトアップしていく。その個人化と社会化を一体的に支援をする。こういう流れというのはどういう風にしてできていくのか。そして個人完結型から社会開放型へということです。
世間、私はフリースクールを卒業した若者たちと狛江の青年教室で付き合ってきたんですが、世間というのは主観的なところなんですね。そして、「世間に出るとどしゃぶりだ」と、こういうことを彼らは言っています。
そこから出発して、どういうふうに社会的、客観的な自分の位置づけをしていって、視野を拡大していくか。こんなことが大事だと思います。
次は、今回触れられないと思いますが、人材育成。
先ほど言ったように、どういうふうにして私は能力を身につけていけばいいのか。これは市民の課題でもあり、皆さんの課題でもあると思うんですが、これの方法があるんです。
それは何かというと、必要な能力を構造的に把握して、それを示していくこと。
その中で自分はどういうところが弱くてどういうところが強い、こういうことが考えられればやっていけるわけですね。
今はそれが示されないから、例えば指定管理者でポンと入っちゃっても、これは大変なことだなと、社会教育は。
私はそんな器じゃない、そんなことを思ってしまう。
それはどこが足りないということが分からないからじゃないかと思うんですね。
とりわけ看護師とか保育士とかでも、実際に社会に出て一匹で飛び出してやってみると、そこで1年しないうちに「私は器ではなかった」と言って、やめてしまう。
とくに小さいうちから親が看護師だから自分になるんだなどと、一生懸命勉強してきた人が、社会に飛び出した途端、自分は器ではなかったという、そういうふうなことが言われております。これを「向いてない症候群」と言います。
それは人材の大いなる無駄遣いだと思います。
こんなふうにしてやっていけばいいんだよ、こういうところが確かに足りないね、というふうなことを分かって、それを身につけていくこと、このためにはどういうスキルが必要かということを習得すればよい。
3年目は主任になったらこういうふうにして、必要な能力を獲得していって、キャリアアップしていく。こういうことが大事なんじゃないかと思います。
このことについて、よろしければネットで見ていただければと思います。
最後に社会教育の専門性を生かしてどう働くかというのを書きました。
こんなことで居場所づくりとか、まちづくりとか、そんなことを書いております。
【生涯学習センターの基本】
それでは、生涯学習センターの基本ということに戻りたいと思います。
まず生涯学習とは何かというと、調べてみると学習・文化・スポーツ・レクリエーション、そしてボランティア活動の一部などということが書いてありますが、これですね、学校教育・家庭教育・社会教育、これが生涯教育の3つの要素です。あと、職業教育も入る場合がある。
そして、その中で、文化活動、スポーツ活動、レクリエーション活動、ボランティア活動、企業内教育、趣味など、様々な場合や機会において行う学習、ということが文科省のホームページに出ております。これをクリックするとホームページに「生涯学習社会の実現」ということで書いてあります。
なんだかこれだけじゃわからないということで、シフトアップしよう、「個人の価値の創造」、個人の充実とともに地域での人々の学び合い支え合いを進めるものである。それは現代社会が強く求めている価値である。こういうふうに生涯学習というのを捉えたいと思うんです。
そういうことによってシフトアップしていくんじゃないかと思います。
私の書いた論文では・・・、ちょっと長くなるからやめておきましょう。
個人化の進展に対応した新しい社会形成者の育成という形で捉えていきたい。
今は指定管理者で自由にできるわけですが、どうかわからないですけど。
ところが先ほどもちょっと雑談していてあったんですけど、役所の方はぜひこれで公共的な課題というか、まちづくりとか参画とか協働とか、そういうものに市民に向かわせるようにやってほしいということが言われているかと思うんです。
これは向かわせるって言ったって本人の自由なわけですから、そもそも。
でも、皆さんの中にはやってみて、それでやってくれる市民が何人かいて、そこで手応えを得ている人がいる、実践があると思います。
きっとその実践なんかを交流しながらですね、その要点は一人一人が学びの中で主体的な力量を身につけていける、それで参画協働に向かっていくということです。
学びだけで終わりというと、学習中毒で終わっちゃう。
学習しているという満足で終わっちゃう。
でも何かそこで自分が働きかけて、社会を良くしている一員であるという自負ができると、これは大事なことなんですね。
そんなふうな仕掛けというのは
例えば街を歩いてビデオを撮ってみて、こういうところが障害者にとって不自由なんじゃないかとか、そういうビデオを作る活動とかいろいろありますね
きっと楽しくやれるんじゃないかと思います。
次に主体性の尊重を超えて、ということで社会教育とは何かということです。
社会教育法では環境醸成といいまして、「第3条全ての国民があらゆる機会あらゆる場所を利用して自ら実際生活に即する文化的教養を高めるような環境を醸成する」ということですね。
ところがこれに対して、次のようにシフトアップしたい。
主体性を尊重するだけじゃなくて、共に育つ主体性の教育、共に育つですね。
主体性というのは、認知・行為・評価する我の能力という意味です。
評価ですから、これはダメだったなってやめちゃったらゼロに戻っちゃうかもわからないけど、こういうところはダメだったから、次はこのようにしようという風にして、少しずつこう螺旋状に発展していく。
これは相談を受ける指導者の方も、それによって、そこで接することによって、主体性を拡大していくということです。
器として固定したものじゃなくて、一緒に自分も育っていけばいいんだという、そういう気楽な気持ち、あるいは楽しさ、こういうふうにとらえる方がいいと思います。
こうあるべきというのを押し付けると、それは自分でそこで器として留まっちゃうわけですね。
そういう固まった器じゃなくて、自分は育っていくという、とくに相談事業はそうですが、相談員も相談者とともに自らの主体性を育むということが大切です。
ということでカウンセリングマインドと書きました
これは「学習相談の意義・方法・課題」ということで、以前論文を書いたことがあるので、参考にしていただければと思います。ここはここまでにしておきます。
「何でもあり」な社会教育、正解がない世界を生きる、これが社会教育の特色だと思います。そういうふうに思っていた方がいいです。
だから市民の何気ない学習ニーズも、それが非常に重要であったりする。これをどう拾い上げるかということが重要です。
私の友達の国立(くにたち)公民館の平林まさおさんが、青年室でたまり場をやっていたんですが、例えば若者が「国立でわさびを作れるのかな」とつぶやいたところから、「じゃあ作ってみよう」ということで、国立の中でわさび田作りという実践をしました。
こんな風にして拾い上げていく。
そしてそれは、市民は要求課題ばっかり要求するけれど、趣味とかそういうのばっかり要求しているけど、われわれはこういうところを教えなきゃいけない、こういうところは気づかせなきゃいけない、などと上から目線で考えるようなものではなくて、一緒にやっていく中で、敏感にアンテナを張って肩を押していく、こういう指導が必要なんだろうと思うわけです。
次はセンターです、生涯学習センターの役割。
生涯学習の様々なセンターの中のセンターが、みなさんが勤める狭い意味の生涯学習センターです。こういう風に考えております。
センター機能というのは「交流・育成・開発」という風に書きました。
AIに聞いたら、図書館まで生涯学習センターとして回答があった。
でもあながち間違いではない。
AIに聞いてみたというのが、クリックすると出てきます。
こういう風にして、一つ一つは見れませんが、最初は4つか5つぐらいしか出さないんですけど、23区全部やってくれとか、ずっとAIに対して注文をつなげていくんですね。そうするとそれに応じてやってくれるんです。
ただ、ここで聞きましたけど、もっとちゃんと他の生涯学習センターなどの取り組みがある。まちづくりに対してどう取り組んでますか、これをAIに聞いたものをそのまま書いたんですけど、でもやっぱり大事なところが抜けてたりしているそうです。
AIってね、分かった範囲で答えてくれるけど、嘘をつくんですね、最後の方は。
もう追いつかないですけど、AIは嘘をつくから気をつけた方がいいです。
でもAIでぜひ活用していただきたいのは、書き言葉の認識、今日みたいなカードですね。カードは、やっぱり手作業でやって、そこで協働というのが生まれると思うんです。
でも最後それを発表するときは、テキスト化した方が見やすい、読む方の人は。
書き言葉をテキスト化してくれる。
この書き言葉をテキスト化してくれるというのは、長年の私らの夢でしたけど、それがAIでできちゃうというのがすごいなと思います。AIだからできるんですね。
もう一つは話し言葉をテキスト化してくれる。文字起こししてくれるのです。これもAIだからできることですね。
昔のパソコンでは、一生懸命、何時間か自分の声を録音して練習させて、そのパターンでその人の声を覚えて文字起こししてくれるんですが、それじゃちょっと使えないですよね、会議などの場合。そこのところとか、今は結構すごくよくできています。ということでそれは使い勝手がいいんですけれど、道具として使うにはとてもいいです。こういうことです。
さて、図書館も生涯学習センターだよ、ただし生涯学習センターというのは、そのセンターのセンターとして専門的に関わるということです。
家庭・学校・職場・地域・趣味など生活のあらゆる場面や教育機関を関連付け、学習者が個人の生活全体で統一的、連続的に学びを共有できるシステム、というのが生涯教育の横の統合、水平的統合、縦の統合というのは生まれてから死ぬまで、横にはそういう支援者がたくさんいるよと、それらは全部生涯学習センターと考えていいんだよということです。
それらのいわばセンターのセンターが、狭義の生涯学習センターだよというふうに書きました。
佐野市の生涯学習施設の捉え方というのをクリックすると、こういうふうに佐野市の事務局が作ってくれたんですが、生涯学習関連施設の捉え方、これを生涯学習の答申で入れてもらったんです、佐野市の答申です。
ここでは公共施設を中心に各地図に表示しました。
生涯学習や仲間づくり、まちづくりの拠点はこの他にも多く存在します。
いろいろな立場の人たちが各拠点で活躍し交流を深めることで、点が線となり、つながりが生まれます。
各拠点や地域の良さを再認識し活動を通してつながりを持ち、われわれの街をより良くしていきましょう。
そのきっかけとなるまちづくり参画拠点マップづくりを、市民の仲間たちに広く呼びかけます。
こういうふうに書いてもらいました。
中身は環境のまちづくり、清掃事務所ですね。自然環境、自然活動体験拠点、それから生涯学習拠点、公民館ですね。スポーツ地域づくり拠点、運動場とか、地域参加活動拠点、コミュニティセンター、旅人との交流拠点、道の駅ど真ん中たぬまとか、結構有名ですけれど、それから郷土学習施設、博物館とか、そういうところがそれぞれセンターとしての役割を果たしているはずです。市内学習施設として。
そういうところに視野を置いて、その生涯学習推進の観点から援助していく、応援していく。これが生涯学習センターに求められているんだと思います。
これはなんか、荷が重いなという感じもするかもしれませんけど、さっきの一緒に学んでいくという姿勢であれば、楽しくできるんじゃないかと思います。
むしろ楽しい。編集者と乞食は3回やるとやめられないという風に言いますが、編集者というのはその人のところに尋ねていって、なるほどとその人の書棚を見たり、どんな本を読んでいたか、その人が奥さんに対してどう呼ぶのか、君って呼ぶのか、そんなこととか面白いことがたくさんあって、そういうことと触れ合いながら、人材とつながっていく。こういうことができるわけです。
「秋田の活躍人」という県主催のウェブがある。社会教育主事一人が担当して、いろんなところで新聞載った人とか聞きに行くわけですね。これはかなり楽しいと思います。
ネットにのせるのはアルバイトの人。
毎日いろいろ書きますので、ホームページとデザインを学んできたアルバイトの人に頼んでやっています。こんな風にしてやっていたわけですね。
ということで、いろんな人材と接していくということができるんだということを考えていただきたいと思います。
先ほどから言っているウェルビーング、私たちの学会でいうとQOLなんですが人生の質、生活の質、今、ウェルビーングということが教育振興基本計画でも方向性として言われております。
いろいろなところで教育の方でも言われていて、これをちょっと見てみますと日本の社会文化的背景を含まえ、
ウェルビーング自体は先ほど言ったように身体的、精神的、社会的に良い状態、これをウェルビーングという。これのために生涯学習施設は役割を果たしているわけですが、どう言われているかというと、日本の社会文化的背景を踏まえ、我が国においては自己肯定感や自己実現などの獲得的な要素と、人とのつながりや利他者に利することによって自分はより幸せになれる、あるいは社会貢献意識などの協調的な要素とのバランスを取り入れ、日本社会に根差した調和と協調に基づくウェルビーングを教育を通じて向上させていくということなんですが、社会的に良い状態ということでこういうことが書かれているんですが、これどうなんですかと言いたい。
協調性という名の下で、同化圧力、同調圧力、みんな同じにならないといけないみたいな、こういうふうなことがあるんじゃないですか、ということで私は次に協調じゃなくて協働だというふうに書きました。
センターが目指すもの、センターではとくに社会的に良い状態を重視すべきだ。それは同調、埋没につながる協調ではない。まちづくりへの参画と協働による個人の社会での位置づけ、自負、自信こそがウェルビーイングの新しい価値につながる。どうでしょうか
これは市民参画を実質化する生涯学習施設の方法論ということで、前に論文を書きました。これはワークショップスタイルでやったので、市民の一人一人の生涯学習推進委員がのびのびとカードを出して、グループでまとめていったわけです。
このワークショップスタイルというのは、その頃から私は関心があって、カード式発想法でやってきたんですが、今はアクティブラーニングということで、無理していろんな先生がやるようになっている。
いいことなんですけど、聞いてみると、われわれは社会教育では、グループで話し合って笑いが出ると、いいなと思うんですね。
ところが学校教育を引きずっていると、私はびっくりしたんですが、笑っているともっと真面目にやりなさいという。
ワークショップで、これはひどいなと思います。ワークショップは笑いが絶えないことがいいところですから。
そんなことでワークショップスタイルでやりました。
そこで市民参画型の提案ができたと思うんですね。
普通市民参加の委員会とかやっても、なかなか熱中した議論が沸き上がらなくて、何回か無駄に費やすことになる。
最後は誰かとか行政職員が作文して、まとめちゃうみたいなことが多いと思うんですが、ワークショップスタイルでは、本当に市民が参画してプロダクツをつくる。成果物を作る。
この場合は、生涯学習都市宣言みたいなものを作ったんですけど、このように参画型で成果物を作るというところにポイントがあるんですね、ワークショップは。
ということで、次は、ウェルビーイングということを、これはぜひ言葉として武器に使いましょうという提案です。
先ほど言った螺旋状の発展シフトアップとはということですが、それをちょっと説明しておきます。
こちら側から見ると、社会化、交流と参画、他者からの受容、他者への受容、他者との協働というふうに発展していく。
共存レベルというのは共存の作法ということで、お互い価値観が違ってもいいじゃないかということで受容していく。
でも共有レベルは、他者との協働で共有していくということがあるわけですね。
今の「意見対立を避ける若者たち」というのは若者だけじゃないじゃないですか、というふうに港区のスタッフも言ってましたけど。
意見対立を避ける若者たちというのを見ますと、この共存レベルで終わっている。ということで、社会化のところではそこが気になるでしょうけども。こっち側から見ると、個人は自己への関心から始まって自己受容と成長、自己への関心にまた戻って自己受容と成長ということであるんですが、個人完結型から、この社会化の中でレベルアップした段階では社会開放型自己というふうなことで、社会の中で自分というのがどういう位置づけができるかということを客観的に認識するようになる。
就職活動もそうですよね。
自分というのがどういうふうにして社会に飛び出すのか、
自分をどう位置決めしていくか。これがとても重要になるわけです。
ということでこういうふうになっているんですね。
こっちから見ると個人として深まっている。
心理学だとこっちからが関心ある、教育学、社会学だとこっちからが関心ある。
でもそれらは個人内で統合されていて、断続的に発展していくもんだろうというふうに思うわけです。
いっぺんに個人化、社会化ができないかもしれない。
社会化の時期、個人化の時期、こういうのがあるんですね。
狛プーでフリースクールの若者が、狛プーがあるたびに夜、その後居酒屋に行くんですけど、「私は初めて、この飲み会っていうのに参加しました」とか喜んで言って、30歳くらいの若者なんですけど。
で、ミトちゃん、私はミトちゃんって呼ばれているんですけど、「私はミトちゃんに一生ついてきます」とか言ってたんですけど、すぐ次の週にはですね、「しばらく、狛プーに出るのはやめます」と言うんです。それは個人化の時期に入っちゃったんだろうなと思います。
一人一人にいろんな時期があって、社会化していくこと、社会に馴染んでいくことは、とくにフリースクール、引きこもりなどをやっていた若者とかには重要なんですけど、社会の側はそればっかりを求める。例えば不登校で学校に行くことばかりを求める。それは一人一人のそれぞれのペースの成長に寄り添っていないということになりますよね。
ということで、社会化と個人化の両方から一体的に支援していくということが必要だろうと思うわけです。これが私の持論です。
意見対立を避ける若者たち、あと5分くらいで終わりたいと思うんですが、これが長年、1992年から2022年まで、10年ごとにこれまで4回やってきた大規模な調査、神戸と杉並、その頃は杉並の高円寺なんかに音楽好きな若者たちが住み、神戸もそういうことで先進的な若者たちがいるということでその地点に焦点を置いて、定点調査をやってきた。アンケート調査をやったわけですが、それの変化を見てみると、非交渉型貫徹志向、貫徹というのは何かというと「自分らしさを貫徹させる、変わらない」、こういうふうなことで増えてますね。それから非交渉型。交渉型というのは納得がいくまで相手と意見を戦わせる。これをしないのが非交渉型です。これも増えてますね
状況対応型というのは、自分らしさというのもそれぞれ親と会う時、教師と会う時、こういう時、ああいう時、それで自分らしさとは違うので、状況に応じて対応するということです。
これもありますが、でも相手とは意見対立を避ける。これがこういうふうに増えています。
で、問題はこれですね。交渉型貫徹志向。お互いに納得いくまで意見を戦わせる。自分は自分を貫く。
それから交渉型状況対応志向。これが一番少なくなっちゃったんですが、前から少ないですが、さらに減ったんですが、納得いくまで相手と話し合う、でも、自分自身もいろいろと状況に合わせて自分らしさが変わっていくんだ、ということです。
どっちにせよこの2つがこんなに減っちゃってる。
これは意見対立を避けてるんだろうというふうなことです。
ただ先ほどね、共存志向っていうのをしゃべりましたけど、学生からはこういう私が今否定的なことを言った非交渉型に対して、「でもそれは相手への思いやりなんだ」ということで猛烈な反発を受けたことがあります。
互いに納得がいくまで話し合うと、相手を傷つけることになる、というわけです。
これについては簡単にこうだって言えることではないです。
ボランティアをやっている活発な学生でさえ、同じようなことを言っていました。
でも、組織とか社会では、意見対立を避けると、共存まではできるけど、共有というのができないんじゃないかというふうに私はまだ思っています。
そういう中でどうやっていけばいいのか。
意見対立を避ける若者たち、ということでそれぞれの対応があるんじゃないかということで書きました。
例えば、非交渉型で貫徹志向の場合は、例えば牛を飼うとかね、そんなことが後ろに書いてありますが、タイプに合わせた最適な学習というのがあるんじゃないかと思うんですね。
それを無理やり注入型で「意見対立しても、納得いくまで話し合いなさい」というのは、ちょっと彼らのニーズに合わない、状況に合わないと思うんです。
ということで、どう考えればいいかということを書いております。
ただ、教育的な価値としてはこれですね、「個人化も社会化も進展して、社会化を達成した青年像」としては、自立して社会に参画する個人、これが重要だろうと考えております。
ちょっと飛ばしちゃいますが、先ほど言った世間、世間止まりから個人化達成、社会化達成、視野の拡大という中で、社会まで拡大していって社会開放型の自分ということを客観的に見ることができるということが大事だろうということです。
まとめに変えてということで、これは出てないかな。
今一つ申し上げたいのは教育委員会だけじゃなくて各省庁防災とかいろいろですね、それが市民参加拡大として公民館に注目している。
公共機関だから娯楽さえ公共機関らしい娯楽ができると書きました。
公共機関らしい娯楽というのはクリックするとありますが、お互いの相互理解が増えていくとか、共有できるとかいうことです。
例えばジェスチャー大会で相手の表現しようとしていることを当ててあげる、これはカウンセリングの傾聴技法で言うと明確化ですよね。
相手は喋れないですから、ジェスチャーですから。
それを明確化していく、相手の言いたいことを当ててあげる。
これはもう本当に笑いの絶えないゲームです。面白い。
そして明確化、相手の表現したいことを察していく、こういうことが大事だろうと思うわけです。
だからレクリエーションだって、非常に重要な社会づくりにつながる。
こういうふうに考えられるわけです。
こういうこともぜひ私はやってみたいと思っています。
宇都宮市で「ミトちゃん大爆発」っていう4回くらいの講座をやってもらったんですが、今述べたようなゲームばっかりやってました。
ということで、人材育成は省略して、最後にウェブには入れましたけど、今回のネットワークですね、これをちょっと説明して終わりたいと思います。
これは学生に論文を書かせる時とかいろいろ使っているんですが、マインドマップ。
これも入れときました。
【指定管理者社会教育ネットワークの展望】
ネットには入れときましたけど、さっき最後に示したものですね。
指定管理者社会教育ネットワークの展望ということで、目的、必要性、目標、活動内容、日常活動、プロジェクト活動、こういうことをやったらどうかと思うんです。
ナショナルトラスト運動で、今世界中に広がっていますよね。北海道の釧路湿原ナショナルトラスト運動とか。
あれはイギリスの湖水地域で3人が始めたんですね。3人いれば社会はよくできる、こういうふうに考えられます。
3人いれば、周りに同心円集団で支持者がいて、そのさらに周りに浮遊層で時々参加してくれる人がいて、それでダイナミックな活動ができるというふうに考えられます。
そういうことでプロジェクト活動をやろうというふうなことを書いてあります。
そして私だったらこういうふうにさせていただきたいということで、さっき言いましたクドバスによる必要能力の構造化、暗黙知等の職業能力の解明。ファシリテーターとしては、未完の行為の完成によるシフトアップ、これはですね、例えば小学校のそうじの時みんなが机の上に乗って遊んでたのに、ちょっと古いですがピンクレディーを踊っていたのに、私は踊れなかった、なんていう人がいたら、じゃあここでそれを踊ってみましょうって、みんなで応援してピンクレディをテーブルの上に乗って踊る。そうするとその人は未完の行為、私はできないんだっていう風に決めつけてた行為が、今できたじゃないかということで完成する。これが未完の行為の完成といいます。こんなようなこともできるわけですね。
いろんな異なる価値観を受容するとか、相互理解を深めるとか、自己内対話を深めるとか、孤立する他者を支援するとか、そのようなゲームを開発しておりまして、例えば子育てサークルなんかでもぜひやってみたいと思います。
最後に先ほど言いましたアドバイザーとしての支援は、ヘルスケア・カウンセリング学会の学会誌の編集委員長として、関係者の投稿支援、論文作成指導などもして、ぜひ交流を深めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
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