書評
「現場」では「正体のある」コミュ力が求められているはずだ
コミュ力(コミュニケーション能力)を「正体のない能力」ととらえ、「教育不能」とする論調が一貫しており、評者としては気になる。たしかに、「コミュ力」を持たねばならないという脅迫観念によって若者が苦しんでいることも認めざるを得ない。だが、「現場」では「正体のある」コミュ力が求められていることも事実である。それは従来の学問によって、すべてを説明できるものではない。しかし、それぞれの「現場」の臨床においては、コミュ力が分解され、「正体のある能力」として理解されているはずである。これを構造化したものがカリキュラムにほかならない。とかく批判される「ゆとり世代」についても、教育側のほうが既存の学問に頼りすぎて、現場で必要とされるコミュニケーションに目が向いていなかった面もあると評者は考えている。ある意味シンプルな「社会」の現場で必要なコミュ力に、生徒の目を向けさせることも考えたい。
書評
今どきコトバ事情−現代社会学単語帳
井上俊・永井良和 編
出版社 ミネルヴァ書房
発売日: 2016130
¥2,160
本書は、時代の空気を読み解く55のコトバをとりあげ、その起源や由来、流通の過程、類語との関係等を解説する。その領域は、若者・世代、メディア・ネット、恋愛・結婚・家族、仕事、つながり、食・健康、環境・災害の7つに分かれているが、巻末の索引からは、時代を表すキーワードは、多領域にわたってふれられていることがわかる。出典はきちんと掲載されているが、より詳しくは、編者の述べるとおり、「図書館等の新聞・雑誌記事データベースを利用して、コトバの起源や変化を調べる作業は楽しい」といえるかもしれない。
さらに、各コトバの副題において、社会学のシニカルな見方が端的に発揮されている。「若者・世代」の領域では次のとおり。アラサーは女ざかりからの逃走。オタクは成熟社会のロールモデル。キャラは「空気」の中を生き抜く作法。スクールカーストは「スーパーフラット化」する若者世界。ゆとり世代は「自己管理」を他者に管理される矛盾。他領域でも、炎上はネット・イベント、ソーシャルメディアは社交と孤独の世界、婚活は自由化の罠、ワーク・ライフ・バランスは一生の支援そして介入、居場所はリスク化する社会の拠り所、新型うつは深まる承認不安の果てなど、社会学らしい切り口が光っている。
ただ、本書全体を通して、コミュ力(コミュニケーション能力)を「正体のない能力」ととらえ、「教育不能」とする論調が一貫しており、評者としては気になる。たしかに、「コミュ力」を持たねばならないという脅迫観念によって若者が苦しんでいることも認めざるを得ない。だが、「現場」では「正体のある」コミュ力が求められていることも事実である。それは従来の学問によって、すべてを説明できるものではない。しかし、それぞれの「現場」の臨床においては、コミュ力が分解され、「正体のある能力」として理解されているはずである。これを構造化したものがカリキュラムにほかならない。とかく批判される「ゆとり世代」についても、教育側のほうが既存の学問に頼りすぎて、現場で必要とされるコミュニケーションに目が向いていなかった面もあると評者は考えている。ある意味シンプルな「社会」の現場で必要なコミュ力に、生徒の目を向けさせることも考えたい。
今どきコトバ事情現代社会学単語帳 単行本 ? 2016130
井上 俊 (編集), 永井良和 (編集)
内容紹介
現代ニッポンの社会と文化のあり様を照らし出す
社会を解読する楽しさが味わえる一冊。
今を読みとく55のコトバをとりあげ、その起源や由来、流通の過程、類語との関係等をわかりやすく、おもしろく解説。
[ここがポイント]
◎ 1コトバ4頁の読み切り型。
◎ 各項目毎におすすめ文献をあげ、より詳しく知りたい人に応える。
◎ コトバの広がりを感じとれるよう巻末に索引 を収録。
内容(「BOOK」データベースより)
今を読みとく55のコトバをとりあげ、その起源や由来、流通の過程、類語との関係等をわかりやすく、おもしろく解説。
著者について
[編著者について]
井上 俊(いのうえ・しゅん)1938年生まれ
大阪大学名誉教授
永井良和(ながい・よしかず)1960年生まれ
関西大学社会学部教授(刊行時)
1 若者・世代
アイドル――誰のために存在してきたのか
アラサー――女ざかりからの逃走
オタク――成熟社会のロールモデルの一つへ
キャラ――「空気」の中を生き抜く作法
終 活――「自分らしい」人生の終わりを求めて
スクールカースト――「スーパーフラット化」する若者世界
ファストファッション――格安のデモクラシー
ゆとり世代――「自己管理」を他者に管理される矛盾
2 メディア・ネット
炎 上――匿名社会が生む「ネット・イベント」
ガラケー――島に生まれ、島に帰る
ググる――気前のいい検索者たち
クレーマー――お客さまは、カミサマですか?
ソーシャルメディア――社交と孤独の世界
ネトウヨ――悪意の共同遊戯
ビッグデータ――ゴミ情報の貝塚を掘る
3 恋愛・結婚・家族
イクメン――父親になろうとしている人
LGBT――誰がそこに含まれるのか
婚 活――自由化の罠
さずかり婚――古くて新しい結婚のかたち
ストーカー――感情の不均衡
草食系――意味の広がりと恋愛の押しつけ
DV――「親しき仲」にも虐待あり
ペットロス――親の死より悲しい
4 仕 事
自宅警備員――「ニート」って言わないで
就 活――学校行事のごとく
宅 配――骨壺から人間関係まで
派 遣――昔の光、今いずこ
パワハラ――力の乱反射
ブラック企業――ポエムとともに
プレゼン――大事なことは別の日に
ワーク・ライフ・バランス――生の支援、そして介入
5 つながり
居場所――リスク化する社会の拠り所
おひとりさま――「究極の女磨き」は何処へ?
下 流――貧困か、生活スタイルか
逆ギレ――不快感情の暴発
孤独死――かすかなほほ笑みとともに
コミュ力――正体のない能力
つっこみ――玄人芸と素人評論
無縁社会――個人化の極北
6 食・健康
除 菌――見えぬがゆえに
食 育――基本は家庭の食卓にあり
食材偽装――不可避の「被害妄想」
新型うつ――深まる承認不安の果て
シンドローム――メッセージ化する疾患概念
認認介護――大介護時代に
ミシュラン――万国総グルメの味覚社会
メンタル――コントロールされる心
7 環境・災害
異常気象――季節を選ばない時候の挨拶
絆――団結と分裂
グローカル――グローバルとローカルを乗り越える?
里 山――持続可能な本来の森って?
想定外――合理性の“先”を生きる
風評被害――消費者の過剰な自己防衛
ボランティア――地域と家庭の無力
リスク社会――セキュリティと排除
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。