書評
愚直な研究方法・・・牧野智和が、次のように述べている。一見果てしない文献データベースの内に、画然とした境界を作ることで、「すべてを読み、すべてを研究」することはできなくても、「主なものをほとんど全部読んだ」ことになる。さらに毎年版が改められるほどの売り上げを誇る9割近くは、改定箇所が少なく、ほぼ読まなくてよい。古本の半数はネット等でタダ同然で買える。このようにハードルは高そうに見えても、「愚直に」やってクリアできたという。
教師にとっては、教育実践をルポではなく、論文として仕上げようとすると困難なハードルが立ちはだかる。普遍性、客観性、根拠などが問われるからだ。だが、他方で、研究者に対しても、細分化された領域における目的や既存の方法に対しての批判が高まっている。量的調査などが正しい手続きで行われたとしても、方法の選択自体が妥当だったのか、さらには目的は意義のあるものなのかが問題にされる。既存の研究は全体的観点からの体系化が進んでおらず、変化に対応すべき教育現場の臨床とは遊離していることが多いのだ。その点でこの本の示唆は意義深い。教職大学院においても、そのような成果が求められると考えたい。
書評
最強の社会調査入門
−これから質的調査をはじめる人のために−
前田拓也、秋谷直矩、朴沙羅、木下衆 編
ナカニシヤ出版
2484円
筆者は質的調査の方法を、「聞いてみる」のインタビュー調査、「やってみる」と「行ってみる」の参与観察、フィールドワーク、「読んでみる」文献資料調査の4つに分類する。
参与観察では、同じ仕事を「やってみる」ために、男性客を接待するホステスや暴走族の「パシリ」を実際にやっている。資料調査では、758冊の「就職用自己分析マニュアル」を研究対象とした牧野智和が、次のように述べている。一見果てしない文献データベースの内に、画然とした境界を作ることで、「すべてを読み、すべてを研究」することはできなくても、「主なものをほとんど全部読んだ」ことになる。さらに毎年版が改められるほどの売り上げを誇る9割近くは、改定箇所が少なく、ほぼ読まなくてよい。古本の半数はネット等でタダ同然で買える。このようにハードルは高そうに見えても、「愚直に」やってクリアできたという。
評者は考える。教師にとっては、教育実践をルポではなく、論文として仕上げようとすると困難なハードルが立ちはだかる。普遍性、客観性、根拠などが問われるからだ。だが、他方で、研究者に対しても、細分化された領域における目的や既存の方法に対しての批判が高まっている。量的調査などが正しい手続きで行われたとしても、方法の選択自体が妥当だったのか、さらには目的は意義のあるものなのかが問題にされる。既存の研究は全体的観点からの体系化が進んでおらず、変化に対応すべき教育現場の臨床とは遊離していることが多いのだ。その点でこの本の示唆は意義深い。教職大学院においても、そのような成果が求められると考えたい。
長文
この本は「面白くてマネしたくなる」を目指したという。そのために社会学の若手研究者が、失敗体験も含めて論文に仕上げるまでの進め方、カンやコツを惜しみなく紹介する。
筆者は質的調査の方法を、「聞いてみる」インタビュー調査、「やってみる」と「行ってみる」参与観察(フィールドワーク)、「読んでみる」文献資料の調査に分類する。参与観察では、「自分はあくまで調査者です」と距離を置くのではなく、「その場のメンバー」として同じ仕事を「やってみる」ことに重きが置かれる。そのために、男性客を接待するホステスや暴走族の「パシリ」を実際にやってみる。
資料調査では、758冊の「就職用自己分析マニュアル」を研究対象とした牧野智和が、次のように述べている。一見果てしない文献データベースの内に、画然とした境界を作ることで、「すべてを読み、すべてを研究」することはできなくても、「主なものをほとんど全部読んだことになる」。毎年版が改められるほどの売り上げを誇る9割近くは、改定箇所が少なく、ほぼ読まなくてよい、古本の半数はネット等でタダ同然で買える。このようにハードルは高そうに見えても、「愚直に」やってみれば、「網羅性」はクリアできるという。
評者は考える。教師にとっては、教育実践をルポルタージュではなく、「研究論文」として仕上げようとすると困難なハードルが立ちはだかる。普遍性、客観性、根拠などが問われるのだ。だが、他方で、既存の研究者に対しても、細分化された領域における目的や方法に対しての批判が高まっている。量的調査などが正しい手続きで行われたとしても、方法の選択自体が妥当だったのか、さらには目的は意義のあるものなのかが問題にされる。体系化されておらず、変化に対応すべき教育現場の臨床とは遊離した研究が多いのだ。日々の実践で生徒への対応に追われる教師が、自ら、あるいは研究者との協働により、仮説を検証して知見を示すことには、教師本人のキャリアアップのほか、社会的にも大きな意義がある。教職大学院においても、そのような成果が求められていると考えたい。
内容(「BOOK」データベースより)
社会調査は面白い!「聞いてみる」「やってみる」「行ってみる」「読んでみる」ことからはじまる社会調査の極意を、失敗経験も含めて、16人の社会学者がお教えします。
著者について
前田拓也(まえだ・たくや)
関西学院大学大学院社会学研究科単位取得退学。
現在、神戸学院大学現代社会学部准教授。
福祉社会学、障害学専攻。『介助現場の社会学』(生活書院、2009年)、ほか。
秋谷直矩(あきや・なおのり)
埼玉大学大学院理工学研究科理工学専攻博士後期課程修了。
現在、山口大学国際総合科学部助教。エスノメソドロジー・会話分析専攻専攻。
『ワークプレイス・スタディーズ――働くことのエスノメソドロジー』(編著、ハーベスト社、近刊)、『フィールドワークと映像実践――研究のためのビデオ撮影入門』(共著、ハーベスト社、2013年)ほか。
朴沙羅(ぱく・さら)
京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。
現在、立命館大学国際関係学部准教授。移民・エスニシティ研究専攻。
『オーラルヒストリーとは何か』(翻訳、水声社、2016年)、ほか。
木下衆(きのした・しゅう)
京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。
現在、日本学術振興会特別研究員(PD)。医療社会学専攻。
『方法としての構築主義』(分担執筆、勁草書房、2013年)、『研究道――学的研究の道案内』(分担執筆、東信堂、2013年)、ほか。
質的調査を進める上で、初学者が次のようなことで悩みがちです。
■ どうやって質的調査をすればよいのか。
■ 質的調査を面白くするにはどうしたらよいのか。
『最強の社会調査入門』はこれらの問いに真摯に向き合った一冊です。本書に収録された16章から成る調査論は「聞いてみる」「やってみる」「行ってみる」「読んでみる」の4部に分類されており、これらを読むことで質的調査の基本となるインタビュー、参与観察、ドキュメント分析の方法と魅力が学べる仕組みになっています。
編者・分担執筆者は1980年前後生まれの若手社会者たちです。主たる読者層として想定されている大学生と比較的年齢が近いため、取り上げられている事例や文体に親近感が湧きやすいのではないかと思います。
本書では、各執筆者の調査のエピソードが数多く収められていますが、それらが、結果的にどのような論文に結実したのか、わかる内容になっています。「楽屋落ちのネタ」では決してありません。論文が表面とするならば、本書の調査エピソードは裏面。両面を見せることで、質的調査がどういうものなのか、よく理解できます。
目 次
はじめに――この本を手に取ってくれた方へ
第1部 聞いてみる
1 昔の(盛ってる)話を聞きにいく………………………………朴沙羅
――よく知っている人の体験談を調査するときは
1.家族に話を聞いてみる
2.何を持っていくか、調査中に何をするか、そのあとに何をすればいいか
3.試行錯誤する
4.「嘘」と「本当」のあいだ
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
身近な人を扱いたかったら、途中で「問い」を見失ったら
2 仲間内の「あるある」を聞きにいく………………………矢吹康夫
――個人的な経験から社会調査を始める方法
1.共有できる仲間を見つける
2.自分の経験を言語化してくれるものを見つける
3.調査協力者を見つける
4.社会調査としての意味を見つける
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
情報メディアを活用したかったら、身近な人を扱いたかったら、「自分の経験」を活かしたくなったら
3 私のインタビュー戦略…………………………デブナール・ミロシュ
――現在の生活を理解するインタビュー調査
1.インタビューとは何か?
2.「何が面白い?」一研究対象と問題意識を見つける
3.とりあえず聞いてみる
4.問題意識をより具体化して調査を続ける
5.本事例のインタビュー戦略
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
対象の「部分」より「全体像」を知りたくなったら、「とりあえずなにかをはじめてみたい」なら
4 キーパーソンを見つける………………………………………鶴田幸恵
――どうやって雪だるまを転がすか
1.まず、話を聞きにいく前に
2.キーパーソンを見つける
3.聞き取りのコツ
4.押しは強く腰は低く
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
調査先で叱られないか心配だったら、調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら
第U部 やってみる
5「わたし」を書く………………………………………………前田拓也
――障害者の介助を「やってみる」
1.読者に向かって「わたし」を書く
2.「そこにいてもかまわない」ということ
3.やってみたはいいけれど
4.「わたし」という対象に出会う
5.「ちいさな世界」から書いてみる
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
仕事/働きかたを扱いたかったら、「自分の経験」を活かしたくなったら、「とりあえずなにかをはじめてみたい」なら
6「ホステス」をやってみた…………………………………松田さおり
――コウモリ的フィールドワーカーのススメ
1.コウモリ的立場とは何か?
2.コウモリ的立場の効用@――考察対象と調査立場の発見
3.コウモリ的立場の効用A――現場におけるハラスメント・誘惑・危険への対処
4.コウモリ的フィールドワーカーのススメ
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
仕事/働きかたを扱いたかったら、「自分の経験」を活かしたくなったら、調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら、約束事の多い場所で調査をすることになったら
7〈失敗〉にまなぶ、〈失敗〉をまなぶ………………………有本尚央
――調査前日、眠れない夜のために
1.祭りを「やってみる」
2.調査における〈失敗〉
3.なにができるのか、なにができないのか
4.〈失敗〉にまなぶ、〈失敗〉をまなぶ
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
「自分の経験」を活かしたくなったら、すでにある「問い」をもっと洗練したかったら、調査先で叱られないか心配だったら、調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら
8 暴走族のパシリになる…………………………………………打越正行
――「分厚い記述」から「隙のある調査者による記述」へ
1.暴走族少年たちとの出会い
2.沖組トランプ大会
3.失敗からわかったこと
4.調査者の失敗
5.おわりに
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
仕事/働きかたを扱いたかったら、「自分の経験」を活かしたくなったら、調査先で叱られないか心配だったら、調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら
第V部 行ってみる
9 フィールドノートをとる………………………………………木下衆
――記録すること、省略すること
1.自分で書いた「ノート」は、「データ」になる
2.はじめて、フィールドでノートをとる
3.ノートをとりはじめて気づいた、2つの問題
4.調査が上手くいかない、「我慢の時期」にやったこと
5.何をノートにとるか
6.何かを省略する=記録しないという思い切り
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
途中で「問い」を見失ったら、約束事の多い場所で調査をすることになったら
10 学校の中の調査者………………………………………………團康晃
――問い合わせから学校の中ですごすまで
1.調査のための様々な手続き
2.学校の中の調査者
3.調査のなかで不安になること
4.おわりに
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら、約束事の多い場所で調査をすることになったら
11 好きなもの研究の方法…………………………………………東園子
――あるいは問いの立て方、磨き方
1.好きなものを研究してはダメ?
2.研究すべきかどうか、それが問題だ
3.毎日がフィールドワーク
4.ファンモードと研究者モード
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
身近な人を扱いたかったら、自分の好きなもの(趣味)を扱いたかったら、すでにある「問い」をもっと洗練したかったら
12 刑務所で「ブルー」になる………………………………平井秀幸
――「不自由」なフィールドワークは「不可能」ではない
1.「不自由」なフィールドワーク?
2.フィールドからの多様な期待に応える
3.「私」の問題関心をどうするか
4.「実践の記述」の枠内で、「私」の問題関心を追及する
5.「不自由」なフィールドワークは「不可能」ではない
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
途中で「問い」を見失ったら、約束事の多い場所で調査をすることになったら
13 仕事場のやり取りを見る…………………………………秋谷直矩
――「いつもこんなかんじでやっている」と「いつもと違う」
1.「ふつう」に会議が始まる――ふつうにって何?
2.「いつもこんなかんじでやっている」を紐解く
3.「いつもと違う」を紐解く
4.「いつもこんなかんじでやっている」と「いつもと違う」の結びつき
5.おわりに――なぜ私はこんな作業をしてきたのか
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
仕事/働きかたを扱いたかったら
第W部 読んでみる
14「ほとんど全部」を読む……………………………………牧野智和
――メディア資料を「ちゃんと」選び、分析する
1.「自己分析」を分析する?
2.分析対象を定める
3.分析対象を絞り込む
4.たくさんのメディア資料を分析する
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
情報メディアを活用したかったら、対象の「部分」より「全体像」を知りたくなったら、「とりあえずなにかをはじめてみたい」なら
15 判決文を「読む」……………………………………………小宮友根
――「素人でいる」ことから始める社会調査
1.はじめに
2.文書の「社会調査」の視点@――文書の日常性と使用目的
3.文書の「社会調査」の視点A――「なぜほかではなくそれが」
4.文書の「社会調査」の視点B――専門的議論に習熟する
5.おわりに――それで結局何かわかるのか
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
情報メディアを活用したかったら
16 読む経験を「読む」………………………………………酒井信一郎
――社会学者の自明性を疑う調査の方法
1.社会調査は対象の何に「社会」を見るのか
2.データに遭遇する
3.社会学者の自明性を疑う
【こんなとき、こんな人に読んでほしい!】
情報メディアを活用したかったら、自分の好きなもの(趣味)を扱いたかったら
おわりに――社会学をするってどういうこと?
索引〔人名/事項〕
タグ別目次
仕事/働きかたを扱いたかったら……………5章、6章、8章、13章
情報メディアを活用したかったら……………21章、14章、15章、16章
身近な人を扱いたかったら……………1章、2章、11章
「自分の経験」を活かしたくなったら……………21章、5章、6章、7章、8章
自分の好きなもの(趣味)を扱いたかったら……………11章、16章
途中で「問い」を見失ったら……………1章、9章、12章
すでにある「問い」をもっと洗練したかったら……………7章、11章
対象の[部分]より「全体像」を知りたくなったら……………3章、14章
調査先で叱られないか心配だったら……………4章、7章、8章
調査の相手とどう付き合えばいいかわからなくなったら……………4章、6章、7章、8章、10章
約束事の多い場所で調査をすることになったら……………6章、9章、10章、12章
「とりあえずなにかをはじめてみたい」なら……………3章、5章、14章
おわりに――社会学をするってどういうこと?
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。