書評
現状変革をあまり考えない社会学に対して、教育は新しい価値の創造を目的とする活動である。ここで言う「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」の両方で、社会学のリアルな認識に習いながらも、「幸福につながる存在論的価値」を若者とともに新たに創り出す必要がある。
著者は、地方暮らしと若者の「不幸」につながる社会的排除のメカニズムに焦点を当てる枠組み(社会的排除モデル)と、「幸福」の可能性を捉える枠組み(社会的包摂モデル)との関係を整理する。そのうえで、「幸福」の説明モデルとして「経済的要因」と「存在論的要因(非経済的要因)」を区別する観点を示す。たとえば、実家に依存せざるをえない経済状況や閉鎖的な仲間コミュニティと、消費社会の進化やウェブ社会の成立による地元・地域つながりの強化という二面を指摘する。
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書評
地方暮らしの幸福と若者
轡田竜蔵
勁草書房
発売日: 2017/2/22
3888円
日本の若者が大都市を目指さなくなってきたと言われ、若者の地方への移住・定住を促す政策的な動きが進んでいる。筆者はこの動きに距離を置き「地方暮らしの幸福」について、、データに基づいてその成立条件と社会的課題を客観的に明らかにしようとする。
そのため、広島県の「地方中枢拠点都市圏」(安芸郡府中町)と「条件不利地域圏」(三次市)を調査地として、量的調査では、二〇一四、一五年度の若者調査(二〇〜三〇代、八六七票)、質的調査では同じく六十人程度のインタビュー調査に基づいて、次のように分析する。地方暮らしと若者の「不幸」につながる社会的排除のメカニズムに焦点を当てる枠組み(社会的排除モデル)と、「幸福」の可能性を捉える枠組み(社会的包摂モデル)との関係を整理する。そのうえで、「幸福」の説明モデルとして「経済的要因」と「存在論的要因(非経済的要因)」を区別する観点を示す。たとえば、実家に依存せざるをえない経済状況や閉鎖的な仲間コミュニティと、消費社会の進化やウェブ社会の成立による地元・地域つながりの強化という二面を指摘する。
評者は考える。社会学のこのような立体的把握は、ややもすると政策の実現のために一面的になりがちな教育関係者にとって示唆に富むものである。しかし、現状変革をあまり考えない社会学に対して、教育は新しい価値の創造を目的とする活動である。ここで言う「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」の両方で、社会学のリアルな認識に習いながらも、「幸福につながる存在論的価値」を若者とともに新たに創り出す必要があるといえよう。
長文
日本の若者が大都市を目指さなくなってきたと言われ、若者の地方への移住・定住を促す政策的な動きが進み、「地方暮らしの幸福」について、積極的な発信がなされているなか、筆者は、その幸福の成立条件と社会的課題を明らかにしようとする。三大都市圏を除く地方圏の内部の差異というと、都道府県間の差異や、西日本と東日本の差異等が取りざたされることが多いが、筆者はそれよりも圧倒的に「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」の差異の持つ意味が重要であると考え、そうした比較軸にこだわって考察を深める。
調査地は、広島都市圏の郊外地域(安芸郡府中町)と、そこから車で一時間半ほどの中国山地の小都市(三次市)という二つの自治体で、これを「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」という地域区分の典型とする。量的調査では、二〇一四、一五年度の若者調査(二〇〜三〇代)、質的調査では同じく六十人程度のインタビュー調査に基づいて、「地元から押し出す力」や、地元層だけではなく転入層にも働く力としての「地域のひきつける力」がどのように機能しているかなどについて実証的に検討する。
また、ライフスタイルの魅力に関する価値観で、「田舎志向の幸福」と「地方都市志向の幸福」の分断について次のように指摘する。一言で「地方暮らし」のライフスタイルと言っても、森林や農村の風景、あるいは古い町並みが広がる条件不利地域圏の環境と、大型ショッピングモールに象徴される生活の快適さを特徴とする地方都市中枢都市圏の環境とでは、その魅力は大きく異なる。ただし、この両者は休日生活圏において重なり合っており、条件不利地域圏に住んでいるからといって「田舎志向」であるとは限らない。
これについて、筆者は、地方暮らしと若者の「不幸」につながる社会的排除のメカニズムに焦点を当てる枠組み(社会的排除モデル)と、「幸福」の可能性を捉える枠組み(社会的包摂モデル)との関係を整理し、そのうえで本書全体を貫く分析の方針として、「幸福」の説明モデルとして「経済的要因」と「存在論的要因(非経済的要因)」を区別する観点を示す。たとえば、実家に依存せざるをえない経済状況や閉鎖的な仲間コミュニティと、消費社会の進化やウェブ社会の成立による地元・地域つながりの強化という二面を指摘する。
評者は考える。社会学のこのような立体的把握は、教育関係者にとって示唆に富むものである。同時に、社会学は現状変革への関心が薄い。というより、そもそもそれを目的としていない。しかし、教育は、これまでの価値の伝承とともに、新しい価値の創造を目的とする活動である。社会学のリアルな認識に習いながらも、ここで言う「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」の両方で「幸福につながる存在論的価値」を若者とともに創り出す必要があるといえよう。
序章 本書のあらまし
序−1 趣旨
問題意識/日本の若者研究と「地方暮らし」/「地方暮らしの幸福論」ブーム/社会学的先行研究―「暮らし」の現実への注目/概念の用法―「地方」と「若者」について
序−2 データと構成
データ/分析結果についての記述方針/本書の構成
序−3 対照的な二つの調査地―「まち」の安芸郡府中町と「いなか」の三次市
安芸郡府中町―地方中枢拠点都市圏/三次市―条件不利地域圏
第T部 総論・理論編
第1章 総論:「地方暮らしの幸福論」の時代と若者
1−1 若者の地方暮らしの描かれ方
社会的排除の対象として描くモデル/社会的包摂の可能性を描くモデル
1−2 「地方暮らしの幸福」の捉え方
「幸福」と「不幸」の「あいだ」/地方の消費社会化がもたらした新しい幸福/ウェブ社会化と新しい「つながりの幸福」
1−3 小括―コミュニティの幸福ではなく、個人の潜在能力を重視する
第2章 「地方暮らしの若者」の社会的実態の分析視点
2−1 「地方」の多様性をどう類型化するか
「都市雇用圏」ベースでの分析/「地方中枢拠点都市圏」と「条件不利地域圏」という区分/若者の地元定住/地域移動モデルの違い
2−2 「地方中枢拠点都市圏の若者」/「条件不利地域圏の若者」
学歴構成の違い/収入格差/就業者の構成の違い/結婚の状況についての違い/地域活動・社会活動の参加度の格差
2−3 居住歴の多様性―「地元中心」のバイアスを避ける
居住歴の差異/親世代との同居・近居状況の違い/共働き率と子育て環境の違い
2−4 小括―行政区分ではなく、個人の生活圏から考える
第3章 「地方暮らしの幸福」の規定要因
3−1 地域間の満足度格差
「幸福な地域」は存在するのか?/各種満足度の格差/地域満足度格差の意味/生活満足度に地域間格差なし/人生に関する現状評価についても地域間格差なし/仕事満足度―女性については、三次市のほうが高い/日本社会・政治についての満足度の低さ/幸福度は「住む場所」では決まらない
3−2 満足度格差と経済的要因
収入格差と満足度格差/学歴格差と満足度格差/不満の多い「サービス」職、経済的に充足感の強い「公務員」/正規雇用・非正規雇用の満足度格差/階層意識の高い専業主婦/収入の割にはネガティブな「製造作業・機械操作」従事者/階層意識の意味
3−3 満足度格差と存在論的要因
居住歴の差異―ポジティブな「就業後Uターン層」、ネガティブな「ずっと地元」層/「父または母との同居」の満足度は低い/地域活動・社会活動の参加と人間関係/結婚と満足度格差/年齢と満足度格差
3−4 小括―地域満足度と主観的な「暮らしの質」との違い
第U部 各論・事例分析編
デプス・インタビューの対象者の概要
府中町/三次市
第4章 地元定住/地域移動の事例分析(1)―地方中枢拠点都市圏(安芸郡府中町)の場合
4−1 地元に残る/地元に戻る
府中町を出たことがない理由/地元つながりのメリット/東京から地元に引き戻される/海外体験から地元へ
4−2 地域にひきつけられる
広島都市圏内で移動する―利便性の高さを求めて/公務員就職のため転入/広島県外からの高卒就職/大都市から転入したエリート
4−3 小括―地域中枢拠点都市圏の求心力
地元から押し出す力/地元にひきつける力/地域のひきつける力
第5章 地元定住/地域移動の事例分析(2)―条件不利地域圏(三次市)の場合
5−1 地元に残る/地元に戻る
地元から出ざるを得ない教育事情/高卒地元就職/「とりあえず」のUターン就職/Uターン転職という決断/地元つながりからUターンへ
5−2 地域にひきつけられる
結婚転入者のジレンマ/たまたま就職のチャンスがあった―県内他地域からの転入/農山村にひきつけられる
5−3 小括―条件不利地域圏の求心力
地元から押し出す力/地元にひきつける力/地域のひきつける力
第6章 ライフスタイル―田舎志向と地方都市志向のあいだ
6−1 統計データから見る「大都市志向」「地方都市志向」「田舎志向」
一生暮らす場所として「理想的な地域」/「理想の地域」とライフスタイル観
6−2 地方中枢拠点都市圏(府中町)のライフスタイル
東京に対する醒めた視線/モールシティ/田舎に住める人と住めない人
6−3 条件不利地域圏(三次市)のライフスタイル
田舎暮らしの「幸福」/「ちょうどいい」暮らし/三次市の外に楽しみを求める人たち
6−4 小括―地域間格差ではなくモビリティ格差
第7章 働き方―「安定志向」とそのオルタナティブ
7−1 統計データから見る仕事についての意識
「安定志向」の理想と現実/長時間労働に関するジレンマ/ダウンシフターは主流ではない/女性の働き方についての価値観
7−2 「働き方」についての事例分析
地元安定就職の変質/安定就職の限られたパイ/モチベーションを取り戻すために/「安定」を求めない生き方/人手不足と長時間労働/夫の長時間労働を前提とした主婦の「安定」/女性のキャリア志向の壁
7−3 小括―厳しい地域経済の情勢下での「働き方改革」
第8章 社会関係―ソーシャル志向と社会感覚
8−1 社会関係の実態と意識―統計分析から
交友関係/地域つながり/社会貢献意識/「社会問題」への関心/日本の社会秩序への信頼とマイノリティ問題への感度
8−2 「ソーシャル志向」の事例分析
「地元愛」と地元つながり(三次市)/Uターン層がハブとなる地域つながり(三次市)/「居場所」と地元つながり(府中町)/転入層が求める地域つながり(府中町)/ソーシャル志向とボランティア
8−3 社会感覚についての事例分析
ソーシャル系の社会感覚―「交友型」か「協働型」か/「情報分析型」/「無関心型」/日本の社会秩序への信頼とそのゆらぎ
8−4 小括―「幸福のジレンマ(個人の幸福と社会の幸福とのずれ)」を見つめる
終章 地方暮らしの幸福の成立条件
終−1 本書の結論
理想と現実の乖離―核心としての「働き方」の問題/地方中枢拠点都市圏と条件不利地域圏の関係/社会と関わる多様なモチベーション
終−2 残された課題
トランスローカルな比較へ/地域の不可視化された問題へ
あとがき
巻末資料
「広島20〜30代住民意識調査」質問調査票と単純集計結果
文献
索引
事項索引/人名索引/デプス・インタビュー対象者索引
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。