書評『場所から問う若者文化―ポストアーバン化時代の若者論』木村絵里子, 轡田竜蔵, 牧野智和編著
評者は考える。教員はすでに何年かの「それまで生きてきたさまざまな時代の色合いが混じり合ったものとして」存在している。だから、バーチャルな「場所」を肯定しようが否定しようが、今の生徒とはズレがあることを理解しておくべきだろう。その上で、これからのウェブ空間や地域の作り手としての生徒の視野拡大を図ることによって、新しい価値を共に創造する役割を自覚する必要がある。
書評
場所から問う若者文化
―ポストアーバン化時代の若者論
木村絵里子, 轡田竜蔵, 牧野智和編著
出版社 : 晃洋書房
発売日 : 2021/3/25
青少年研究会は、1992年から10年ごとに大型調査を実施している。本書は、東京都杉並区、兵庫県神戸市灘区・東灘区を中心におこなった2012年の大型調査をひな形としつつ、国勢調査に近い編成とされるトラストパネルによって、青少年研究会としては初めての全国調査に取り組んだ調査結果に基づくものである。調査は、青少年研究会の中でも若手有志を中心とした共同研究となっている。研究代表者の藤村正之氏は、報告書で、「おとなたち世代が、それまで生きてきたさまざまな時代の色合いが混じり合ったものとして存在するのに対し、若者たちは自分たちが生きてきた20年ほどの時代の色合いのみを真っ芯に受けて、言わば単色を発信しながら生きていく存在である。若者たちに何か不思議さを感じるとしたならば、 それは現代社会の20年ほどの中に不思議さがあることを示しており、若者たちは時代の色を純粋に反映した存在なのだ」としている。
本書の問題意識は次のとおりである。「近年では、都市のなかの特定の街や場所と結びついた若者の文化を取り出すのは容易ではない。かつて見られた若者文化と都市空間の相性の良さは、都市空間が人とモノと情報を集約させるメディアとしての機能を備えているからだと考えられるが、現在、こうしたもののかなりの部分がSNSなどのウェブ空間のなかに存在している。また、多くの都市論が指摘するように、それぞれの街の固有性や独自性が失われつつある。都市の変容、あるいはインターネットやSNSの広まりというウェブ社会の発展とともに、かつて特定の場所と密接に結びついていた若者文化もまた、変化しているのである。さらに新型コロナウイルス感染症の流行は、街から人影を消し、こうした変化を加速させた。とはいえ、現代の若者文化の営みのすべてがSNSなどのウェブ空間に終始しており、リアルな場所と切り離されたものになっているとはけっして言えない。急速にデジタル化・オンライン化か進むなかで、若者は、「リアルな場所」に何を求めているのか」。これが、本書を貫くひとつの問いである。」
調査の結果、社会・経済的な状況については、都市度の上昇に伴って線形的に変容することはなく、下位25%と残りの75%の間での「段差」といえるような傾向や、 上位25%〜50%群が最も突出した傾向を示すような傾向がむしろみられる。「地域」や「地元」に関する項目も、明らかにまとまった傾向が析出されるというよりは、どの地域でもある程度は類似した回答傾向が得られた。
本書は、最後に、次のように言う。「フラット化=ポストアーバン化」はますます促進されて優性になる一方、それと対抗的に「場所」や「都市」にこだわる若者文化も根強く残るだろう。そうした過程において、ともすればオンライン空間とオフライン空間、そして、地元志向の若者と都心志向の若者、移動性の高い若者とそうでない若者との間で、文化的分断が進む可能性もある。それゆえに、それぞれの地域において、こうした分断を乗り越え、モバイル・ライフに対応した新しいハブとなる「場所」をいかに創造的に機能させていくのかという観点は、ますます重要性を高めている。大都市の都心部に近いところの「若者の集まる街」が活気を失うことがあっても、若者がリアルな場所で「出会い」「つながる」こと自体を望まなくなったわけではないからである。
評者は考える。教員はすでに何年かの「それまで生きてきたさまざまな時代の色合いが混じり合ったものとして」存在している。だから、バーチャルな「場所」を肯定しようが否定しようが、今の生徒とはズレがあることを理解しておくべきだろう。その上で、これからのウェブ空間や地域の作り手としての生徒の視野拡大を図ることによって、新しい価値を共に創造する役割を自覚する必要がある。
【参考】
「若者の生活と意識に関する全国調査2014」報告書
2016年3月
青少年研究会
はじめに
言い古された言い方であるが、若者は「時代のリトマス試験紙」であると称される。おとなたち世代が、それまで生きてきたさまざまな時代の色合いが混じり合ったものとして存在するのに対し、若者たちは自分たちが生きてきた20年ほどの時代の色合いのみを真っ芯に受けて、言わば単色を発信しながら生きていく存在である。若者たちに何か不思議さを感じるとしたならば、 それは現代社会の20年ほどの中に不思議さがあることを示しており、若者たちは時代の色を純粋に反映した存在なのだとも考えられる。
私たち青少年研究会は、メンバーの世代交代もありながら、学際的で複数の大学・研究機関にまたがるゆるやかな研究グループとして30年間ほど活動をつづけてきた。10年を周期に大型調査の企画・実査をおこなってきているが、それらの中間ほどのところどころの年度において、有志による調査研究もおこなってきている。
今回は、東京都杉並区、兵庫県神戸市灘区・東灘区を中心におこなった2012年の大型調査をひな形としつつ、有志の参加メンバーによる問題関心を深めた調査を2014年秋に実施し、その後、分析作業を進め、このたびその調査報告書をここに刊行する段階までたどりつくことができた。私たちの報告は、若者たちが担う現代の色合いをどこまで表現することができただろうか。
今回の調査の特徴としては、限界を有してはいるが、青少年研究会としては初めて全国調査に取り組んでみたことである。もとより許される予算の制約があるものの、日本リサーチセンター が保有するトラストパネルを利用させていただき、全国レベルで抽出された若者の方々に調査を実施させていただくことができた。トラストパネルとは日本リサーチセンターが過去に無作為抽出で実施した調査対象者のうち、当該者の次回以降の調査了解と一定期間を経て順次入れかえて作られている名簿であり、国勢調査に近い編成とされている。調査にご協力いただいた全国の若者の皆さまと、実査の運営にあたっていただいた日本リサーチセンター・スタッフの方々にお礼を申し上げる次第である。
本報告書は青少年研究会の中でも若手有志を中心とした共同研究となっている。この報告書と相前後して、2012年調査に関する書籍や論文などが刊行される予定となっている。2012年調査の分析は今後とも続けられるもののひとまずの区切りを迎え、今度は2014年調査のメンバーたちが今後研究会の実質的主力部隊となっていくものと期待している。研究会のバトン・リレーの一端として、共同研究統括の役割を担わせていただいたことは幸いなことであったと考えている。
2016年3月
藤 村 正 之(上智大学教授)
目 次
はじめに 藤村正之 1
序章 青少年研究会2014年調査について
寺地幹人・牧野智和 5
第1章 地域・地元と若者
寺地幹人・小川豊武 15
第2章 友人関係とインターネット利用の連関
―親しさの度合いによる影響の相違 藤田智博 25
第3章 現代若者のメディア・コミュニケーション
- LINE.. Twitter.. Facebook、ケータイネット利用の規定要因 阪口祐介 37
第4章 都市/地方の若者の友人関係
福重 清 51
第5章 若年層の恋愛行動における都市度の効果
木村絵里子 63
第6章 自己を肯定する資源の位相
牧野智和 77
第7章 若者の将来展望と将来不安
妹尾麻美 91
第8章 ファッションによる自己表現と都市経験
木村絵里子 105
第9章 都市度と音楽聴取スタイル
小川豊武 121
第10章 ACG文化の一般化と対人関係
大倉 韻 133
単純集計表 147
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。