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書評佐藤学『第四次産業革命と教育の未来:ポストコロナ時代のICT教育』

 評者は考える。これまでのわが国の教育は、つい最近まで、ポップカルチャーやパソコンなどに傾注する子どもたちの変革力を評価できないまま、過去の価値を押しつけてきた。今後は、これを転換して多様性を確保するとともに、ICTと「深い学び」によって社会に開かれた新しい価値の創造を期待したい。

書評

佐藤 学 (著)
第四次産業革命と教育の未来:ポストコロナ時代のICT教育
(岩波ブックレット NO. 1045)
2021/4/8
¥682

 本書は、新型コロナ・パンデミック、第四次産業革命、グローバリゼーションのもとでの、世界と日本の社会と教育の変化、第四次産業革命が公教育に及ぼしている影響、これに対応した教育と学びのあり方について論ずる。著者は、第四次産業革命は教育のICT化を推進しているだけではなく、グローバリゼーションを背景として教育市場の急成長を生み出し、教育を「ビッグビジネス」に変貌させて、公教育の危機を生み出しており、しかも、ICT教育を中心とする教育市場の膨張とビッグビジネス化は、新型コロナ・パンデミックによって加速していると言う。「世界時価総額」の一九八八年のランキングでは金融業と自動車産業が占め、トップ30社のうち21社が日本企業だったが、現在は、ほとんどがIT企業に置き換わり、日本は30年間、第二次産業革命の時代の産業と教育に固執することによって、グローバリゼーションに対応できず、21世紀型の産業と経済と教育への転換を怠ってきた結果、トップ48位にトヨタが一社あるのみで、GDP成長率は世界最低に落ち込んでいるとしている。GDP世界第三位の位置は確保しているが、経済の勢い(GDP成長率)では世界最低に落ち込んでいると言うのだ。
 経済産業省の提唱する「未来の教室」のICT教育については、従来の文部科学省(公教育)と経済産業省(教育産業)と産業界(IT産業)の間の壁を取り払い「経済産業省と文部科学省の協力」によって推進されるICT教育が「未来の教室」であり「GIGAスクール構想」であると言う。「個別最適化」については、かつての「プログラム学習」や「完全習得学習」における「学習の個別化」とさほど違いがないように見えるが、個々人の学習歴に関するビッグデータとAIの技術によって、一人ひとりに最適の教育プログラムの提供が理論的には可能であり、そのメリットによって海外のICT企業と教育企業は学校教育に進出しているが、その技術的に洗練されたICT教育と比べれば、経済産業省が推進している「未来の教室」は、20年前の「過去の教室」のIT教育に見えてしまうと批判している。
 同時に、第四次産業革命に対応できる「21世紀型の学び」は、「個別最適化」の学びではないとして、その方式では教育効果が乏しいことがわかったため、近年は多くのICT教育のプログラムが「協同学習」と「個別最適化」を組み合わせて実施していると指摘している。そして「未来の教室」の「学習の自立化・個別最適化」は、海外諸国のようなビッグデータとそのAI制御を伴っていない点で、50年前の「プログラム学習」や「完全習得学習」と類似した「学習の個別化」の域を出ておらず、協同学習とのつながりを失っている点から言っても、15年前のICT教育のレベルを超えていないものだと指摘する。
 一方で、著者はICT教育の効果について、OECDのPISA2012のビッグデータを活用した分析結果(2015年)を引き、読解リテラシーにおいても数学リテラシーにおいても、学校でコンピュータの活用時間が長時間になると、学力は低くなることを示しているとして、ICT教育による学びは、一般に期待されているような効果をもたらしていないと指摘している。これについて、PISA調査委員会は、コンピュータは情報や知識の獲得や浅い理解には有効だが、深い思考や探究的な学びには有効ではないという解釈で答えているとして、批判的思考や探究的思考による学びは、顔と顔をつきあわせて行う協同的学びが最も有効だと主張している。
 著者は言う。周知のように日本の財政赤字は世界一多額になっている。福島原発事故による経済的損失は今後も延々と続き、膨大な負担になって次世代にのしかかっている。第三次産業革命に失敗したため産業構造の改革は著しく遅れ、未来投資としての教育への公的支出を怠ってきたため、科学研究と学術研究は停滞し、大学進学率も30年前は世界第二位だったが、2020年現在は46位まで転落している。この30年間の政府の外交、経済、社会、文化、教育政策の失敗が日本の経済と社会と文化と教育の転落を招き、転落し続けるアリ地獄から脱出する道が見いだせない状況だと言う。そこに新型コロナ・パンデミックが起こり、第三次産業革命(デジタル革命)が未達成の状況で第四次産業革命が加速し進行していると言うのだ。
 著者は、「もはや国家や資本に依存して仕事と暮らしと文化と教育の将来を展望する思考は捨て去った方がいいのかもしれません。自分たちで地域を中心に経済と社会と文化を創造し、学校を中心に子どもたちの未来と地域社会の未来を創出する、その発想に立った改革の展望を拓くべきでしょう」と述べている。そして、この新しい段階において教育の公共性を擁護するためには、公共性の哲学と民主主義の哲学にもとづいて学校を共同体と市場のセクターで維持し発展させる仕組みを創出する必要があるとして、市町村教育委員会と学校が自律性を確立し、地域共同体の文化と教育のセンターとして学校を再定位し、教育委員会と学校の自律性によって教育企業やIT企業とも連携した教育の公共圏を創出することが求められており、その新たな実験を各地域、各学校で始める必要があると言う。資源と資本をシェアし、一人も置き去りにしないでケアし合い、さまざまな問題を解決して未来の希望を啓くために学び合う社会の建設なしには、資本とテクノロジーの暴走をくい止めることはできないとし、「学びのリノベーション」も、この「新しい社会」の建設を担い推進する子どもたちを育てることにあると言ってよいとしている。
 評者は考える。これまでのわが国の教育は、つい最近まで、ポップカルチャーやパソコンなどに傾注する子どもたちの変革力を評価できないまま、過去の価値を押しつけてきた。今後は、これを転換して多様性を確保するとともに、ICTと「深い学び」によって社会に開かれた新しい価値の創造を期待したい。

【資料】
出版社内容情報
三十年におよぶ経済停滞に加え、コロナ禍のダメージを受けた日本では、「未来の教室」事業に急速に期待がかかるが、その成否は? また、現在の労働の多くがロボットに代替される未来予測のもと、教育の役割が重みを増すなか、各国の政策対応は? 学校改革の第一人者が、豊富なデータとともに検証する。

内容説明
ICT教育市場の膨張は教育をどう変える?GIGAスクール構想による「未来の教室」事業の成否は?そして「現在の労働の半数近くがAIとロボットに代替される」など労働環境が激変するという未来予測のもと、学びのイノベーションをどう推進すべきか?学校改革の第一人者が豊富なデータから検証。

目次
1 第四次産業革命による社会の変化
2 新型コロナ・パンデミックとICT教育
3 巨大化するグローバル教育市場
4 「人材=人的資本」の変化
5 ICT教育の現在と未来
6 学びのイノベーションへ
7 改革の展望


「未来の教室」の構築に向けて
「未来の教室」ビジョンにおいて、@学びのSTEAM化、A学びの自立化・個別最適化、B新しい学習基盤づくりを3つの柱に、9つの課題とアクションを提言。

「未来の教室」ビジョン(「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言)

著者等紹介
佐藤学[サトウマナブ]
1951年広島県生まれ。東京大学名誉教授。専門は学校教育学。全米教育アカデミー(NAE)会員。アメリカ教育学会名誉会員、日本学術会議第一部(人文社会科学)元部長、日本教育学会元会長。国内外の学校を訪問し、学びの共同体の学校改革の研究と実践を積み上げ、11カ国の言語で著書が翻訳出版されている。アジア出版大賞次賞(2012年)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。



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