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書評千々布敏弥『先生たちのリフレクション−主体的・対話的で深い学びに近づく、たった一つの習慣』
 評者は考える。学習指導要領では、「生きる力」や「学びに向かう力」など、さまざまな非認知能力の育成が謳われている。しかし、そこには「社会からの要請」や「政治案件」による影響、偏り、変質が存在している。ここに、著者の言う「訓詁学的」検討の限界があいまって、中教審の求める「授業研究」が、現実的な教育施策に結実しないという状況が生じているのではないか。

書評


千々布 敏弥
先生たちのリフレクション−主体的・対話的で深い学びに近づく、たった一つの習慣
2200円
出版社:教育開発研究所
発売日:2021/11/5
 
 本書は、「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、教師がどのようにリフレクション(内省)していけばよいかを、学校と文部科学省の間を探索し続けた成果を述べている。著者は、主体的学びや深い学びを実現できない学校のほうが多かったことについて、次のように述べている。最初は「なぜこんなに簡単なことができないのか」といぶかっていた。主体的学びや深い学びを実現するのは大変だが、子ども同士の対話的学びはそんなにむずかしくない。休み時間をみてみたらいい。子どもは仲よく対話している。しかも笑顔で。教師たちも、ワークショップ形式の研修では実にいい顔で議論している。なのに、授業になると堅くなる。その要因は彼らの「信念」にあることに徐々に気づいてきた。対話的学びを阻害する教師の信念とは次のようなものだ。「教師は学習内容を、子ども間の能力差に配慮して学級集団全体が向上するように指導する必要がある」「子どもに対しては学習方法まで含めて、教師がきちんと指導しないといけない」「教師は常に子どもに規律ある行動をさせる必要がある」「学習成績の不振な子どもの指導はやっかいだ」「年間の授業のすすめ方の大枠は、指導書を参考にすべきだ」。
 著者は、以上の信念は、教師であれば誰しもがある程度はもっているだろうが、対話的学びが阻害される教室ではこの信念が肥大化していると言う。子どもをすべてコントロールしようと考える教師が、グループのつくり方から考え方、発言の仕方まで指導する。長々と話し合いの仕方を説明したうえで(その段階で指導案の予定時間をかなりオーバーしている)、「さあ、話し合いましょう」と促すが、子どもは動かない。
 教師の信念をどう変えることができるのか、そのために教師はどうリフレクションしたらいいのか。指導者や助言者は教師のリフレクションをどうファシリテーションしたらいいのか。本書は、その戦略を、授業研究を中心に考えていく。
 改訂学習指導要領が提起したのは、多くの教師が有している「教育の目的は児童・生徒の知識獲得が第一である」「思考力・判断力・表現力の獲得は知識の獲得がないと困難になる」「そのために必要なのは知識を伝達する講義形式の授業である」「知識伝達の授業が児童・生徒に受け止められないのは児童・生徒側の責任であり、教師側に責任はない」という信念を、「児童・生徒が主体的・対話的で深い学びができる授業を提供しないといけない」という信念に変えることである。著者は、この信念の変容はたいへんむずかしいが、日本の教育界の歴史が継続して目指してきたものだと言う。
 教師が自らの信念に疑問を抱き、リフクレクションと実践の往還を経て初めて可能になるものである。そのため、中教審答申はそこで授業研究を提案しているが、教師の学習の場である授業研究が知識偏重の信念に支配されている場合、信念の変容を得ることは難しいと著者は言う。
 本書が目指す教師の姿は「主体的・対話的で深い学び」の視点で自らの授業を見つめ直し、信念を変容させ続けるものである。そのためにどのように教師に働きかけたらいいのか、その戦略を本書は考える。
 著者は、都道府県教育委員会の施策の主たる考案者の指導主事の問題を、次のように指摘している。先行研究をレビューして問題点を検討して論文の主題の必要性を説明する。同様の手段をとるように助言すると「それはできない」との回答。「引用するのであれば、そのセンターの了承を得なければならない」という理由だ。部外秘の文章ではない。ほとんどの教育センターは紀要として冊子を刊行し、図書館や他センターに送付している。インターネット上でPDFを公開する教育センターも多い。それなのに、許可なしに引用することはできないという価値観(迷信)が流布していると言う。最近の教育センター論文をいくつか検索してみても、やはり他センターの引用がない。実践研究論文を書いた体験をポジティブに語る教師は少なくないが、他者が書いた実践研究論文が自らの実践に与えた影響を語る教師はほとんどいないと言うのだ。
 教育センターの研究は、学習指導要領の項目に従ったものが多い。「主体的・対話的で深い学び」「カリキュラム・マネジメント」「見方・考え方」「情報活用能力」というキーワードは当然だが、教科別にみると、学習指導要領改訂にしたがって新たに登場した内容項目に関するもの、たとえば国語における「情報の扱い方に関する事項」「自分の思いや考えを広げる」、社会における「社会への関わり方」「社会の情報化と産業の関わりなどがある。それらの改訂事項について、学習指導要領および学習指導要領解説の記述内容を引用し、それに教育センターとしての解釈を加えて研究仮説を設定して協力校で実践する。その成果を紹介しながら研究仮説が検証されたと、まとめるのだと言う。
 著者は言う。このような研究スタイルにおいて、学習指導要領自体が検証の対象になることはない。学習指導要領をいかに解釈するかという姿勢で研究がすすめられる。これは儒教の教えを解釈していった訓詁学に似ている。訓詰学は経典の語句の意味を解釈するものとして出発したが、その解釈の形骸化が指摘されることになった。
 そのような訓詰学的な実践研究が蔓延している。学習指導要領を経典のごとくとらえ、いかに解釈するかが重要になってくるので、実証研究の積み重ねで新たな理論を構築する発想は希薄になってくる。
 著者は「演繹的思考が続いてきた日本の公教育」として、次のように述べている。私と似た認識が苅谷剛彦の著『コロナ後の教育へ』(2020)で示されている。苅谷氏は戦後の教育改革をリードしてきた教育政策の言説は演繹型思考となっており、抽象度の高い理想や概念を、抽象度を下げて論じようとする思考形態が主になっていると批判的に論じている。そこで多用される言葉が「周知・徹底」であり、国が生み出した「主体的・対話的で深い学び」「カリキュラム・マネジメント」などのことばが内包するだろう問題点や矛盾についての議論を封じ込め、予定調和的に新しい概念を普及することが「周知・徹底」という言葉に込められている、と論じているとする。
 著者は言う。苅谷氏の演鐸的思考論は、前節の教育センターにおける訓詰学的研究の要因を説明してくれる。学習指導要領などの国が新たに示した概念を演鐸的に思考しようとするならば、他の教育センターの考えの引用よりも、国の考えをより妥当に解釈することに重点をおくのは当然だろう。もっとも、苅谷氏は演鐸的思考形態のアンチテーゼとしてイギリスーオックスフォードにおける帰納的思考形態を示しているが、それが日本において有効な打開策となるかについては著者は疑問を呈する。
 なぜならば、日本で、とくに学習指導要領に関して新しい概念が形成されるときは、現場目線の帰納的思考で検討されるからだと言う。学習指導要領の成果は教育課程実施状況調査で測られることとなっているが、ペーパー調査で判明できるのは限界がある。
 そこで検討に付されるのが、文部科学省の教科調査官が講演や授業研究指導などで得た現場情報である。教科調査官の週末は、学習指導要領作成や学力調査などのための会議で埋められている。そのためにウイークデーに代休を取得できるが、多くの調査官はその代休日に現場に足を運んでいる。著者は、そこまで働いて、彼らが手にする給与は教員時代よりも低い。まったく頭の下がる人たちだと言う。
 著者は続ける。教科調査官が得た情報は定期的に開催される教育課程課との会合で行政職に提供される。加えて教科調査官が学習指導要領作成などのために開催している教科ごとの協力者会議のメンバーの多くは全国から集められた、選りすぐりの現職教員や指導主事たちである。国としては、常日頃から現場の情報を収集しており、それらの情報は帰納的に将来の施策を議論することに役立っている。都道府県教育委員会の議論も同様だ、施策の考案者のほとんどは指導主事であり、彼らも日常的に現場に足を運んでいる。
 日本の問題点は、それらの(筆者注:教育現場から得る)帰納的思考が含まれている場がブラックボックス化していることだと著者は言う。帰納的思考で100%教育課程施策が形成されているわけではない。今日の意思決定システムであれば、国民の信託を得た議員やそのなかから任命された省庁の幹部からトップダウン的に新しい施策が示されることは避けられない。行政官はそれが現場に降りた際に予想される混乱や効果を説明し、現実的な施策となるよう働きかけるのだが、その説明が効を奏さない場面が増えているようである。
 評者は考える。下の者は「前例踏襲」となりがちなのだが、上の者は、新規に着任した途端、目新しい、あるいは目新しく見える施策を立てたがるのは、よく見る傾向である。それが教育界に混乱を引き起こすことにつながると評者は考えている。
 さらに、著者は次のように論を進める。内部の人間であればどれが政治案件で、どれが現場の実態に即した帰納的思考で形成された施策であるかは承知しているのだが、それをブラックボックス化していずれも必要な施策として説明するのも、日本の行政官の思考形態である。かくしてトップダウン的に示された施策を演繹的思考で「周知・徹底」しようとする教育関係者が増えているのではないか。そして、実践研究がその手段と化する現状が維持されることになっているのではないかと懸念される。
 評者は考える。学習指導要領では、「生きる力」や「学びに向かう力」など、さまざまな非認知能力の育成が謳われている。しかし、そこには「社会からの要請」や「政治案件」による影響、偏り、変質が存在している。ここに、著者の言う「訓詁学的」検討の限界があいまって、中教審の求める「授業研究」が、現実的な教育施策に結実しないという状況が生じているのではないか。



出版社からのコメント
「《目次をみた担当》千々布先生、ここまで書いていいんですか(汗)」

「主体的・対話的で深い学び」を実現する教師、そして学校、教育委員会は何をしているか?
国の研究者として全国の実践、世界の研究をみてきた著者が示す、授業改善の羅針盤。
※本書の内容はハウツーではありません

アクティブ・ラーニングの「モヤモヤ」ぜんぶ解決。

主体的・対話的で深い学びって何?
理論が乱立しているから整理して!
マニュアルがあれば実現できるの?
結局どうすれば授業が変わるんだ!

じっくり、比較して、未来志向で、リアルな姿から……
辿りついた唯一の戦略が「リフレクション」

――授業をつくるのは先生たち、なら自分と、自分たちと存分に語り合おう。

【本書の内容】
第1章 信念に生き、信念にとらわれている教師たち
信念にとらわれている教師
教師の信念とは
学びの共同体の信念
信念の変容
信念を変容させるリフレクション
結論:本書の目的

第2章 「主体的・対話的で深い学び」の成立
学習指導要領における「主体的・対話的で深い学び」の定義
「アクティブ・ラーニング」から「主体的・対話的で深い学び」へ
指導方法から授業改善の視点へ
「アクティブ・ラーニング」はなぜ消えた?
多様なアクティブ・ラーニングの定義
主語は子ども? 教師?
資質・能力検討会における議論
結論:「主体的・対話的で深い学び」は教師主語から子ども主語への転換

第3章 子どもを主語にする世界の潮流
OECDラーニング・コンパスと学習者エージェンシー
共同エージェンシー、教師エージェンシー
第4の道は学習者中心
結論:学習者エージェンシーを実現する教師エージェンシー

第4章 第4の道を歩む秋田県
秋田教育の神髄はエージェンシー
第4の道の宝庫である秋田県
秋田県スタンダードは「そこぢから」ではない
秋田式探求型授業の成立
秋田県教育委員会はどのように議論しているか
秋田県の教育委員会文化
昭和30年代の低学力を秋田県はどう克服したか
秋田県が当初取り組んだシート学習
秋田県教育を支える大学教員
結論:秋田県はエージェンシーが尊重されている

第5章 子ども主語と教師主語の往還による授業改善
教師を主語にしている授業マニュアルと授業改善の指針
教育委員会が作成している授業改善の指針
学習者と授業者の視点の往還
授業研究における子ども主語と教師主語
佐藤学による授業研究パラダイムシフト
石井英真による佐藤学批判と教授学再興の提案
すでに存在している5つのツボ
教授学か共同体か
石井提案の意義
石井教授学をさらに進展させるために
教師主語と子ども主語が包含されている教科教授学
結論:子ども主語も教師主語もどちらも必要

第6章 リフレクションの段階をのぼる
実践研究への批判
訓詁学的な教育センターの実践研究
演繹的思考が続いてきた日本の公教育
「教えてください」文化が支配する授業研究
実践研究に向けられている批判
学会の実践研究への視線
リフレクションレベルによる実践研究の類型化の試み
技術的リフレクションの場面
石井教授学における実践的リフレクションと批判的リフレクション
実践的リフレクションによる実践研究の例
伊那小学校の実践的リフレクション
批判的リフレクションがみられる場面
汎用化を目指す批判的リフレクションの場面
結論:主体的・対話的で深い学びのためにリフレクションが重要

第7章 教師のリフレクションをどう促すか
教師の変容とリフレクション
経験学習におけるリフレクションと素人理論
素人理論を修正するコーチング
シャインのコンサルテーション
教師のリフレクションを促し、高める姿勢
秋田県の校長のコーチング
学校のリフレクションを促進する教育委員会の訪問
リフレクション3段階論による思考
最終結論:教師の変容を促すのは手法でなく姿勢




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