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書評工藤与志文, 進藤聡彦, 麻柄啓一『思考力を育む「知識操作」の心理学−活用力・問題解決力を高める「知識変形」の方法』新曜社、2022年2月


 著者は、「知識操作」の考え方によって、学習者のつまずきをいくつかの領域で予想してみたり、それを修正する教え方を考えたりすることができるようになるという。そして、このようにして、「理解のための知識」から「思考のための知識」へと転換させることによって、学校での「学び」を揺さぶり、面白くしようと提案する。
 生徒のつまずきに対して、「使えるように教わってこなかったからだ」という本書の指摘を、われわれは真摯に受け止める必要があるだろう。



書評


工藤与志文 (著), 進藤聡彦 (著), 麻柄啓一 (著)
思考力を育む「知識操作」の心理学−活用力・問題解決力を高める「知識変形」の方法 単行本(ソフトカバー)
¥2,310
出版社 : 新曜社
発売日 : 2022/2/17



 種子植物の花から種子ができるという「ルール」については習っているのに、「チューリップには種ができるか」という問いには、半数以上の子どもが正しく答えられない。ルールのような一般化された知識を学習しても、個々の課題が持っている特徴に違いがあるために、課題の特徴に応じて異なる知識を使ったり、異なる思考様式で対処したりしてしまう(認知の領域固有性)からである。これに対して、本書は、球根から育てるチューリップや、花弁がないトウモロコシなど意外な事例や極端な事例を取り入れて考える「代入操作」を教えるよう勧める。また、ルールが通用しない「例外」に直面したときでも、「なぜだろう」と考えることによって、新しい発見が生まれると言う。
 本書は、この代入操作のほかに、変数操作、関係操作、象徴操作などの「知識操作」を教えることによって、「応用力」を身につけさせようとする。著者は、この考え方によって、学習者のつまずきをいくつかの領域で予想してみたり、それを修正する教え方を考えたりすることができるようになるという。そして、このようにして、「理解のための知識」から「思考のための知識」へと転換させることによって、学校での「学び」を揺さぶり、面白くしようと提案する。
 生徒のつまずきに対して、「使えるように教わってこなかったからだ」という本書の指摘を、われわれは真摯に受け止める必要があるだろう。


【書評長】
 本書は、「理解のための知識」から「思考のための知識」への転換を提案する。そのことによって、学校での「学び」を揺さぶり、面白くしようとする。種子植物の花と種子については習っているのに、「チューリップには種ができるか」という問いには、半数以上が「できる」と答えられない。本書は、「なぜ学んだ知識が使えないのか」について、教育心理学の視点からその原因を探り、知識を活用するための「知識操作=知識の変形」の方法を具体例に即して提案する。著者は、「活用力」の重要な一面は「知識操作」だと述べる。それは、学習した知識をそのままの形で使うのではなく、変形したり言い換えたりして使うということである。変形ができない場合、あるいは変形しようとしない場合、問題を解くための知識を持っているのに正しく答えることができない。そして、「なぜ学んだ知識を使えないのか」という問いに対して、知識を使えるように学んでこなかったからだ、あるいは使えるように教わってこなかったからだとして、この問題を教え学ぶプロセスの問題であるととらえる。
 本書は、意外な事例や極端な事例を取り入れる代入操作、変化するものや変動幅を変化させる変数操作、因果関係等を逆にする関係操作、そして、実感を伴う具体的な事例をあてはめる象徴操作などの「知識操作」について、そのルールを述べる。その上で、このルールの意義について次のように述べる。キーワードの「活用」と比較的類似した心理学概念として、「学習の転移」をあげることができる。「学習の転移」とは、それ以前の学習が以後の学習に影響を与えることや、学習した内容を別の問題解決に適用することをさす。「活用」と関係が深いのは後者の側面で、日常の言葉でいうと「応用」にほぼ相当する。これまで心理学では、転移の性質や転移を規定する要因についてさまざまな研究を蓄積してきた。近年の一般的見解としては、ひとの認知が領域固有性という性質を持つため、学習の転移は容易ではないとされている。認知の領域固有性というのは、ルールのような一般化された知識を学習しても、個々の課題が持っている特徴に違いがあるために、同一個人であっても一貫してそのルールを使用するのではなく、課題の特徴に応じて異なる知識を使ったり、異なる思考様式で対処してしまうという現象である。これに対して、例外を恐れず、「知識操作」をするよう教えることによって、例外に出会ったとき、むしろ学習を深めることができると本書は主張する。
 本書では知識操作をすること、すなわち学習したルールを柔軟に問題解決に使えるようになることをいくつかの例を示しながら紹介した。これは心理学的に見ると学習の転移を促進する要因についての新たな知見の提出としての意義がある。この「知識操作」や「知識の操作水準」という考え方は、周りの研究者や教師に影響を与えた。「知識操作」という考え方によって研究テーマが広がり、学習者のつまずきをいくつかの領域で予想してみたり、それを修正する教え方を考えたりすることができるようになったと本書は言う。
 生徒のつまずきに対して、本書の「使えるように教わってこなかったからだ」という指摘を、我々は真摯に受け止める必要があろう。

広告より

チューリップには種ができるか――理科の授業で習ったはずなのに正答できる子は5割に満たない。なぜ学んだ知識が使えないのか? 教育心理学の視点からその原因を探り、知識を活用するための「知識操作=知識の変形」の方法を具体例に即して提案する。

【取り上げる具体的内容】
★理科
種子植物の花と種子(チューリップには種子ができる?)
力の合成・分解(2人で持てば荷物は軽い?)
重さの保存性(入浴剤バブが溶けると重さは?)
光合成(ピーマンの実も光合成する?)
飽和水蒸気量(冷えた缶コーヒーの水滴はどこから?)ほか
★算数
図形の周りの長さと面積(周りの長さが同じなら面積も同じ?)ほか
★社会
新潟地方の降雪量の多さ(なぜ新潟地方は豪雪地帯なの?)
大名行列での費用削減(大名行列の道具はレンタル品?)ほか

内容説明
「理解のための知識」から「思考のための知識」へ!学校での「学び」を揺さぶり、面白くする心理学の提案。

目次
「活用力」「思考力」とは何か
「知識操作」の重要性
不十分な知識操作の原因と結果
ルールと知識操作
代入操作について
代入操作によって広がる豊かな世界
変数操作について(その1 裏操作)
変数操作について(その2 変動幅操作)
関係操作について(その1 逆操作)
関係操作について(その2 手続き化操作)
象徴操作(象徴事例)と実感が伴う学習
「活用力」「思考力」を高める授業をめざして


本書「はじめに」より
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b599655.html

「活用力」とは何なのだろう

問題を解くための知識を持っているにもかかわらず、正しく答えることができないことは、子どもにも大人にもあることです。そのようなとき、学校の先生方は、「活用力」がないと言いがちです。だから教育界では「活用力」を育むことが大事だと主張されています。

日常の会話だったら、「活用力」という言葉を使っても問題はないでしょう。しかし現実の教育問題を解決していこうという場合にはもう一段掘り下げて、私たちが「活用力」といっているものの実質は何なのかを明らかにしなくてはなりません。そうでないと、「活用力」を育もうとしても、有効な処方箋が見いだせないはずです。

本書では、私たちが「活用力」といっているものの実質は何なのか、その重要な一面を示してみます。「全面」とまではいきませんが、それでも本書で示す一面を知ることによって、知識は持っているのにそれを活用できないのはなぜかが理解できるはずです。

先取りして紹介すると、「活用力」の重要な一面は「知識操作」です。詳しくは後の章で説明しますが、一言でいえば、学習した知識をそのままの形で使うのではなく、変形したり言い換えたりして使うということです。変形ができない場合、あるいは変形しようとしない場合、問題を解くための知識を持っているのに正しく答えることができない、となるわけです。

重さの問題2つ

「知識操作」とは何かについてイメージを持っていただくために、予習を兼ねて本編の中から例を一つ取り上げてみたいと思います。小学校高学年から中学生くらいの子どもたちに次のような問題を出すとします。

問題1(食塩問題):上皿天秤の片方に、水の入ったビーカーと、たくさんの食塩がのせてあります(もう片方の皿には重りをのせて釣り合わせてあります)。この食塩をビーカーの水に入れて溶かしました。全体の重さはどうなるでしょう。

問題2(入浴剤問題):上皿天秤の片方に、水の入ったビーカーと発泡性の入浴剤がのっています(もう片方の皿には重りをのせて釣り合わせてあります)。入浴剤をビーカーの水に入れて溶かすと、重さはどうなるでしょう。

子どもたちには、これらの問題を考えるに際しては、それ以前に学習した次のルール(法則)を使えばよいですというヒントも出しておきましょう。

ルール:ものの出入りがなければ重さは変わらない

さて、問題1(食塩問題)はどうでしょう。「軽くなるのではないか」と考える子どもが何人かいるかもしれません。食塩が溶けて見えなくなったので、なくなったような気がするからです。しかし、上皿にのっていた食塩やビーカー、水を取り除いたわけではありません。ですから「ものの出入りがなければ〜」というルールを使うと、「重さは変わらない」と正解を出すことができる子どもが多いでしょう(実際に重さは変わりません)。

問題2(入浴剤問題)はどうでしょうか。問題1(食塩問題)を経験しているなら、入浴剤の場合も「重さは変わらない」と考える子どもが多いことでしょう。
実際に入浴剤を水に入れると泡を出して溶けていきます。そしてビーカーののった皿が上に上がります。軽くなったのです。子どもたちはびっくりします。
なぜ軽くなったかを、先のルールを使って考えてみるよう子どもたちに促してみましょう。

知識操作=知識の変形

ここで子どもたちの反応は2つに分かれます。一つは、先のルールは「重さは変わらない」というルールなのだから、入浴剤の実験のように「軽くなった」場合は事情が異なるという反応です。こう考えてしまうと、先のルールは今回の実験結果を説明する際に役立ちません。ですから、「重さは変わらない」という予想を裏切ったこの結果に対しては、「おかしい」とか「どこかに手品のタネがあるはずだ」のように考えてしまう子どもも現れます。

これに対してもう一つの反応は、先のルールを次のように使ってみるパターンです。

@ものの出入りがなければ重さは変わらない。[先のルール]
Aということは、ものの出入りがあれば重さは変わるはずだ。
B逆にいうと、重さが変わればものの出入りがある、ということになる。
Cだから、入浴剤を溶かすと軽くなったということは、何かが出ていった可能性があるぞ。

これはつまり、もとのルール@を、AやBのように頭の中で変形して、Cという結論を導き出していることになるわけです。このように「ものの出入りがなければ重さは変わらない」というもとのルール(知識)を頭の中で変形することで、「軽くなったのは何かが出ていったからだろう」のようにその原因を考える際にも使うことができるようになるわけです。

ここで子どもが、「そうか、泡がたくさん出ていったぞ。その分軽くなったのかな」と考えてくれればうれしいところです(実際には、二酸化炭素が泡となって出ていった分軽くなるわけです)。

これが一つの例なのですが、先の@→A→B→Cのように頭の中で知識を変形することを本書では「知識操作」と呼んでいます。知識操作を行わない場合(つまりもとのルール@をそのままの形で使う場合)、先の問題1(食塩問題)には活用できますが、問題2(入浴剤問題)の結果を考察する際には活用できませんでした。これに対して知識操作(=知識の変形)を行えば、活用の範囲が広くなるわけです。この問題については、第9章でさらに詳しく紹介します。

日常生活における知識操作

読者はどう思われたでしょうか。「なるほど」と思ってもらえたならうれしいのですが、「知識の変形というのは何か難しそうだ」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし私たちは日常生活でこのような知識操作を自発的に行うことがあります。

たとえば、最近体の疲れが取れないなと感じたとします。そのようなとき「ビタミンB1が不足しているのかな」と考えてみることはあり得ることです。これは実は、「ビタミンB1が不足すると疲れやすくなる…@」というビタミンに関する知識をそのままの形で用いているのではなく、「疲れやすくなるのはビタミンB1不足の可能性あり…A」と逆方向に変形して活用しているのです。

本書の特徴

本書では、さまざまなタイプの知識操作が紹介されます。そして、それぞれの知識操作ができないためにつまずいてしまう例がいくつも取り上げられます。また、授業で知識操作を促進するための方法も述べられています。その点で本書は、子どもたちの「活用力」を高めたいという先生方の願いに沿ったものだと思います。

本書の執筆に際して、筆者たちは次の点を心がけました。

@できるだけ読みやすくわかりやすい記述にすること
A具体的な教科内容に即して説明すること
B教師の授業づくりや教え方のヒントとなること

しかし本書は教育技術のハウツー本ではありません。つまずきの指摘やその対策の背後に「知識操作」という理論的背景があるからです。
ここで、「知識操作」という考え方が成立した経緯とその背景に関して以下の点に触れておきたいと思います。

「知識操作」への着想

「知識操作」という考え方は、著者の一人(工藤与志文)によって提案されました。きっかけとなったのは本書の第1章でも扱われている大学生のつまずきでした。単純な問題なのに、そして解決に必要な知識を持っているのに、さらには「その知識を使ってみたら」と教師が示唆しているのに、その知識を「活用」しない(あるいはできない)学生が多いという事実でした。そこから工藤は「知識の操作水準」という概念を提案し、教育心理学の実験によってその妥当性を検証していきます。それが第2章の内容となっています。

「知識操作」や「知識の操作水準」という考え方は周りの研究者や教師に影響を与えました。「知識操作」という考え方によって研究テーマが広がり、学習者のつまずきをいくつかの領域で予想してみたり、それを修正する教え方を考えたりすることができるようになりました。

「知識操作」という考え方が提案されたきっかけは先に記したとおりなのですが、さらに、以下の背景があったことも見逃せない点です。

それは、民間の教育研究団体である極地方式研究会の活動です。この研究会は、小学校から大学まで多くの先生方が参加する中で、テキスト作りや授業の検討を行ってきました。筆者たちはそのような活動から影響を受け、そこで得られた知見が「知識操作」という理論に組み込まれることになりました。

このような背景を持って本書は生まれました。私たちはこの本を「活用力」を育みたいと考えておられる小学校から高校までの先生方、さらには、教育心理学や教授―学習過程、認知心理学に関心を持っておられる学部生や大学院生の方々、そして研究者の方々に手に取ってもらえることを願っています。





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学習目標に社会的要請を組み込む